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優等生がAIに取って代わられる時代をどう生きるか? 冨田勝『脱優等生のススメ』冒頭公開

ハヤカワ新書の7月の新刊『脱優等生のススメ』(冨田勝)。ChatGPT時代に、「人間らしい人生」をどう生きるか? 慶應義塾大学先端生命科学研究所(先端研)の所長を創設から20年以上にわたって務め、山形県・鶴岡の地から次世代のイノベーターを数多く輩出してきた冨田勝氏が「脱優等生」的生き方を説いた本書の「はじめに」を特別公開します。

冨田勝『脱優等生のススメ』

はじめに

「教科書を勉強して試験で良い点をとる」
「過去のデータを分析してビジネスプランを立案する」
「万人が高く評価する優秀な文章を生成する」

これらが得意な人のことを「優等生」といいます。優等生になると学校でも社会でも〝エリート〟として一目置かれるので、多くの生徒は優等生を目指して勉強しています。
しかし2023年1月に対話型AI(人工知能)の「ChatGPT」がMBA(経営大学院)の筆記試験で合格点を獲得したことがニュースになると、「教科書を勉強してテストで点数を競う」今の教育システムは本当に人間がやるべきことなのか、という本質的な問いが浮かび上がってきました。なぜなら、答えのある問題を解いたり、過去のデータからありそうな未来を予測したり、評価が最高になるような文章を創作することは、AIが最も得意とすることだからです。

あなたは学校の勉強や試験が好きなタイプですか? 
学校の勉強が好きだとすれば、それはあなたにとって大切な長所ですので、頑張って学年一番の「優等生」を目指すのもよいでしょう。
一方、もしあなたが勉強嫌いで、「優等生」には向かないタイプだとしたら、まったく別の道があります。それは「脱優等生」を目指すことです。そのことがもしかしたらあなたの人生を輝かせるかもしれません。
 
「優等生」は、先生に言われたことをそつなくこなし、全科目のテストで良い点数をかせぐので成績優秀です。一方、「脱優等生」とは、常識にとらわれず、好きなことに全集中するので、成績優秀とは限りません。
学校の成績は、生徒に序列をつけるときの指標として使われてきました。そして、成績優秀者はもてはやされ、成績が振るわない生徒は肩身の狭い思いをします。だからみんな点数をかせぐためにテスト前に勉強します。
成績が優秀であることは悪いことではありませんが、点数をかせぐこと自体が目的になっていると、物事の本質が見えなくなります。そもそも何のために学校で国語数学理科社会を勉強しているのか、という問いには「試験で点数をかせぐため」。ではなぜ点数をかせぐのか、という問いには「難関大学に入学するため」。ではなぜその大学が第一志望なのか、という問いには「難関だから」。そんなふうになっていませんか?
自分のやりたいことは何だろう。「自分らしい人生」とは何だろう。こう自らに問いかけてみることがとても大切です。これは子どもたちに限らず、どんなライフステージにいる人にも当てはまると思います。
 
新しいものを生み出す「イノベーター」の多くは脱優等生です。
Honda創始者の本田宗一郎やパナソニック創始者の松下幸之助は次の言葉を残しています。
「嫌いなことをムリしてやったって仕方がないだろう。私は不得手なことは一切やらず、得意なことだけをやるようにしている」(本田宗一郎)
「どうしてみんなあんなに、他人と同じことをやりたがるのだろう。自分は自分である。何億の人間がいても自分は自分である。そこに自分の自信があり、誇りがある。そしてこんな人こそが、社会の繁栄のために本当に必要なのである」(松下幸之助)
ノーベル賞を受賞した日本人の多くも脱優等生でした。大学で単位を落として留年した人や、大学入試に失敗して浪人を経験した人も複数います。物理学賞を受賞した小林誠さんと益川敏英さんはともに勉強嫌いだったことで有名で、「若いころは好きなことをやって遊び呆けていた」と自ら公言しています。
発明家トーマス・エジソンは学校を退学になっていますし、アップル創始者のスティーブ・ジョブズも大学を中退しています。あのアインシュタインもチューリッヒ工科大学の入試に失敗しています。そう考えてみると、「優等生」は必ずしも経営者や研究者には向いていないのかもしれません。
 
