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『Arc アーク』石川慶監督インタビュウ「ちゃんとしたSFを作りたいという思いで作ったということを、SFファンのみなさんに感じてほしい」

話題作である映画『Arc アーク』、公開から2週間が経ちました。本欄ではSFマガジン2021年8月号に掲載した、『Arc アーク』石川慶監督の独占インタビュウを再掲します。石川監督が本作に込めた思いとは、そしてSFというジャンルへの熱い気持ちとは――。

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いしかわ・けい
1977年生まれ、愛知県出身。『Arc アーク』監督・脚本・編集。『愚行録』(2017)では、ベネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門に選出されたほか、多数の賞を受賞。恩田陸の傑作ベストセラーの実写映画化『蜜蜂と遠雷』(19)では日本アカデミー賞優秀作品賞などを受賞。


■プラスティネーションについて
──本作『Arc アーク』は、ケン・リュウの原作「円弧(アーク)」の映画化です。監督はこの原作に惚れ込み、企画を持ち込まれたとうかがいました。映画化にあたり、もっとも重視されたことは何でしょうか。

石川 ケン・リュウさんの書くSFは、ほかのSFとは少し毛色が違いますよね。やわらかい感じ、少し淡い感じがして、ハードでサイバーパンク的なものとはちょっと違うと思っています。そのケン・リュウさんの文体や物語の雰囲気みたいなものが映像としても感じられるような作品にしたいというのが第一にありました。

──物語の舞台を日本に移しながらも、リュウが原作で伝えたかったことがそのままはっきり伝わる内容になっていると思いました。監督ご自身のお気に入りのシーンはどこでしょうか。

石川 いくつもありますが、やっぱり苦労しただけあって、リナがプラスティネーションでポーズをつくっていくシーンは思い入れがありますし、感慨深いですね。やることができてよかったな、と観るたびに思います。

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──衝撃的で美しかったです。取材などはされたのでしょうか。

石川 しました。もともと、プラスティネーションは「人体の不思議展」でやっているのをなんとなく知っている、くらいだったんです。でも調べていくと、人権問題や政治問題に発展していて、今はもう完全にNGになっているということがわかった。その中で小さい動物をプラスティネートしている会社が日本にもあるということを知って、実際に見に行きましょうということになりました。
 植物や、クラゲのような水分の多いものはできないようですが、ほぼ全部、ケン・リュウが書かれていた通りの技術でプラスティックに置き換えるということができるんです。すごく不思議でした。やわらかくて、でも「本物」で。剥製と違って、目が本物なんですよ。これは面白いなと思いながらも、映画にした場合、これはただの裸の人に見えちゃうんじゃないかな、と思いました。プラスティネーションについては、いろいろリサーチをしながらも、映画としてどう成立させるのか試行錯誤が多かったです。

──死体ということで不気味さが先に立つかと思ったのですが、全然そういったことはありませんでした。

石川 対談(『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』収録)でケン・リュウさんが言われていたように、最初はちょっとグロテスクな感じをイメージしたんです。切断面や骨、皮をはいで筋肉組織だけで肉体をつくるという。それはそれで美しい造形だとは思ったのですが、今回のプラスティネーションは、リナがエマから受け継いで、だんだんアート作品になっていくもの、美しいものを凍結して固めていくようなものです。リュウさんが書いていたものをヴィジュアルとしてつくる場合にはちょっと違うかな、とも思って、今回のようなかたちになっていきました。

■リュウへの思い
──リュウと石川監督お二人の考えの根幹がすごく似ている感じがしました。ケン・リュウの「円弧(アーク)」以外のほかの作品も読まれましたか。

石川 はい。手に入るものは全部読んでいます。ほかの作品もやりたいなと思いました。是枝裕和監督が『真実』(2019)の劇中劇でつかっているのもケン・リュウ作品ですよね。

──「母の記憶に」ですね。

石川 実は『真実』に「母の記憶に」が出てくることを知らなかったんです。ちょうど是枝監督が『真実』を撮っているときに、自分は今回の脚本を書いていました。是枝監督の『真実』を観に行った時、映画館で「ヤバイ!」って声が出てしまいました(笑)。すぐに共同脚本をつとめている澤井(香織)さんに電話して、「澤井さん、すみません、一度映画館に行って『真実』を観てください!」って伝えました。やっぱりみんなリュウさんには注目しているんだなと思いました。たくさんの人の注目に値するストーリーを書かれている方だなと。

──ケン・リュウの作品は日本の映画にフィットするのかもしれません。感性が近いというか。

石川 ケン・リュウさんの話は白黒つけない感じですよね。いいか悪いか、はっきりどこかで線を引かないといけないというような、ある意味アメリカ的な話が多い中で、リュウさんは違う。白黒混じった、水墨画のような感じです。そういう感じの善悪の価値観でストーリーを書かれているので、確かにわれわれの考え方と親和性があるのかなと思いました。

