スターダスト

【第3シーズン7/18刊行開始記念】《ローダンNEO》おさらいその1:第1巻『スターダスト』の前半分第9章までを連続掲載(第9章)

9


「そんな馬鹿な……あり得ない!」ブルがうめいた。
「ペリー、こいつは夢だ。そう言ってください! それか、俺の宇宙服の酸素ボンベがいかれちまったか……いや、この際『おまえは正気じゃない』でもいい! 何でもいいから、何とか言ってください、ペリー!」
「夢じゃない。それに宇宙服も、おまえの頭も正常そのものだよ」
 ローダンは宇宙船から目をそらすことなく、そう返した。
 その物体は彼らの目の前、クレーターの底に佇んでいた。おそろしく巨大な球体で、ちょうど中間の高さにぐるりと円環状の縁取りがある。球体は二四本の陸脚に支えられているが、その一本一本が《スターダスト》の全長よりも高かった。
「直径四九二・三八メートル」という電光文字が、ヘルメットのディスプレイ下端に浮き上がるように表示された。宇宙服に搭載されたレーザー距離計の機能である。およそ直径五〇〇メートル──。それはローダンに子供時代を思い出させた。
 もう二五年も前、祖父に連れられて中東湾岸のドバイを旅行したことがある。祖父が何を思って孫を同行させたのか、当時一一歳だったローダンには知る由もなかった。後から知ったことだが祖父は白血病を患っていて、結局旅行から数週間もたたずに他界した。
 ローダンは思い出す。ドバイの有名な超高層ビル、ブルジュ・ハリファの真下に立って、懸命に頭上をふり仰いだことを。あまりに高く、あまりに太陽がまぶしくて、ビルの頂上は見えなかった。ローダン少年は、呆然としながらガイドの説明に耳を傾けた。全高八二八メートル。世界一高い人工建造物で、一六三階建て、床面積は三〇万平方メートル以上、重量は数万トンにおよぶ……。
「ペリー、知ってたんでしょう?」ブルがつぶやいた。「最初から予想してたんだ。なのにひと言も……」
「知らなかったし、予想もしなかったさ。こんな光景、いったい誰が予想できる?」
 ローダンの思考は再び過去に舞い戻った。ブルジュ・ハリファは、この宇宙船よりも高くはあったが、しょせんは──きわめて優雅ではあるものの──細い尖塔に過ぎない。だが目の前にある宇宙船は球形をしており、体積は比べものにならなかった。
 しかも、どんなに細く軽やかに見えても、ブルジュ・ハリファは鋼鉄とコンクリートでできた移動能力のない建造物だ。いっぽうこちらは宇宙船である。それ自体がひとつの世界なのだ。何光年も補給なしで移動できる世界──。この宇宙船は地球のものでも、太陽系の他の惑星のものでもない。人類にはけっして到達できない、はるか遠い世界で造られたものなのだ。
 ブルがグローブ越しにローダンの宇宙服の袖を引いた。
「逃げましょう。なかの連中に気づかれないうちに、はやく!」
「まだ気づかれていないとでも思ってるのか?」
「あたりまえでしょう! 俺たちなんてハエみたいにちっぽけなもんですよ。それに、この宇宙船にくらべたら《スターダスト》だってハエの糞がいいところだ」
「ハエみたい、か。たしかにな。だが、ハエってのはわずらわしいものだろ」
 ローダンは宇宙船の前から動こうとしなかった。
「考えてもみろ。あの閃光……彼らはこちらの存在にとっくに気づいている。そのうえで《スターダスト》を撃墜し、地球への無線通信を妨害した。アームストロング基地や他の月面ステーションを通信不能にしたのも彼らだろう。もし《スターダスト》で脱出を試みれば、俺たちは確実に始末される」
「だからって、ここに残れば事態がマシになるとでも?」
「少なくともチャンスはある」
 ブルは一瞬考える。そして友人の考えに気づいて、はっとした。
「あんた……まさか……」
「そのまさかさ。彼らのもとを訪れようと思う」
 ブルは激しく首を振った。ヘルメットが大きく揺れる。
