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柴田よしきが放つ本格サスペンス決定版『青光(ブルーライト)』解説公開!

 そのプロフェッショナリズム溢れる手数の多さと繊細で力強い筆致から紡がれるリーダビリティの高い文章に定評がある、柴田よしき、渾身の本格サスペンスがハヤカワ文庫より刊行された。『青光(ブルーライト)』は、数々の伏線が回収され、何度もだまされる、ミステリの快楽に満ちた作品だ。本記事では、刊行を記念し、文庫解説を公開し、作品の魅力をお伝えしたい。

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青光(ブルーライト)
柴田よしき
ハヤカワ文庫JA
本体価格860円(税抜)
ISBN978-4-15-031396-8   C0193

『青光(ブルーライト)』解説

文芸書評家     
大矢博子

 
 柴田よしきは一九九五年に『RIKO ─女神(ヴイーナス)の永遠─』(角川文庫)で横溝正史賞(現在の横溝正史ミステリ&ホラー大賞)を受賞してデビュー。女性警官を主人公にしたかつてないハードな警察小説に驚かされたものだった。
 だが本当に驚いたのはその後だ。警察小説のニューエイジと目していた世間に見せつけるように、著者は新刊を出すごとにぐんぐん作品の幅を広げたのである。四半世紀になんなんとする作家歴の中で、その著書にはSFあり恋愛小説ありお仕事小説あり野球小説あり。主軸はミステリだが、それも警察小説から私立探偵もの、本格ミステリ、料理描写が際立つコージーミステリに鉄道ミステリまで。心にずっしり響く重い長篇もあれば、軽やかで気持ち良く読める連作短篇もある。いったいこの作家の引き出しは幾つあるのかと瞠目を禁じ得ない。
 特に近年はコージーテイストの作品が多かったが、本書『青光(ブルーライト)』は私立探偵小説にして警察小説という、久しぶりのずっしり系の作品だ。だがそれだけではない。そんな著者の膨大なレパートリーとその魅力が融合し、ぐっと凝縮された一冊なのである。
 何やらこれから人を殺そうとしているらしい人物の意味ありげな独白で、物語の幕が上がる。続いて、死体の発見と警察による初動捜査の様子だ。空き地にビニールシートをかぶせた状態で放置されていた他殺体。刑事の梅沢と鑑識の大桜は、死体のそばに奇妙なものを発見した。クリスマスの飾り付けに使う、旧式な豆電球が並んだコードである。青いプラスチックカバーがつけられたその電飾は、都内で続いていた〈ブルーライト殺人事件〉と共通する遺留品だった。
 ところが連続殺人事件の捜査小説になるかと思いきや、舞台は再び転換する。探偵社の所長である草壁ユナの視点だ。本業は小説家だが、探偵社を立ち上げた知り合いが病気療養を余儀なくされたため、雇われ所長を頼まれたのである。そんなユナのもとに、友人の中村秋子のアドレスから助けを求める不可解なメールが届く。
 物語はここから、探偵社が請け負った調査と秋子のメールの一件、そして〈ブルーライト殺人事件〉を追う警察の様子が並行して描かれることになる。

