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【カウントダウン★発売まであと1日】『転生令嬢と数奇な人生を 短篇集』(8/2発売)【SS特別公開】

かみはらさんが放つ、心を揺さぶられる異世界ファンタジー〈転生令嬢と数奇な人生を〉シリーズ、初の短篇集『転生令嬢と数奇な人生を 短篇集』の発売まであと1日です。

昨日から回転中のPVはもう御覧になったでしょうか。

Twitter改めXで、明日までプロモーションがかかりますので、見かけたら、RTあるいはイイネなどしていたらだけたらうれしいです。いまならkindle unlimitedでシリーズ1、2巻が読めますので、お友達にもおすすめどきです。

さて、カウントダウン企画、発売をいよいよ明日に控えた本日は、今回の短篇集に収録しなかった過去の書店限定特典SSを、本noteにて特別公開させていただきます。本篇でも大人気のあの人のプライベートに迫る一幕です。どうぞお楽しみください!

その者たち、天敵にて
内容:時系列は5巻本篇後あたり。
私生活など己を語ることはないライナルトの副官モーリッツ。
今回は彼の母が登場することで、見合い話等を断ります。
この母にしてこの子あり。
バッヘム家の一員である母親を前にした姿をご覧いただけます。
登場人物:モーリッツ、モーリッツの母、カレン

5巻書泉様限定SSペーパー情報より



その者たち、天敵にて


かみはら





「モーリッツ! モーーーーリッツ!!」

 女主人の叫びが木霊(こだま)する。まだ部屋にも達していないのに、キンキンと甲高(かんだか)い声はどこまでも響き、そしてモーリッツに憂鬱(ゆううつ)なため息を吐(つ)かせた。
 家令に向けるのは諦(あきら)めがましく、恨(うら)みがましい目である。
 幼い頃から付き従ってくれている相手のためか、つい感情を露(あら)わにしがちになっていた。

「不在という事にできんか」
「私には大奥様に逆らう勇気はございません」

 老女はしれっと要求を却下し、モーリッツはまたも重苦しい息を吐く。

「と、いいますか、これも何度目になるかしれませぬが、たとえどこにお隠れになろうと大奥様が本気を出せば、いかな坊ちゃまといえど隠れるのは難しゅうございます」
「今回は本気と思うか?」
「既に三度居留守を使ってございますので、いささか厳しいかと」
「四度くらいなんとかならんか」
「坊ちゃまがお叱(しか)りになってからというもの、以前に比べれば格段に訪問回数も伸びております」

 まったく嬉しくない慰(なぐさ)めだった。

 しかしこの合間にも女の叫び声は近付いてくる。モーリッツがこめかみを揉(も)み解(ほぐ)す間に扉が勢いよく開いていた。
 そこには派手を超えて毒々しいまでの化粧をした中年女性がいた。人を選ぶ紫色の口紅、青い繻子織り生地のドレスにはところどころ黒真珠と白真珠が縫われている。十人中十人はまず悪趣味、と口を揃える奇抜さだ。

 名はドーリス。モーリッツの母である。

「いたわね!」
「いるに決まっている、ここは私の家です」
「ひどい言い草ね! だって何回訪ねたって留守にしてるんだもの。貴方って子は、どれだけお母さまを困らせたら気が済むのかしら」
「もはや学生ではないのですから、決まった日程で動けるはずもない。貴女の都合に合わせるわけには行かないのです」
「それでもお母さまが来たのだから、予定を空けるのが息子でしょうに! しかも今日は居留守なんて使って!」
「軍はバッヘムではないのです。同じように考えるのはやめていただきたい」
「もう、貴方がバッヘムだけに落ち着いてくれたらこんな苦労しなくて済むのに」

 だから軍を選んだのだ、とモーリッツは言わない。

 勢いよく腰掛けるドーリスは今宵(こよい)もまた服の趣味が悪い。年に見合った服装を着ない彼女は、「好きだから」などとふざけた理由で十も二十も年下の女が着る服を好む。
 友人のニーカや他の知り合い共に言わせれば「いや、似合っているぞ」と真面目にドーリスを肯定するが、息子からすれば余計な一言に過ぎない。彼に言わせればただの派手好きの年増(としま)だ。

「それで本日はこのような時間に、いかな理由でおいでになられた。またくだらないお喋りで時間を潰すようであれば即刻お帰りいただきたい」
「またって、貴方ったらお母さまをなんだと思ってるのかしら!」
「日がな仕事をサボり秘書に任すだけの人だと思っている」
「あら、言い得て妙ね! そうなのよ、わたくし人を育てるのが上手だから、ぶらぶらしてても勝手に仕事が回っていくの」