「正気ですか? ペリー、俺たちはハエだ。ちっぽけな虫けらなんです! よけいなことをしなけりゃ、向こうだって見逃してくれるでしょう。でも、大歓迎でお茶にご招待なんてことは間違ってもあり得ない! 俺たちにくらべりゃ、向こうは神様みたいなもんですよ?」
「その喩えは気に入らんが、おまえがそう言うなら、まあいいだろう。彼らは神様だ。ただし、天から転がり落ちた神様ってところだ」
 ローダンは腕を伸ばして、右手に見えるクレーターの縁を指した。険しく切り立った岩の一部が、ななめにばっさりと削りとられている。
「あれを見ろ、レジー。まるで巨大なナイフでそぎ落としたみたいだろう。ただし、実際はナイフじゃない。宇宙船によるものだ。あの船は、ここに不時着したのさ。俺たちと同じようにな。だが、《スターダスト》ほどうまくいかなかったようだ。かなり派手に、岩山に船体を引っかけている」
 ブルはそぎ落とされた岩肌をしばし見つめ、ようやく口を開いた。
「なるほど。たしかに、そうかもしれません。でもねペリー、見てくださいよ! なのに船には傷ひとつない!」
 ローダンは手を振ってみせた。
「それがどうした。それだけ高い技術をもった者が設計・建造したってことなのかもしれんが、そんなこと今はどうでもいい。大事なのは、この船を操縦している者のほうさ。彼らはけっして神様じゃないということだ。間違いも犯すだろうし、それどころか俺たちの助けを必要としているかもしれない」
「助けですって?」ブルはうめくように息を吐き出した。
「俺たちは奇跡でも起きないかぎり、あと七時間で窒息死ですよ。それが、あんなどでかい船に乗った宇宙人をどう助けるっていうんです!」
 ローダンはブルの反論には答えず、言った。
「不時着のおかげで、ちょうどいい道ができているな。あそこを月面車で進めば、腕のいい操縦者なら一時間もあればクレーターの底までたどり着けると思うが?」
 彼はブルの肩をぽんと叩いた。
「ほら、どうした? さっさと行くぞ!」

 実際、ブルは四五分でそれをやってのけた。削られた岩肌は摩擦熱によって、ほぼ完璧に平らにならされていたのだ。ブルはじっと行く手をにらみ、操縦に集中している。その間にも未知の宇宙船は刻一刻と眼前に迫り、圧迫感を増し、ついには影の下に入った彼らを押しつぶさんばかりとなった。
 クレーターの底に到着したところでブルは車を停める。彼らは宇宙船にかなり近いところまで来ていた。見上げても、円環状の突起にはばまれて球体の上半分が見えないほどだ。下部分には丸いエンジン噴射口らしきものが並んでいる。そのひとつひとつが《スターダスト》をたやすく丸呑みできるほど巨大だった。
「さて、ここから、どうします?」ブルが小声で尋ねる。
「どうって、もちろん乗船するのさ」
 ローダンは答えると、車の後部からロケットランチャーを抱えあげて車を降りた。
 ブルはしばらく、ぽかんとして友を見つめていた。自分の目が信じられないという様子だったが、やがて悪態をつきながらも従った。ただしロケットランチャーは持たなかった。
 二人は宇宙船に向かってゆっくりと歩みだした。何も起こらない。
「ペリー。言っときたいことがふたつあるんですがね」
「なんだ。言ってみろ」
 ロケットランチャーを肩にかついだまま、ローダンは表情を変えずに言う。
「俺は今、恐怖を感じています。これまで経験したことがないほどの恐怖だ」
 そう、ブルは小さくつぶやいた。
「死にたくない。それに、もし……万が一、億が一ですよ、生き残れたとしても、きっともう、これまでの自分にはけっして戻れないと思う」
 ローダンはうなずいた。
「俺も同じ気持ちだ。それで、ふたつ目は?」
「その……もし生き残れたら、約束してください。俺がびびってたこと、誰にも言わないって。いいですね?」
 ローダンは一瞬ぽかんとして黙りこんだ。それから、大声で笑いだした。
 その笑い声に、別の笑い声が重なった。ブルがぎょっとして動きを止める。
「今の、聞きましたか?」
「ああ」
「誰だ!?」
