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邪悪すぎるエルサ、皮肉屋のオラフ…欠点だらけの「アナ雪」を大ヒット映画に生まれ変わらせたイノベーションとは?『生産性が高い人の8つの原則』試し読み

どうして生産性が高い人とそうでない人がいるのか? 両者の違いは何か?
ピュリッツァー賞受賞のジャーナリストが様々なプロフェッショナルを取材し、生産性を上げるためのアイディアを具体例とともに示す『生産性が高い人の8つの原作』(チャールズ・デュヒッグ、鈴木晶訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)が刊行されました。
誰もが知っている大ヒット映画『アナと雪の女王』(アナ雪)は最初、「最後まで誰も好きになれない」欠点だらけのストーリーだったそうです。そこにどのようなイノベーションを起こし、傑作へと変えたのでしょうか? 意外な制作秘話を、本文から一部抜粋して紹介します。

『生産性が高い人の8つの原則』早川書房

イノベーションを加速させる――アイディア・ブローカーと『アナと雪の女王』を救った創造的自暴自棄

速い独創性

試写室が開く1時間前から行列ができ始めた。やってきたのは映画監督、アニメーター、ストーリー・エディター、脚本家たちだ。いずれもディズニーの社員で、噂になっている映画のテスト試写を観にきたのだ。

みんなが椅子に座り、照明が暗くなると、雪に覆われた風景をバックに姉妹があらわれる。妹のアナは威張っていて、保守的で、近々おこなわれるハンサムなハンス王子との結婚式と、彼女の女王戴冠式のことで頭が一杯だとすぐにわかる。姉のエルサは嫉妬深く、邪悪で、呪われている。彼女が手を触れたものはみんな凍ってしまう。その魔力のために女王になれないのだ。彼女は家を飛び出し、山奥の水晶宮にこもって恨みの塊になっており、復讐の機会を狙っている。

アナの婚礼が近づくと、エルサはオラフという皮肉屋の雪だるまと、女王の座を手に入れるためにアナを誘拐しようとするが、顎の長い、威勢のいいハンス王子に計画を妨げられる。エルサは怒りを爆発させ、雪の怪物たちに山を下りて町を襲えと命じる。人びとは怪物を追い払うが、煙が晴れると犠牲者が出たことがわかる。アナの心臓の一部が凍り、ハンス王子がいなくなっている。

後半は、王子のキスが自分の心臓を癒やしてくれるのではないかと期待して、王子を探すアナを追う。一方、エルサは再度の襲撃を準備する。今度は村に雪の怪物の大軍を送り込もうとする。ところが怪物たちはじきに彼女の手に負えなくなる。怪物たちは、エルサを含め、誰彼かまわず脅し始める。生き延びる唯一の道は力を合わせることだと、アナとエルサは悟る。ふたりは力を合わせて怪物たちを退治し、別々に戦うよりも協力するほうがずっといいことを知る。ふたりは友情を築き、アナの心臓は解ける。平和が戻ってくる。誰もがそれからいつまでも幸せに暮らしたのだった。

その映画の題名は『アナと雪の女王』(以下、『アナ雪』)。ちょうど1年半後に封切られることになっている。ふつう、ディズニーでは試写が終わると拍手喝采が起きる。みんなが歓声を上げたり、大声で叫んだりすることも珍しくない。試写室にはティッシュペーパーが何箱も用意されている。ディズニーでは往々にして、泣ける映画はヒットする。

今回は拍手喝采も歓声もなく、ティッシュを使う人もいない。みんなは静かに出ていった。

* * * * *

試写の後、この映画の監督クリス・バックと、制作に携わったディズニーの10人ほどが、自分たちがたったいま観たものについて議論するため、スタジオの食堂のひとつに集まった。これはディズニー・スタジオの「ストーリー・トラスト」の会合だ。ストーリー・トラストとは、制作過程を通じてその作品に関するフィードバックを提供するグループのことだ。『アナ雪』の最新版について議論する前に、一同はスウェーデン風ミートボールのケータリングを各自カウンターから取ってきた。バックは何も口にしなかった。彼は著者に言った。「何も食べる気になれなかった」

ディズニーのチーフ・クリエイティブ・オフィサーであるジョン・ラセターが議論の口火を切った。彼は「素晴らしいシーンがいくつかある」と言って、とくに気に入った場面をいくつか挙げた。戦闘シーンはスリリングだ。姉妹の会話はウィットに富んでいる。雪の怪物たちはけっこう恐ろしい。展開もスピーディで、とてもいい。「いい作品だ。完成度の高い作品になるだろう」

次いで彼は欠点を列挙し始めた。そのリストは長かった。
10以上の問題点を指摘した後、彼はこう言った。「掘り下げが足りない。観客の共感が得られない。共感できるキャラクターがひとりもいないからだ。アナは真っ直ぐすぎるし、エルサは邪悪すぎる。最後まで誰も好きになれなかった」

