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人類であれば、誰もが恐竜に乗ってお散歩したいと思ってますよね?『科学でかなえる世界征服』第3章・試し読み

秘密基地の建造、大型恐竜の復活、不老不死の達成……などなど、映画や漫画に登場する悪役が掲げる野望を科学的に検証し、さらに予算や納期の面からもその実現可能性を大真面目に探っていくサイエンス・ノンフィクション、『科学でかなえる世界征服』(ライアン・ノース[著]、吉田三知世[訳]、早川書房)が発売中です。

ときにみなさま。普段の生活では、どのような乗り物を利用しておりますでしょうか。通学に電車、通勤に自動車、それから買い物に自転車、最近では電動キックボードという選択肢もあるかもしれませんね。

しかし、そんなものよりも圧倒的にかっこよく、かっこよく、かっこいい交通手段があります……そう、「恐竜」ですね。

人類であれば誰もが恐竜に乗って家の近所を闊歩したいと考えていますし、なにより恐竜であればウシやウマと同様に免許を取得することなく公道を走行することが可能でしょう。環境に与える負担の小ささも魅力的です。もちろん、本邦における『ジュラシック・パーク』の版元である弊社では、ヴェロキラプトルに乗って通勤することが認められています。うらやましいでしょう。そんなサステナブルでクールでパーフェクトな交通手段、それが恐竜なのです。

そこで今回の記事では、本書の第3章「恐竜のクローン作成と、それに反対するすべての人への恐ろしいニュース」の前半部分を特別公開し、お気に入りの恐竜を現代に復活させ、気が済むまで乗り回しまくるためのヒントを学んでいただきたいと思います。一家に一匹、ヴェロキラプトル!



ライアン・ノース[著]吉田三知世[訳]
『科学でかなえる世界征服』
(四六判・並製)
刊行日:2023年7月19日(電子版同時配信)
定価:2,420円(10%税込)
装画:川原瑞丸
装幀:杉山健太郎
ISBN:9784152102553

【3】恐竜のクローン作成と、それに反対するすべての人への恐ろしいニュース


一枚の絵が千の言葉の値打ちを持つように……生きた一頭の恐竜は、千の
事件に匹敵する、腹の底まで響く恐怖を小学生に与える。

──ジャック・ホーナー(2009年)
〔ホーナーは「ジュラシック・パーク」の主人公のモデルであり、
制作アドバイザーでもある古生物学者〕


スーパーヴィランはみんな、カッコよく登場したいと思っている。スーパーヴィランに可能な最善の登場方法は、恐竜の背中に乗って現れることだ。したがって、すべてのスーパーヴィランが、恐竜を作り、手なずけ、その背中に乗りたがっているのは、このことから論理的に明らかである。

あなたが進む道は明らかだ。恐竜を蘇らせ、恐竜を乗り回すのだ。これには、神のように振る舞えるという御利益もある。それは楽しいし、スーパーヴィランなら誰もが一度はやってみるべき古くからのスーパーヴィラン的娯楽なのだ。


絶好調のスーパーヴィランが登場し、みんなが「どうなってんの? なんであんなにめっちゃカッコよくて、しかも絶好調になったんだ?」と叫ぶところ。


背景

非鳥類型恐竜は数百万年前に絶滅した。それは、「すこぶる運の悪い日」と言って間違いないある日、隕石が地球に衝突した直後のことだった。一部の鳥類型恐竜は生き延び、その後進化して、今あなたが周囲で目にする鳥類となった。また、一部の哺乳類も生き延び、やがて進化して、今あなたが周囲で目にする人間となった。「よろしくね!」

それ以前は、恐竜の極々一部だけが化石となった。そのプロセスは、おおむね次のようなものだ。水が多い環境、または乾燥した環境で死んだ恐竜が、動物の死体を食べる腐食動物スカベンジャーたちに食べられてしまう前に、土砂などの堆積物(水が多い環境では)か、吹き付けてきた砂(乾燥した環境では)によって素早く埋まって、地質学的時間が経過するうちに一部が化石になったのである。

というわけで、恐竜が化石になっている現在の話に戻ろう。


小悪党の間抜けなプラン

恐竜を蘇らせる方法の1つは、クローンを作ることだろう。そのためには、恐竜のDNAが必要だ。DNAとは、生体分子がつながった二重らせんの形をした、動物の遺伝子コードである。『ジュラシック・パーク』では、琥珀に封じ込められた蚊から恐竜のDNAを採取した。問題は、現実の世界では、DNAはあまりに早く分解してしまい、この琥珀のエピソードが成り立つわけはないということだ(最近の研究による推測では、DNAの半減期は521年だ)。だとすると、理想的な条件の下でも●●●●●●●●●●、死んだ恐竜のDNAの半分は、521年で分解し、使い物にならなくなってしまい、その後の521年で、残ったDNAの結合の半分が分解し……と、どんどん半分に減っていくわけだ。これが続けば、すべてのDNAは約680万年後には完全に消滅してしまうし、150万年も経てば、使い物になるデータを抽出できるだけのDNAは残っていないことになる。

非鳥類型恐竜は6500万年前に絶滅したことからすると、恐竜のDNAが回収できる見込みはあまりなさそうだ。現実の世界では、それほど古いものから何らかのDNAが回収できたことなど一度もない。琥珀に封じ込められた古代の蚊からにしても──その腹に残った血液からも、蚊そのものの体からも。DNAなんて残っちゃいないのだ。

(中略)

恐竜を復活させるには、かなり大きな問題がさらに2、3ある。まず、あなたは先史時代の恐竜のDNAなどまったく持っておらず、他の誰も先史時代の恐竜のDNAなどまったく持っておらず、先史時代の恐竜のDNAの断片に●●●すらお目にかかる望みなどまったくなく、しかも、私たちの最善の知識からすると、すべての先史時代の恐竜は、私たちの大昔の先祖が2本足で歩き始める6000万年以上前に宇宙から完全に消え去ったはずなのだ。

小物ヴィランなら、ここで夢は終わる。だが、あなたはスーパーヴィランだ。あなたの思考法は他の人とは違う。もしも、先史時代の恐竜のDNAの完全な一式は必要ではない●●●●●●としたらどうだろう? その断片すら必要ないとしたら?