 ブルは勢いよく振り返り、声の主がどこか近くに潜んでいるとでもいうように辺りを見回した。だがローダンは首を振る。
「むだだ。先に進むぞ」
 そう言うと、前よりも慎重にゆっくりと歩きだした。ブルは小声でぶつぶつとつぶやきながらあとを追う。ブルがローダンに追いついた、その瞬間だった。宇宙船が一瞬まばゆく輝いたのだ。二人ははっとして立ち止まると、まぶしすぎる光の洪水に思わず手をかざして目を覆った。
 光が薄れて消え去ったあとには透明なバリアが出現していた。宇宙船を覆うように張りめぐらされており、まるでガラスのようである。一見すると完全に透明で目に見えないのだが、ほんの少し角度を変えると、ちょうど真夏の陽炎のようにゆらゆらときらめくのだ。
「エネルギーのシールドってわけか。クレーターの岩山をそぎ落としたのも、きっとこいつですよ」ブルが言う。
「これじゃ先には進めない。小指一本でも差し入れたら、一瞬で焼き尽くされちまいます。引き返しましょう、ペリー! 今ならまだ間に合う。俺たちはどう見たって歓迎されてませんよ!」
「いいや、引き返しはしない」ローダンは宇宙船を見据えたまま言った。
「俺は月の砂漠の片隅で窒息死するために、こんな遠くまで来たんじゃない。しかも救いの道がすぐそこにあるのに、だ」
 そして彼は、肩にかついでいたロケットランチャーの安全装置を外した。
「ペリー! だめです!」ブルが叫んだ。「何を馬鹿なことを!」
 ローダンは耳を貸さず、くるりと向きなおった──宇宙船とは反対の方向に。照準をさだめて引き金を引くと、無数のロケット弾が光の矢のように月面車に降り注ぐ。一瞬ののち、音のない爆発が月面車を包んだ。
 ブルは目を見開いて、自分たちの乗ってきた車が四散するさまを見つめた。
「ペリー」
 彼はかすれた声でささやく。
「なぜこんなことを? ……ちくしょう! なぜこんなことを!?」
 ブルの体はショックと絶望に震えていた。
「もう必要ないからだ、レジー」
「そんな、なぜ……」
「これでよかったのさ」ローダンは言った。
「パウンダーが賭けの話をしたのを覚えてるか? あれは警告だ。国土安全保障省は、ロケットランチャーのほかにも俺たちにお荷物を持たせていたんだ」
「どういうことです?」
「月面車の出力値が規定より低かっただろう? あれは、よけいな何かを積んだせいで車体重量が増したからだ。おそらくは爆弾だ」
 ローダンはロケットランチャーを無造作に月の砂上に放り投げた。そして、再び宇宙船に向きなおると、無線機の通信出力を最大にセットする。そして、ゆっくりと大きな声でしゃべりだした。
「こちら、ペリー・ローダン。アメリカ航空宇宙局所属の宇宙飛行士。宇宙船《スターダスト》船長。太陽系の第三惑星に居住する人間です。同行者はレジナルド・ブル。どうしようもなく口は悪いが、私が今まで出会ったなかでもっとも正直で、誠実で、まっすぐな男です。隣に立つ仲間として、これ以上理想的な男はいない」
 ローダンは一度口をつぐむ。答えは返ってこない。同じく笑い声もなかった。
「我々は今、危機に瀕しています。あなた方の攻撃のせいで。救助を願います」
 ローダンは歩みだした。エネルギーシールドに向かって一歩ずつ進んでいく。
「私たちのような野蛮な獣など救う価値もないと、あなた方は思うかもしれない」
 ローダンは言葉を続けた。
「我々の宇宙船にはもう二人、エリック・マノリとクラーク・フリッパーという勇敢な仲間が待っています。だがその船だって、あなた方にとってみればおもちゃ同然に見えるでしょう。我々が四苦八苦する姿は滑稽かもしれない。最初から結果は見えていると、そう思うかもしれない。もしかしたらあなた方は、人間が暇にまかせて虫けらの動きを眺めるように、私たちを観察しているだけかもしれない。たわむれに目の前に障害物を置いて、必死にあがくその姿を眺めて、そして飽きたら死にゆくに任せる。そういうつもりかもしれない」
 そこまでしゃべって、ひと呼吸おく。エネルギーシールドまでの距離は五〇メートルもなかった。
