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NHK「ニュースウォッチ9」にノーベル賞受賞者のムハマド・ユヌス博士が登場! 新著『3つのゼロの世界』で訴えたいメッセージとは?

 本日3/28(水)の午後9:00から放送のNHK「ニュースウォッチ9」に、ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス博士が登場します。最新刊3つのゼロの世界——貧困0・失業0・CO2排出0の新たな経済(山田文 訳、早川書房)のメッセージを日本のみなさんにわかりやすく伝えつつ、特にシニア世代にエールを送ります。母国バングラデシュの貧困状況を大きく改善した実践家が指摘する、資本主義の構造的欠陥とそれを乗り越える方策とは? ユヌス氏とも交流が深い九州大学副学長の安浦寛人教授が、本書の読みどころを解説します。放送と合わせて、ぜひご一読ください。

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解説 「3つのゼロの世界」は未来の社会を創る指針

九州大学 理事・副学長      
安浦寛人
  
 私が暮らしている福岡は、ムハマド・ユヌス先生(いつもユヌス先生と呼んでいるので、ここでもこの呼称で統一させてもらう)と様々な関わりがある。二〇〇一年に福岡市が主催する福岡アジア文化賞の大賞がユヌス先生に授与された。グラミン銀行の活動が世界でもようやく大きく認められ始めた頃である。ユヌス先生は、ノーベル賞よりも先に福岡がグラミンに注目してくれたと時々話してくれる。二〇〇七年に九州大学の「社会情報基盤構築プロジェクト」に、バングラデシュ出身のアシル・アハメッド博士が参加したのがきっかけで、ユヌス先生が率いるグラミン・グループと九州大学の連携が始まった。発展途上国の社会情報基盤を構築する様々な活動である。本書の第八章で取り上げられている「箱に入った医者」(ポータブル・クリニックと呼ぶ各種の検査・診断器具と遠隔診療用の通信設備を内蔵したアタッシュケース)を作り、トヨタ自動車の協力も得て、農村の巡回健診をするものである。アシル博士が率いる九州大学の研究グループは、バングラデシュ以外の発展途上国でも遠隔医療の実践プロジェクトを進めている。

 二〇〇八年に、私が初めてバングラデシュを訪れた時、ユヌス先生はダッカから遠く離れた農村を見に行くように強く勧めた。ダッカから車で五時間かけて訪れた農村で、私はグラミン銀行の活動や農村の女性たちが貧困からどのように自立したかという生の話を聞いた。さらに、農村に一台だけあるインターネットと接続したPCを使って、人々が中東などの建設現場の職を探しているのにも驚いた。徒歩や自転車で一時間以上もかけてインターネットによる職探しに来ていた人々の姿に、電子通信技術がグローバル化に果たしている意味と、それが生み出す経済効果や一方で格差を生みだす構造を目の前に突きつけられた強烈な記憶が残っている。

 ユヌス先生はたびたび日本を訪問し、福岡市や九州大学をはじめ東京や関西でも、学生たちや女性起業家、そして財界人たちを相手にいろいろな講演会や対話会を開いている。聞き手の立場の違いによって、異なる視点や事例をうまく使って、資本主義社会の問題点を鋭く指摘し、ソーシャル・ビジネスの本質をわかりやすく説明してくれる。そして、若者や女性のポテンシャルを高く評価し、本書に書かれている新しい社会と経済の基盤としてのソーシャル・ビジネスを様々な視座から語ってくれる。我々が企画するソーシャル・ビジネス・コンテストにも気軽に参加し、貴重なコメントやアドバイスを与えてくれる。その成果の一例が、本書の第四章で取り上げられている副島勲氏の株式会社ヒューマンハーバーである。

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 本書は、既存の資本主義システムを基盤とした現代社会への挑戦の書である。近年、いろいろな経済学者や社会学者が取り上げるようになった資本主義の歪みがもたらした貧富の格差の拡大という大きな社会問題に対して、一つの解決策を提案する本である。四十年以上ユヌス先生やその仲間たちが行ってきた実践は、本書で提案する解決策の有効性に対して大きな説得力を与えている。それは、冒頭の「マイクロクレジットはその後、世界中で、三億人以上の貧困者に対して、起業家としての能力を発揮する機会を与え、貧困と搾取の連鎖を断ち切る手助けをしている」という一節で強烈に語られる。ごく一部の人々に富が極度に集中して多くの人が貧困から抜け出せず、若者が自分を生かせる職を持てず、悪化する環境による気候変動や災害に対応できずにいる社会を、どのような方向へ導くかを明快に説いている。そして、何より「新たな文明を築く若い世代」への強烈なメッセージの書である。

 第一部で、ユヌス先生は、経済学者として現在の資本主義経済のシステムの矛盾点や欠陥点を鋭く指摘している。「このような構造は持続不可能である。社会的にも政治的にも、この構造は時限爆弾のようなもので、いずれ、われわれが長年かけて築き上げてきたものすべてを破壊してしまう」と述べ、新しい社会システムを生み出す必要性と必然性を説いている。資本主義が前提としている人間の本性をもう一度見直し、無私の行動を取る人間の存在を前提とした「経済のエンジンの再設計」を提案している。そして、自らが実践してきたソーシャル・ビジネスを「人類の問題を解決することに力を注ぐ無配当の会社」と定義づけ、その意味を詳しく述べている。グラミン銀行の活動は、マイクロクレジットによる資金の提供とともにその資金を元手にした起業を支援することがセットになっており、借り手の女性たちに自立を促す。常識的には、信用がないとされる貧困層の女性が、九六%を超える返済率を実現し続けていることこそが、いろいろな経済理論の議論を超えた真実である。ユヌス先生は、さらに、ソーシャル・ビジネスの概念を広げ、多くのソーシャル・ビジネス・ベンチャーを起こしてきた。そして、ソーシャル・ビジネスの起業が、現在の資本主義に対抗できる新しい経済システムになると主張している。また、一過性のチャリティと、継続性を持つソーシャル・ビジネスの違いも明確に示している。