 ストレートな嫌味すら通じないのもまた彼女がバッヘムたる所以(ゆえん)である。
 これにドーリス自慢の愛息子は額に青筋を作ったが、この程度で引き下がるなら、彼女もモーリッツの母をやっていない。

「自慢でしたら帰ってもらえますか」
「いやだわ、せっかく貴方が一番聞きたがっていた報告を持ってきたのに。貴方が良しとするからいつも事後報告にしてるけど、今回ばかりは急いだ方が良いと思って、わたくし自ら走ったのよ?」
「では」

 腰を浮かせたモーリッツにドーリスは頷く。
 にぃ、っと目元を細めれば、オルレンドルの金庫番の一人として相応しい権力者の貌(かお)になる。

「本日の会議にて、全会一致で貴方が次代のバッヘムを導く宗主と了承されました。おめでとう、モーリッツ」
「そうですか、全会一致とは珍しい」
「反対しようがないもの」

 当たり前だ、と言わんばかりに首を振った。

「あの坊やが皇太子になった折、もしやと思っていた方も多かったけれど、陛下の気性を知っている人々は誰もが気紛(きまぐ)れだと知っていた。どうせ座を追われるだろうと睨(にら)んでいたら、一発逆転大勝利だもの。お母さまの忠告を無視して留まり続けた甲斐はあったのね」
「いかに母上だろうと、我が君を坊や呼ばわりはやめてもらいたい」
「あらごめんなさい。どうにも少年の頃の姿ばっかり目に焼き付いているの。本当に素敵な少年だったんだもの」

 茶化しはするが、当時ライナルトにバッヘムから人を付けると進言したのは他ならぬドーリスだ。万が一にも出世の目がない人間に……と反対する周囲を押し切り、息子をライナルトの傍(そば)付きにさせるよう工作した。周りは散々可哀想だの虐待だの騒いだが、こうなってみると、はじめからドーリスの手の平の上で出来レースに乗ったようにしか見えない。

「しばらくはお母さまも補佐してあげるけど、できれば早く人選を終えてちょうだいね。前帝陛下の御代(みよ)で大分(だいぶ)膿(うみ)が溜まってしまったから、早めに絞(しぼ)りだしておきたいの」
「言われるまでもなく心得ています」
「そ、ならよかったわ」

 にっこりと笑うドーリスだが、息子が茶のお代わりに砂糖を四杯五杯と足す手つきには眉を顰(ひそ)めた。昔はまったく甘味に興味を示さなかったのに、軍学校の演習を終えて帰ってきてからは甘い茶を好むようになり、それ以来は砂糖が欠かせない。

「貴方、ちょっと砂糖を足しすぎではないかしら。軍でもそうなの?」
「いつもは控(ひか)えております」
「ほんとお?」
「嘘をついてどうなります」
「お母さまには嘘をついてばっかりじゃないの! せめてお母さまには殿下の動向を教えてねって約束したときだって黙ってたくせに!」
「失礼な。黙っているだけで嘘はついていない」

 皇位簒奪の動乱の折、ライナルトがどのようにして帝都に侵入し、皇帝を弑逆(しいぎゃく)するかをモーリッツは秘密にしていた。ドーリスはいまもそれを恨んでいるのだが、息子はそっけない。

「大体口の軽い貴女は信用しておりません。正しく人を見極めている息子を誇るべきですな」
「口は軽くないわ! 高く売れて有効活用できる方にお渡しするだけよ。それに本当に貴方が苦労する情報は渡さないわ。取捨選択が上手と思ってちょうだい」
「それを人は詭弁(きべん)と言うのです」

 この話は不毛の一途を辿るだけだ。モーリッツは母の怒りを無視し彼女の手元を見た。

「ところでそれは釣書(つりがき)に見えるが、またも懲(こ)りずに持ってこられましたか」
「ああ、そう、そうだった!」

 ぱあっと輝きを増して釣書を開く母。そこには十代から二十代までの美しい女性の肖像画がある。

「この間は良い返事をもらえなかったから、いただいた釣書の中からお母さまが厳選してみたのよ。みなさんモーリッツならって積極的でね、どうかしら!」

 無言ですべての釣書を受け取るモーリッツ。
 ざっくり中身に目を通すと、そのままそれらを抱え、燃え盛る暖炉(だんろ)に放り込んだ。

「あらぁ……」

 息子の暴挙に残念がるドーリスだが、彼の行動を止めないのだから、どちらも問題だ。

「お気に召さなかったの?」
「それ以前の問題です。私は所帯を持つつもりはありません」
「だめよぉ。そんなの周りが放っておかないだろうし、わたくしは孫が見たいもの」
「そうだとしても我が君を差し置いて婚姻などするつもりはありません」
「婚約だけなら?」

