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なぜ、いま日本に「倫理資本主義」が求められているのか? マルクス・ガブリエル『倫理資本主義の時代』/「はじめに」全文公開

世界的哲学者、マルクス・ガブリエルによる初の「日本書き下ろし」となる著作、『倫理資本主義の時代』(斎藤幸平[監修]土方奈美[訳]、ハヤカワ新書)が本日発売しました。

本記事では、その刊行を記念して本書の序文を全文公開します。資本主義が行き詰まりとなり、「入れ子構造の危機」に瀕している現代の世界。その打開の鍵は資本主義の放棄ではなく、道徳的価値と経済的価値を再統合し、「善」の組み込みによってアップデートを施した「倫理資本主義」の実装であると説く本書。こうした発想は、いったいどこから生まれたのか? そして、なぜ彼は世界に先駆けて日本で倫理資本主義の価値を表明しようと考えたのか? その秘密の一端が、明快に語られます。

『倫理資本主義の時代』マルクス・ガブリエル、斎藤幸平監修、土方奈美訳、ハヤカワ新書(早川書房)
『倫理資本主義の時代』ハヤカワ新書

 私たちは先例のない危機の時代に生きている。新型コロナウイルスのパンデミックが世界を襲い、あちこちで戦争が勃発している。それを受けて多くの国々は急速な軍備増強に資金をつぎ込んでおり、それは新たな対立につながるだろう。世界が平和的に共存することは、ますます不可能になっているようだ。

 国内的にも国際的にも経済格差が拡大している。異常気象や急激な自然環境の悪化というかたちで生態学的危機が表面化している。これらすべてが大規模な移民発生につながっており、政治的混乱を引き起こしている。一方、科学技術の進歩によって、人工知能(AI)システムを筆頭にデジタル技術が社会に浸透している。それは富と雇用を生み出すだけでなく、自動化による雇用喪失や、私たちをとりまく社会的世界のさらなる加速化を引き起こしている。社会の変化があまりに速くなっているため、メディア、政治、市民社会は世界全体で何が起きているのか、もはや把握できなくなっている。まるで誰もが夢遊病者のように世界的大惨事に向かってふらふらと歩いているようだ。

 多くの危機はおよそ人間にはコントロールできないかのようで、近代という文明モデルは重圧にさらされている。このモデルは簡単にいうと、科学技術の進歩と経済的進歩を組み合わせれば、誰もがより良い生活を送ることができるという発想に基づいている。できるだけ多くの人のための富の創造と自由民主主義社会を組み合わせれば平和と幸福が訪れる、と。現状を見るかぎり、この約束は果たされていない。このモデルの巻き添え被害と欠点は、恩恵を上回る。だから今、多くの思想家、ビジョナリー、政治家らがまったく新しい発想を求めている。

 私は本書で、現代の問題に対処するためには新たな社会契約が必要だと主張していく。私たちが身を置く危機の時代を乗り越えるには、まさに「新しい啓蒙」が必要なのだ。この新しい啓蒙は道徳的な人間の進歩を、モノやサービスの社会経済的生産手段と、さらには豊かさや繁栄と早急にリカップリング(再統合)しなければならないという考えを出発点とする。

企業の目的は善行である

 とはいえ、これを成し遂げるために全面的な革命や社会の体制変更は必要ない。こと自由民主主義に関しては、革命は事態を悪化させるだけだ。むしろ私たちに必要なのは、善に関するまったく新しいビジョンを掲げ、社会のあらゆる部門で大胆なイノベーションを起こしていくことだ。この新たな善のビジョンは、現実的でありながら理想主義的で、実際の社会活動に即したものでありながらより良い未来を目指すものでなければならない。だから私たちは新たな秩序を生み出すため、今目の前に広がっている暗く気の滅入めいるような可能性の地平の先を考えていかなければならない。この新たな秩序は現状の良い部分を維持しつつ、それを進歩という発想に照らして改良しなければならない。ここで言う「進歩」とは前向きな社会的変化だ。そして前向きな変化は、万人が万人に拘束力のある善のビジョンを共有したときに初めて実現する。そのようなビジョンはまだ存在しないので、大至急生み出す必要がある。

