伊藤羊一「この本を最後まで読み通せば、アントレプレナーシップがスキルとしてガチに身につくんです。これはすごいことですよ!」——『すべては「起業」である』解説特別公開
ニーズの「発見」、問題の「解決」、持続可能な事業の「拡大」という起業の黄金プロセスは誰でも習得でき、そして起業にとどまらず、ビジネス一般や日常生活にも応用できるのだと説くノンフィクション。『すべては「起業」である——正しい判断を導くための最高の思考法』(ダニー・ウォーシェイ[著]渡会圭子[訳])が好評発売中です。
著者のダニー・ウォーシェイはアメリカの名門、ブラウン大学の教授。起業家として複数の事業を成功させた経験を活かしておこなわれる講義「アントレプレナリアル・プロセス」は学内の最高評価を得るに至っており、本書にはその神髄が余すところなく詰め込まれています。
そんな本書の解説を担当してくださったのは伊藤羊一(武蔵野大学アントレプレナーシップ学部・学部長)さん。
今回の記事では、著者と同じくビジネス・教育の両面において精力的に活動されている伊藤さんの、熱い想いの詰まった本書解説を特別公開いたします。
解説
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 学部長
伊藤羊一
本書を手に取られているみなさん、こんにちは!
本書『すべては「起業」である』は、「アントレプレナーシップ」についての本です。
アントレプレナーシップは日本語では通常「起業家精神」と訳されることが多く、才能に近いものであると考えられがちです。しかし本書ではそれを誰もが習得できる「構造化されたプロセス」として再定義しています。つまりこれを最後まで読み通せば、アントレプレナーシップがスキルとしてガチに身につくんです。これはすごいことですよ!
あなたが、これから起業や新規ビジネスで新しい価値を生み出していきたい! と思われているのであれば、迷わず、本書を一気に読み進めてください。できれば2~3回読み返しながら、この流れに沿って動いてみてください。これは必ず、あなたの役に立ちます。そして新規ビジネスだけではなく、マーケティングや、人材育成、という観点でも色々なことが学べます。いや、ほんとやばいんですよ。そして盛りだくさんの内容ながら、非常にすっきり読めます。本当ですよ。試しに読んでみてください!
解説を書くにあたって手放しに褒めるより、もう少し冷静に本書が持つ価値を語った方がいいようにも思うのですが、やはり最初に「全力で推薦したい!」という想いをみなさんにお伝えしておいた方がいいなと思いまして、解説というより、TVショッピングの商品紹介のように熱く宣伝してしまいました(笑)。
自己紹介させてください。私は伊藤羊一と申します。アントレプレナーシップ教育、リーダーシップ教育を主な生業にしています。1990年に社会人になってから、様々な仕事をしてきました。日本興業銀行(現みずほ銀行)で、銀行員として法人の事業展開のサポートをし、プラスで物流、マーケティング、新規事業開発、事業再編、子会社経営を行なってきました。そして2013年よりMBAビジネススクールで教鞭を執りながら、2015年ヤフーに転じ、企業内大学Yahoo!アカデミア(現LINEヤフーアカデミア)の学長として、これまで行なってきた経験をベースに、「人を育てる」という仕事も始めました。その一環で2018年『1分で話せ』(SBクリエイティブ)ほか、何冊かの本を書いてきました。
こうした経験を経て、2021年4月に武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)を立ち上げ、学部長に就任しました。この学部は、アントレプレナーシップを大学生に醸成する、日本で初めての学部です。学部開設の一年半前くらいから教員を招聘し、企画、構想し、カリキュラムを実際につくり、学生を集めて、授業を展開しています。さらに2023年6月には、武蔵野EMCの学生に対するアントレプレナーシップ醸成の様々なチャレンジを社会実装するためのスタートアップスタジオ「Musashino Valley」を開設し、代表に就任しています。一言でまとめるならば、私はこれまでの経験をベースに、学生や社会人にアントレプレナーシップ教育を実施し、その人たちが活躍することで、この社会を元気にしていく役割を負っています。
本書は、先に述べたように、どうやってアントレプレナーシップを身につけ新しい価値を創造するか、について書かれた本です。まさに私が、これまでの経験を活かしながら現在、朝から晩までうんうん苦しみながら取り組んでいることです。つまり、本書がイケているかどうかについては、私が一番理解できるよな、と思うわけです。
そして、結論として私は、本書を全力でオススメします。
まず、「本」としての出来が素晴らしい。ポイントは以下の通りです。
① プロセスだ! というだけあって、しっかり形式化/言語化されている
当たり前のようで当たり前でないことです。他の本で言えば、読んでいると「なんだよ、結局気合いを入れて突き抜けろってことなのか!」とか「なんだよ、それは著者の感想じゃないか!」といったような本がめちゃくちゃ多いです。でも本書は違います。全ての表現に説得力を感じます。実際に役に立つことが書かれています。全体感が明確なのに、細かく具体的な部分もしっかりと説明されています。ですから、読者はすぐ、本書の流れに沿って、すぐに「実行」に取り掛かれるのです。私も、自身のカリキュラムの中で本書の内容を取り入れていこうと考えています。
② このうえなく、ストーリーがしっかりしている
本書で述べられているアントレプレナーシップの基本的なプロセスは「発見・解決・拡大」にあります。まず第一部で、アントレプレナーシップとは何か、なぜプロセスなのか、そして大企業の新規事業との違い(少ないリソース)を明確に説明したうえで、圧巻の第二部に突入します。第二部では、発見、解決、拡大を具体的にどうやっていくか、ニーズを見つけるところから、チームを拡大し資金調達していくところまで一気に、しかも詳しく展開されています。私たちはこれを読みながら、何もないところから始まって、会社が大きくなっていく過程を疑似体験できます。そして最後に、ステークホルダーに対してピッチ(プレゼン)指導を行なうところまで。確かにここは非常に大事ですが、アントレプレナーシップの本でここまで詳細に解説していることにビックリしました。
