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『息吹』創作の秘密が明らかに! テッド・チャン インタビュー

12月4日の発売後即重版が決定した、テッド・チャン17年ぶりの最新作品集『息吹』。チャン氏が2009年に2度目の来日をした際に、『息吹』収録作について語ったインタビューを再録します。『息吹』で扱われているテーマについて、詳細に語った必読のインタビューです。

息吹_帯

※書影はAmazonにリンクしています
【書誌情報】
■書名:息吹
■著者:テッド・チャン
■訳者:大森 望
■発売日:2019年12月4日発売
■価格:本体1900円+税
■判型:四六判上製
■出版社:早川書房

テッド・チャン インタビュー in Japan

インタビュアー&構成:大森望

――2007年のワールドコンに続き、2度めの来日ですね。

チャン 富川(プチヨン)国際ファンタスティック映画祭(PiFan)に合わせて講演してほしいと、ネットワーク・オブ・アジア・ファンタスティック・フィルム(NAFF)から韓国に招かれたんだけど、前回、日本のみなさんが大歓迎してくれたので、韓国まで行くならぜひまた日本に寄りたいと。

――「商人と錬金術師の門」は2009年の星雲賞を受賞しましたが、最新作の「息吹」"Exhalation"は、SFマガジン50周年記念特大号に掲載される予定です。これは去年の夏に書かれた作品ですね。

チャン 2008年末に出たジョナサン・ストラーン編のオリジナル・アンソロジー、Eclipse Two に掲載されました。

――エクリプス(食)と言えば、こないだの皆既日食は見ました?

チャン ちょっと調べたけど、あいにく日程の関係で皆既日食帯に行くのはムリだったからあきらめた。でも10年前、皆既日食を見るためにカリブ海に旅行したことがあって。あれはすごい体験だったな。

――関係ないけど、映画監督のギレルモ・デル・トロがチャック・ホーガンと合作した『ザ・ストレイン』も、2010年のニューヨークで皆既日食が観察されるというシーンから始まるんですよ。

チャン へえ。本が山積みになってるのは見たけど、中身は読んでないな。ギレルモ・デル・トロの映画は好きで、ずっと見てる。

――やはり(笑)。どれが好きですか?

チャン 「ヘル・ボーイ ゴールデン・アーミー」もよかったけど、映像はともかく、ストーリーがもうひとつかな。ベストは、「パンズ・ラビリンス」だね。画面もすごいし、物語もすごい。すごすぎて、見るのがつらい映画でもあるけど。

――ヒューゴー賞受賞はダテじゃないと。話を戻すと、「息吹」はもともと Eclipse Two 用に書いた短篇じゃないんですよね。

チャン うん。本来載るはずだったハリイ・タートルダヴの作品が作中の引用許諾の関係で掲載できなくなり、かわりの作品を急募しているとストラーンがブログに書いているのを読んで、すぐに原稿をメールで送り、採用された。もうひとり、マーゴ・ラナガンも作品を送って、それも一緒に掲載されてる("Night of the Firstlings")。

――日本のテッド・チャン・ファンは、そのニュースをストラーンのブログで読んで色めき立ち、あわててamazonで Eclipse Two を予約したんです。そしたら同じ日(2009年1月14日)に一斉に本が届いたんで、ヨーイドンで「息吹」を読んだ人が何人もいて、日本でもセンセーションを巻き起こしました。めったにないことです。

チャン つまり、英語でSFを読むファンは少ないということ?

――少ないですね。短篇一本の話題で持ちきりになるのはなおさら珍しい。まあ、テッド・チャンの新作というだけでものすごい希少価値があるわけですが(笑)、読んでみたら、中身がまたすばらしくて。今世紀に発表されたSF短篇のベストワンじゃないかと。

チャン ありがとう、まだ9年しか経ってないけど(笑)。でも、Eclipse Two を買った人には、ぜひ他の短篇も読んでほしいね。

――ちなみに、どれがおすすめですか?