 現代社会において安定と良い生活の条件を生み出すうえで、経済は重要な役割を果たす。私は本書で、新しい啓蒙は私たちの頭と心で始まるだけでなく、経済においても実行できるものであると主張していく。この文脈において企業は、長期的かつ持続的な真の経済的成功のカギを握るのは善行であるという発想を、自らのビジネスモデルと行動の土台としなければならない。ノーベル賞経済学者のミルトン・フリードマンの「企業の目的は利益追求である」という有名なキャッチフレーズに背を向け、今こそギアチェンジするときだ。企業の目的は善行であり、また善行によって利益を得ることである、と。

 この基本的論拠はとても単純だ。売り上げがほぼ同じ会社が二つあるとして、それぞれの社名を「悪」と「善」としよう。悪社の事業のやり方は環境に甚大な悪影響を及ぼし、株主や経営者は従業員を搾取し、有害な職場を生み出している。だが一見すると悪社は高収益企業で、経済的に大いに成功しているようだ。一般的な経済的基準に照らすと、善社は悪社と同じレベルだ。しかし優れたビジネスモデルと企業文化のおかげで従業員は健康で幸せであり、会社として拠点を置く都市の文化的、および全般的な人間の多様性に貢献している。エコロジカルなモノやサービスを生産し、株式の相当部分を同じように社会志向の会社に投資している。

 それほどじっくり検討しなくても、たとえ両者の利益が同額でも善社のほうが悪社より良い会社だと誰もが考える。これは私たちが利益は善行によって、またお互いを尊重することによって生み出されるほうが好ましいと考えていることを示す、きわめてシンプルな思考実験だ。本書を通じて、イマヌエル・カントが「最高善」と呼んだ概念を使いながらこれを説明していく。最高善によると、人々が幸せになるのにふさわしいから幸せであるほうが、邪悪な行動によって幸せになるより好ましい。これは時代や文化を超えて見られる人間の基本的直観だ。それを、より良い制度をつくり、社会を改善していく基本的指針として使うことができる。オックスフォード大学のブラバトニック公共政策大学院およびサイード経営大学院の経営学名誉教授であるコリン・メイヤーは最近、そのような原理、彼の言葉でいえば「道徳律」に基づいて資本主義を改革できると主張している(※1)。市場メカニズムによって人間の諸問題を解決するのに役立つ、というのが資本主義の約束だった。これは資本主義が機能しているか否かは、個人的および集団的道徳原理、倫理生活によって判断すべきであることを意味する。「企業の目的は善行である」という私のスローガンは、倫理資本主義という提案につながる。それが単なる夢想ではないことは、最近の複数の事例からも明らかだ。

SNSの問題

 ソーシャルネットワーク・サービス(SNS)産業は、ビジネスモデルとしてきわめて成功しているように見える。フェイスブック、ツイッター(現X)、ワッツアップ、スナップチャット、ティックトックなどのSNSは、これ以上望むべくもないほどの経済的成功を収めている。それと同時に、それぞれの会社がそれぞれのかたちで民主主義の大幅な後退を引き起こしている。極悪非道な国家や民間組織が陰謀論を拡散し、金を盗み、選挙を不正に操作し、スパイ活動を行うのに手を貸すことで間接的に近年の地政学的対立を引き起こしてきた。

 しかし、そもそも彼らが圧倒的な経済的成功を収めたのは、倫理的ビジョンがあったためだ(典型がフェイスブック)。SNSは人と人を結びつけ、遠くの友人たちと連絡を取り合い、写真や情報を共有し、世界をより良い、より自由な場所にすることを約束していた。ただ、それが果たされていないことは、アラブの春をはじめ、SNSがなければ起こらなかったはずの急進的な社会変化の失敗を見れば明らかだ。インターネット時代の高度な、それでいてほぼ規制を受けない社会的接続性が何をもたらすかは予測不可能、制御不可能だ。SNSが自らの技術的・経済的手段を使って道徳的進歩と法的監視を実現する戦略を考えなければ、遅かれ早かれ終焉を迎えるだろう。

