世界はいかにハックされうるか? 『スノウ・クラッシュ』解読 鈴木健(SmartNews創業者・CEO)
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世界はいかにハックされうるか? 『スノウ・クラッシュ』解読 鈴木健(SmartNews創業者・CEO)

Hayakawa Books & Magazines(β)

「メタヴァースの原典」、ついに復刊。ニール・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ〔新版〕 』(日暮雅通訳、ハヤカワ文庫SF)より、SmartNews創業者・CEOで『なめらかな社会とその敵』著者の鈴木健氏による「解読」を全文公開します。

*作品の核心に触れていますので、あらかじめご了承ください。

スノウ・クラッシュ 新版 早川書房
『スノウ・クラッシュ〔新版〕』早川書房

『スノウ・クラッシュ』解読
 Decoding Snow Crash

鈴木 健(SmartNews創業者・CEO)

物語の世界設定

『スノウ・クラッシュ』の舞台は、近未来のアメリカである。グローバル経済が行き着くところまで達し、世界はフラット化したあげく、アメリカの経済力は世界でも最低レベルになった。アメリカが世界に誇れるのは、音楽、映画、ソフトウェア、高速ピザ配達の4つだけになってしまった。

大統領の権威も失墜した。物語の後半、アメリカ合衆国大統領が登場するシーンでは、まわりの人物は誰も彼が大統領だと気づかない。政府は数あるステイクホルダーのひとつにすぎず、様々なフランチャイズ国家が国土を分割統治するようになっている。例えば、マフィアのドンであるアンクル・エンゾが経営する〈ノヴァ・シチリア〉や、〈ミスター・リーの大ホンコン〉のように、マフィアや資本家がフランチャイズ国家を運営しており、その中は治外法権で、大統領といえども口出しできない。

近年アメリカでみられるゲーテッド・コミュニティとフランチャイズを合体させ、それが国家に並ぶような力を得たのが、フランチャイズ国家である。会員以外が区域に入れないよう、それぞれのフランチャイズは技術を駆使した物理的抑止力で守られている。

一方で、メタヴァースの中も同様の世界が構築されている。主人公ヒロの友人のDa5idがメタヴァースの中で経営する会員制のバー〈ブラック・サン〉には、普通の人は入ることはできず、会員だけが静かな会話を楽しむことができるようになっている。

このような国家の役割を最小化した世界観は、政治思想ではリバタリアニズムと呼ばれている。『スノウ・クラッシュ』のメタヴァースではコードが法としてそのまま実行されるため、リバタリアン的世界が容易に実現可能であるとともに、現実世界でもフランチャイズ国家として、メタヴァースに近い世界が実現している。

いわば、国家が権威をもたない中で、社会秩序がいかにして可能なのか、その想像力の地平を広げてくれる。ホッブズ問題といわれる例のやつだ。

ウイルス

主人公のヒロ・プロタゴニストは、アメリカ名物となったピザの配達を生業としているが、もともとはアヴァター同士が戦闘をした場合のルールについて最初にコードを書いたりもした、著名な「最後のフリーランス・ハッカー」だ。現実の嫌なことを忘れるためメタヴァースに入り浸っていたヒロの目の前で、Da5idがスノウ・クラッシュと呼ばれるハイパーカード型ウイルスを引きちぎるところから、物語は急展開する。スノウ・クラッシュは、白黒のビットマップでしかないのだが、それを見た途端、Da5idのアヴァターは全く制御不能になるとともに、メタヴァースのデーモン(バックグラウンドで動き続けるソフトウェア)によって排除されてしまう。さらにはアヴァターだけにとどまらず、現実世界のDa5idもバイナリのホワイト・ノイズを見ただけなのに意識不明で病院送りとなってしまう。

物語の中盤でヒロは、この謎を解くために、メタヴァース上での人工知能であるライブラリアンと、古代シュメール文化についての長い対話を続け、以下のような事を明らかにしていく。

