全世界累計2900万部、日本は47万部突破!! 『三体Ⅲ 死神永生』で完結する三体ワールド、発売前にその魅力をおさらい!(その1)
5月25日の発売日まで約一ヶ月と迫った『三体』三部作完結篇『三体Ⅲ 死神永生(ししんえいせい)』。全世界で2900万部、日本でも47万部を突破した未曾有の大ヒット作、ぜひその日本版完結の熱狂をリアタイで追ってみませんか。「でも第一部も第二部も厚いんでしょ? 読める気しないし……」というあなた! ぜひこちらをお読みください。SFマガジンの連載や、大人気ブログ「基本読書」でおなじみのレビュアー、冬木糸一さんに『三体』ワールドを解説していただきました。(編集部)
完結前におさらい! あらためて『三体』のおもしろさを解説する!
冬木糸一
はじめに
今年の5月25日に、ついに『三体』三部作の最終作が刊行される。劉慈欣による『三体』三部作は中国では2008年から刊行開始された作品だ。中国本国のみならず20カ国以上に翻訳され、全世界の発行部数が2900万部を超える、化け物級のSFである。『三体Ⅱ 黒暗森林』までが翻訳されている本邦も(第二部の)刊行直後累計30万部を突破し、翻訳物の単行本としては異例という他ない売り上げをみせている。
そんな凄まじい三部作なのだけれども、今回は完結巻の刊行にあたり、『三体』に触れたことがない方、SFや中国の小説にこれまで一度も触れたことがないような方までを対象にして、あらためてそのおもしろさを伝えてみたい。とはいえ、この『三体』三部作に、SFや中国の小説を読んだことがないから楽しめないかも……といった気負いは、正直必要ないと思っている。
何しろ、本作の愛読者にはザッカーバーグなど、普段あまりSFを読むようなイメージのない著名人の名も多い。たとえばアメリカのオバマ元大統領は愛読書にこの『三体』三部作をあげ、第三部の英訳が刊行される前に待ちきれなくなって劉慈欣に何度もメールをしたという「ほんとかよ」と言いたくなるようなエピソードまで存在している。『三体』がここまで世界的にヒットしているのは、本作が圧倒的におもしろいからというだけにとどまらず、同時にどこまでも読みやすく、誰でも入りやすい作品という、言葉にするのは簡単だが、実現は難しい挑戦に成功しているからでもある。
▲『三体』アメリカ版カバー
著者の劉慈欣は大きな影響を受けたSF作家の一人に小松左京、作品としてはとりわけ『日本沈没』の存在を挙げているが、『三体』もまた、人類と地球の命運を主題としたビッグ・スケールの物語として展開していく。中心テーマである異星文明との初接触、量子力学から人工知能をはじめとしたSFにおけるおなじみのネタや展開も次々と投入されていくが、小難しいところはどこにもない。「そんなバカな」と唖然とするような展開が連続し、それでいて科学的な厳密性を保ちつつ、科学とは、文明とは、人類とはといった哲学的難問に立ち向かう、本来であれば相容れない要素が自然な形で同居する、超弩級のエンターテイメントがこの『三体』三部作なのである。
物語は第一部、第二部、第三部とで、大きく異なるスケールと読みどころがある。本稿ではまず第一部のあらすじ、そのおもしろさに触れていこう。
あらすじ──葉文潔
『三体』三部作全体の話としては、簡単にまとめれば地球外生命との最初の接触(ファースト・コンタクト)と、侵略に抵抗する地球人類というSFの王道的テーマを扱っている。第一部は天体物理学者の葉文潔(イエ・ウェンジエ/よう・ぶんけつ)とナノマテリアルの研究者、汪淼(ワン・ミャオ/おう・びょう)の二人を中心人物として進行するが、物語は1967年の文化大革命時に、理論物理学者であった父を失った女性・葉文潔の場面からはじまる。文潔は大学院で天体物理学を学ぶ研究者だったが、森林伐採事業が進む東北部の山岳地帯に送られ、農薬の散布が生態系を破壊している状況を告発したレイチェル・カーソンの『沈黙の春』と出会う。その『沈黙の春』に影響を受けて、環境破壊に反対する意見書を中央政府に送ったとする濡れ衣をきせられ、政治犯にされてしまう。
