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演劇界と音楽界が注目する俊英・額田大志 初小説の冒頭を無料公開!(悲劇喜劇7月号)

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「悲劇喜劇」2019年7月号では、気鋭の作曲家・演出家である額田大志さんの小説「トゥー・ビー・アニマルズ」を掲載。演劇カンパニー「ヌトミック」を主宰し、AAF戯曲賞やこまばアゴラ演出家コンクール最優秀演出家賞を受賞。参加するバンド「東京塩麹」はスティーブ・ライヒ氏に激賞され、昨年はFUJI ROCK FESTIVAL'18に出演した俊英が満を持して小説に挑みました。

独特のリズムと行間に情動がにじむ、都市生活者のスケッチです。

このたびの掲載を記念し「トゥー・ビー・アニマルズ」の冒頭をNOTEで公開します。

* * *

トゥー・ビー・アニマルズ     額田大志

 家の裏には、レコード屋がある。家の裏といっても、少し回り道をしないと辿り着けないような場所にある。家の前に延びる道は、想像を超えてくる程に長くて、欲しいレコードを買うためには、まずその道を左に進んで、そこから、どうにかして家の裏側に行かなければならない険しい道。そうして、やっとの思いで辿り着いたレコード屋の看板は、半壊しており、今後もきっと直らない。直るとも思っていないが、看板を見るたびに、壊れていることを強く意識させられる。壊れているから。そう、壊れているから、直ったらよいのに。店の印象は変わって、きっと売上も伸びて、売上が伸びれば、店は綺麗になって、ここから遠く離れた繁華街に、姉妹店など出店できるかもしれない、という奇跡的なことも、起こるかもしれない。

 半壊した看板は、レコードの「コ」の部分が欠けている。BGMはマイケル・シェンカー・グループが流れ、店内は明るい。自動ドアはなくて、ゆっくりと、右手でドアを押して開ける。ドアが閉まる。まず目に入った棚はジャンク品で、およそ二百円から五百円。想像も付かない時間、熱意、お金が費やされた音楽、音楽、音楽も、この場所では等しくジャンクで、そのすぐ横には、きっとこのお店の、この店内で一推しの円盤が飾られている。今日の、その一推しはキング・クリムゾンだった。


「あの、ここは、クラブじゃないんですけど。」
 レジの奥には、店員がいた。店員がいるのに、これまで気づかなかった。
「あの、ここは、クラブじゃないんですけど。」
 二度、同じ言葉を浴びて気づいた。あれ、あぁ、あれ、あぁ、なんてことだ。私はこの場に流れるBGMのグルーヴで、気がつかない内に、踊ってしまっていた。嘘のように、踊っていた。恥ずかしい、恥ずかしい。ビートも刻んでいた。手と、足と、腰で。こんな風に。ドッ、チ、ドッ、チド、ッド。ドッ、チ、ドッ、チド、ッド。マイケル・シェンカーの足元の、爪先にも及ばないグルーヴ。このグルーヴに呆れられたのか、BGMがナチュラルにエンヤに変わる。私はエンヤでは踊れない。しかし、店員は、その店員は女で、積み上げられたレコードの山と背丈が全く同じな女は、エンヤで踊れない私を、恐らくのところ、見下している。そうなると、私もエンヤで踊らざるを得ない。踊れ、踊れ、踊れ、踊れ、踊れ。しかし、右足は少しも動かない。そして、左足もだ。右手も、そして、左手も。動きたいのに、動けない。身体が硬直してしまった。硬く、誰の目にも触れて欲しくない身体。ビートの、グルーヴの刻み方がわからない。わからないから、動けない。エンヤは、エイトビートか、ジュウロクビートか。すると女、つまり店員は、その店員のさらに奥に、ウールのセーターが見えたので、だから、無意識的にか意識的にか、店員をこれからヒツジと呼ぶことにして、そのヒツジは踊れ、踊れ、踊れと、声にならない声をあげて、エイトビートを刻み出した。なんてことだ。エンヤは、エイトビートを受け入れてくれるのか! 私は不覚にも感動してしまい、その場に崩れ落ちた。こうしてはいられない。しなやかなエイトビートを脳内で刻んで、私は立ち上がった。右足を動かして、左手を高く挙げて振り下ろして、左足を遠くに飛ばした。そうだ、そうだ、そうだ。このビート。踊れ、踊れ、踊れ。感覚、感覚、感覚。実感、実感、実感! ようやくグルーヴを受け入れた私は、ヒツジの手を握って、踊ろうとしたが、拒絶され、BGMがゴスペラーズに変わった。


「探しているのは、フランス・ギャルのベスト盤です。」
 恥ずかしながら、私が探しているのは、フランス・ギャルのベスト盤なのだ。雑多な店内だから、フランス・ギャルもきっとある。ヒツジはレジの奥にいる。
「うちは、ベスト盤を置かない主義なの。帰ってくれない?」
 椅子に腰掛け、電子タバコをふかしたヒツジが、不条理な眼差しを向る。
「いやだ。帰りたくない。なぜなら、私の家の近くには、レコード屋は、ここしかないのだから。」
「だったら、繁華街にでも出て行けば? たくさんの、手の届くところに、レコード屋があって、そして、あなたの欲しいレコードは、必ず手に入るから。」
「いやだ。私は、このレコード屋で、レコードが欲しい。フランス・ギャルのベスト盤を買い求めたい。」
 ヒツジは、電子タバコを葉巻に持ち替えて、黒い煙を私の顔の、左頰のギリギリのラインにふかす。ふーーーーーーーっと、ふかす。頬に当たる。そして、再び、ふーーーーーーっと、ふかす。
「めちゃくちゃだ。」
 私はこぼす。
「めちゃくちゃだよ。うちは。それをわかって、来てくれるお客さんしか、受け入れていないからね。」
 私は、どうにか、葉巻の煙を吸い込んで、ヒツジを受け入れようとする。しかし、大きく咳き込む。
「葉巻の副流煙は美味しくないだろう。」
 BGMが、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」に変わる。この曲は、みんな知っている。
「あれ、なんだい? この曲を、このバンドを、詳しく知っている、っていう顔だね?」
 ヒツジは、私の目の前で、舌を出した。理由は知らない。
「もちろん知っている。身体が受け入れている。受け入れている。このリフを、ビートを、ボーカルを、サウンドを。」
「……」
 ヒツジは再び舌を出した。さっきよりも、長く出した。

 こうして私たち二人は、今晩、繁華街のクラブに行くことになった。

「悲劇喜劇」2019年7月号より抜粋。続きは本誌でお楽しみください。)

〈プロフィール〉額田大志(ぬかた・まさし)作曲家、演出家。「ヌトミック」主宰。一九九二年、東京都出身。東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科卒業。音楽と演劇の双方で活動し、過去に生み出された創作スタイルの解体と再構築をベースに作品を発表。『それからの街』(15年)で第16回AAF戯曲賞大賞、18年には古典戯曲の演出で「こまばアゴラ演出家コンクール」最優秀演出家賞を受賞。主宰するバンド「東京塩麹」は、FUJI ROCK FESTIVAL'18 に出演。


[今後の予定]十月に東京塩麹の単独公演を横浜STスポットにて開催。 また秋、および冬頃にヌトミック新作公演を東京都内で開催予定。
                        

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