あなたに必要なものはすべて、すでにここにあって、現代まで生き延びた恐竜の子孫たちのなかに潜んで、誰かが発見してくれるのを待っていたとしたらどうだろう?


あなたの計画

進化は、それまでのものを足場として起こる。それは加算していく過程なのだ。多くの動物が非常によく似ているのも、動物たちを「科」に分類できるのもこのためだ。人間は脊髄の上に頭があるが、犬、猫、鳥、魚、そして恐竜もそうだ。これらの動物は互いに相当違っているにもかかわらず、類似性もたくさんある。

たとえば、食物は体の前方から入り、老廃物は後方の端から出る。腕や脚は、硬い棒状の背骨から伸びている、などだ。私たちはみんな脊椎動物──脊椎を持つことを特徴とする動物の一団──で、十分遠くまで過去にさかのぼれば、私たちはみな、脊髄の上に脳があり、前から食べて後ろから排泄する同じ祖先を共有している。これらの種はどれも、そこを足場として進化したが、進化の仕方が違っていたのだ(当然ながら、すべての動物が脊椎動物なのではないし、クモ形類動物や頭足動物は、それぞれまったく別の祖先から、彼らの特徴を決めた独自の経路で進化した。クモ形類動物はどれも、8本の脚と外骨格を持ち、頭足動物は、大きな頭と、軟体動物から進化した多数の脚がある)。

ある動物がある形質を失ったように見えるときでも──たとえば、私たちの遠い祖先には尾があったが、今私たちは誰も尾を持っていない──その形質をもたらす遺伝情報が失われてしまったとは限らない。抑制されているだけかもしれないのだ。なにしろ、母親の子宮のなかの胎児だったころ、あなたもしばらくのあいだ尾を生やしていたのだ。しかし、2、3週間経つと、他のさまざまな遺伝子が活性化し始め、そのため尾の成長プロセスは停止し、さらに反転して、尾は体に再吸収されて見えなくなったのである。

あなたはこのプロセスを利用するのだ。動物がどんな姿になるかを決めるのは、遺伝子だけではない。胎児が子宮内で成長する過程の、どのタイミングでどの遺伝子が活性化されるかも非常に大切だ。もしも胎児の成長過程に介入することができ、「その尾を生やすのを止めよ」と命じる遺伝子を化学物質によって抑え、その過程を最後まで進行させられたなら、尾のある人間を生み出すことができるだろう。そして、この方法のいいところは、新しい有尾人間を生み出したとしても、実験の対象者が元々持っていた天然DNAをあなたが変えてしまったわけではないことだ! 初期発生のあいだにそのDNAがどのように発現するかに介入しただけである。あなたは遺伝子操作したというよりも、ただ特注の胎児発達を起こすための環境●●●●●●●●●●●●●●●●を整えただけなのだ。

人間の胎児やその環境をいじくり回すことに関心があることを少しでもうかがわせようものなら、人々がたちまち表情をこわばらせるほど、この技術には道徳的・倫理的な問題が山のようにある。

だが、そんなことは全部忘れよう。なぜなら、私たちはニワトリを使うのだから!

ニワトリは、最も研究され、最もよく使われている実験動物の1つだし、人類は2000年以上にわたり、ニワトリを使って実験を行なっている。

そして、偶然のことながら、ニワトリは卵のなかで発達するおかげで、化学志向のスーパーヴィランであるあなたは、ニワトリの胚が発達する際の完璧な胎内環境を容易に確認することができるのだ!



さて、ここまでで恐竜の復活のためにはニワトリを使うのが最適であることがわかりました。はたして、ヴェロキラプトルやティラノサウルスのようなかっこいい恐竜は作れるのでしょうか。その顛末、そしてこの野望の達成のために必要な予算と期間の詳細については、本書をご購入のうえお楽しみください!


  



◆書籍概要

『科学でかなえる世界征服』
著者:ライアン・ノース
訳者:吉田三知世
出版社:早川書房
本体価格:2,200円
発売日:2023年7月19日

◆著者紹介

ライアン・ノース (Ryan North)
トロント在住の作家。著書に『ゼロからつくる科学文明』やカート・ヴォネガット『スローターハウス5』のグラフィックノベル(未邦訳)がある。コミック作家としての顔ももち「ADVENTURE TIME」シリーズは漫画のアカデミー賞と呼ばれるアイズナー賞とハーヴェイ賞を受賞、マーベルの「絶対無敵スクイレルガール」シリーズの原作も担当している。愛犬の名はノーム・チョムスキー。

◆訳者紹介

吉田三知世(よしだ・みちよ)
京都大学理学部物理系卒業。英日・日英の翻訳業。訳書にノース『ゼロからつくる科学文明』、マンロー『ホワット・イフ?』『ハウ・トゥー』『ホワット・イズ・ディス?』『もっとホワット・イフ?』、リドレー『進化は万能である』(共訳)(以上早川書房刊)ほか多数。


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