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"記者時代に取材したインドの子供たちの姿を小説に"——エドガー賞受賞作『ブート・バザールの少年探偵』著者あとがき

ハヤカワ・ミステリ文庫より、ディーパ・アーナパーラ/坂本あおい訳の『ブート・バザールの少年探偵』(原題:Djinn Patrol on the Purple Line)が刊行されました。
本作は、世界最高峰のミステリ文学賞であるエドガー賞(アメリカ探偵作家クラブ賞)の、2021年度の最優秀長篇賞を受賞しています!
「1日に180人の子どもが行方不明になる」インドを舞台に、子どもたちの連続失踪事件の謎に迫る本作は、どのようにして生まれたのか。著者のあとがきです。

●あらすじ

インドのスラムに住む、刑事ドラマ好きの九歳の少年ジャイ。

ある日クラスメイトが行方不明になるが、
学校の先生は深刻にとらえず
警察は賄賂無しには捜査に乗り出さない。

そこでジャイは友だちと共に探偵団を結成し、
バザールや地下鉄の駅を捜索することに。

けれど、その後も続く失踪事件の裏で
想像を遥かに超える現実が待っていることを、
彼はまだ知らなかった。

少年探偵の無垢な眼差しに映る、インド社会の闇を描いた傑作。


著者あとがき

 わたしは1997年から2008年までインドで記者として働き、そのうちの何年ものあいだ、教育をテーマとした記事や特集を書いてきました。学校や大学の長、教師、政府関係者、それにもちろん学生や生徒たちと毎日のように話をしました。わたしは経済的に余裕のない家庭で育っており、おかげで機会が制限されて自分のやりたいことが思うようにできないと感じていましたが、最貧層の若者にはそうした限られた道さえひらかれていないことを、ジャーナリストとして知るにいたりました。クズ拾いの仕事をしたり、交差点で物乞いをしたりする子供、家庭に困難な事情をかかえ勉強がままならない子供、宗教紛争で家を追われ、学校を辞めざるを得なかった子供。わたしが取材したのはそういう子たちです。ところが、ほとんどの子は犠牲者のようには映りませんでした。みんな生意気で、お茶目で、質問をあびせられてじれったそうにしていることもしばしばでした。社会としてのわれわれ、それにわれわれが選んだ政府が子供たちを見捨ててきたことは、わたしの記事が必然的にあぶりだしたとおりです。ですが、文字数や締め切りの制限があるなかでは、子供たちのユーモア、皮肉、エネルギーまでは、記事で伝えきれませんでした。

 おなじころ、貧しい家庭から子供が消えるという事態があちこちで起きていることを、わたしは知るようになります。インドでは毎日180人もの子供が行方不明になると言われています。そうした事件は誘拐犯が逮捕されたときや、犯罪の生々しい実態が明らかになったときにしか、ふだんはニュースになりません。彼らの将来への期待を長年取材してきた経験からでしょう、当然わたしとしては子供たち自身の背景に関心がありましたが、そうした報道はなかなか見つかりません。焦点があてられるのはたいてい加害者です。わたしはそこのところをもう少し掘り下げたいと思いましたが、残念ながら自分を取り巻く状況が変わって、生まれ育ったインドを離れることになりました。

 失踪した子とその家族についての書くことのできなかった記事のことは、その後もずっと心に引っかかっていました。ロンドンでは文芸創作の授業を受けるようになり、最初の課題で彼らのことを書こうとして失敗しました。社会的に無視された弱者をフィクションに仕立てることについての道義性に疑問を感じたのです。自分が間近に見てきた不平等を過少に描くことはしたくありませんでしたが、恐ろしい悲劇を物語にするのでは、人々と彼らのかかえる問題とを同列に語る、貧困とインドをテーマにしたステレオタイプの作品になってしまいそうに思えました。

 2016年の冬、数年前に棚上げにしたその物語のもとに、わたしはとうとうもどることになります。ブレグジット、ドナルド・トランプの大統領選挙、インドや各国での右派の台頭といった流れのなかで、"よそ者"、"マイノリティ"とされる人々が世界に追いつめられているように感じた、というのがそのきっかけのひとつでした。イギリスでは、今では自分自身が移民としてそのグループに属していました。かつてインタビューした子供たちのことや、その存在をあえて無視したがる社会で生き抜こうとする彼らの覚悟に思いをいたしたとき、わたしは物語は彼らの視点から語られるべきだと気づいたのです。九歳のジャイがこの小説への導き役になってくれました、自分のニュース記事が書き落とした特徴──子供たちのへこたれない力強さ、明るさ、えらそうなようす──を、ジャイとその友人のなかに表現しようとわたしはつとめました。