 私は2015年頃からフェイスブックとツイッターの終焉を予測していたが、実際には私が考えていたよりも早く実現した。フェイスブックは2021年にメタに社名を変更した。内部告発者による情報漏洩や、社会および政治から厳しい目を向けられたことへの対応の一環だ。フェイスブックのかつての投資家の一人であるロジャー・マクナミーは創業者のマーク・ザッカーバーグの名前をもじり、「まずは社会が、続いてフェイスブックの社運がザックリやられた」と語った(※2)。利益が落ち込み、雇用削減を迫られたメタは、AIの開発に集中することにした。この方針転換によって株価は驚くべき上昇を見せたが、実際に倫理的洞察に基づいてAIを開発しなければ、その戦略も最終的に失敗し、消滅することは予想がつく。メタはフェイスブックの教訓を生かすか、さもなければフェイスブック・サービスと同様に消滅するしかない。

 ツイッターのケースはさらに劇的だった。しばらく前からツイッターは進歩的思想、ジャーナリズム、ときには国家機関までが有益な情報を共有したり収集したりできるニュース・情報プラットフォームだという(誤った)認識が広まっていたが、ツイッターの知名度が高まったのはドナルド・トランプがメディアとして活用したからだという事実を忘れている人が多いのは驚きだ。ツイッターはフィルターバブル現象や確証バイアスを生み出すシステムの典型だ。ツイッターを使っているとニュースや現実と接しているような気になるが、実際には自分が生み出した現実、自分の社会的・政治的信念の幻影を見ているに過ぎない。

 これをイーロン・マスクが運営するもう一つの有名企業テスラと比較してみよう。もちろんテスラは今、グローバルな競争に直面している。経済モデルが自動車産業に大きく依存している社会(ここには日本をはじめ、私の母国であるドイツ、そして最近主要プレイヤーの仲間入りを果たした韓国や中国も含まれる)は、より持続可能なモビリティを実現する新たな技術を生み出すというエコロジカルな責務にもとづいて行動する必要がある。テスラが電気自動車を魅力的にしただけでなく、技術的に成り立たせ、経済的に持続可能にしたことは、グローバルな経済的成功をもたらし、気候危機の解決にも貢献する可能性がある。

 ここで、世の中に存在するすべての会社が、自らのビジネスモデルが引き起こす可能性のある巻き添え被害を吟味し、どうすれば消費者行動に好ましい影響を与え、それによって社会的変化を起こすことができるか研究するのに相当な資金を投資すると想像してみよう。それは収益を拡大させるだけでなく、より良い世界を生み出すはずだ。その最大の理由は、人間は自分自身と集団が幸福になることに強い関心を抱いているからだ。私たちはみな、富が善行によって生み出され、政治家や政治制度だけでなく企業のリーダーや技術世界のビジョナリーも世界を良くすることを目標にしていると信頼できる世界のほうが望ましいと思っている。

 SNSがどのようにして民主主義の面でも経済的にも失敗したかという洞察は、より良いシステムを構築するうえで当然活用できる。たとえば新しいSNSを作ることもできるだろう。仮にその名をアゴラとしよう(古代ギリシャ語で「公共の場」「市場」を意味する言葉だ)。この新たなSNSは自己規制がしっかりしていて、ヘイトスピーチを監視して削除したり、ユーザーがマナーを守って投稿できるようネット上で(AIを使って)サポートしたりする。既存の報道機関と協力して質の高い情報を共有し、ユーザーが会社のためにデータを作成した場合は収益の一部を渡す。アゴラは国営企業ではなくあくまでも民間企業だが、その最大の目的はデジタルツールを使って民主的な公的領域の質を高めることだ。そのためには政治科学者、文化理論家、きちんと訓練を受けたジャーナリスト、倫理学者を採用し、ソフトウエア技術者とともに自社のデジタルインフラを開発し、常に更新していく役割を担わせる必要がある。現在のSNSの失敗に関する研究を踏まえてアゴラを構築すれば、この暗黒の時代に道徳的進歩を実現することに確かな貢献ができるだろう。

必要なのは革命ではなく、大胆な改革

 自由民主主義という文明のモデルと、そこにおいてモノ・サービス・インフラを生産し、できるだけ多くの人間と人間以外の生き物により良い生活の条件を整える手段としての市場経済は今日、内部からも外部からも攻撃を受けている。生き延びるためには、早急に当初の約束を果たさなければならない。そのためには一連の倫理的改革が必要だ。いずれもかなり思い切った改革だ。一方、人類は数々の存続の脅威、すなわち自滅につながりかねない重大な状況に直面している。核戦争、社会とインフラの至るところで解き放たれるスーパーインテリジェントなAIシステム、自由と文明を脅かすウイルスや細菌そして環境破壊による自滅などは、いずれも現実味のある可能性となった。人類をこうした脅威から守るためには前向きなビジョンが必要だ。なぜなら待ち受ける試練に直面して、恐怖で固まっている場合ではないからだ。そして逃げることも許されない。現実に人類が居住できる、地球に代わる惑星はないからだ。フランスの歌手、カミーユが名曲『火星はちっとも楽しくない(Mars is no Fun)』で歌っているとおりだ。