文化大革命で父を失い、『沈黙の春』を読み込んだ経験は、彼女を決定的に変えてしまった。殺虫剤の使用のように、自分が正常だと思っている行為が大自然から見ると文革と大差のない邪悪な行為であるように、人類は本質的に邪悪で、矯正は不可能なのではないか、という考えに至らせるのだ。
文潔は、多数派が正しく、偉大であるとする文革の邪悪さに気づいていたが、文潔がノーマルで正当だと考えていた殺虫剤の使用も実は悪だということに、レイチェル・カーソンによって気づかされた。つまり、人類のすべての行為は悪であり、悪こそが人類の本質であって、悪だと気づく部分が人によって違うだけなのではないか。人類がみずから道徳に目覚めることなどありえない。自分で自分の髪の毛をひっぱって地面から浮かぶことができないのと同じことだ。もし人類が道徳に目覚めるとしたら、それは、人類以外の力を借りる必要がある。この考えは、文潔の一生を決定づけるものとなる。劉 慈欣. 三体 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.404-409). Kindle 版.
彼女は『沈黙の春』を端緒とする騒動によって犯罪者となってしまうが、『太陽の放射層内に存在する可能性のあるエネルギー境界面及びその反射特性』という論文が評価され、紅岸基地で行われている極秘の地球外生命探査プロジェクトで主要科学者の一人として関わることになる。「人類を道徳に目覚めさせるために、人類以外の力を借りる必要がある」とまだ若い段階で悟った彼女が、その野心を秘めながらも地球外生命探査を続けていくのは、第一部における大きな読みどころ。
▲『三体』原書カバー
あらすじ──汪淼
もうひとりの主人公は、ナノマテリアルの研究者である汪淼だ。時代は変わって、2005年(推定)ごろ。汪淼の周りでは不可思議なことが次々と起こる。一流の科学者にして葉文潔の娘でもある楊冬が、これまでもこれからも物理学は存在しない、と意味深な遺書を残して自殺する他、汪淼の知る物理学者が次々と自殺を遂げてしまう。その実態を調べていくうちに、汪淼はある人物から「物理法則が時間と空間を超えて不変ではない」事実を知らされる。北米、ヨーロッパ、中国と別々の場所に設置された高エネルギー粒子加速器がはじき出す計算結果が異なるだけでなく、時間をズラすとその結果もまた変化したというのだ。
その後、汪淼の撮ったカメラにだけ1200時間から徐々に時間が減少していく謎のカウントダウンが映り込み、彼はそれを止めたいのであれば、推進しているナノマテリアル研究をストップしろと警告を受ける──。ナノマテリアルに関する技術は強固な物質を生成することができ、軌道エレベータの開発など、大規模な宇宙開発を可能にすることで人類を地球の引力から開放する重要なきっかけとなる。しかし、誰が、なぜそれを阻止しようとするのか──といったところで、物語は急加速していく。
圧倒的なケレン味とその基礎となる歴史と技術の描写
『三体』のおもしろさはすぐにいくつも思いつくが、僕が何よりも愛してやまないのはその圧倒的なケレン味だ。第一部の紹介してきたあらすじでいうならば、たとえば「人類を道徳に目覚めさせるために、人類以外の力を借りる必要がある」という考えに沈黙の春を読んでたどり着く葉文潔の飛躍した思想。汪淼が遭遇する、「次々と自殺していく物理学者たち」「物理法則が時間と空間を超えて不変ではない」という「何がなんだかわからんがすげえことが起こっている!」と思わせてくれる物語的なフック。
それだけでもページをめくる手が止まらなくなっているところに、汪淼のカメラにだけ謎のカウントダウンが映り込むという演出によって、いったいこのカウントダウンは何なのか、このカウントダウンがゼロになってしまった時何が起こるのか!? と、「この先いったいどうなっちゃうの!?」とダメ押しのサスペンスが押し寄せてくるのである。さらに、汪淼について語られるパートでは、彼が「三体」というVRゲームをプレイする様が描かれていくのだが、このゲームパートがまたおもしろい。