 この小説を書きはじめたちょうどそのころ、自分の人生にも急な変化がありました。むかしから尊敬を寄せていたおじが亡くなったのです。おじはだれよりも親切な人間で、医者としてお金のない患者にも無償で治療を施していました。それから、6つ年下のわたしのただひとりの兄弟がステージⅣの癌と診断されました。ジャイやその友人が直面していた問題が、直接的ではないにせよ、俄にわたしや家族の問題にもなったのです。人は不安をかかえながらどうやって日々を生きていくのか。希望なしと宣告されたとき、どうやってその希望を見出していくのか。当時たった8歳だった甥はどうなるのか。死ぬ確率について子供にどう説明すればいいのか。そうした疑問について、わたしは結局だれとも、いちばんの友人とさえ話しあうことができませんでした。そこでかわりにこの本の登場人物のほうを向いて、彼らの行動のなかに答えを探し求めたのです。

 職業および個人的経験が本作のアイディアのもととなったのはたしかですが、これはわたしの物語ではありませんし、断じてそういう意図で書かれたものでもありません。それでも、作中のジャイや登場人物もそうしたように、人がつくりだす物語は悲しみや混沌を理解するのに役立てられ、また、そうした物語が人を慰めることもあれば失望させることもあるということを、わたしは意識しながら書き進めました。その意識のおかげでわたしと登場人物との年齢の大きな隔たりはページ上では消えてなくなりましたが、究極的には『ブート・バザールの少年探偵(原題Djinn Patrol on the Purple Line)』は子供を描いた物語であり、子供だけが主役です。わたしがこの小説を書いたのは、彼らの存在を単なる統計に落とし込んでいいという発想に物申すためです。統計上の数字の向こうにいくつもの顔があることを、みんなに忘れないでもらいたいのです。

 最後にもうひとつ。わたしがこの文章を書いている2019年9月、インドでは子供の誘拐に関する噂やSNSによる情報拡散をもとに犯人とされた人を集団でリンチするという不穏な事件が起きており、犠牲となる多くは疎外された貧しいコミュニティの無実の人々であり、その地域での"よそ者"であり、または、障害を持つ人々です。こうした流れを導いたのは、マイノリティ、とりわけイスラム教徒に対する似たような集団的な怒りの感情、それにインド国内で高まりつつある不信感でしょう。見落としてならないのは、この状況のかかえる矛盾です──インドでは日々子供が失踪しつづけ、子供の人身売買は注目されない現実の問題として存在しつづける一方で、権力層に"他者"への恐怖の感情をあおられたせいからか、噂や嘘のニュースをもとにすぐに私的制裁に走る人々がいるのです。

 希望の光を見出せるとすれば、貧しい地域の子供たちと連携する慈善団体があることでしょう。興味のある方は以下の団体をお調べください。プラタムチャイルドラインサラーム・バーラク・トラストHAQ子供の権利センターインターナショナル・ジャスティス・ミッションMV財団。(翻訳:坂本あおい)(🄫Deepa Anappara/🄫Aoi Sakamoto)

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ディーパ・アーナパーラ(Deepa Anappara)

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🄫Liz Seabrook

インド・ケーララ州生まれの作家。ムンバイ、デリーを拠点に十数年間ジャーナリストとして活動。貧困や宗教問題が子どもの教育に及ぼす影響を取材した記事が数々のジャーナリズムの賞を受賞した。デビュー作となる本書(2020年)は、ムンバイ最大の国際文学フェスティバルにて新人賞を受賞し、インドの文学賞JCB賞、イギリスの女性小説賞にもノミネートされた。さらに、2021年のエドガー賞(アメリカ探偵作家クラブ賞)の最優秀長篇賞を受賞。22の言語への翻訳が決定している。

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2021年5月現在、インドの新型コロナウイルスの感染状況は非常に深刻なものとなっています。以下のニューヨーク・タイムズ紙の記事には、インドの感染状況の改善を目的とした組織・NGOのリストがございますので、興味のある方はご覧ください。(編集担当より)

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『ブート・バザールの少年探偵』はハヤカワ・ミステリ文庫より、好評発売中です。

▽訳者の坂本あおいさんのあとがきはこちら


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