海にも行けない
水も足りない
窓も開けられない
小屋の外には空気もない
そんなことパンフレットには
書いてなかった
5年前に移住してからずっと
捕らわれの身
火星はちっとも楽しくない

今私たちが手にしているものの価値を語るカミーユの言葉に、私は強く同意する。

地球に戻りたい
そしてあなたと暮らしたい
私たちの公営住宅で
そして午後はずっとぶらぶらするの
ミルトン・ケインズの
ショッピングモールで
火星はちっとも楽しくない

 意外なことだが、現行システムで取り組むべき最初の大胆な改革とは、その長所を認めることだ。資本主義、民主主義、さらには地球から逃げようとするのではなく、批判勢力がシステムのアキレス腱として正当に批判している条件を変える必要がある。言い方を変えれば、風呂水と一緒に赤ん坊まで捨ててはならないのだ。資本主義を改革し、生態学的危機、社会をむしばむような格差、テクノロジーや戦争の脅威を解決しなければならない。だがそのためにはまず、過去200年の間に人類が実現したものの価値をしっかり認めることが必要だ。数百万人が極度の貧困を抜け出した。豊かな社会での生活はかつてなかったほど心地よい。これまでの産業革命の過ちや、その巻き添え被害として発生した地政学的悲劇や戦争について、道徳的に進歩的洞察を得ることもできる。今日資本主義が引き起こした生態学的弊害、労働者の搾取、その植民地的起源、ジェンダー格差をはじめとするさまざまな差別を批判できるのは、近代の文明化のおかげである。それを見限るのではなく、大胆な改革の機会をつかむべきだ。

 それが具体的に何を意味するかといえば、企業には単に国家による外的規制を受け入れるだけでなく、国連が作成した「持続可能な開発目標(SDGs)」のような状態を達成できるように自らを律する責任があるということだ。そこには「貧困をなくそう」「ジェンダー平等を実現しよう」「働きがいも経済成長も」「平和と公正をすべての人に」、さらには「海の豊かさを守ろう」「陸の豊かさを守ろう」といった、人間以外の生物の命への配慮も含めた高尚な価値観や理想が含まれている(※3)。

 企業がガンを治療しようと努力するだけでなく(それはもちろん非常に望ましいことだが)、それに加えて自らジェンダー平等の実現や野生生物保護のための事業計画を立案する世界を想像してみよう。

 少しばかりビジョナリーな取り組みの例として、飛行船を移動手段とするアイデアを挙げよう。私が多くの技術分野のビジョナリー、科学者、哲学者、最近では航空業界の経営層と議論してきたテーマだ。誰に聞いても飛行船による移動や観光は、現在のきわめて汚染度の高い航空機よりもサステナブルなだけではなく、スケール(規模拡大)可能で、原則的に収益性も非常に高くなるという。

 同じことが観光産業についてもいえる。観光は、もっとサステナブルでローカルな余暇活動、ハードワークからの解放、自然とのふれあいや自らを豊かにする方向へと容易に変革できる。

 もっと大胆な提言として、本書ではAIの新たな倫理についての考え方も示す。前向きな社会変革、ひいては道徳的進歩に寄与することを目的とする新たなAIシステムを開発すべきというのが私の提案だ。メッセージや情報の交換を増やすという上辺うわべだけ中立的な価値観に基づき、実際には社会システムを崩壊させる既存のAIとは違うものをデザインすることは可能だ。異なる文化、社会領域の人間たちがどのようにモノを考え、行動し、生活するかを理解し、人類共通の何かを見つけるのに役立つAIシステムを研究し、開発することは可能である。業界の協力があれば、私たちの倫理的思考を改善する方法も見つけられるだろう。だがそのためには産業界を改革し、人文科学、社会科学、文化研究、そして何より哲学や倫理の専門家を招集して、企業活動のなかで善行によって社会を改善していく方法を見つける必要がある。