ラセターが話し終わると、ストーリー・トラストの他のメンバーが次々に問題点を指摘した。プロットには論理的な欠陥がある。ハンス王子はあまり魅力的ではないのに、どうしてアナはあれほど彼に夢中になるのか。登場人物が多すぎて、とても全員を追えない。プロットのひねりはどれも、あらかじめわかってしまう。エルサが妹を誘拐して、いきなり町を襲うというのはちょっと無理がある。アナは城に住み、王子と結婚し、じきに女王になるというのに、どうしてあんなに不満ばかり抱えているのか。ストーリー・トラストのメンバーのひとり、ジェニファー・リーという作家は、エルサの友である皮肉屋のオラフがとくに大嫌いで、ノートに「オラフを消せ」と書き殴っていた。

じつのところ、バックはこれらの批判にまったく驚かなかった。もう数ヵ月前から彼のチームは、どこかがまずいと感じていた。脚本家は何度も台本を書き換えていた。最初、アナとエルサは姉妹ではなく、他人どうしだった。その後、エルサが王位に就き、アナが「自分が跡継ぎでないこと」にショックを受けるという話に変わった。ソングライター(ブロードウェイで『アベニューQ』や『ブック・オブ・モルモン』をヒットさせたロバート・ロペスとクリステン・アンダーソン゠ロペスの夫婦コンビ)は、次々に曲を書いては破棄しなければならないので、疲労困憊していた。チームは、嫉妬と復讐を深刻にならずに描くにはどうしたらいいのかがわからなかった。

いくつものバージョンが作られた。あるバージョンでは、姉妹は王の後継者ではなく庶民で、別のバージョンでは、姉妹はともにトナカイを愛することで和解する。あるバージョンでは、姉妹は別々に育てられたことになっていたし、別のバージョンではアナは結婚式の祭壇でいきなり王子に捨てられる。バックは、エルサの呪いの起源を説明するために何人もの人物を登場させ、別の恋愛エピソードを導入しようとした。どれひとつとして、うまくいかなかった。たとえば彼はアナをもっと愛すべき女性にして、エルサのきつさを和らげようとしたが、ひとつ問題点を解決するたびに何十もの問題が生じた。

『アナ雪』のソングライターのひとり、ボビー〔ロバート〕・ロペスは言う。「どんな映画も最初は欠点だらけだ。でもこの作品の場合、厄介なパズルみたいで、ひとつのピースをはめようとすると、他の全部が合わなくなるのだった。しかも、タイムリミットが近づいていることを、みんな知っていた」

アニメ映画は制作に4~5年かけるのがふつうだが、『アナ雪』のスケジュールはタイトだった。本格的な制作に着手したのは1年足らず前だったが、最近他のディズニー映画が失敗したため、経営陣は『アナ雪』の公開を2013年11月、すなわち1年半後に繰り上げた。本作のプロデューサー、ピーター・デル・ヴェッチョは言う。「急いで答えを出さなくてはならなかったが、いくつものストーリーをいっしょくたにしたみたいな感じがしてならなかった。感動がない。あの時期がいちばん辛かった」

拍車をかけて締め切りに間に合わせるためにはどうしたらいいか、いいかえると、創作過程をもっと生産的にするにはどうしたらいいか、という問題はもちろん映画業界に限った話ではない。学生も、経営者も、アーティストも、政策立案者も、その他何百万もの一般庶民も、ほとんど毎日のように問題に直面し、独創的な答えをできるだけ早く出さなくてはならない。経済が変動し、高い創造能力がこれまで以上に重要になるにつれ、ますます「速い独創性」が求められるようになっている。

実際、多くの人にとって、イノベーションのスピードをどれほど上げられるかが、最も重要な仕事のひとつになっている。ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの社長であり、ピクサーの共同創立者であるエド・キャットマルは言う。「私たちのいちばんの関心事は、創作過程の生産性だ。これはうまくやれることもあれば、やれないこともある。うまくやれば革新のスピードが上がるし、うまくいかないと、いいアイディアがみんな死んでしまう」

さて、『アナ雪』をめぐるストーリー・トラストの議論は終わりに近づいていた。ラセターが監督のバックに言った。「この映画の内部ではいくつかの異なるアイディアが競合している感じがする。エルサの物語があって、アナの物語があって、ハンス王子がいて、雪だるまのオラフがいる。どの物語にもすごくいいところがある。いや実際、素晴らしい素材がたくさん盛り込まれている。でもそれを、観客の心を掴むひとつの物語にまとめあげる必要がある。『核』がなくてはだめだ」(中略)

ありのままに

(中略)悲惨な試写とストーリー・トラストとの会議がおこなわれた日の翌日は、とくに不安が高まっていた。最初から『アナ雪』チームはたんに昔話をそのまま映像化するつもりはなかった。何か新しいことを語る映画にしたかった。監督のバックは著者にこう語った。

「最後に王子がお姫様に接吻して、それが真の愛の姿だ、なんていう映画は作りたくなかった」。彼らはもっと大きな、少女たちは王子に救われる必要はなく、自分で自分を救えるのだ、というメッセージを発信したかった。『アナ雪』チームは、伝統的なお姫様物語を逆転したかったのだ。だからこそ、行き詰まってしまったのだ。