チャン うーん。たとえば、ダリル・グレゴリイの"The Illustrated Biography of Lord Grim"とか。非常に面白い問題を扱っていて、ネット上でしばらく、この作品をめぐって議論になったよ。

――発表先を決めずに小説を書くのはよくあることなんですか?

チャン たいていの場合、書きたい小説を勝手に書いて、書き上がってからどこに送るかを考える。アメリカの短篇SF市場では、テーマ・アンソロジーはたくさんあるけど、ノンテーマのオリジナル・アンソロジーは数が少ないから、選択肢はそんなに多くない。ジョナサン・ストラーンの仕事には前から興味があって、じっさい「息吹」も、彼の Eclipse Three に送ろうかと考えてたんだ。そしたら Two に空きがあるというから、ちょうどいいと思って……(笑)。

――チャンさんの作品をほしがっているSF雑誌はたくさんあると思いますが。

チャン だといいけど。べつだんSF雑誌がいやだというわけじゃなくて、今回は Eclipse シリーズがちょうどいいと思ったんだ。

■「息吹」ができるまで

――「息吹」のアイデアはどこから?

チャン 発想の原点はふたつある。ひとつは、何十年も前に読んだフィリップ・K・ディックの短篇、「電気蟻」(ハヤカワ文庫SF『アジャストメント』所収)。事故に遭って病院に運ばれた主人公は、医師から、「あなたの治療はできません」と言われる。「あなたはロボットで、ここは人間を治療する場所ですから」と。帰宅した主人公は、自分と同型のロボットについて調べ、ボディを開ける方法を学んで、自分で自分の体の中をいじりはじめる。非常に面白い、クールなイメージだなと思って、強く印象に残っていた。
 もうひとつの原点は、ロジャー・ペンローズの『皇帝の新しい心』(みすず書房)に出てくる、エントロピーに関する話(第7章「宇宙論と時間の矢」)。すごく刺激的で興味深い議論だった。

――『皇帝の新しい心』って、人間みたいに利口なAIは絶対つくれないっていう本ですよね。中身は全然覚えてないんですが、エントロピーについてはどんなことが書いてあったんでしょうか。

チャン 記憶している範囲でいうと、ペンローズの議論はこういうこと。われわれは食べものを摂取してエネルギーを得ているとよく言うけれど、それは違う。とりいれるのと同じだけのエネルギーを消費している。つまり、人間は、食物のかたちで低エントロピー形態のエネルギーを摂取し、それを高エントロピーのエネルギーとして廃棄している。石油を燃やすのも、エネルギーをとりだすためより、石油の低エントロピーを利用するためだと考えられる。

――なるほど。エントロピーに高低差があるから、人間が生きていられると。その考え方と「電気蟻」とが組み合わさって、自己解剖するロボットの視点から宇宙の熱死を語る「息吹」が生まれたんですね。

チャン そのとおり。もともと、まったく別の宇宙の物語として構想した作品だけど、読者がその前提を受け入れて読んでくれているかどうかはわからない。僕としては、ボルヘスの短篇、「バベルの図書館」(岩波文庫『伝奇集』所収)のやりかたを踏襲したつもり。「バベルの図書館」もわれわれの宇宙とはまったく違う宇宙を舞台にしている。でも、あれを読んで、「で、だれがこの図書館をつくったの?」と言う人はいなないよね(笑)。あの宇宙には、最初からああいうかたちで図書館が存在している。
 それと同じように、「息吹」でも、われわれの宇宙とはまったく違う宇宙を舞台にした話を書いて、読者が「で、だれがこの宇宙をつくったの?」とは思わずにいてくれることを期待した。

――実際、どうでした?

チャン 「だれがつくったの?」と質問する人もたしかにいた(笑)。そこがボルヘスの読者とSF読者の違いだね。

――世界の成り立ちを知りたがるのはSF読者のアイデンティティですからね。

チャン そうそう(笑)。SF読者は説明を期待する。ボルヘスの読者は違う。この小説をSF読者に向かって書くリスクがそれ。たとえばこの小説を〈ニューヨーカー〉に載せたとしたら、そういう疑問はたぶん出ない。まあ、〈ニューヨーカー〉の編集部は「息吹」になんか興味を示さないだろうけど――もっとも、最近の〈ニューヨーカー〉はけっこうSFを載せてるね。

――「息吹」の語り手たちの姿は頭の中で思い描いてますか?

