8/21発売、小説『リーマン・トリロジー』。A5判2段組760ページの読みどころを訳者が語る
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8/21発売、小説『リーマン・トリロジー』。A5判2段組760ページの読みどころを訳者が語る

長篇小説『リーマン・トリロジー』(原題Qualcosa sui Lehman、飯田亮介訳)を8月21日に早川書房から刊行します。著者は、イタリアの小説家、エッセイスト、脚本家のステファノ・マッシーニです。

リーマン一族三代の興亡を通して資本主義社会の欲望に肉薄する巨大長篇小説。サム・メンデス演出による舞台作品『リーマン・トリロジー』は、日本でもたいへん話題になりましたが、本書はその基になる作品です。

A5判2段組760ページ(重量1kg)という大ボリュームの読みどころや、小説と舞台の関係などを、訳者である飯田亮介さんが語ります。

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リーマン・トリロジー
ステファノ・マッシーニ/飯田亮介 訳
早川書房より8月21日発売

訳者あとがき

本書はイタリア人劇作家・小説家のステファノ・マッシーニ(Stefano Massini)によるQualcosa sui Lehman(Mondadori, 2016)の全訳である。原題は「リーマン家についての何か」という意味だが、邦題は舞台作品と同じ『リーマン・トリロジー』とした。トリロジー(trilogy)は「三部作」を意味する英語で、英語版の本書のタイトルもやはりThe Lehman Trilogyとなっている。

「リーマン・ショック」という言葉を聞いたことのある読者は多いだろう。2008年、米国の大手投資銀行グループだったリーマン・ブラザーズ・ホールディングスが破綻し、世界的な金融危機と不況の引き金となった事件だ。

しかし、そのリーマン・ブラザーズが1850年の創業当時はアラバマ州モンゴメリーで綿製品を扱う小さな商店であったこと、そして、「リーマン兄弟」を意味する社名が、ユダヤ人移民の創業者、リーマン三兄弟(ヘンリー、エマニュエル、マイヤー)に由来するという事実はほとんど知られていないのではないだろうか。

これはアメリカにやってきた移民第一世代の三兄弟、第二世代の息子たち、第三世代の孫たちの日々を追いかけ、160年近い時代の変遷を自由詩のような独特な文体で語った大河小説だ。

長兄ヘンリー(1822~1855)が故郷ドイツのバイエルンの町を発ち、移民船で大西洋を渡り、1844年9月11日午前7時25分、ニューヨーク港の埠頭に降り立った場面から物語は始まる。そして三兄弟が力を合わせて事業を発展させ、綿花の仲買い商としてニューヨークに進出、リーマン・ブラザーズはやがて銀行となり、南北戦争、世界大恐慌、二度の世界大戦といった幾多の困難を乗り越え(または商機にして)、ついにはウォールストリートでも一、二を争う金融・証券の雄として大成する。しかし、エマニュエルの孫、ロバート・リーマン(1891~1969)の死をもって同族経営の時代は終わり、2008年にリーマン・ブラザーズは 破綻する。そこまでの物語だ。

ユダヤ人移民のサクセスストーリー、しかもあいだに金融関連の話がからんでくるとなると、難しい話ではないかという印象を受ける方もいるかもしれないが(訳者もこの翻訳のオファーを受けた時はかなり心配だったが)、本文をほんの数ページでも読んでもらえば誤解はすぐに解けるはずだ。この物語の主人公は数字ではない。あくまで人間だ。

冒頭のエピグラフに「変容がすべてだ(Trasformarsi è tutto)」とあるように、本書は何よりも人々と時代の変容を語った作品だ。

リーマン家というユダヤ人移民の物語をユーモラスな視点で活き活きと描き、彼らの三代にわたる生活や価値観の変化をつづることで、先祖代々の土地を離れ、宗教や家族といった旧来のルーツから遠ざかっていった(またはくびきを逃れた)者たち、すなわち、我々を含めた多くの現代人とその先祖のこれまでの歩みを作者は象徴的に語っているのだと思う。

それは同時に資本主義の近現代史を語るということでもある。綿花やコーヒーといった目に見える商品を目に見えるお金で購入していた単純な貨幣経済の時代から、画面の上の数字でしかない、実体のないバーチャルな金で金を買う投機経済の時代への移り変わり。これは今なお続く変化であり、どこに続くのかわからないその道のりを我々は今日も歩いている。

ただし、そうした変化を作者はいたずらに物知り顔で批判するようなことはせず、自身は黒子に徹し、登場人物たちに史実を語らせている。そういう意味では『リーマン・トリロジー』は実に演劇的であり、壮大な歴史絵巻のようだ。

作者マッシーニは1975年フィレンツェに生まれ、20代で演劇の世界に足を踏み入れて以来、主に劇作家として活動を重ね、国内外で高い評価を受けてきた。

事実、本書にしても2016年にQualcosa sui Lehmanとして刊行される前に、まずは舞台作品『リーマン・トリロジー』として2010年代より上演され、イタリア国内外で有名になった。読者のなかには、イギリスの映画監督にして演出家であるサム・メンデスが演出した舞台をナショナル・シアター・ライブなどで観て、本書に関心を持った方もいるはずだ。

では、『リーマン・トリロジー』は舞台が先で、その脚本をノベライズしたのが本書の原書Qualcosa sui Lehmanなのかと言えば、それは違う。むしろQualcosa sui Lehmanのほうが最初に書かれたオリジナルの完全版であり、そのダイジェスト版とも呼ぶべき The Lehman Trilogy(Einaudi, 2014)を基にしたのが舞台作品『リーマン・トリロジー』である、というのが正しい。そのあたりの事情を含め、本書と舞台版の成立過程を順を追って説明してみたい。