 モーリッツの激しい殺意が視線となってドーリス睨んだ。

「でも殿下だっていずれはお世継ぎを持つだろうし、そうなったら貴方だって……でしょ。あらかじめ候補の女性くらいは見繕(みつくろ)っておいた方が良いわ」
「余計な世話です。何度言わせれば気が済むのですか」
「孫が見られるまで永久に、かしら。あんまり素っ気なくするなら毎朝お母さまが起こしに来ますよ。昔みたいにおはようからおやすみまで、ぎゅうって抱きしめてしまうから! ……あらやだ。やる気の方が出てしまうから?」
「お止めいただきたい、仕事に障(さわ)る」

 冗談ではなく本気でやるのがドーリスだ。
 この諦めの悪さと姦(かしま)しさ。そして面倒なところが、モーリッツが母から離れて暮らす理由だ。
 加えて付け足すなら、父がドーリスと常に共に居ない理由がここにある。元々流れ者の気質をもつ男だし、妻は愛していても、この騒々しさに辟易(へきえき)して家を出た。以来、帝都のどこかしらをふらふらして、浮浪者に扮(ふん)しつつ街の片隅で楽器を奏でている。

「どちらにせよ、いまの帝都の状況を考えてもらいたい。バッヘムの問題とて処理せねばならないのに、女にうつつを抜かしている場合か」
「……そう言って毎回毎回お母さまの話を袖(そで)にするじゃない」
「実際忙しいのです。せっかくの家族の時間を言い争いに当てるおつもりか」

 ドーリスに効く言葉で強く言えば引き下がるものの、未練は残っている。

「前は否定されてしまったけど、サガノフのお嬢さんはどうなの。たとえバッヘムに加わらないとしても歓迎しますよ」
「あれは友人です。私の交友関係に口出ししないでもらいたい」
「じゃあコンラート夫人は?」

 びき、とモーリッツの額(ひたい)に青筋が浮いた。
 これが只人(ただびと)であればこの形相(ぎょうそう)に恐れを成して逃げるだろう。
 しかしそこはこの息子を育てた母、鬼の形相に喜色を浮かべた。

「まあ、まあまあ! もしかして悪くない子だった?」
「違います」
「貴方が珍しく女性連れで舞踏会に出たからまさかと思ったけど、そう! 綺麗な子だと聞いてるし、外国人だからって気にする必要はないわ。頑張って皆を説得するわよ!」
「違うと申し上げている」
「いいのよ照れないで」

 頬に両手を添え、うっとりと過去を語り出す。
 
「お母さまだって皆の反対を押し切って流れ者と結婚したのだもの。ちょーっと無愛想なのがあの人に似て玉に瑕(きず)だけど、その結果が貴方なのだし、二度目となれば誰にも文句は言わせないわ。それにあれだけ可愛いお嬢さんなら、きっと孫も……」
「母上」

 低音だった。
 ドーリスは不思議そうに首を傾(かし)げる。

「違うの?」
「あれは殿下の頼みで致し方なくです」
「でも貴方、嫌なことはてこでも動かないじゃないの」
「私とて断れない場合もあります」
「……なんだぁ、つまらない」
「そんなことより普段熱中されてる冒険活劇とやらはどうなりましたか。この間までは寝食も忘れ没頭していらしたが、いつも通り飽きられましたか」
「わたくしだって帝都の動乱に筆を執(と)っているばかりじゃいられないだけよ。ああもう、言われたら思い出してきてしまった。まだ少ししか進んでないっていうのに……」

 なお巷(ちまた)で人気と謳(うた)われる冒険活劇は、ドーリスが「本を出したい」と言ったので、製作所ごと買い取って稼働させたのが実体だ。世間への周知や宣伝からなにまで彼女の手の者による操作であり、彼女が「趣味」毎(ごと)に繰り返す演出でモーリッツはプロパガンダのなんたるやを学んだ背景がある。

「珍しくお疲れのようだ。今日は泊まっていくとよろしかろう」
「そうさせてもらうわ。はぁ……ああ、そうだ、貴方の猫ちゃんは貸してね」
「動物は思い通りになるものではありません」


 モーリッツは静かに、そして願えるならば話の通じる人物と過ごしたいだけなのに、どうしてこうも願いとは裏腹の人物ばかりに囲まれるのか。母はもう仕方ないとして、最近ではその最たる人物として、世間では「悪女」と名高いコンラートのカレンがいる。

 会う予定などなかった。無視するつもりでいたら相手から駆け寄ってきたのだ。

「君は呑気(のんき)でいいな、コンラート夫人」
「そんなことないですよ」

 彼女もドーリス同様に嫌味に理解がない。それどころか話しただけで顔を綻(ほころ)ばせるから、いっそうモーリッツに渋面(じゅうめん)を作らせる。
 彼女が追いつけぬよう早足で抜けても、小走りで付いてくるところが厄介(やっかい)だ。
 世間ではこれを「懐(なつ)いている」と言い、モーリッツの副官においては異常事態と言わしめる大事件らしいが、彼の知ったことではない。