チャン うーん(笑)。あんまりはっきりとはイメージしてないね。

――さっき話に出た「ヘルボーイ ゴールデン・アーミー」のヨハン・クラウスをなんとなく思い出しながら読んでたんですが。潜水服みたいな気密スーツに入ってるガス人間というか、エクトプラズム体。

チャン 書いてるときは忘れてたけど、言われてみるとそうかも(笑)。まったく別の宇宙の話なんだから、彼らも人間に似ている必要はないんだけど、「バベルの図書館」も、その必要はないのに、人間の図書館と似た構造になってて、読者が理解しやすい。僕もそれにならって、彼らの身体構造や文化を人間のそれに近づけることで読者が物語に入りやすくしたんだ。ただ、作中に書いた以上の具体的なディテールは考えてない。スケッチを描いたりもしないしね。

――アメリカの読者の反響は?

チャン おおむね好意的な評だった。「説明が多すぎる」とか、批判もあったけど。

――執筆にはどのぐらいかかりました?

チャン 前々からあたためていたアイデアも入っているけれど、具体的に考えはじめてからだと6カ月ぐらいかな。2年ぐらい前からずっと書いている中篇があるんだけど、それがなかなか進まなくて……。

――前に言ってた、人工知能を扱ったノヴェラですか?

チャン そう。書くのがものすごくたいへんなんで、一度ならず棚上げにして、気分転換にべつの話にトライすることになった。

――そうして書いたのが「商人と錬金術師の門」と「息吹」というわけですね。懸案のノヴェラはもう完成したんですか?

チャン だいたい出来上がったと思う。まだいくらか手直しが必要だろうけど。

――おお、すばらしい。どのぐらいの長さですか? 題名は?

チャン 30,000語[邦訳すると、400字換算で200枚前後]。仮題は、"Lifecycle of Software Objects"。(邦題「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」)

――今まででいちばん長い作品ですね。どこに発表するんですか?

チャン 心づもりはあるけど、まだ内緒(笑)。

■人工知能と自然知能

――Starship Sofa誌のインタビューによると、その新作ノヴェラは、自律的な人工知能を生み出すことがなぜ困難なのかについて書いた作品だそうですが、もう少し詳しく説明していただけますか。さっき話に出た『皇帝の新しい心』のAIに関する議論は関係するんでしょうか。

チャン いや。僕はペンローズの主張が正しいとは思ってない。意識を持つ、自律的なAIは実現可能だと思う。具体的に言うと……えーと……どこまでしゃべっていいのかな(笑)。ちょっと待って。うーん。ええと、僕が人工知能について、基本的にどう考えているかというと……うーん……(笑)。