「本当に大胆な挑戦でした」。そう語るのは、同じくディズニー映画『シュガー・ラッシュ』を作り終えた後に、作家として『アナ雪』チームに加わったジェニファー・リーである。「だから本当に難しかった。どんな映画も緊張関係が必要です。でも『アナ雪』の場合は姉妹間の緊張関係で、どうしたら両方を愛すべき人間にできるでしょうか。私たちは嫉妬を軸とした対立の物語を作ってみたんですが、なんだかちっぽけな感じがしました。復讐の物語も作ってみましたが、ボビーは、われわれに必要なのは復讐の鬼じゃなくて楽天的なヒロインだと力説しました。ストーリー・トラストの言うことは当たっていました。映画は観客の心に訴えかけなくてはならない。でも、決まり切ったパターンを使わずにそれを実現するにはどうしたらいいか、私たちにはそれがわからなかったのです」

会議室に集まった全員が、今から1年半以内に完成させなければいけないということを知っていた。プロデューサーのピーター・デル・ヴェッチョは全員に目を閉じるように言った。

「ぼくたちはいろんなことを試してみた。まだ答えが見つからないが、それはしょうがない。どんな映画だってスムーズにはできない。失敗は成功のもとだ。これからはまずい点をあげつらうのではなく、どうすればうまくいくかを考えよう。もっと大きな夢を思い描いてほしい。もしなんでもできるとしたら、きみたちはどんな映画が観たい?」

数分間、会議室は静まりかえっていた。やがてみんなは目を開け、自分はこのプロジェクトのどこが好きなのかを語り始めた。何人かは、映画における少女の描かれ方を逆転させる好機会だと思った、と発言した。姉妹が和解するというテーマに惹かれたという者もいた。

リーが発言した。「子どもの頃、よく姉と喧嘩したわ」。彼女の両親はリーが小さい頃に離婚し、彼女は結局マンハッタンに移り住み、姉はニューヨーク州北部で高校教師になった。リーが20代前半の頃、ボーイフレンドがボートの事故で溺死した。姉は、妹の精神状態を深く理解して、必要なときにはすぐ来てくれた。「あのとき初めて、きょうだいを、自分の反映ではなく、ひとりの人間として見るようになった。この台本でいちばん気に入らないのはそこ。ふたりの姉妹がいて、一方が悪者で一方が英雄なんて、まったく現実的じゃない。現実にはそんなことはありえない。姉妹が別々に育つのは、一方が善で他方が悪だからじゃない。どちらも自分のことで頭が一杯だから別々に育つのよ。おたがいを必要としているんだと悟ったとき、和解する。私はそれを表現したい」

それから1ヵ月間、『アナ雪』チームはアナとエルサの関係に集中した。チームの誰もが、姉妹の関係を解き明かすため、自分自身の経験を振り返ってみた。デル・ヴェッチョは著者にこう語った。「自分にとって何がいちばん実感があるか、それを自分に問うてみれば、正しい物語が見つかる。自分自身の体験、自分の頭の中にあるものを素材として使うことを忘れてしまうと、行き詰まってしまうものだ。ディズニーのやり方が素晴らしいのはそこだ。自分自身をスクリーン上にのせるまで深く深く掘り下げるんだ」

ジェローム・ロビンズは共作者たちに、独創的なブローカーになるためには自分自身の体験を生かさなくてはいけないと力説した……


チームのどういう取り組みが『アナ雪』を大ヒット映画に激変させたのか? この続きは本書『生産性が高い人の8つの原則』でお確かめください!(電子書籍も同時発売)

『生産性が高い人の8つの原則』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

『習慣の力〔新版〕』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

【本書で紹介する主な具体例】
メンタルモデルを作って集中力を上げ、危機を回避したパイロット
チームの力学を変えて多様性を促し、イノベーションを加速させた映画『アナと雪の女王』の制作チーム
確率論的思考を身につけて決断力を磨くポーカープレイヤー
チームに心理的安全を生み出し、チームワークを築いたグーグル社
自己決定を重視した訓練プログラムで、やる気を引き出した海兵隊

著者紹介

©Glenn Matsumura

チャールズ・デュヒッグ (Charles Duhigg)
ジャーナリスト。イェール大学卒業後、ハーバード・ビジネス・スクールにてMBA取得。「ロサンゼルス・タイムズ」「ニューヨーク・タイムズ」のライターを務め、現在は「ニューヨーカー・マガジン」その他に寄稿。2013年には「ニューヨーク・タイムズ」のリポーターのチーム・リーダーとして、ピュリッツァー賞(解説報道部門)を受賞。最初の著書『習慣の力〔新版〕』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)は「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラー・リストに3年間も留まった。第2作である本書も2016年、同リストにランクインした。

記事で紹介した書籍の概要

『生産性が高い人の8つの原則』
著者:チャールズ・デュヒッグ
訳者:鈴木 晶
出版社:早川書房(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
発売日:2024年3月13日
本体価格:1,360円(税抜)