【第3シーズン7/18刊行開始記念】《ローダンNEO》おさらいその1:第1巻『スターダスト』の前半分第9章までを連続掲載(第2章)
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「いたよ! あそこ!」
シドが声を上げ、ジョン・マーシャルを残して駆け出していく。人混みをかき分けて、ネバダ宇宙基地の発射場と観客席とを仕切るフェンスに走り寄る。網の目に指をかけると、フェンスぎりぎりまで顔を近づけた。
あらゆる方向に向けてシドの非礼を詫びながら、マーシャルは彼のあとを追った。
胃のあたりが、ちくちくする。マーシャルは日頃から、可能なかぎり人混みを避けていた。人に囲まれると気分が悪くなるからである。おまけにヒューストンからネバダまでの、三九時間にわたるバスの旅の疲れが今も体に重くのしかかっていた。それもこれも、彼自身にとっては何の意味もない「一大イベント」に参加するためだった。
輝く朝日の下、四つの黒い点が、かつては栄光を極めたコンクリートの広野を懸命に歩いている。まるでびっくりマークだとマーシャルは思った。「!」の点の部分が人間で、長い影が棒線だ。
「ねえ、ジョン?」
ようやく追いついたマーシャルに、シドが尋ねた。
「先頭を歩いてるあの二人、ローダンとブルかな?」
少年は興奮と緊張に息をはずませている。
「そうかもしれないな。ローダンは船長なんだろう?」
「そうさ!」
シドは、ぐっと頭をそらして強くうなずいた。それは少年自身がマーシャルに、もう何百回も語って聞かせた内容だったが、そんなことはまったく気にならない様子だった。
「それでね、ブルは《スターダスト》の副パイロットなんだ。二人はきっと、すごい大親友なんだよ。ね、そうでしょ?」
「ああ。もちろん、そうだな」
シドはでこぼこにへこんだ〈ポッド〉をカバンから引っぱりだし、発射場へと向ける。
二〇二〇年代後半の時代物のモデルだが、それは少年の自慢の種だった。シドはこの機器を、施設の工房で自力で修理した。今はとっくに製造終了となっている交換パーツも、どこからか手に入れてきたのである。
シドは望遠機能をオンにして、宇宙飛行士たちへとズームする。点は多少拡大されたものの、同時に画素も粗くなった。これでは何が映っているのかわからないとマーシャルは思う。だが、シドはまったく気にしていない様子で四つの点を映像に収めながら、さかんに独り言をつぶやいていた。この少年がこんなに興奮しているのを、マーシャルは今までに見たことがなかった。
シド・ゴンザレスは寡黙な子供だった。マーシャルの運営する保護施設ペイン・シェルターに暮らすアウトサイダーぞろいの子供たちのなかでも、ひときわアウトサイダー的な存在だったのである。世界との関わりを拒絶し、ほとんどの時間を自分の部屋にひきこもって宇宙のポスターや宇宙船の模型に囲まれて過ごしていた。
ひとことで言えば、シド・ゴンザレスはジョン・マーシャルにとって手のやける子供だった。シドは施設の他の子供たちと同じく、ストリートチルドレンだったところを路上でマーシャルに拾われた。ひどく痩せこけ、人の目を見ることができず、常に下を向いているような子供だった。そして、絶えず「あいつに捕まる」ことを激しく恐れていた。「あいつ」とはいったい誰なのか、シドの口から語られたことはついぞなかった。
おそらく、「あいつ」とは実在の人物ではないのだとマーシャルは考えている。シドは路上生活を送るなかで、たくさんのつらい目にあってきたはずだ。そうした数々の恐ろしい体験が、想像上の人物という形に集約されたのだろう。
マーシャルがシドを引き取って、もう三年になる。痩せこけた子供は、べたつく髪と出っ歯が目立つ、太り気味のティーンエイジャーに成長した。