 要するに私たちに必要なのは、イノベーションをトップダウンで規制したり、邪悪なプレイヤーや独占など社会的・政治的・経済的自由を損なうような有害な組織を抑制するなどして市場を制限することではない。現実の人間のニーズを満たし、道徳的に進歩した未来の社会の要請に適合するように、経済をボトムアップで規制するような新たな倫理を生み出し、現実の社会・経済的文脈のなかで実行していくことだ。

 さらに本書では子どもへの投票権の付与を含めた、真に普遍的な選挙権についての思考実験を示すつもりだ。世界人権宣言によると、あらゆる人には自分が統治される方法に貢献する権利がある。つまり政府の正当性を支えるのは、普遍的で平等な選挙権だ。しかし18歳あるいは16歳未満はまだ大人ではなく、完全な合理性を身につけていないというパターナリズム的な子どもに対する理解のもとで、どうしたら彼らを民主的代議制に含めることができるだろうか。まず若者を、それから子どもたちを、どうすれば社会経済的、政治的により良い未来の創造に本当の意味で参画させられるだろうか。人文科学と社会科学(もちろん心理学、政治科学、神経科学、地域文化の研究を含めて)の研究成果を組み合わせながら、子どもたちの選挙権を実現するための具体的ビジョンを策定する必要がある。そしてここにも企業にとって多くの機会があるはずだ。子どもの消費者行動や社会的世界は、モノやサービスの生産や消費に大人のそれと同じくらい大きな経済的影響を及ぼすのだから。

民主的な本

 私は倫理資本主義というビジョンによって、自由民主主義を救うだけでなく、もっと良いものにしていきたいと本気で思っている。このため本書は一般読者の方々に、私の主張を理解していただけるように意識して書いた。わかりにくい哲学用語や技術用語は使わないようにした。ただ説得力のある主張を展開するには、私の規範的提案の基礎を成す理論を詳しく説明しなければならない。用語の意味を明確にして、考えをできるだけわかりやすく伝えていくつもりだ。私の主張を理解するのに大学の学位は必要ないし、哲学の専門知識も要らない。

 新しい啓蒙という私のビジョンには、公的領域という概念が含まれている。政治的意思決定の中心に、誰もがその人ならではのローカルな知識を持ち寄るという考えだ。だから社会、政治、経済と密接にかかわり、できるだけ平易な言葉で語る新しいタイプの哲学が必要なのだ。そうすることで初めて、私たちは集団として思考の質を高めていくことができる。

 ちなみに、本書はまず日本語で出版することにした。2013年に初めて来日して以来、多くのヨーロッパ人、西洋人と同じように私は日本の伝統文化、現代文化のすばらしさに深い感銘を受けてきた。とりわけ日本が乗り越えてきたいくつもの近代化の波は、日本経済に世界有数の生産性をもたらした。日本の高い生産性と創造性はかねてから活発な倫理的思考を伴っており、私も2018年からそうした対話に加わってきた。日本の多層的社会(東アジア地域特有のマインドセットという中核を、さまざまなレベルの近代化や西洋との統合や変容が包んでいる)のありようから多くを学んできたこともあり、まず日本の読者に向けて語ることにした。パンデミックの最中の複数回にわたるオンラインでの講演、そして直近の2023年の来日時には、最先端の未来志向の思想に基づいて深く考え、大胆な改革を実行していきたいという強い意欲を日本のあらゆる階層に感じた。だからこそ日本のみなさんが、倫理資本主義が自由民主主義を救うという主張を説得力をもって語ろうとする本書の最初の読者となったのだ。

※1 Colin Mayer, Capitalism and Crises: How to Fix Them (Oxford: Oxford University Press, 2024).
※2 Roger McNamee, Zucked: Waking Up the Facebook Catastrophe (New York: Penguin, 2020).
※3 https://sdgs.un.org/goals


▶この続きはぜひ本書でご確認ください(電子書籍も同時発売)。

本書の目次

はじめに
企業の目的は善行である/SNSの問題/必要なのは革命ではなく、大胆な改革/民主的な本

第1部 哲学者、経済を考える
第1章 「倫理」「資本主義」「社会」を定義する
「倫理」とは何か/テロリストとの対話が不可能な理由/「それぞれに正義がある」を超えて/「資本主義」とは何か/自由市場と国家/「社会」とは何か/経済と社会は同一ではない/倫理資本主義という考え方/本書の目的/エコ・ソーシャル・リベラリズム

