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「いつか人生の終焉が見えた時にこそ読み返したい」――間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』作家・小塚原旬コメント

ついに先週刊行された話題の新人デビュー作、間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』。すでに読書界からの大注目を集め、SNSでもさまざまな感想が語られています。そんな本作をまっさきに激賞した、間宮改衣さんと同年度に早川書房の主催する新人賞からデビューした作家・小塚原旬さんの感想コメント全文を再録します。
※本原稿は、2023年12月17日(日)に小塚原旬さんのThreadsアカウントにて投稿されたものです。

小塚原旬(こづかはら・しゅん)
神奈川県大和市出身。『機工審査官テオ・アルベールと永久機関の夢』で、第13回アガサ・クリスティー賞優秀賞を受賞し、作家デビューをはたす。

◆いつか人生の終焉が見えた時にこそ読み返したい

アガサ・クリスティー賞、ハヤカワSFコンテストの合同授与式で発売前の受賞作品を早川書房様より拝受致しました。その感想と感動をお伝えしたくて、Threadsに投稿すべく、まずはインスタのアカウントを取得してと……ああ、面倒くさいけど黙ってはいられませんでした。

今日はとにかく、間宮改衣さん作「ここはすべての夜明けまえ」について。
ネタバレしないように、気を付けて書きますが、何か問題あれば容赦なくご指摘下さい。修正でも削除でも、仰せのままに致しますので。

この作品、恐らくほとんどの人は一見して「読みづらっ!」って感じると思います。私も最初、これは最後までとても読み進められる気がしないなと、特別賞受賞作品じゃなかったら一目見て読むのを止めるなと、そう思いました。

でもそこには作者の周到な意図があって……いや、既に実績のある大物作家さんの作品ならともかく、こんなリスキーな賭けを新人賞の応募でする人なんて普通いないと思います。ファーストインプレッションは大事ですから、この冒頭を見ればこんな文章を書くヤツの作品が面白いわけないといういう、落選させるための色眼鏡を読み手に与えるだけですから。

そして一人称主人公によってこの読みづらい文体の必然性が説明されていき、ボカロの話題、将棋の話題、ブレンダン・フレイザーの話題などを絡めながら、身の上話が展開されていくのですが……ああ! しばらくして、この文体に感じる不快感が作者の意図だと気付かされます。

一つには一人称主人公の感性が極めて機械的であり、自分の身に起きたことに対して他人事で、他者の悪意や感情に冷徹な眼差しを向けていることを表しているということ。
そしてもう一つには、これはボカロ文体なんだと。ボカロ嫌いな人がボカロに対して抱く不快感、非人間的な文章に対して抱かれる読者の不快感、作中で主人公の家族が特殊な体になった主人公に対して抱く不快感、これらを通底させたのだと感じました。作者と同じくこれをボカロの曲で表現するなら、「匿名М」でしょうか。

本作品は三部構成で、最初で触れられているボカロ、将棋、ブレンダン・フレイザーの三つの話題は、各部のテーマともなっています。一部は主人公の機械的な主観、二部は将棋の感想戦、そして重大な決意をする三部がブレンダン・フレイザーの、あのセリフと繋がっていることからも、私はそう確信しています。

ディストピアの世界観の中で淡々と語られる主人公の一人語りに、時折、強烈なパンチが混ざり込みますが、それらはあっさりと流されていきます。

そして二部に入って、文章は正常になり、読者の代弁者、或いは共感を代理する人物が現れます。

実際、あまりにも悍ましい経験を経てきた人や、痛みに慣れきってしまった人は、己の経験を他人事のように、そして聞く方が驚くほど平然と語るケースがあります。主人公の肉体設定を抜きにしても、つまり生身の人間でもこうしたパーソナリティは自然であると、私は感じました。

先にも触れたように、第二部は将棋の感想戦に相当するパートで、自らの半生を人間に対して語ることで、淡々と語られてきたあらゆる出来事が急激に生臭く、嫌悪に満ちたものとして再現されていきます。
この一部とのギャップがすごいんです。
そのために、冒頭の、あの文体があったのでしょう。

しかし主人公は、ここで相手に身の上を語り、そしてそれに対しレスポンスを受けたことでその機械的な心情に小さな変化を見せます。
穿った見方をすれば、これは作者自身の投影で、語り、誰かに届けようとしたことで救済を求めていたのかも知れません。

そして三部に入って主人公がする大きな決断が、一部で触れられていたブレンダン・フレイザーの、あのセリフとシンクロした瞬間から、私の目からは意味不明の涙がずっと溢れ続けました。
救い難い半生の感想戦を経て、主人公は自分の中の人間性を少しだけ取り戻したのかも知れません。語ることの意味、それを受け止める人がいる意味、それは書き手と読み手の関係になぞらえられもします。

人間が苦痛も罪も背負って生き続けることも、やがて消えていくことも、全て主体的に引き受けることの意義がこの作品の中心的なテーマであるように感じられました。
確かに純文学的なテーマでありながらも、これをSFのマトリックスの中で追求すべきだという授与式での菅先生の言葉も納得できました。それはきっと間宮さんのオリジナリティとなるからです。

この作品はSFマガジンに掲載されながらも、刊行されることが決まっているそうです。SFという枠を越えて、より多くの人に届けられるべき作品であると、私も思います。
その時は私も買いますが、読まないと思います。

いつか人生の終焉が見えた時にこそ読み返したい、そういう作品ですから。


間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』は全国の書店、ネット書店にて発売中です。

第13回アガサ・クリスティー賞優秀賞受賞作
小塚原旬『機工審査官テオ・アルベールと永久機関の夢』好評発売中!

〈あらすじ〉
一七〇二年、ある公国の司教区で、高額褒賞目当てに永久機関をうたう詐欺が横行し、機工審査官テオが真贋を見極める任務を担う。テオの父親はかつて機構を考案したが詐欺師の濡れ衣を着せられ、火刑に処せられた。テオは父が追い込まれた真相を明らかにできるのか……。


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