 さて、私は冒頭で、本書は「著者の膨大なレパートリーとその魅力が融合」と書いたが、それをひとつずつ見ていくことにしよう。
 まずは私立探偵小説としての面白さだ。ミステリ作家の例に漏れず、柴田よしきはこれまでも多くの探偵役を生み出してきた。おばんざい屋の女将や占い師などの素人探偵から猫までさまざまだが、その中でも魅力的なキャラクターを多く輩出しているのが、調査を職業とする私立探偵たちである。特に柴田よしきは本邦のミステリ作家の中でも、女性私立探偵ものを多く描いている。
 著者が最初に生み出した女性私立探偵は『観覧車』『回転木馬』(祥伝社文庫)に登場する下澤唯。当時、横溝正史賞受賞者は書き下ろし短篇を雑誌に掲載するのが恒例となっており、そのために書いたプロとしての初仕事が『観覧車』所収の表題作だった。この下澤唯は失踪した夫が営んでいた探偵事務所を引き継いでいる。いつ夫が帰ってきてもいいように、という思いからだ。
 また、『求愛』(徳間文庫)の主人公・小林弘美は、まず翻訳家として登場する。だが何度か事件に巻き込まれるうちに探偵事務所の調査員と知り合いになり、のちに転職して探偵になるという経緯を辿る。彼女を転職に駆り立てたのは、過去の傷と後悔だ。
 保育園の園長との兼業探偵・花咲慎一郎シリーズの『シーセッド・ヒーセッド』『ア・ソング・フォー・ユー』(講談社文庫)にも印象的な女性私立探偵が登場する。笹村えつ子、通称えっちゃん。一見ごく普通の小太りのおばちゃんだが、情報収集能力は抜群。離婚のときに世話になった弁護士からその才能を見込まれ、調査を依頼されたのが探偵業のきっかけだった。
 他にも『2031探偵物語 神の狩人』(文春文庫)のサラ、『クリスマスローズの殺人』(祥伝社文庫)のメグなどがいるが、前者は近未来が舞台、後者は主人公がヴァンパイヤということでテーマが異なるので、ここではちょっと横に置いておくとして。こうしてみると、柴田よしきの描く女性私立探偵は〈なぜ探偵になったのか〉に物語があることに気づく。もちろん個々の謎解きもミステリとして充分読ませるのだが、謎を解いて終わりではなく、それが彼女の人生にどうかかわってくるかに物語の重点があるのだ。
 その手法が本書にも受け継がれている。草壁ユナが作家との兼業探偵であることや、ピンチヒッターとして事務所を引き継いだ背景は既刊の設定を彷彿とさせるし、さらに(詳細は書かないでおくが)以前の夫との問題も下澤唯に近いものがある。そんな事情を抱えたユナが、たまたま引き受けた私立探偵という仕事を通して変化していく様子は、著者の女性探偵の系譜におけるひとつの到達点と言っていいだろう。
 続いて、警察小説としての側面にも触れておこう。デビュー作に始まるRIKOのシリーズは女性警官ものだが、そちらに登場する刑事・麻生龍太郎を主役に据え、警察組織の問題や法の限界を描いた『聖なる黒夜』(角川文庫)が著者の警察小説の代表格だ。RIKOシリーズもそうだったが、こちらもまた、捜査をして犯人をあげるというだけの話ではなく、〈何が人を動かすのか〉を主軸にしている。女性探偵ものに見られる〈なぜ探偵になったのか〉同様、やはり根底にあるのは人間模様なのだ。ちなみに麻生龍太郎については『所轄刑事・麻生龍太郎』(新潮文庫)『私立探偵・麻生龍太郎』(角川文庫)というシリーズになっているので、あわせてどうぞ。
 本書の警察シーンもまた、ただ事件を追うだけではない。組織の問題や競争が前面に出てくる。そして……いや、その先は本篇を読んでいただこう。
 つまり本書は、私立探偵小説としても警察小説としても、著者がこれまでに書いてきたそれぞれのジャンルから粋を取り出し、手法をブラッシュアップし、組み合わされたものなのだ。粋とは〈何が人を動かすのか〉であり、手法とはそれを事件と組み合わせて昇華させるというやり方である。何らかの欠落を持ち、それを埋める方法を探す探偵と、組織の中で迷い、足掻く刑事。その両方を並行させて描いたのが本書なのだ。しかもそのふたつをこんな方法で組み合わせるとは! 探偵と警察、それぞれ別の事件を追っているのだが、それがこんなふうに絡んでくるとはかなり予想外だった。
 それが三つ目の要素だ。本書はサスペンスとして、ミステリとして、実にサプライズに満ちた趣向が楽しめるのである。そして最後まで読んで初めて、なぜ本書が探偵と警察というふたつの要素を並行させたかがわかる仕掛けになっているのだ。さらに本書には本格ミステリもかくやという暗号が登場したり(本好きにはたまらない!)、◯◯殺人というミステリファン大好物の展開まで用意されている。探偵も警察も人間ドラマが主眼のように書いてきたが、ミステリとしても極めて凝った仕掛けになっているのである。
 紙幅がなくなってきた。あとは駆け足でいこう。コージーミステリで光る著者の料理描写は、ユナがパンを焼く工程に現れている。読んでいるだけでパンが食べたくなるほどだ。コーヒーを飲む場面(探偵社で総務担当の香奈子は元バリスタで、コーヒーをいれる腕を見込まれ探偵事務所に引き抜かれたという設定だが、同じような経緯で企業に就職した元喫茶店員が花咲慎一郎シリーズに登場する)や食事の場面で垣間見える生活感は、物語と人物にリアルな厚みを与えている。ふたりの元プロ野球選手の造形は野球小説から、女性と結婚という問題の描写は恋愛小説から、作家としてのユナの来歴やここには書けない本書の極めて大事な部分はお仕事小説から、そして兼業探偵という設定は過去にもあって──と挙げていくときりがない。本書が「著者の膨大なレパートリーとその魅力が融合」した作品であることが、おわかりいただけることと思う。

 だが何よりすごいのは、本書が実は群像劇であり、複数の事件が同時進行するモジュラー型と呼ばれるミステリであるということだ。ひとりひとりの人物が極めて肉厚で、それぞれに問題を抱え、ドラマを持っている。さらに事件は次々と起こる。視点はくるくる変わる。しかも事件の構造はかなり込み入っている。
 気を抜くと複雑になり過ぎるであろうこれらの要素を、柴田よしきは極めて高いストーリーテリングの能力で、まったく混乱することなく読者に提供する。著者の最大の強みはそこにある。場面ごとの力が強いのだ。急に場面が変わったり、急に話が戻ったりしても、今読んでいるその場面に読者を惹きつける。読者を物語の世界に引き込む力に長けているので、複雑な構成の話であっても読者は難なくついていけるのである。
 膨大な引き出し、幅広いレパートリーを誇る柴田よしき。だがどんなジャンルの物語であっても、そのベースにあるのは〈何が人を動かすのか〉というテーマであり、すべての作品に共通するのは文章力に支えられた高いリーダビリティであることに、本書を読んであらためて気付かされた。
 現時点での柴田よしきのすべてが入った一冊である。ファンにはこれまで著者が培ってきた魅力がまとめて味わえる一冊として、初めての読者には著者の数々の得意技に触れる入門書として、自信を持ってお勧めする。

青光POP

【柴田よしき】

1959年東京生まれ。青山学院大学文学部卒。1995年『RIKO-女神の永遠-』で第15回横溝正史賞を受賞しデビュー。『炎都』『フォー・ディア・ライフ』『紫のアリス』『聖なる黒夜』『観覧車』『激流』『小袖日記』『風のベーコンサンド 高原カフェ日誌』等、警察小説、コージーミステリ、恋愛サスペンス、本格ミステリ、SF、ホラーといった多彩なジャンルで活躍。リーダビリティが高く、人間の機微を細やかに描く、流麗な筆致で定評がある。



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