2008年のリーマン・ショック後、マッシーニは、リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの創業者であるリーマン家に興味を持ち、彼らの物語の舞台化の可能性を探るようになった。

彼自身、それまでは新聞を読んでも経済面は飛ばして読むような、経済には無関心な人間だったが、リーマン・ショック以降の世界的な不況を目の当たりにして、これは誰にとっても身近な問題であると考えを改めたという。

さらに彼自身はユダヤ人ではないが、父親の親友にフィレンツェのユダヤ人コミュニティの長老がいて、その妻がユダヤ人学校で教師をしていた。そのため作者は幼いころに一時期、一般の公立小学校とユダヤ人学校の両方に通っていたことがあり、ユダヤ文化とその独特なユーモア感覚には元々親しみをもっていた。

そこで彼は1年をかけてリーマン家の歴史を研究したのち、まずは本書の原稿を書き上げた。しかし、あまりに大部であったがために、そのまま舞台化するのは現実問題として難しかった。

次に作者は、独特な文体はそのままに、本書のボリュームを半分以下にまで短縮し、登場人物も大幅に減らした戯曲版のThe Lehman Trilogyを改めて執筆した。それが2012年にイタリアの公共放送RAIでラジオドラマとして放送され、さらにはフランスで2013三年に初舞台化、その後、欧州各国で上演され評判を呼んだのだった。

イタリアでは、マッシーニが師事したこともある演劇界の巨匠演出家、ルカ・ロンコーニが約5時間の大作として舞台化し、2015年1月末よりミラノのピッコロ劇場で上演した。この舞台は高く評価され、2015年度のUbu賞を受賞した。イタリアの演劇界で最も栄誉あるとされる賞だ。

ところが上演のまだ続いていた同年2月にロンコーニが急死してしまう。

そしてサム・メンデスがその訃報記事を読み、巨匠の最後の演出作品に関心を持った。イギリス人演出家はThe Lehman Trilogyを取り寄せ、ベン・パワーの翻案により、3時間の3人劇に仕上げて舞台化、2018年にロンドンのロイヤル・ナショナル・シアターで初公演し、世界的な成功を収めることになる。

本書の原書はタイトルの下に「romanzo/ballata(小説/バッラータ)」という文字があり、単なる小説とは違うという意思表明がなされている。バッラータとは踊りをともなうイタリアの古い民謡のことで、フランスやイギリスのバラッド、すなわち物語詩をも指す。

マッシーニは本作に限らず、あらゆる作品をまずは口述で録音し、改めて文字に起こすという方法で執筆している。あるインタビューで彼は、本書は自転車で走りながら録音した作品だと説明し、そのリズミカルな文体は物理的な運動と移動のたまものだとしてから、次のように述べている。

「わたしは昔からリズムというものを非常に重視してきました。Qualcosa sui Lehmanは詩ではありませんし、事実、韻はまったく踏んでいません。こうした文体になったのは、単純にわたしが言葉をリズム要素として極めて重視しているためで、言葉のひとつひとつが重要で注目に値する、リズミカルな一大バッラータになるようにこの作品を書いたからです」

そういう意味では本書は、古代ギリシア時代からの長い歴史を持つヨーロッパの口承文芸や叙事詩の流れを汲む作品なのかもしれない。普通に読んでも楽しいが、旅の吟遊詩人がリュート片手にどこかの街角で幾日もかけて物語るのがいちばん似合う作品ではないかという気もする。

ただ、そうかと思えばアメコミ風の漫画からなる章があったり、不可思議な数字の羅列がびっしりとページを埋める章があったり、映画の脚本風な章があったり、ほとんど句点のない実験的な文章の続く章があったり、さまざまなジャンルを軽々とクロスオーバーしているところが愉快だ。

なお本書はマッシーニにとって初の小説作品だが、イタリアを代表する文学賞のひとつ、カンピエッロ賞の2017年度選考会でファイナリスト5作品のひとつに選ばれている。惜しくも次点で受賞はならなかったが、権威ある選考会から2016年に刊行されたイタリア語の小説のなかでもっとも優れた5作品のひとつと評価されたことになる。

ほかにも2017年度ヴィットリオ・デ・シーカ賞文学部門、2017年度モンデッロ国際文学賞大賞はじめ、イタリア国内の様々な文学賞を受賞し、フランスのメディシス賞随筆部門など海外でも受賞を重ねている。

マッシーニは本作のあとも精神分析の創始者ジークムント・フロイトの生涯を医師のモノローグで日記風につづった小説第2作L'interpretatore dei sogni(夢の判断者)、ナチス幹部のアドルフ・アイヒマンと哲学者ハンナ・アーレントの対話を描いた戯曲Eichmann. Dove inizia la notte(アイヒマン 夜の始まる場所)などを発表し、精力的に執筆を続けている。


◉著者紹介

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ステファノ・マッシーニ Stefano Massini

1975年生まれ。小説家、エッセイスト、脚本家。本書『リーマン・トリロジー』を含めて、作品は24言語に翻訳され、アカデミー賞監督サム・メンデスなどにより舞台化されている。本書は、近年イタリアで出版された小説のうち、最高の評価を受けた作品の一つであり、数々の文学賞を受賞した。

◉訳者略歴

飯田亮介(いいだ・りょうすけ)
イタリア文学翻訳家。訳書に『コロナの時代の僕ら』パオロ・ジョルダーノ、『ナポリの物語』(全4巻)エレナ・フェッランテ、『老いた殺し屋の祈り』マルコ・マルターニ、他多数。


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