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李琴峰さん初エッセイ集『透明な膜を隔てながら』まえがき公開

芥川賞受賞作家・李琴峰さんによるエッセイ集『透明な膜を隔てながら』(早川書房)が刊行となりました。

台湾出身で2017年に作家デビューを果たし、2021年に芥川賞受賞。第二言語である日本語で作品を発表する李琴峰は、何を思いながら小説を書き続けているのか?  創作の源泉にあるものとは?
言語と文化、死と出生、性と恋愛、台湾と日本、読むことと書くこと……繊細かつ明晰な筆致で綴る、著者初となるエッセイ集です。

この記事では、本書のまえがきである「創世の代わりに――序に代えて」を特別公開します。

★刊行記念トークイベント開催決定!

ゲストとして『おいしいごはんが食べられますように』で芥川賞を受賞した高瀬隼子さんにお越しいただきます。
実はお友達どうしだったお二人による、初顔合わせのトークイベント!
それぞれの作品では社会や日常に潜む違和感の正体や、他人による悪意の気配について鋭く敏感に描いています。
李さんがタイトルで表現した、世界との微妙な隔たりである「透明な膜」を、高瀬さんも日常で感じているかもしれません。
そんなちょっとした瞬間に感じる生きづらさや窮屈さを振り返りつつ、生きていくとはどういうことかを探ります。
土曜日の夕方の、おいしいごはんを食べる前のひとときにぜひご視聴ください!
サイン本付きチケットもご用意しました!

『透明な膜を隔てながら』(早川書房)刊行記念 著者・李琴峰さん×ゲスト・高瀬隼子さんオンラインイベント
【日時】2022年10月8日(土) 16:00~17:30
【会場】Zoom(オンライン)

▼イベント詳細とチケット購入は以下より▼
https://store.kinokuniya.co.jp/event/1663069608/


『透明な膜を隔てながら』早川書房

創世の代わりに――序に代えて


神は六日で世界を創り、一日休んだという。

小説を書くというのも一種の創世行為だ。そういう意味では、小説の単行本を六冊刊行し、七冊目がエッセイ集というのは、割かし良い塩梅ではないだろうか。

とはいえエッセイを書くのは休みになるかというと決してそんなことはなく、むしろ小説のような作り話ではないからこそ、少しも油断ならないところがある。

小説には登場人物がいて、物語があり、会話がある。言葉によって埋め尽くされているかと思いきや、空白(いわゆる「行間」というもの)もまた大きな役割を果たす。作中の声はそのまま著者の声に直結するわけではないし、解釈の自由がある程度許されているからこそ、時には著者の想像を遥かに越えた読みが読者によって示されることもある。そして当然ながら、著者の意に反して都合よく歪曲されたり悪用されたりする可能性も充分孕んでいる。

一方、エッセイは著者が物語という巨大なメタファーを介さず、世界と直接対峙した時に生まれた産物である。例外もあるにせよ、多くの場合、エッセイに示される声は著者の声──少なくとも著者が読者に聴き取ってほしい声──とほぼイコールである。

小説とエッセイにはそれぞれの強みがある。小説は物語という装置を通して読者の「情」と「感」に訴えることを基本とするが、エッセイはストレートに読者の「理」と「知」に語り掛ける力を持つ。小説は他者や社会、世界に対して様々な問いを投げかけるが、答えは必ずしも示そうとしない。対してエッセイは、少なくとも執筆時点での著者の考えを示すものが多い。

小説が「問」の言葉ならば、エッセイはあるいは一つの「解」と言えよう。

作家は立ち止まって思索をし、問いかけることを好む性分の生き物だ。問いかけることによってしか見えてこない世界の実相があるというのもまた事実である。

しかしたまには、ごくたまには、自分なりの解も示しておかなければ、ずるいと言われても仕方があるまい。

このエッセイ集には、二〇一七年八月から二〇二二年三月まで、約四年半の間に書き溜めてきたエッセイが収録されている。この四年半の間、私はデビューしたての無名新人作家から、曲がりなりにも「史上初の台湾籍芥川賞作家」になった。当然、私を取り巻く環境も多少なりとも変化した。知名度が高まり、読者がつき、仕事の依頼が増え、それに比例して(あるいは比例せずに)アンチから誹謗中傷を受ける頻度も上がった。通り過ぎるそんな風景たちの変化は、本書に収録されているエッセイの端々に表れているだろうと思う。

しかし変わらないものもある。言葉への愛と、世界への眼差しである。あるいは「初心」と言い換えてもいい。何故書こうとするのか、どのように書きたいのか──この問いは私にとってそのまま「何故生きようとするのか、どのように生きたいのか」と同義だ。言葉への愛と、世界への眼差し、この二つの物事が私をここまで連れてきたし、これからも貫いていくほか道はない。賞の一つや二つを取ったくらいで、アンチが百人や千人増えたところで、それが変わることはきっとありえない。

ここに収められているのは、人間の善性を信じようとしても信じきれず、憎もうとしても求めてしまい、天才にも凡夫にもなれず、恋にも人付き合いにも不器用で、常に傷つき、つまずき、希望と絶望を行き来し、裏切られながらも三〇年の歳月を何とか生き延びてきた、そんなひねくれた一個の人間が、巨大過ぎる「世界」や「他者」に向き合った瞬間に飛び散ったささやかな火花を言葉で掴み取ろうとする、切実にして無謀な営為の成果だ。これらの言葉の中に、私の精神が宿っている。眠れない真夜中も、孤独にさいなまれる黄昏も、私は言葉を刻みつけることで乗り越えてきた。これらの言葉が、精神の欠片かけらが、活字の海を彷徨さまよった末に虚空に消えるのではなく、しっかりと誰かに受け止められ、誰かの支えになることを願い、今、世に放つ。

この続きは▶本書でご確認ください

著者紹介

李 琴峰(り・ことみ)
1989年生まれ。小説家、翻訳家。2013年に来日し、2017年に『独り舞』で第60回群像新人文学賞優秀作を受賞し、デビュー。2019年に『五つ数えれば三日月が』で芥川龍之介賞、第41回野間文芸新人賞候補となる。2021年に『ポラリスが降り注ぐ夜』で第71回芸術選奨新人賞を受賞。同年、『彼岸花が咲く島』で第34回三島由紀夫賞候補、第165回芥川龍之介賞を受賞。他の著書に『星月夜』『生を祝う』など。