 やはり話しかけたのは失敗だった。

「ねえねえモーリッツさん。新しくできた甘味屋さんに行きませんか。男性の方もよく通っていらして、人気なんですって」
「断る」
「人目が気になります? だったら持ち帰りもあるみたいですから、どちらかのお宅に持ち寄って食べませんか」

 常々この娘は警戒心が薄いと感じていた。この度(たび)の皇位簒奪で己(おのれ)の過信を学んだと思っていたが、この期(ご)に及んでモーリッツを茶に誘うとは、やはり救いきれない阿呆である。

「君には警戒心というものが──」
「変なことおっしゃいますね。モーリッツさんに警戒する必要ありませんよ」

 無垢(むく)な目で言ってくるから彼は二の句を継げなくなった。
 相手は無視と捉(とら)えたようだが、どちらにせよモーリッツとしては不服でしかない。
 そもそも威嚇(いかく)に萎縮(いしゅく)せず近寄る存在を、腕を広げて迎え入れる人間がいるはずないではないか。

「駄目ですか?」

 ドーリスも言っていたが、世間一般ではこれを可愛いと評するらしい。並の男なら一撃で落ちるらしいが、生憎(あいにく)モーリッツは並の男でもなかった。
 そもそも前提として、彼は主君が心を許した人間すべてが嫌いである。
 唯一例外だとしたらニーカ・サガノフだが、彼女は卓越した生存本能や運動能力を有しているのに対し、この娘は凡愚(ぼんぐ)でしかない。能力は多少ましになったかもしれないが、特に感性は目も当てられない。自らを壊し犠牲にしながら進む人間などモーリッツが嫌う最たる人種だ。

「モーリッツさん、モーリッツさーん。お喋りしましょうよー」
 
 どうせ話が通じないのだ。喋(しゃべ)る気すらなくし、歩き出した背後で呟(つぶや)きが漏(も)れる。
 おそらく宙に浮かんだ謎の生物にでも話しかけているのだろう。

「残念。……ライナルト様でも誘ってみようかしらね?」


 その日のモーリッツの甘味消費量は通常の倍を上回り、巣蜜の塊を黙々と口に運ぶ姿を、副官に呼び出されたニーカ・サガノフが恐れ慄きながら見守っていた。

おわり


☆しろ46さんのイラストのアクリルスタンドが当たる、読者プレゼントキャンペーン開催します。
紙版『転生令嬢と数奇な人生を 短篇集』をご購入いただくと、帯に応募券が付いています。
詳しくはコチラのnoteもしくは、紙版『転生令嬢と数奇な人生を 短篇集』帯をご覧ください。

引き続き、本noteにて、特典情報はじめ〈転生令嬢と数奇な人生を〉情報を少しずつ更新してまいります。

どうぞ発売をお待ちください!

『転生令嬢と数奇な人生を 短篇集』表紙

書誌情報
転生令嬢と数奇な人生を 短篇集
かみはら(著) しろ46(イラスト)
四六版並製/本体予価:2000円/刊行予定:2023年8月2日

内容紹介
チート&使命なしから逆転した転生令嬢カレンと
彼女と共に数奇な人生を歩む人々の物語は、
まだ終わらない!
国家と世界を揺るがした波瀾万丈の物語の
裏側や脇道でいったい何が起こっていたのか?
WEB掲載や書店限定特典SSなど、
単行本未収録の短篇が一堂に集結!
さらに、電子書籍特典イラストギャラリーも!
書籍特典として書き下ろし短篇×2本収録。

著者紹介
かみはら
作家。鹿児島県在住。
創作活動を経て、WEBに発表した本作の連載版『転生令嬢と数奇な人生を』が第1回キネティックノベル大賞2次選考を通過、第8回勝手にロマンス大賞ネット部門第2位に輝く。2021年に『転生令嬢と数奇な人生を1 辺境の花嫁』でデビュー。シリーズは、ライトノベル人気投票『好きラノ』2022年上半期第7位、同じく2022年下半期第5位に、『このライトノベルがすごい! 2023』単行本・ノベルズ部門第10位、女性部門第5位に、《ダ・ヴィンチ》2023年1月号「BOOK OF THE YEAR 2022」では小説部門第18位にランクインしている。

イラストレーター紹介
しろ46
イラストレーター。漫画家。
連載版『転生令嬢と数奇な人生を』でもイラストを担当。
#没落伯爵令嬢は家族を養いたい @ COMIC』)連載中。
ごろごろしながら本を読むのとふかふかのぬいぐるみが好き。かみはら先生の世界に彩を添えられるように頑張ります。