――チャンさんは、AIがシンギュラリティに到達するとは考えてないんですよね。

チャン うん。AIは実現可能だと思うけど、シンギュラリティに達するとは思わない。意識を持つ人工知能(アーティフィシャル・インテリジェンス)が実現するとしたら、それはもっとずっと自然知能(ナチュラル・インテリジェンス)に似たものになると思う。
 ヴァーナー・ヴィンジは、コンピュータが意識を持てば、AIは人間よりずっと思考速度が速いから、たちまち人類を凌駕する知性を獲得すると考えているけれど、処理速度が速いからといって頭がいいことにはならない。速度が倍になれば、考える時間が半分で済むようになるだけのこと。ジョージ・W・ブッシュの脳の処理速度が二倍になっても、いい大統領になるとは思えない(笑)。処理速度の速さを知性とごっちゃにしているのがヴァーナー・ヴィンジのまちがいだと思う。いや、ヴィンジだけの問題じゃなくて、一般的に、人間の脳の思考能力はコンピュータの性能と同じ観点から語られることが多い。一秒あたりの処理能力とか、記憶容量とか。でもそれは、根本的なまちがいだと思う。
 CPUの処理速度や記憶容量の観点から言えば、今のコンピュータは二十年前のコンピュータの何千倍、何万倍の性能を持っている。でも、それによってコンピュータが利口になったかい? 二十年前のコンピュータと今のコンピュータのあいだに根本的な違いがあるかと言えば、そんなものはないと僕は思う。
 だから、人間の脳をコンピュータの脳のように考えるのはまちがっている。たとえて言えば、人間の脳よりコンピュータのほうが演算実行時の発熱量が大きいから、人間の脳より利口だと言ってるようなものじゃないかな。指標がまちがってる。脳の発熱量は、脳の中で起きていることの指標にはならない。それと同じように、処理速度や記憶容量も、頭のよさとは関係ない。

――でも、人間の脳は、年齢とともにどんどん劣化していきます。コンピュータにその心配はないですよね。

チャン たしかに。そのアドバンテージはあるね。でも、シンギュラリティに達するほどだとは思えない。人間社会では、僕らがもうろくしたとしても、どんどん新しい人間が誕生してくる。いま現在の人類は、過去のどんな人類より利口になっている。でも、こういう進歩によって人間がシンギュラリティに達するとも思えない。

■決定論と自由意志

――「商人と錬金術師の門」と「予期される未来」では、未来はあらかじめ決定しており、自由意思は存在しないことが前提ですが、ご自身でもそう考えていますか?

チャン それは"自由意志"という言葉をどう定義するか次第だね。脳は物質でつくられており、物質は古典物理学の法則にしたがってふるまう。だとすれば、ある時点におけるシステムの状態は、その直前の状態によって決まる。そういう決定論の考え方とと自由意志とは両立しうると考える人もいるし、決定論などまったく受け入れられないと思う人もいる。僕自身は、決定論の主張には大きな説得力があると思う。しかし、最大の問題は、未来についての情報を得られた場合、人間がどうふるまうかだ。
「あなたの人生の物語」(『あなたの人生の物語』所収)、「商人と錬金術師の門」、「予期される未来」は三つとも、この問題を扱っている。未来についての情報を得ても、未来を変えることはできない。変えられるとしたら、未来についての情報を得たことにならないからね。
 たとえば、通りを歩いていてバスにはねられ、全身麻痺になるという未来を知っていたとする。その瞬間に向かって通りを歩き出すとき、頭の中でなにを考えるか。これはとても困難な問題だ。未来を知ることで何が変わるのか。
「あなたの人生の物語」の語り手は、ある精神状態に到達し、この問題に対してひとつのありうべき答えを出す。もうひとつのありうべき精神状態は、「予期される未来」で書いたような無動無言症だ。ほかにどういう解決があるのか、僕にはわからない。いや、もうひとつあるか。未来についての情報を得たとたん、それ以降、悪いことはなにひとつ起こらなくなる(笑)。だれも怪我をしないし、だれも悲しい思いをしないし、だれも死なない……。
 でも、宇宙のふるまいが変わらないとしたら――死や災厄がなくならないとしたら――精神がそれにどう対処するかは大きな問題だ。禅の公案みたいなものだね。悟りをひらいて、バスにはねられる未来に平然と立ち向かえる人は非常に少ないと思う。ほとんどの人は必死に運命に抗おうとするんじゃないかな。もちろん、未来についての情報を得たとたん、すべての人間がとつぜん悟りをひらくという可能性もあるけどね(笑)。
 いずれにしろ、未来についての情報が得れたらどうなるかという話で、さいわい、実際にはまず実現しないから、僕らはそれについて心配しなくて済む。

――チャンさんの新作がいつ読めるのかという情報も得られないから、たとえ未来が決定しても、楽しみに待てると(笑)。今日はどうもありがとうございました。

(2009年7月24日、早川書房にて収録/SFマガジン2010年3月号初出)

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