第2章 入れ子構造の危機──現状の複雑性
資本主義が悪いのか?/「近代」の概念をアップデートする/「自由」、そして「自律性」/社会的自由──自由は個人だけの問題ではない/物質的成長の限界/新自由主義に与せずに、資本主義を防衛する/「共生」という思想/資本主義の柔軟性/人間の解放/未来を構想する──最高哲学責任者、子ども、AI

第2部 倫理資本主義
第3章 経済学の危機
マルクス以来の悪評/問題よりも多くの解決策を生み出してきた/アダム・スミスの『道徳感情論』/お金は翻訳ツール

第4章 道徳的価値と経済的価値をリカップリングさせる──新しい啓蒙への道
余剰価値生産の謎/私的保有と集団的保有/万国の人間よ、団結せよ!/倫理的洞察へのアクセス/COVID‐19の倫理学/道徳的に優れたビジネスは富を増やす/いかに問題を解決するか?

第5章 ヒトという動物──協力を最優先する
人類学的多様性/競争至上主義から協力至上主義へ/社会の複雑さと自由/ウイルス学的要請/「邪悪な協力」もある/社会的構築がすべてではない

第6章 道徳的進歩と持続可能性
「道徳的事実」の正しさ/倫理学のヒューリスティックスに欠かせない要素/生活の質を量的にはかるには/道徳的進歩にかかわる実在論/「倫理的中立性」は存在しない/戦争犯罪の邪悪さ/今日における「最高善」/SDGsの本質/消費主義社会の克服と倫理資本主義の実装

追伸:物象化としての「資本主義」
資本主義はシステムとして理解できるか?/啓蒙思考の価値/倫理資本主義に移行するためのヒューリスティックス/小結

第3部 応用篇
第7章 CPOと倫理部門
倫理部門の機能/もしも、フェイスブックに倫理部門があったら……?/新たな市場が生まれる

第8章 子どもたちに選挙権を!
「大人主義」という差別/真に普遍的な選挙権/子どもの想像力が未来を変える/日本におけるジェンダーとダイバーシティ

第9章 形而上学的パンデミック──欲望をコントロールする
新型コロナの封じ込めの成功が意味するもの/「形而上学的パンデミック」が必要だ/禁欲は無理、では「ほどほどの生活」なら?/経済成長のありかたはひとつではない

第10章 次世代のAI倫理 
「人間として生きる」とはどういうことか?/次世代のAI倫理の前提条件/AIから真の利益を得るために

結論
謝辞
訳者あとがき

〈著者略歴〉

マルクス・ガブリエル(Markus Gabriel)
1980年ドイツ生まれ。哲学者。200年以上の伝統を誇るボン大学の哲学科正教授に史上最年少の29歳で就任。西洋哲学の伝統に根ざしつつ、「新実在論」を提唱し世界的に注目される。スタンフォード大学人文科学センター国際客員研究員などを兼任。NHK Eテレ「欲望の時代の哲学」などテレビ番組にも多数出演する。『なぜ世界は存在しないのか』『「私」は脳ではない』『新実存主義』ほか著書多数。本書は著者初の日本書き下ろし。

©Peter Baranowski

〈監修者略歴〉

斎藤幸平(さいとう・こうへい)
1987 年生まれ。経済思想家。東京大学大学院総合文化研究科・教養学部准教授。著書に『ゼロからの『資本論』』、『人新世の「資本論」』など。監訳書にガブリエル&ジジェク『神話・狂気・哄笑』(共監訳)。

〈訳者略歴〉

土方奈美(ひじかた・なみ)
翻訳家。日本経済新聞記者を経て独立。訳書にファデル『BUILD』、スローマン&ファーンバック『知ってるつもり』(以上早川書房刊)、アイザックソン『レオナルド・ダ・ヴィンチ』など多数。

〈書籍概要〉

  • 書名:『倫理資本主義の時代』

  • 著者:マルクス・ガブリエル

  • 訳者:土方奈美

  • 監修:斎藤幸平

  • 出版社:早川書房(ハヤカワ新書)

  • 発売日:2024年6月19日

  • 本体価格:1,200円(税抜)


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