──原作でもっともお気に入りな部分や、これは絶対に映画で活かしたいなと思った部分はなんでしょうか。

石川 最後の倍賞(千恵子)さんのセリフですね。多少変えていますが、あれは原作にある文章です。自分が一番、そういうことだなとすごく納得した部分でもあるので、多少文章的な感じがするセリフではあるなと思っていたんですが、これは絶対に言わせたいし、言える人を探そうと思いました。そして倍賞さんにお願いをしました。あのシーンは最後まですごくこだわったところですね。

──美しかったです。

石川 倍賞さんの説得力は半端ないですね。最後の最後まで説明っぽくなっちゃうことを心配していたんです。編集である程度落とさざるを得ないかなと思っていたんですが、一字一句変わらず使えたのは倍賞さんの説得力だなと思いました。

■SFについて
──監督のお好きなSFについてうかがえますでしょうか。

石川 ガジェットが色々出てくるものよりも、現実と地続きで、なにかひとつだけ変わっている、みたいな作品が基本的に好きですね。それこそテッド・チャンの「あなたの人生の物語」とか。『メッセージ』(2016)として映画される前から読んでいました。言語を解読しようとしていく、暗号の解読のようなやりとりがすごく面白くて。当時、サイモン・シンの『暗号解読』を読んでいて、言語に興味が湧いていろいろ調べていたんです。それ以外にも、中島敦の『文字禍』とか、レムの『虚数』とか。こういった作品はどうやって映像化したらいいんだろうとずっと考えていたら、『メッセージ』が公開されて、しかも素晴らしい内容でした。

 カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』も影響を与えた作品のひとつかなと思っています。今回のケン・リュウともちょっと通じる世界観があるのかなとも思っています。日本の作品は自分はそんなに読んでいないのですが、知らない作家さんで面白い人がいたら読みたいですね。

──ぜひまた石川監督のSF小説映画化を拝見したいです。

石川 いいSFがあったら映画化をしたいと思いつつ、日本だとSF映画は敬遠されがちなところもあるので難しいです。『Arc アーク』と同日公開の『夏への扉』もふくめて浸透してくれるといいなと思っています。

──ありがとうございます。最後に、〈SFマガジン〉の読者にメッセージをお願いいたします。

石川 本当に精一杯作りました。日本では「SF映画は人が入らない」と言われていて、企画もなかなか通らないジャンルなんですね。たまに作られても、SFファンからすると、何か違うジャンルのものにSFを振りかけただけのものになっている、みたいなことが多いと思います。今回はそういうものではなく、ちゃんとしたSFを作りたいという思いで、けっこうわがままを言わせてもらって作りました。そこをSFファンの皆さんに感じてもらえればと思っていますので、ぜひ観てください。お願いします。
(二〇二一年四月三十日/於・都内某所)

本インタビュウはこちらに掲載されています!▼

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SFマガジン2021年8月号

ハヤカワ文庫JA総解説 PART1[1~409]:1973年3月に創刊されたハヤカワ文庫JAが、今年で1500番を迎えることを記念した連続特集。第1弾である今回は記念すべき1番の小松左京『果しなき流れの果に』から、409番の野田昌宏『新版スペース・オペラの書き方』まで、SF作家や評論家がその読みどころや意義を解説する。ほか、『夏への扉 ―キミのいる未来へ―』&『Arc アーク』公開記念小特集を掲載。

映画『Arc アーク』原作はこちら!▼

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『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』
ケン・リュウ=著
古沢嘉通=編訳
装幀:早川書房デザイン室

つらい別れを経て心身ともに疲弊したわたしは、職員募集中だったボディ=ワークス社の門を叩く。防腐処理を施した死体にポーズを取らせ、肉体に永続性を与えるその仕事で才能を見いだされたわたしは創業者の息子ジョンと恋に落ちる。ジョンは老齢と死を克服したいと考えており……。――石川慶監督、芳根京子主演で映画化された表題作ほか、母と息子の絆を描く感動作「紙の動物園」、地球を脱出した世代宇宙船の日本人乗組員の選択を描く「もののあはれ」など、知性と叙情の作家ケン・リュウによる傑作を選びぬいたベスト・オブ・ベスト。
〈収録作品〉
Arc アーク
紙の動物園
母の記憶に
もののあはれ
存在(プレゼンス)
結縄
ランニング・シューズ
草を結びて環を銜えん
良い狩りを

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『Arc アーク』
2021年6月25日(金)全国ロードショー

■CAST
芳根京子
寺島しのぶ 岡田将生
清水くるみ 井之脇海 中川翼 中村ゆり/倍賞千恵子
風吹ジュン 小林薫

■STAFF
脚本:石川慶、澤井香織/音楽:世武裕子/監督・編集:石川慶
原作:「円弧(アーク)」ケン・リュウ/古沢嘉通訳
配給:ワーナー・ブラザース映画

(c) 2021 映画『Arc』製作委員会

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