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〈天冥の標〉小川一水は、宇宙以外もすごい。初期傑作「陸・海・空」連続復刊

〈天冥の標〉を完結させた小川一水の初期傑作を、「陸・海・空」をテーマに連続復刊します。「陸」は先日発売したばかり、『疾走! 千マイル急行』。小川一水による鉄道サスペンスの魅力とは? 
 書籍収録の解説を公開します。

千マイル急行(ザ・サウザンドマイルズ・エクスプレス)トラベルガイド
執筆者:鈴木 力(ライター)


※物語の展開に触れています。ご注意ください。

 読書と旅は似ている。
 読者は頁を開くことによって、本人の属するいま・ここから切り離され、小説の中へと誘われる。
 そうして頁を閉じ、いま・ここへ戻ってきたときには、未知の時空で体験したことによって、作中のキャラクターだけではなく読者自身も変わってしまっている。
 無論すべての読書が旅に喩えられるわけではないが、それが読書のひとつの理想型であることは間違いないだろう。だからこそ小説の分野においてはロード・ノヴェルというジャンルが成立しうるのだ。
疾走! 千マイル急行は、まさに王道のロード・ノヴェルである。
 ただひとつ注釈を付け加えるならば、舞台がほとんど鉄道の上であることだろうか。――本書は言うなれば、レイルロード・ノヴェルなのである。

 はじめに書誌データを押さえておくと、本書は二〇〇五年にソノラマ文庫から上下二巻本で刊行された。〇七年にソノラマノベルスとして一巻本が刊行され、今回が三度目の刊行となる。
 本書が刊行された2005年前後は小川一水にとって、若き本格SFの書き手という評価が定着した時期だった。ハヤカワ文庫JAから最初に刊行した『第六大陸』で2004年に星雲賞を初受賞。本書と同じ2005年刊行の初短篇集『老ヴォールの惑星』(ハヤカワ文庫JA)は、第26回日本SF大賞の候補作になっている。
 一方、1998年の『アース・ガード』以来、初期の小川作品を数多く送り出してきたソノラマ文庫だったが、出版元の朝日ソノラマ自体がなくなったことにより、結果的に本書が同文庫から刊行された最後の小川作品となった(ソノラマノベルス版は朝日ソノラマの事業を引き継いだ朝日新聞社から刊行されている)。その意味で、小川の作家歴の中でひとつの区切りと言えるのではないか。
 ちなみにハヤカワ文庫JAでは本書に続いて『群青神殿』『ハイウイング・ストロール』と小川のソノラマ時代の傑作を復刊する予定である。未読の方も既読の方も楽しみにお待ちいただきたい。

 本書の内容に移ろう。舞台は架空世界のジオールと呼ばれる大陸。そこでは数多くの都市国家が存在し、あるいは友好関係を結びあるいは敵対していた。
 ジオール西端のエイヴァリー市は大陸の中でもっとも進んだ科学技術を持っていた。その象徴的存在が千マイル急行(ザ・サウザンドマイルズ・エクスプレス、TME)という長距離寝台列車だ。高級ホテル並の設備とサービスを誇り、複数の都市国家を経由しながら1300マイル彼方の采陽市までをほぼノンストップで駆け抜ける。
 ある日そのTMEに、四人の少年少女が搭乗する。周囲は大人ばかりのなか、彼らは社会勉強のためにと特別にTMEの旅へ招待されたのだ。
 だが出発して間もなく、乗客はTMEの異常に気づく。本来ならあるはずのない装甲列車――砲塔を搭載し兵士を乗せた軍用車輛――が接続されていたのだ。やがてエイヴァリーが他国に軍事占領されたという報せが入る。実はエイヴァリー市政府はこのことを予期しており、一部の市民を脱出させ、采陽に救援を求めるためこの列車を仕立てたのである。追われる身となった一行は予定されていたコースを変更しつつ采陽を目指す。そしてTMEには一部の者しか知らない、各国が血眼で探すエイヴァリーの秘密が積み込まれていた。
 本書のサスペンスを盛り上げているのは、設定の巧みさだろう。作中の科学技術は、われわれの世界でいうと19世紀末あたりのレベル。高性能な蒸気機関車は製造されているが航空機や自動車は発明されておらず、市中の移動は馬車に頼っている。この世界で鉄道列車は最速最大の移動手段なのである。
 しかし列車にも欠点はある。まず当然ながら線路のないところは走れない。線路があっても列車と規格が合わなければやはり走れない。そして物理的に走行可能でも、TMEの場合はまだ問題が残っている。ダイヤグラムを緊密に組んでいる他国の鉄道担当者にとって、いきなりやって来てあなた方の線路を走らせてくださいと懇願するTMEは招かれざる客でしかなく、走行には自国のダイヤグラムを乱さないという条件がつけられる。場合によっては危険を承知で、担当者に指定された時間帯・路線を走らざるをえない。
 つまり制約が非常に多いので、追っ手の立場からするとTMEがいまどこを走っていて、これからどこへ向かおうとしているのかは簡単に絞り込めるのだ。
 だが列車で列車を追跡する以上、追っ手も同じ制約を受けることになる。この制約を逆に利用した、TMEと追っ手の駆け引き・戦闘が本書の大きな読みどころである。
 キャラクターもまた魅力的だ。メインは少年少女四人の葛藤と成長だが、プロフェッショナルに徹したTMEの乗務員たち、敵役ながら単なる悪者ではなく本人なりの信念をもって行動する軍人など、脇役がいかにも小川らしい造形となっている。
 そして本書の隠し味として忘れてはならないのが、主人公たちが行く先々で見るさまざまな都市国家の情景・住民たちである。手に汗握る追跡劇と戦闘シーンが連続する中で、こういう場面に出会うとホッとさせられるが、かといってただの箸休めではない。TMEの秘密が明かされたとき、これらの街々の多様性がエイヴァリーの真の姿と際立った対照をなすのだ。