③ 事例が豊富でアップデートされているし面白い
掲載されている事例は、いずれもリアルな企業やアントレプレナーの奮闘事例です。たとえば、下痢止めを途上国の子どもたちに届けるために、世界中に張り巡らされているコカ・コーラの流通システムを活用できないか考え、その方法を編み出すといったように、ものすごく具体的な事例から、ハイチで教育プロジェクトに関わっていたアントレプレナーが、どうやって多額の寄付を得て、事業を拡大し国内の教育・経済システムを変革していったか、というような大がかりな話まで、多数、紹介されています。また、様々な先人や有識者の知恵、知見が紹介されているのですが、サイモン・シネックの有名な“Start with why”のTED Talkからの言葉や、偉大なるアントレプレナーの先人スティーブ・ジョブズの言葉、そしてなぜか映画『ボヘミアン・ラプソディ』からクイーンのフレディ・マーキュリーの言葉や、バスケットボールの英雄マイケル・ジョーダンの言葉など、ビジネス外での知見も多数、引用されています。それは著者の幅広い知識や教養のなせる業なんだと思います。
というところがまずあった上で、本書の魅力は、それだけに止まらないのです。なんせ、読んでいて「いてもたってもいられなくなる」のです。「私の解説なんて読んでる場合じゃない! 早く読み始めた方がよい!」と言いたくなるのです。
それはなぜか。
著者の言葉ひとつひとつに、「本物」ならではの凄まじい迫力を感じるからです。
著者ダニー・ウォーシェイ氏の略歴は、以下の通りです。ネルソン・センター・フォー・アントレプレナーシップの創設者、ブラウン大学の教授で、大学在学中にクリアビュー・ソフトウェアのリーダーシップ・チームの一員として起業を開始して以降、様々な企業の設立・成長、売却に関わっている著名な起業家でもあります。実際にご自身で企業の設立から売却まで行なっている、それも一つではなく複数の企業に関わっている。この経験がベースにあるのですから説得力があります。そして、その経験をそのままにせず、アカデミックの世界に入り、教鞭を執っているのがまた素晴らしいのです。
成功したアントレプレナーの方の話を聞くのはエキサイティングです。私も数多くのアントレプレナーの体験談を聞いてきました。その全てが実に面白いのです。しかし、それはN=1(事例数がひとつ)の体験談に過ぎず、それだけでは、「ああ、この方はすごいんだな」で終わります。たとえご自身の中でその経験を構造化されていても、それだけでは説得力が生まれないのです。
では、ベンチャーキャピタリストがサポートしてきた複数のアントレプレナーたちの体験を構造化する場合はどうでしょうか。それは単体のアントレプレナーの経験談と違って、複数の事例です。ただそれでも、事業を立ち上げて苦労された本人の話より、説得力は少し弱くなってしまうようにも思います。
著者のように、「ご自身で複数の事業を立ち上げから売却まで経験」し、さらにそれを構造化するためにアカデミックの世界に入り、成功と失敗、両面の具体的な事例に多数触れながら、学生たちに指導しながら再現性を高めるというプロセスを踏んでいるからこそ、強烈な説得力が生まれるわけです。本書の迫力は、そんなところから生まれていると実感します。
2022年、「スタートアップ創出元年」と岸田首相が宣言し、その流れに沿って、全国の高校、中学校、小学校まで、「アントレプレナーシップ教育」が展開され始めました。それにあたり、私のところにもたくさんの方から、いったいどうやって進めたらいいのか? とヒアリングがありましたし、現在もそれは続いています。私はこれまで、学部長を務める武蔵野大学アントレプレナーシップ学部の取り組みをベースにお話をしてきましたが、今後は、それに併せて、本書を紹介しよう! と(こっそり)決めています。
日本は今、「失われた30年」からの脱却に苦しんでいます。それまでは活気があった日本経済がすっかりエネルギーを失っているのは、生活必需品が隅々までいき渡り、「正解」がなくなった現代社会に、日本企業が何をしたらいいかわからず、迷走していること、すなわち「アントレプレナーシップの欠如」に大きな要因があると確信しています。
本書は、そんな日本が苦境から脱し、日本の全ビジネスパーソンがアントレプレナーシップを発揮し、イキイキとした社会を創造するようになる助けになると、大袈裟でなく感じています。
私は、本書とともに、そんな社会の実現に尽力していきたいと考えています。パソコンの父と言われるアラン・ケイは“The best way to predict the future is to invent it.”(未来は予測するものでなく創るもの)と言っています。
ともに、未来を創っていきましょう。
2023年10月
◆書籍概要
『すべては「起業」である——正しい判断を導くための最高の思考法』
著者: ダニー・ウォーシェイ
訳者: 渡会圭子
出版社:早川書房
本体価格:2,900円
発売日:2023年11月21日
◆著者紹介
ダニー・ウォーシェイ(Danny Warshay)
ブラウン大学教授。ネルソン・センター・フォー・アントレプレナーシップの創設者。ブラウン大学在学中にクリアビュー・ソフトウェアのリーダーシップ・チームの一員として起業を開始。その後、ソフトウェア、先端素材、消費財、メディアなど幅広い分野の企業を共同設立。ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得。ロードアイランド州プロビデンス在住。
◆訳者紹介
渡会圭子 (わたらい・けいこ)
翻訳家。上智大学文学部卒業。訳書にデュヒッグ『習慣の力〔新版〕』、ウォーカー『スノーボール・アース』(以上早川書房刊)、オキーン『記憶は実在するか』、ブディアンスキー『クルト・ゲーデル』など多数。