彼はもう下を向いてはいない。この打ち上げ見学の旅に出てからずっと、天の星々を見据えるように、シドはしっかりと顔を上げていた。ただし、人の目をまっすぐに見ることはまだ難しいようだった。
手のやける子供──そして、マーシャルにとっては特別可愛い子供でもあった。理由は、彼自身にもわからない。シドは、およそ愛らしいところなどない子供だ。それなのに、しばしば施設の子供全員に分けへだてなく接するという鉄の掟を曲げてまで、シドを特別扱いしていることをマーシャルは自覚していた。それは、どうにも正当化しようがなかった。
四日間も施設を留守にして、シドとともに長距離バスに乗りこみ、三〇〇〇キロという長い道のりを旅してきたこともそうだった。でこぼこのハイウェイに揺られ、宇宙船と同じくらい狭くて息苦しい車内に閉じこめられて。それもすべては、マーシャルから見れば過去の遺物としか思えない、時代錯誤的な瞬間に居合わせるためにである。宇宙飛行と聞いてかつての人々が思い描いた夢は、いまやすっかり色あせていた。
「やっぱりローダンとブルだ!」シドが歓声をあげる。「ほら、言ったとおりでしょ!」
観客席右手の大型LEDスクリーンに映像が流れだし、四人の宇宙飛行士が大映しになっていた。全員が宇宙服を身につけ、ヘルメットをわきに抱えていた。男たちの額には、玉のような汗が浮いている。朝日が昇ってまだ一時間足らずとはいえ、六月のネバダ砂漠の日差しはすでに苛烈を極めていたのだ。
なぜ、わざわざこんな形で宇宙飛行士たちを苦しめるのだろう、とマーシャルは不思議に思った。ロケットの設置地点まで車で送ってやればすむ話なのに。この行進は、まるで無意味ではないか。無意味といえば、「ミッション」などと大げさに呼ばれている今回の飛行もそうなのだが。
スピーカーの割れるような音とともに、金属的な声が観客席に響きわたる。シドは、すぐさま声の主に気づいた。
「レスリー・パウンダーだ! NASAの飛行司令官だよ! NOVAロケットは彼の発案なんだって!」
パウンダーが今回のミッションの経緯を説明している。記者会見の音声が、会見場から中継されているのだ。実際の会見場は、発射場の向こうまで連なる建物群のどこかにあるのだろう。ひときわ高く突き出た四〇階建ての管制タワーの頂上かもしれない。マーシャルは、その声がどうにも気に入らなかった。
保護施設を設立する前まで、彼は投資銀行で働いていた。ディスプレイをにらみつけ、あちらからこちらへと資金を動かす日々である。一見抽象的な数字の群れは、現実には人間の運命を示していた。会談ではしょっちゅう「絶対確実な」投資を持ちかけられたものだ。だが、そのほとんどは結局、単なる投機バブルに過ぎなかった。
このパウンダーという男は、嘘をついている。今回の宇宙飛行の核心について何かを隠している。マーシャルは、そう確信した。彼は昔から嘘を見抜くことにかけては、奇妙なまでに鋭い勘を備えていたのだ。
パウンダーは《スターダスト》のクルーを紹介していた。まずは船長からだ。
「『瞬間切替装置』のペリー・ローダン!」
シドが興奮気味に声をはずませる。
「ねえ、なんでそう呼ばれてるか知ってる?」
長時間のバスの旅行の間に、マーシャルはその理由をさんざん聞かされていた。だが、シドのためにあえて知らぬふりを装った。少年が打ち解けていく様子が嬉しかったのだ。
「いいや、なぜだい?」彼は尋ねた。
「ローダンは月シャトルを救ったんだ! 何年か前に、シャトルのシステムが全部ダウンしちゃって──」
シドは両腕を振りまわして、ローダンがシャトルと彼自身の命を救ったときの息詰まる操縦を再現してみせた。へこんだ〈ポッド〉をシャトルに見立てて。
「ローダンは英雄なんだ!」
〈ポッド〉を観客席の座面にそっと着陸させてから、少年はそう締めくくった。
「彼じゃなきゃ、無事着陸なんて絶対できなかったよ!」
英雄だって……?