「この言語──祖語(マザー・タン)──は初期の人類の社会的な発達の遺物なんです。古代社会は”メ”と呼ばれる言語の規則によってコントロールされていました。メは人類にとって、小さなソフトウェアのようなものだったんです。これらは穴居人社会から組織化された農耕社会への移行に必要な部分でした。たとえば、鋤で土地を耕し、穀物を植えるためのプログラムがあった。パンを焼くためのプログラムもあれば、家を建てるためのものもあった。また、戦争や交渉、宗教儀式といった、より高いレベルの行事に応じたメもあったわけです。独立した文化を維持するのに必要な技術は、こういったメの中に含まれていて、それらは粘土板に書かれたり、または口伝えで伝わっていきました。」

本文より

「いつの場合も、メの保管場所は寺院でした。そこはメのデータベースとなっており、”エン”と呼ばれる僧または王によって管理されていました。誰かがパンを欲しがれば、人々はエンもしくはエンの部下のもとへ行き、寺院からパン焼きのメをダウンロードしたのです。そして彼らは指示に従い──ソフトを走らせ──それが終わると、パンができあがっていた。」

本文より

「シュメール文化──各地の寺院をメでいっぱいにしていた文化──は千年王国が蓄積してきた優秀なウイルスの集大成にすぎなかった。それはフランチャイズ経営だったんです。ただ、黄金色のアーチの代わりにジッグラト、スリー・リング・バインダーの代わりに粘土板があった、というわけです。」

本文より

メは一種のウイルスで、そのウイルスを書く優れた神経言語学的ハッカーだったのが、世界ではじめて自意識をもった存在であるエンキである。彼は、何も新しいものを生み出さない当時のシュメール文化に絶望し、”ナム・シュブ”というウイルスを蔓延させ、人々の脳の基盤を書き換えた。これ以来、人々はメやシュメール語を理解できなくなり、言語は互いにわからないように多様化するとともに、人々にも自意識が芽生えた。

光ファイバー・ケーブル事業を独占しているメディア王、L・ボブ・ライフは、メを用いて信者を操作し、バイナリウイルスによってハッカーの脳を破壊し、王の中の王になろうともくろんだ。Da5idはその犠牲になったのである。

ライフは、古代シュメールの技術を徹底的に調査し、二つのウイルスを世界に蔓延させることを思いつく。一つは、アシェラーと呼ばれるステロイドのようなもので、細胞壁を突き抜け、核に到達すると細胞のDNAに干渉する。やがて脳の基盤を変化させ、メを理解できるように戻してしまう。いわば、エンキの”ナム・シュブ”をアンインストールする作用をもつウイルスだ。もう一つは、バイナリウイルスで、これがコンピュータの中に入ると、コンピュータはみずからを新たなウイルスに感染させるようになり、スノウ・クラッシュする。さらに脳の基盤に組み込まれたバイナリ・コードを理解しているハッカーの脳に入り込んだ場合は、ハッカーの脳を破壊してしまう。

物語は、ヒロがこのライフの陰謀を阻止しようと空母エンタープライズに乗り込んでいくシーンへと進んでいく。

心のプログラミング

以上で紹介したように、『スノウ・クラッシュ』は二つのテーマをもっている。ひとつは法のプログラミングであり、もう一つは心のプログラミングである。

前者の法のプログラミングは、メタヴァース上で各エリアのオーナーたちが、その中でのルールを自由にコードで書き換え、それによって秩序を維持していることを指している。これは自然法則も含んだ法のプログラミングであるといってよい。本作の後に生まれた様々なメタヴァース・サービスには、オブジェクトの挙動をコーディングすることができるものも多い。フランチャイズ国家におけるセキュリティもまた同様に、フランチャイズ国家と人々との契約によって維持されている。こうした法のプログラミングはブロックチェーンなど現在の情報技術で可能になりつつある。

一方、後者の心のプログラミングは、まだ私たちが住む社会では実現できていないし、できる見込みも今のところはない。

『スノウ・クラッシュ』において、心のプログラミングは、メと呼ばれる古代シュメール人の技術として登場する。シュメール神話に登場するエンキとアシェラーという神を神経言語学的ハッカーと位置づけ、古代シュメール語を操ることにより人々をコントロールしたという大胆な解釈を展開する。メの理解と実行は、脳の深層構造に古代シュメール語を理解する機能が埋め込まれていることによって可能になる。それは人間の心でさえも「ハック可能」なのではないかという重大な問いを私たちに突きつける。

