彼女の敵とは、いったい何者だったのか──沼野恭子さんが読む『同志少女よ、敵を撃て』
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彼女の敵とは、いったい何者だったのか──沼野恭子さんが読む『同志少女よ、敵を撃て』

新人離れした筆力が評価され、第11回のアガサ・クリスティー賞の大賞に輝いた、逢坂冬馬氏の『同志少女よ、敵を撃て』がついに発売となりました。

刊行前から、書店員の方々をはじめ、各方面から好評が止まらない本作。数あるコメントの中から今回は、本書の巻末に収録されている、ロシア文学研究者の沼野恭子さんの推薦文を掲載いたします。

同志少女よ、敵を撃て

推薦のことば ──沼野恭子

逢坂冬馬の『同志少女よ、敵を撃て』は、第二次世界大戦時、最前線の極限状態に抛りこまれたソ連の女性狙撃手セラフィマの怒り、逡巡、悲しみ、慟哭、愛が手に取るように描かれ、戦争のリアルを戦慄とともに感じさせる傑作である(当時、実際に女性狙撃手がいたのだ)。読者は、仇をとることの意義を考えさせられ、戦争の理不尽さを思い知らされ、喪失感と絶望に襲われながらも、セラフィマとともに血なまぐさい戦場を駆け抜けることになるにちがいない。

従軍した女性たちの感情に焦点をあてた作品といえば、ベラルーシのノーベル文学賞受賞作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』があるが、これは多数のインタビューから成る証言集である。凄絶な体験のエッセンスのようなひとつひとつの証言の背後に、どのようなドラマが潜んでいるのかはおぼろげに想像するしかなかった。しかし本書は、優秀なひとりの狙撃兵を主人公に説得力あるディテールを与え、十二分に立体的な肉付けをして、公式のプロパガンダにはけっして現れることのない、かけがえのない唯一の物語を織りあげた。デビュー長篇とは思えない迫力である。

セラフィマの迷い、看護師ターニャの信念、ドイツ人狙撃手を愛したサンドラの存在自体が、敵か味方か、白か黒かという単純な線引きを攪乱して無化し、作品をさらに重厚なものにしている。「敵を撃て」というその敵とは、いったい何者なのか。それは、読者ひとりひとりに突きつけられた問いでもある。

百万人近くもの女性が従軍したソ連の女性史への哀惜の念と深い洞察に支えられた感動の書である。

2021年10月

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『同志少女よ、敵を撃て』は早川書房より、好評発売中です。


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