マーシャルはディスプレイに映る四人の宇宙飛行士を見つめた。全員が笑顔を浮かべている。作られた、どこか無理を感じさせる笑顔。だが、それだけではない。その表情からは決意と緊張、しかし同時に冒険心も感じられた。
英雄? たしかに、彼らが崇高な意志を抱き、各々の領域で抜きん出た存在であることは疑うべくもないだろう。だからこそマーシャルにはわからなかった。そのように非凡な人間が、なぜ宇宙飛行などという明らかに無意味な行為に身を投じるのか。
たしかに、宇宙船に乗りこむというのは、それなりに勇気のいることだろう。些細な不具合で大爆発を起こしかねない巨大な燃料タンクも同然のロケットに支えられ、しかも、その懸念がしょっちゅう現実となっているとなれば、なおさらだ。正直に言って、自分にはけっして奮い起こせない勇気だとマーシャルも思う。
だが、それはいったい何のための勇気なのか?
「考えてもみてよ、ジョン。この救助任務が成功したら──」
まるで彼の思考を読んだかのように、シドが言う。
「《スターダスト》の偉業を世界中が称賛するよ! そしたら議会もまた、前みたいに宇宙飛行のための予算を増やしてくれて、NASAは夢の計画を実現できるんだ。人類は生きてる間に火星に──ううん、それよりもっと遠くまで行ける!」
少年は宇宙開発機関のマーケティング担当者のように語った。
マーシャルは答えなかった。人類が火星に到達する。まあ、ありえない話ではないだろう。彼自身は、そうは思わなかったにせよ。だが、たとえ実現できたとして、ひとつの疑問が残る。すなわち、それは果たして何のためなのか?
地球の外側にあるのは、真空と、死した岩石と──そして多くの惑星においては──致死性の有毒ガスくらいだ。人は、宇宙で生きるようには創られていない。人類の故郷は地球であって、これからもずっとそうであり続けるだろう。故郷と向き合うことは人の義務のはずだ。それを怠れば、人類に未来はない。
マーシャルは宇宙飛行士たちの表情を、ペリー・ローダンをじっと見つめた。はたして今、この男は何を思うのか。己が任務に疑念を抱くことはないのだろうか?
月へと飛行し、アームストロング基地の現状を確認する。それが《スターダスト》に与えられた任務だ。同基地からの通信が、現在途絶えているという。一八名の人員の命が危険にさらされていて、すでに死亡している可能性もあるらしい。少なくとも緊急事態に陥っていることはたしかなようだ。彼らを救うことは「人間の善を証明する」大いなる行為であると、パウンダーの雑音まじりの声が訴えていた。
たしかにそのとおりだろう。だが、人間の理性的思考力を証明する行為とは言いがたい。
バスの中で彼は、今回のミッションに関するありとあらゆる詳細情報を、シドから聞かされていた。数値、規模、さまざまな最上級表現を。マーシャルはそのほとんどを聞いたそばから忘れていたが、ひとつだけ覚えている数字がある。「三五億ドル」。今回の《スターダスト》の宇宙飛行にかかる推定費用である。つまり、このミッションが想定しうる最大限の成果をあげ、全員の命を救えたとしても、一人につき約二億ドルが費やされる計算になる。それだけの額があれば、この地球上でどれだけの人を救えるだろうか。
マーシャルが設立した保護施設には、三一人の子供が収容されている。それ以上の人数を養うだけの資金を、投資銀行時代の稼ぎを元手とした基金でまかなうことはできないのだ。グレーター・ヒューストンの路上で、親もなくその日暮らしにあえぐ何千人もの子供たちのうちの、たった三一人。
こうしたストリートチルドレンを路上に放置したままにすれば、彼らの人生は短く悲惨なものとなるだろう。だが、この子たちに助けの手を差しのべ、他の人々と同じだけのチャンスを与えてやれば、彼らはきっと奇跡を起こす。マーシャルは、固く信じていた。