古代シュメール語による心のプログラミングというこの大胆なSF設定は、いかにして生まれたのだろうか。サイバネティクスとサイバーパンクの系譜があったことは言うまでもない。さらに、80年代のチョムスキー的言語観と、70年代にリチャード・ドーキンスが提唱した文化遺伝子ミームからインスピレーションを受けていることは明らかだろう。作中では、チョムスキー理論の修正として、PROM(プログラマブル・リードオンリーメモリ)のメタファーを使い、言語発達における相対主義と普遍主義の論争を中和させようとしている。もっとも、チョムスキー自身も、普遍言語の考え方を後に修正しているのだが(『21世紀の言語学──言語研究の新たな飛躍へ』2018年、ひつじ書房)。

スティーヴンスンの義兄、スティーヴ・ウィギンズは、古代近東における宗教史をエディンバラ大学で学び、ちょうど『スノウ・クラッシュ』の発表と同じ1992年に博士号を取得した。翌年には、博士論文をもとに『アシェラーの再検討』という本を出版している。スノウ・クラッシュはアシェラー・ウイルスとも呼ばれており、ウィギンズから作品への多大な影響が見て取れる。また、たびたび作中で引用されるサミュエル・ノア・クレイマーとジョン・R・マイアーの共著『悪辣な神、エンキにまつわる神話』(1989年)は、実在する出版物である。おそらくウィギンズから紹介してもらったのであろう。

ジュリアン・ジェインズの『神々の沈黙──意識の誕生と文明の興亡』(1976年、邦訳は紀伊國屋書店)の二分心仮説の影響も色濃い(なお同書の原題はThe Origin of Consciousness in the Breakdown of the Bicameral Mind〔二分心の崩壊と意識の起源〕で、こちらのほうが邦題よりも正確に内容を示している)。ジェインズは古代ギリシアの叙事詩イーリアスを分析し、「遠い昔、人間の心は、命令を下す『神』と呼ばれる部分と、それに従う『人間』と呼ばれる部分に二分されていた」という大胆な仮説を提示する。古代人の脳というのは、誰かわからないものの声が聞こえるように作られており、これが神々の声として古代人によって捉えられ、行動に結びつけられていたというのだ。言語によって自意識が作られるようになると、神々の声が消えてしまい、自由意志という感覚が生まれた。

2008年に行われたジェームズ・ムスティチによるインタビューで、ジェインズの『神々の沈黙』のアイデアと現代のコーディングやハッカーをどう結びつけたのかを問われ、スティーヴンスンは次のように応えている。

長い間、コンピュータはSFに登場するとしても、現実に発展したのとは明らかに異なる仕方で描かれてきました。いつも登場するのは、街区サイズの巨大なコンピュータだったのです。サイバーパンクというのは、SFを書く人たちが、自分たちはこれまで間違っていた、コンピュータは自分たちが想像していたものとは違っていた、だからもう一度SFの世界にコンピュータを取り入れ直さなければならない、と突然気づいたムーヴメントだったと思います。『スノウ・クラッシュ』は、その文脈で見る必要があります。SFの歴史の中でその時点で私たちがしていたことは、情報技術に関する新しいアイデアを取り入れ、それをどこに当てはめ、活用できるかを探ることでした。

私も『神々の沈黙』を読んだとき、あなた(ムスティチ)と同じような感想を持ちましたし、情報技術を組み合わせたいという気持ちと相まって、その二つの要素から『スノウ・クラッシュ』が生まれました。

三つ目の要素は、家族の結婚式のために実家に帰ったとき、古代近東史の研究者である義兄のスティーヴ・ウィギンズが女神アシェラー信仰について話しはじめたことです。それが「バベルの塔」の話と結びついて、この本の執筆プロジェクトに必要ないくつかの問題を解決してくれました。どのような経緯でそうなったのか詳しくは覚えていませんが、この三つの要素を何らかの方法でつなぎ合わせて、『スノウ・クラッシュ』は誕生したのです。

https://www.barnesandnoble.com/review/neal-stephenson-anathem


ウイルスとの共生と共進化

このようにして、『スノウ・クラッシュ』を解読すると、プログラミングという人工言語、ことばという自然言語、メという神経言語、DNAという生物言語、宗教という社会言語(ミーム)といういくつもの言語を透過的に横断しながら、サイバースペースと社会の関係を描いている作品だということがわかる。