 第二部では、人類が目指すべき最もわかりやすい3つの達成目標を提示し、ソーシャル・ビジネスによる目標達成の可能性を示している。「貧困ゼロ」は、グラミン銀行の活動を始めた時からのユヌス先生の夢であり、現在は世界中で同様の取り組みが行われる大きな流れとなっている。その中核となるのが、無私の精神に立脚したソーシャル・ビジネスによる経済システムである。日本のユーグレナの出雲充社長とのソーシャル・ビジネスも例として取り上げられている。バングラデシュでの成功は、ヨーロッパ諸国やアフリカ、南米にも広がり、大きな流れとなっている。

「失業ゼロ」は、「貧困ゼロ」を実現する手段であるだけでなく、誰もが起業家になる能力を持つという、すべての人間の尊厳に対する厚い信頼でもある。「仕事を探す者ではなく仕事を創る者になろう」という、若者への熱い呼びかけでもある。バングラデシュで生まれたノビーン・プログラムは、米国でも成功をおさめるようになった。

 持続可能な地球を維持するために、3つ目のゼロ「二酸化炭素排出ゼロ」を訴える。気候変動は、貧しい発展途上国に大きな影響を与える。特に、農業への影響は、食糧生産とも大きく関係するので、重大な社会問題に直結する。二酸化炭素排出ゼロを達成するためには、環境に優しいエネルギーシステムを構築する必要があり、効率重視の資本主義だけでは進めにくい。ソーシャル・ビジネスの視点を持ち、地球全体の問題として考えることが重要である。

 第二部では多くの事例が紹介されているが、バングラデシュだけでなく、ヨーロッパ、アフリカ、中南米、アメリカ、日本など世界中で同じような考え方のプロジェクトやビジネスが行われていることが紹介されており、ユヌス先生の考え方の広がりと普遍性が感じられる。第六章で国連の「ミレニアム開発目標(MDGs)」や「持続可能な開発目標(SDGs)」が紹介され、その現状と未来を展望している。

 ユヌス先生は、講演や本で、いつも若者と女性への大きな期待を語る。第三部では、特に若者への力強いメッセージを具体的な事例を示しながら語っている。大学や学校は、若者に未来を設計する能力を教えるべきだと説いており、実際に世界の多くの地域で、ソーシャル・ビジネスを教えるコースが始まっている。若者たちも世界的なネットワークを作り始めている。また、ユヌス先生は、芸術やスポーツも非常に大切にしている。芸術やスポーツは、人間の本性に根ざした行為であり、これらを大切にすることが、多くの人に支持される新しい社会システムを生み出す源泉となることを、ユヌス先生はいつも語っている。

 第八章で紹介されている先端の科学技術を利用した社会改革は、ユヌス先生のもう一つの顔である。先進国の後追いを開発途上国がする必然性はないことを説き、先端科学技術の成果とその利用に大きな関心を寄せる。私も、バングラデシュの農村で、有線電話がなくても携帯電話が普及している実態や、送電線がなくてもソーラーパネルによるエネルギーの地産地消が行われている実態を見て、技術発展の歴史観を根底から覆させられた。アシル博士が、九州大学の社会情報基盤プロジェクトに応募してきて、「先進国の社会情報基盤ではなく発展途上国の社会情報基盤の研究をさせて欲しい」という希望を聞いた時の漠然とした私の驚きは、バングラデシュの農村で極めて明快な確信に変わった。ユヌス先生がこの本で述べていることは、新しいテクノロジーの開発の方向性を考える起点となる。

 第四部では、新しい社会の法体系や金融システムのあり方を、一つひとつ事項を検証しながら解き明かしている。二百五十年にわたって刷り込まれてきた資本主義の仕組みと、それを支えるとされる人間の本性を、まずは疑ってかかろうとするユヌス先生の姿勢は、常識にとらわれずに未来を考えることの重要性を教えてくれる。我々は、社会システムや思想の大転換を起こすべき時代に生きているのかもしれない。ユヌス先生の示す未来像は、若い人が未来を考える時の大きな指針となるように感じる。

 この十年、私はユヌス先生と出会えたことで、バングラデシュをはじめ、ヨーロッパや東南アジアのソーシャル・ビジネスを実践する多くの人々と出会うことができた。大企業のトップや社会のリーダーもいれば、希望に満ちた学生たちや社会の底辺でコツコツと努力を続ける起業家たちもいる。彼らや彼女らは、ユヌス先生に触発され、自ら考え、行動し、大きな成果を生んできた人々である。あるいは、これから創造する人たちである。この本の読者の一人ひとりが、世界の未来とあるべき社会の姿について、もう一度自ら考えてくださることを期待している。

 二〇一八年二月 福岡にて

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(書影はAmazonにリンクしています)

ムハマド・ユヌス『3つのゼロの世界──貧困0・失業0・CO2排出0の新たな経済』(山田文 訳、本体1,900円+税)は、早川書房より2月20日に発売です。

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