宇宙飛行士たちが発射台にたどり着いた。等間隔で台架から突き出た鋼鉄製の支持部材が、ロケットを支えている。そのロケットの先端に支えられ、ローダンたちは宇宙へと駆け上がるのだ。このロケットこそNOVAだった。
詳しい情報は、すでにシドからあますことなく聞いていた。科学技術の粋を結集させた最高傑作。その原形は前世紀の一九六〇年代にまでさかのぼるという。当時は、これによって太陽系惑星への旅が実現するのも時間の問題だろうと思われた。ただひとつ、ほんの小さな欠点を除いては。NOVAは宇宙に至るまでの間にNASAの予算を食いつぶし、一〇回中七回の実験で大爆発を起こしたのである。
シューシューと不気味にうなり、煙をあげるその姿は、マーシャルの目には遠い過去から来た怪物のように思われた。
宇宙飛行士たちが乗り込んだ発射台のエレベーターが、ゆっくりと上昇していく。
「ジョン、ほら見て! もうすぐだよ! もうすぐ打ち上げだ!」
シドが興奮で飛びはねている。太陽の光が、少年の上着につけられた金属製のバッジにきらりと反射した。宇宙飛行士らしく見えるようにとシドが自分でつけたのだが、これはあくまで次善の策である。というのも、シドは最初、自作した宇宙服一式をネバダまでもっていくつもりだったのだ。それはマーシャルが断固阻止した。ただでさえ馬鹿げた事態だというのに、そのうえさらに宇宙服など、もってのほかだった。
金属バッジに日の光が輝いて、そして……。
──キラリ、と何かが光った。シドのすぐ横で。少年の体から、火花がほとばしっている──。
ぎょっとして、マーシャルは少年を凝視した。シドは何も気づかずエレベーターに夢中だ。火花など、どこにも見えなかった。
(馬鹿馬鹿しい!)
マーシャルは自分自身に言い聞かせる。
(ただの見間違いだ! 疲れて神経が過敏になっているんだろう。おまけに、このひどい人混みだ、無理もない……)
「スパーク」と、施設の子供たちはシドのことを呼んでいた。火花という意味だ。マーシャルは長いことそれを、太っていて動きが鈍くぎこちないシドをからかってのことだろうと思っていた。あるとき、施設の子供たちの一人であるスーから、あだ名の本当の由来を聞くまでは。「シドは火花を出すの」と、スーは言っていた。ごくまれに、しかもほんの一瞬。シドが本当に心の底から怒ったときにだけ、それは起こるという。
マーシャルは、この話をあまり本気にしていなかった。スーはめったに物事を見誤らない子だが、それでもだ。火花だって? 施設の子供は誰もが皆、例外なくトラウマを抱えている。そんな彼らの真実に対する向き合いかたは、通常よりもかなり──緩やかなのだ。
「発射台、ずいぶん遠いんだね」
シドが言った。ここ数日間ではじめて、ほんの少しだけ気落ちした口調だった。
「これじゃ、ほとんど見えないや」
「そのためにディスプレイがあるじゃないか。そら、あんなに大きいのに不満なのか?」
「そうじゃないけど、でもあれは……本物じゃないもん!」
「しかたがないさ。ロケットのエンジンからは、すごく高温の爆風が発生するんだろう? おまえが教えてくれたんじゃないか」
「方向によっては安全だよ! それに、観客席だって、こんな遠くに作る必要ないのに」
「すまないが、私にはなんともできないよ」
マーシャルはそう言い返しながら、自分自身にいらだっていた。なぜいつも、すべてを自分の責任だと感じてしまうのだろう。なぜ、他人がつらい思いをしていると、こんなにも耐えがたくつらいのだろう。
「だが大切なのは、今この場にいることだろう?」
「うん、そうだよね。それが一番大事なんだ」
少年は賛同したものの、その声には落胆がにじみ出ていた。
