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「裏世界での出会いと冒険」(『裏世界ピクニック〔ジュニア版〕』解説)

大学生の空魚(そらを)と鳥子(とりこ)が、危険な異世界で怪異と戦う『裏世界ピクニック〔ジュニア版〕』。
大好評発売中の本作より、『若おかみは小学生!』などで知られる児童書作家の令丈ヒロ子さんによる解説を公開いたします。

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『若おかみは小学生!スペシャル短編集3』
令丈ヒロ子、講談社青い鳥文庫

※『裏世界ピクニック〔ジュニア版〕』は、小学4年生以上で習う漢字にルビ(ふりがな)がついていますが、このnote版のためし読みにはルビがついていません。ご注意ください。

ーーーーー以下本文ーーーーー

解説 「裏世界での出会いと冒険」
令丈ヒロ子

 
 ジュニア版「裏世界ピクニック」を手に取った読者のみなさん、こんにちは。
 令丈ヒロ子と言います。児童向けのお話を書く作家です。

 わたしは、子どものころからSFという分野の読み物が好きでした。
 SFというのは、サイエンス・フィクションの略で、主に科学的な設定のもと、空想をひろげて描いたお話のことを言います。日本では「空想科学小説」とも呼ばれていました。
 宇宙を舞台に繰り広げられるスペース・ファンタジー、少し不思議な要素が日常に現れるお話や、幻想、ナンセンスなど、あらゆる要素をふくむものがSFにはあります。このお話「裏世界ピクニック」シリーズのように、ホラージャンルのものも多いです。
 最近では、実写映画やアニメ、マンガ、ライトノベルなどいろんなものに、タイムトラベルや、異世界に生まれ変わるなど、SFの発想を取り入れたストーリーがあふれていますし、児童書にも多いです。
 なので、一応説明しましたが、この本の読者のみなさんには、そんなに珍しいものではないかもですね。
 
 さて、この「裏世界ピクニック」シリーズはホラーSFであり、主人公たちが異世界に行くお話です。しかし、この異世界、まったく遠い場所ではなく、とても身近な感じがします。
 作者の宮澤伊織さんが巻末で紹介しているように、ネット上、あるいは書籍などで宮澤さんが目にした、「町のこわい噂や、だれかが体験した怪談」がこのお話には数々出てきます(読者のみなさんも、似たようなお話を、どこかで聞いたことがあるかもしれないですね)。
 そういうお話に登場するこわいもの、こわいことが同時にたくさん存在する、謎の空間が「裏世界」です。

 この「裏世界」は正体もわからないし、どんな風に成り立っているのかもわからない。それを見きわめようとすると、身体や精神がおかしくなるというとんでもない世界です。
 それなのになぜか、どこかなつかしいような、みょうに親しみのある、魅力的な場所だと主人公の空魚は感じています。
 主人公の空魚は、過酷な環境を一人で生き抜いてきた子です。この世のどこにも、自分の居場所がないような、寂しい違和感を持って成長してきたと思います。
 おそらく空魚の心の中の風景は、裏世界に似た……孤独なのどかさと、なにが起こるかわからない、世界や人への恐怖がないまぜになったようなもの……だったのでしょう。
 なので、空魚が裏世界に惹かれ、さまよっていたのも、わかる気がします。
 そこに突然、金色の光をまとって現れたのが、鳥子でした。
 異世界で出会ったというより、空魚の心の中の荒野、「空魚内裏世界」に入ってきてくれた初めての人です。

 また鳥子も、大事なものを失って、深い喪失感にとらわれていました。鳥子の心の中にも、寂しく強い風が吹き荒れる荒野があったと思います。
 その「鳥子内裏世界」に空魚は、静かに入って来てくれました。そして、鳥子の求めているものを、いっしょにさがして歩いてくれる初めての人になりました。

 初めて深くかかわる他人は、人生において、とても大事な存在です。
 そういう相手に初めて出会ったときは、たいていは相手の容姿や、自分にない感覚の言動に興味を持ちます。仲良くなりはじめたときは、まだいいのですが、一歩お互いの心の内部に踏み込みあうと、大変です。
 大ゲンカになったり、ぜったいに許せないと思ったり、相手が信じられなくなったり。空魚と鳥子も、ときどき感情をぶつけあっていますね。
 でも、そんなことをくりかえしているうちに、まったくの異物であったはずの他人の気持ちが、ふとしみこむようにわかる瞬間がきます。
 そして気がついたら、自分の一部に相手が組み込まれているような感じ……その相手を失うかもと思っただけで、体の一部が奪い取られるような寂しさや激しい違和感を感じたりする……そんな存在にお互いなっているのに気がつくのです。
 大事な他人との出会いは、ときに苦しみも伴いますが、その人を変えてくれます。
 その相手が、自分に大きな影響をあたえているとわかったとき。また自分が、その相手に大きな影響をあたえていると知ったとき。
 自分に自信がなかった人は、自分の価値を認められるようになり、自分しか見えていなかった人は、人を受け入れる痛みや甘さから、思いやりや優しさが生まれます。つまり大人に一歩近づくのだと思います。

 空魚と鳥子は、裏世界で気味の悪いものに遭遇し、何度も恐ろしいめにあいます。
 わざと、自分から、危険に飛びこんでいるようなところもあります。
 だけど、読後がさわやかで、力強い冒険譚を読んだような、前向きな印象が残るのは、二人の関係が生き生きと描かれ、おたがいを成長させあうその様子が、人間としてまっすぐなものだからではないでしょうか。
 このお話にはむずかしい言葉や考え方がたくさん出てきますが、それでも一読したとき、小・中学生の読者に、ぜひすすめたいなと思いました。
 この世にいごこちが悪く、居場所のない気持ち。
 世の中は恐ろしくて、油断がならないと、世界に希望を持てない気持ち。
 だれも自分を正しく認めてくれない、だれも自分を必要としてくれないような、寂しく情けない気持ち。
 大人も日々孤独や厭世と戦っていますが、年若いときは、そんな気持ちにのみこまれがちです。
 このお話は、そんな気持ちをもてあましている若い人たちに読んでほしいのです。
 孤独な女の子が、大好きな人と裏世界を探検することで、生きる気持ちがわいてくる、そしてどんどん強くなる、そういうすてきなお話ですから。

「裏世界ピクニック」シリーズは、現在5巻まで出ています。
 また2021年1月からTVアニメになって放送開始です。
 どんどん広がる裏世界を、わたしも空魚と鳥子と一緒に、もっと探検したいと思います。

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