あなたはどうでしょうか。
自分のことはよくわからない、というのであれば、まずは好きなこと・得意なことを徹底的にやってみることをお勧めします。中途半端はだめです。どんなマニアックなことでもいいから、周りから「へえ、すごいね!」と言われるまで徹底的にやってみる。今の日本に必要な人材はそういう「イノベーター」であり、近年の日本経済の低迷はイノベーター不足に起因していると言われています。
あなた自身、あるいはあなたのお子さんは、もしかしたらイノベーターとして日本の救世主になれるかもしれません。もちろん、なれないかもしれませんが、イノベーターに向いているか、向いていないか、やってみないとわかりません。最初から「なれっこない」と決めつけてあきらめるのはあまりに早計で残念なことです。
私自身、中学一年のときにポーカー、大学時代はインベーダーゲームにすっかりハマり、想像を絶する時間を費やしたことが、科学者人生の原点となりました。あの時もし試験勉強に追われて疲弊する日々を送っていたら、今の自分はなかったと断言できますし、考えただけでぞっとします。
本書は、一度しかないあなたの人生をどう使うか、じっくり考えてもらうためのものです。最終的な結論はあなたが決めることですが、どのような結論になっても、このことをじっくり考えることがとても重要で、きっとあなたの人生観に大きな影響を与えることになると思います。


『脱優等生のススメ』目次


はじめに

第1章 脱優等生のススメ──「優等生=エリート」という考えは、もはや時代遅れ
1 昭和の教育をいつまでやっているのか
2 一般入試は「点数」を評価、AO入試は「人物」を評価する
3 「問題発見」する力の大切さ
4 日本には「ストライカー」が足りない
5 優等生集団が引き起こす「大企業病
6 自分のミッションを見つけることが最初のミッション
7 教育の本質は、放任して見守ること

インタビュー 世の中に価値を生み出したい(損害保険ジャパン株式会社人事部人材開発グループ 課長代理 高木慶太さん)

第2章 「好き」を徹底的に追求する──「おもしろい」と思ったら中途半端にやめずに飽きるまでやろう
1 どんなにマニアックなことでも、極めれば感動してくれる人がいる
2 問題は解くより作るほうがおもしろい
3 教科書は「攻略本」として使おう
4 「好きなこと」をつなげていく
5 金メダルを取りたければ自分で種目を作れ
6 ジャンル分けには意味がない
7 「休みの日にしていること」をとことんやってみる
8 好きなことを伸ばせる環境づくり

インタビュー 自分の体験・知見を鶴岡に還元していきたい(山形県立鶴岡南高等学校三年(当時) 小林怜奈さん)

第3章 「挑戦」の作法──やりたいことで、やる価値があることなら、やらない理由がない
1 英語は地球人としてのひらがな
2 前例のないことをやるには、まずやってしまうこと
3 二〇年後の未来をときおり考えよ
4 「ふつうだね」と言われたら全否定!?
5 「これは違うな」と思ったらやめていい
6 「裏」が出たときのふるまいが肝心
7 「正しい」失敗をせよ

インタビュー 地球規模の問題を解決したい(Spiber株式会社取締役兼代表執行役 関山和秀さん)

第4章 「自分らしい人生」とは何か──理想と現実を見て、ゴールポストを動かしていい
1 自分が幸せな人は他人を幸せにする使命がある
2 「やりたいこと」と「やるべきこと」を一致させる
3 若いうちはカネ貯める暇があったら友達増やせ
4 二〇代の給料は奨学金だと思え
5 「理想」と「現実」の折り合いをどうつけるか、が人生

インタビュー どうお金儲けをするかより、どう社会に役立つか(YAMAGATA DESIGN株式会社代表取締役 山中大介さん)

おわりに


■書籍概要

著者:冨田勝
出版社:早川書房
本体価格:940円
発売日:2023年7月19日

■著者紹介

冨田 勝(とみた・まさる)
1957年生まれ。慶應義塾大学名誉教授。同大学工学部卒業後カーネギーメロン大学に留学し、コンピュータ科学部で博士課程修了。1990年、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)創設メンバーとして帰国し、環境情報学部教授と学部長を歴任。日本初のAO入試導入に関わる。2001年、同大学先端生命科学研究所の創設とともに所長就任。2023年3月退任。著書に『みんなで考えるAIとバイオテクノロジーの未来社会』など。


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