 さて、本書最大のガジェットである装甲列車だが、日本人にはあまり馴染みのない兵器なので現実の鉄道史ではどのような存在だったのか簡単にまとめておきたい。なお以下の記述は、クリスティアン・ウォルマー『鉄道と戦争の世界史』(平岡緑訳、中央公論新社。邦訳は2013年刊)を参考にしたことをお断りしておく。
 19世紀に鉄道網が発達すると、国と国とが地続きのヨーロッパ各国は、すぐにその軍事的有用性に気づいた。従来の人馬とは比較にならないくらい、大量かつ迅速に兵員や物資を運べるからだ。平時であっても戦時を想定して鉄道ルートを決めたり、戦争が始まってから目的に合わせて線路を敷設することも珍しくなかった。だが、これは裏を返すと、自分たちの鉄道網が破壊されればその軍事活動に大きな支障をきたすということにもなる。史上はじめて鉄道が大規模に使用されたアメリカの南北戦争では、南軍と北軍が互いの鉄道網を破壊し合った。
 こうした破壊活動を防ぎ、沿線を警備するために考案されたのが装甲列車である。初期は車輛に砲をすえつけただけの簡単なものであったが、やがて本書に登場するような回転砲塔を搭載したものが開発された。装甲列車は19世紀末のボーア戦争や、ロシア革命後の内戦では大きな役割を果たしたという。
 なぜ現実世界の装甲列車に触れたかというと、鉄道には旅に伴うロマンチックなイメージとは別に、こうした生々しいパワー・ポリティクスの産物という一面もあるからだ。
(ちなみにソノラマ文庫版あとがきで小川が執筆協力者として名前を挙げているミクシィの装甲列車コミュニティは、2019年6月現在、雑談トピックの過去ログが閲覧可能。ここを読むと小川が当初、装甲列車をどのように使おうとしていたのかが窺えて興味深い)
 ジオール大陸もTMEも、もとより架空の存在である。しかし小川が鉄道というインフラのシステムと歴史を踏まえて本書を構想している点はいくら強調しても強調しすぎることはない。鉄道網が強固なインフラとしてジオール大陸の人的交流や経済をささえているように、小川の異世界構築もまた小説自体のインフラとして機能し、架空の存在に確固としたリアリティを与えているのだ。でなければキャラクターたちのドラマも、また共同体にとっての誇りとは何か、科学技術は誰のものかという本書の大きなテーマも説得力を持ちえなかったろう。レールや枕木がガタガタでは、どんなに立派な列車でも走行できないのと同じように。 

 思わず話が固くなってしまったが、本書は何よりも良質の娯楽小説である。ノンストップで突き進むストーリーの果て、読者は主人公たちと同様、出発したときには想像もしなかった光景に出会うだろう。まさに本書は旅としての読書を味わえる好例なのである。読者もTMEの乗客となって小川列車長(トレイン・マネージャー)のもてなしを存分に受けていただきたい。

 それでは皆さん、よい旅を!


小川一水『疾走! 千マイル急行』

名門中等院に通うテオは文明国エイヴァリーの粋を集めた国際寝台列車"千マイル急行“で向学の旅に出た。都市鉄道の社長を務める父親と「本物の友達を作る」という約束を交わして――だが出発して間もなく、列車は強国ルテニアとレーヌスの連合軍に襲撃されてしまう。豪華な寝台列車とその乗客たちに為す術などないと思われたとき、密かに連結されていた装甲列車メイドン・カールスとエイヴァリー都市軍が反撃を開始した。

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