「そうかもしれないが──」彼はさらに続けた。
「しかし、私はそんなことは信じたくない。いや、信じられないのです。なぜなら、そのような浅はかで残酷な存在に、この宇宙船のような優れた創造物を築く能力があるとは、とても思えないからです。私も友も、この船に畏敬の念を抱かずにはいられない。これこそ、あなた方の抜きんでた能力と倫理的成熟の動かぬ証しだ。そう、倫理的成熟です。それがなければ、同胞どうしで殺しあい絶滅することなく、ここまで高水準の文明を築きあげることはできない。あなた方には、それだけの資質がある」
 すでにシールドまでの距離は三〇メートルを切っていた。
「だからこそ、私は思うのです。そのように高い倫理感を備えた存在が、他者を見下したりするだろうかと。真に偉大な存在は、謙虚さをあわせ持つものです。自分もかつては未熟だったと常に自覚しているものです。あなた方は知っているはずだ。大事なのは、いかに強大な宇宙船を造れるかではない。その宇宙船で、いかに勇敢に未知の世界に旅立てるかです。その生命体自身のもつ本質こそが──その知性が、感情が、意識こそが、唯一価値あるものなのです。それを知るあなた方なら、この宇宙における当然の義務を知っているはずだ。たとえ誰であっても、どのような生命体であっても、苦境にある者には助けの手を差し伸べるべきだと」
 シールドまで、あと二〇メートル。
「人間など助ける価値もないと、あなた方は言うかもしれない」とローダンは認めた。
「地球を見下ろして、そこでくり広げられる行為の数々をぞっとしながら観察しているかもしれない。戦争で人と人とが殺しあい、飢えはいっこうに根絶されず、政府は崇高な理想の名のもとに拷問を命じる。夫は酒に溺れて妻や子を殴り、役人は賄賂を要求してドラッグを見逃し、そのドラッグが大勢の人の命を奪い、さらに多くの人を苦難に突き落とす。盗人は他人が懸命に働いて得た財産を奪い取る」
 あと一〇メートル。
「否定のしようがありません。それが人間という生き物です。こうした行為はどれも人間的だ。しかし、それだけが人間の本質ではありません。人間には、見返りを求めず他者に何かを与えようとする慈悲の心があります。到底許せない仕打ちを受けながら、その相手を許す寛容の心があります。それに、私たち人間は夢を抱く」
 あと五メートル。
「今あなた方の前にいる二人の人間、すなわち私とこの友人には、夢があります。私たちは人間の善を信じている。地球という枠にとらわれず、人類の負の歴史から解き放たれた、新しい生き方があると信じている。自分自身にも、人類全体にとってもです。私たち人間は地球というゆりかごで育った。しかし、その故郷は宇宙だと私は信じているのです」
 あと二メートル。
「どうかお願いです。私たちを失望させないでほしい」
 シールドがふっとゆらめき、消えた。
 ローダンの頭上で船体の一部がぽっかりと開いた。黄金の光が放射され、クレーターの地面に向かって光の円錐形をつくりだす。そして見えない手がローダンをつかみ、船体の開口部へと運んでいった。数メートル後ろにいたブルも、同じように別の手に運ばれて宙をのぼっていく。
 見えない手は、船の開口部に二人を降ろした。途端に、軽やかに浮いていた体に重力のずしりとした重みがかかる。月の重力よりも大きく、宇宙服の補給パックがおそろしい重さで後ろに引かれた。その重みから推測するに、地球とほぼ同程度の重力だった。
 ローダンとブルの背後で、音もなく開口部が閉まる。そして、シューシューという音が聞こえてきた。気体の流れ出す音だ。そのときイヤホンから声が響いた。それは明瞭な英語だった。
「もうヘルメットをとっても大丈夫です、人間よ。ここの空気はあなた方の呼吸に適している」
 それは先ほど聞こえた、あの笑い声と同じ声だった。

【第10章以降は、本書でお楽しみください】


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