ゲームの「三体」の惑星では地球とは異なって周囲に三つの恒星が存在する。「三体」世界の惑星はその3つの惑星に引き寄せられ、解析が極度に難しい複雑な軌道をとることがある。1つの恒星を安定して周回している時は日の上昇と下降は一定で、文明も発展することができる。しかし、3つの恒星間で揺れ動く期間に入ってしまうと、気温は乱高下し、文明は滅んでしまう。汪淼は何度もこのゲームにログインし、不規則な恒星によって崩壊しながらも「脱水」という乾燥技術によってやりすごし、少しずつ発展していく三体文明を、周の文王、墨子、ガリレオ、コペルニクス、アインシュタイン、フォン・ノイマンといった偉人らと議論を進めながら体験していく。
そうした偉人たちの存在はゲームだからNPCに過ぎないのだが、ノイマンとの対話が行われるパートでは、三体文明は恒星の軌道解析のために計算機会を作ろうとし、その実現方法として三千万人の人民を並ばせ、〈入力1〉〈入力2〉〈出力〉の役割を担わせることで「人間論理演算システム」を作ってみせる(編集部注:ここのパートは抜粋され、「円」として短篇化されている。『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』収録)など、発想も、それが実際に稼働した時の情景も、常軌を逸している。
フォン・ノイマンが巨大な隊列回路を紹介する。「陛下、われわれはこの計算陣形を秦一号と命名いたしました。ごらんください、あちらの真ん中に見えるのが中央処理装置、中核となる計算部品です。陛下の最精鋭の五つの兵団で構成されております。図面を参照していただければ、中にある加算器、レジスタ、スタックメモリなどがおわかりになるでしょう。外側を囲んできちんと整列している集団はメモリです。この部分を構築する際に、人数が足りないことに気づきましたが、ここはそれぞれのユニットの動作がもっともシンプルな箇所ですので、兵士ひとりひとりを訓練し、多くの色の旗を持たせることで、当初は二十名に割り当てていた動作をひとりで実行できるようにしました。その結果、メモリ容量は〈秦1・0〉オペレーティングシステムの最低条件をクリアできました。あちらの、すべての陣列を貫く無人の通路と、その通路上で命令を待つ身軽な軽騎兵をごらんください。あれは、システムバスと呼ばれるもので、全システムのコンポーネント間の情報伝達を担当します。劉 慈欣. 三体 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.3626-3636). Kindle 版.
この三体ゲームについての話は、最終的には文潔らの物語と合流し、その真の意味が明らかになっていく。こうした何でもありのゲームを通して(劉慈欣もまた20代の頃は「プリンス・オブ・ペルシャ」などのゲームにハマっていたという)、地球とは異なる状況の惑星を表現し、そこに中国の歴史や実際の数学・物理学の歴史を接続する強引ともとれる手法がここでは使われている。「ケレン味あふれる壮大な展開と、それを支える豪腕のロジック」に支えられた、劉慈欣の作風のおもしろさが、この「三体」ゲームの部分にはよく現れているといえるだろう。
Author Photo (c) by Lin Yi’an
一つ一つの描写はバカバカしくトンデモSFとさえ思ってしまうのだが、人類に絶望した思想的背景に文革がある文潔のように、「歴史」や「科学」の土台が設定されていて、それが『三体』を娯楽度の高いバカSFで終わらせずに、文学性や科学性の高い作品たらしめているのである。
おわりに
書いてきたように、第一部だけでもとんでもなくおもしろいのだが、実は物語が本格的に加速していくのは第二部から。僕も第二部は「こんなにおもしろい物語があっていいのか!」と震えながら読んだぐらいだ。第二部では人類の中でも最強の知性が集められ、人類の存亡をかけた知的バトルが展開する。そちらについても紹介記事を挙げるので、こうご期待。
(つづく)