そしてハック可能な言語空間という共通点を強調することによって、『スノウ・クラッシュ』は、ハッカーの物語としての強い世界観を打ち出すことに成功した。ハッカーは武器としても盾としてもウイルスを使うことができるが、未来においてその対象は、DNAを通して生物や、神経言語を通して心にまで至るかもしれない。そんな想像力を掻き立てられる。

パンデミックが世界を変えてしまい、一度ウイルスのDNAが解析されれば、mRNAワクチンが数日を待たずしてデザインされる時代に私たちは生きている。それでもウイルスは撲滅できず、私たちはウイルスと共生していくことになるのだろう。

さらにいえば、人類はウイルスと共進化してきたのだ。例えば、哺乳動物には生殖のために胎盤という組織が必要で、胎盤にはシンシチンというタンパク質が重要な役割を果たすが、シンチシンはレトロウイルスが持つenvという遺伝子を起源とすることがわかっている。ウイルスは遺伝子の水平移行(生殖によらない遺伝子の伝達)にも貢献しているという説もでてきている。

ウイルスは、他の生物の細胞がないと自己複製できないという理由で、生命ではないといわれる。そもそも、この自己複製こそが、生命にコードとしてのDNAが要請された理由なのではないかとも考えられている。

システムが複雑化した上で、そのシステムを自己複製するためには、いったん離散的な記号系を媒介することがどうしても必要なのかもしれない。自分自身を複製するということは、複製している最中の自分も複製しないといけないので、複製する対象そのものが変化していってしまうという厄介な問題が生じる。

この「自己複製のパラドクス」を数理的な観点から徹底的に考察したのが数学者フォン・ノイマンだった。複雑なシステムを生成可能な静的なコードに一旦落として、そのコードの方を複製してから、もう一回もとのシステムを再構成するというのが、ノイマンがパラドクスを回避するためにたどりついたアイデアだった。ノイマンがこの着想を自己複製オートマトンの理論として発表したのは1948年と1949年のレクチャーで、ワトソン&クリックのDNAの二重らせん構造の発見論文がNature誌に発表された1953年より前だったのは特筆するべきことだろう。

プログラムという動的な存在が、静的なコードに落とされうるという発想は、古くはチャールズ・バベッジに遡るが、現代的な完成はアラン・チューリングの1936年の歴史的論文「計算可能な数について」を待たねばならない。この論文で提案された、いわゆるチューリング・マシンが、現代の計算機科学の原点である。チューリング・マシンはマシンとテープから構成される。(プログラムに相当する)テープの情報を読み取ることによって、任意のマシンをエミュレーション可能な特別なチューリング・マシンが導入され、万能チューリング・マシンと呼ばれることになる。

人工生命研究者の池上高志と橋本敬は、「チューリングマシンとテープの共進化」という研究で、複製のネットワークの安定性と不安定性を分析した。書き換える方(マシン)と書き換えられる方(テープ)は本質的に不可分であるという洞察がこの研究にはある。これが可能なのも、プログラムのコード化という万能チューリング・マシンがもつ特徴があるからだ。ハッカーやウイルスが世界をハック可能なのも、チューリング・マシンにはじまる世界観あってのことだ。

スティーヴンスンは、後にチューリングと暗号技術をテーマにしたSF大作『クリプトノミコン』の冒頭の、主人公のローレンスとアラン・チューリングが語り合うシーンで、チューリング・マシンの停止問題について紹介している。スティーヴンスンの計算機科学に対する高い知識と洞察が窺える。

『スノウ・クラッシュ』はハッカーの物語であるが、世界がいかにハックされうるかについて書かれた物語でもある。オープンエンドな未来の可能世界の一端を覗き見てしまった読者の一部が、起業家となって未来を書き換えようとしたとしても不思議ではない。そして書き換えられた未来によって、小説『スノウ・クラッシュ』の読まれ方もまたアップデートされ、新たな発見がなされる。書かれた作品と読者の存在は本質的に不可分なのだ。ハッカーの脳を通して社会を破壊(Disrupt)し続けるある種の「ウイルス」として、『スノウ・クラッシュ』は現実世界の中で生き続け、われわれと共進化している。

 2021年12月

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