マーシャルの手指がむずつく。まるでヒューストンの寒い冬の日に手袋を忘れて散歩に出かけ、暖かい施設に帰ってきたときのように。ここはネバダの砂漠で、季節は六月だというのに。
違う。彼の指がむずつくのは、彼を不安に陥れ、いてもたってもいられない気分にさせるのは、寒さではない──。
それは、人だった。観客席は──ありがたいことに!──半分ほどしか埋まっていない。それでも、この場には数千人という群衆が集まっている。シドのような宇宙マニアたちだ。
《スターダスト》の打ち上げを崇高な偉業ととらえ、その瞬間を待ちわびる彼らの興奮は、カウントダウンがゼロに近づきつつある今、まさに頂点に達しつつあった。
群衆の興奮が、濁流のようにマーシャルに向かってなだれこんでくる。まるで、人々の思いが、抗いようのない力で彼の頭上にのしかかるかのように。
あと少しの我慢だ、彼は心の中で言い聞かせた。金網に指をかけ、血が止まるほど強くしがみつきながら、あやうく苦痛にうめき声をあげそうになる。あと数分、あと数分で《スターダスト》の打ち上げも終わる。そうしたら帰りのバスで少し眠って……。
群衆も、シドも、マーシャルさえも、あっと声をあげた。エレベーターが発射台の頂上に到達し、宇宙飛行士たちが姿を現したのだ。そのうちの一人であるブルが気さくにカメラに手をふり、四人は《スターダスト》の内部に消えていった。
人々の感情の波がマーシャルを呑みこむ。だが、その奥に、もっと別の何かがあった。沸き立つ感情の海の底を、ひっそりと流れる潮流のように。
不安。そう、恐れだ。だが、信用ならないロケットを背負った宇宙飛行への恐れではない。月面基地の運命を案じているのでもない。違う、もっと別の何かだ。もっと大きく、重大な──。
マーシャルは恐れの源をとらえようとした。しかし、その感情はするりと彼の手をすりぬけていく。満天の星のなか、ちらちらと瞬く星のひとつに視線を定めようとするときのように。とらえようとすればするほど、その瞬きはふっと視界から消えていくのだった。
NOVAのエンジンが点火された。巨大な噴射口から燃焼ガスがほとばしり、一瞬遅れて観客席に音が届く。耳をつんざくような爆音が発射場にとどろき、地面が激しく揺れる。
信じがたいほどにゆっくりとロケットは浮き上がった。数センチまた数センチと、じわじわ天に昇っていく。
「発射だ!」シドが叫ぶ。「ジョン、見て、飛んだよ!」
マーシャルは少年のほうを振り向き──その視界に火花が走った。シドがまばゆい光に包まれている。熱い空気の波がマーシャルに押し寄せた。
「シド!」彼は叫んだ。「どうした? いったい何が──」
言葉はそこで途切れた。叫びはむなしく無人の虚空に消えていく。
シドは跡形もなく消えていた。少年がつい今しがたまで立っていたはずの場所は、空っぽになっている。まるで連れの少年の存在など最初からマーシャルの幻覚であったかのように。
「シド? おい、どこに──」
目に見えない衝撃がマーシャルを襲った。ひっそりと流れていたあの恐れの潮流が、マグマのように猛烈な勢いで噴出する。観客席が、空へと飛び立つロケットが、ネバダ宇宙基地が──すべてが消え去った。
次の瞬間、マーシャルは切り立った峡谷の崖縁に立っていた。岩石と土ぼこり。ぎらぎらと輝く太陽が身を焦がしている。その強烈な光に照らされ、岩々がまるで骨のように青白く見えた。人も、動物も、木々も草もない。ただ乾いた岩石が広がっている。そして峡谷の底には──輝く球体が鎮座していた。自然界の存在としてはあまりにも巨大で、あまりにも均一で、あまりにも異質な球体が。
マーシャルは息をのんだ。もっとよく見ようと、彼は身を乗り出した。単なる目の錯覚だと自分自身を納得させるために。なんてことのない、馬鹿げた見間違いだと確かめるために。
その瞬間、ジョン・マーシャルは錯覚の中へと転がり落ちていった。