【一部抜粋】ローカス賞受賞、驚異のノンストップ・ゴシック・ファンタジイ、タムシン・ミュア『ギデオン-第九王家の騎士-』発売中!
ハヤカワ文庫FTより発売中のガタムシン・ミュア『ギデオン-第九王家の騎士-』(月岡小穂訳)は、ローカス賞第一長篇部門を受賞した、話題の死と魔法のファンタジイです。
帝国の皇帝の配下の第二から第九の8つの王家。死霊術で帝国を支配する不死の皇帝が、各王家の後継者とその騎士を第一王家の惑星に呼び寄せます。帝国の墓守たる第九王家からやってきたのは、腕利きだが口の悪い女騎士ギデオンと、王家の姫君で稀代の骨の魔術師ハロウハーク。彼女たちを待ち受けるものは……?
ギデオンとハロウハークが登場する、冒頭の一シーンを一部抜粋して紹介します。
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あと五分というところで、八十七回目の脱走の試みは混乱しだした。
「おまえの天才的戦略はお見通しよ、筋肉女(グリドル)」通路から声がした。ついにラスボスの登場だ。「シャトルを予約して脱走するつもりだったんでしょ」
立坑の前に〈第九王家の姫君〉が立っていた。黒衣に身を包み、冷笑を浮かべている。
〈聖なる娘〉ハロウハーク・ノナゲシムスは黒衣と冷笑により、圧倒的存在感を示しつづけてきた。これこそがハロウハークの真骨頂だ。ギデオンは舌を巻いた。宇宙広しといえども、わずか十七歳で黒衣をまとい、自信たっぷりな冷笑を浮かべることができるのは、ハロウハークだけだろう。
ギデオンは言った。
「本当のことを言うなよ。照れるだろ。たしかに、あたしは策士だからな」
〈聖なる娘〉はきらびやかなローブが埃で汚れるのもかまわず、裾を引きずって近づいてきた。クラックスとアイグラメネーもいっしょにいた。ハロウハークの後ろで数人の修道女がひざまずいている。雪花石膏(アラバスター)で顔を灰色に塗り、髑髏(どくろ)に見えるように黒い塗料で頬や
唇に模様が描かれている。だぶだぶの色あせた黒いローブを着たその姿は、もの悲しく色あせた、落花生を模した二頭身のキャラにそっくりだ。
「こんなことになって、とても残念だわ」ハロウハークはそう言って、フードを上げた。全身黒ずくめのなかで、顔だけがぽつんと青白く塗られている。両手までが黒い手袋でおおわれていた。「脱走したいなら、すればいい。失敗してくれれば、万々歳だけど。剣から手を放しなさい。みっともないわよ」
「第二王家のトレンサム行きのシャトルが出発するまで、十分を切った」と、ギデオン。剣から手を放そうとはしない。「あたしはシャトルに乗る。ハッチを閉めれば、おさらばだ。あたしを引きとめようとしても、あんたにできることは、文字どおり、もう何もない」
ハロウハークは手袋をした片手を上げ、考えこむ表情で指をマッサージしはじめた。ペイントした顔や黒く塗った顎、死んだカラスの色をしたショートヘアに、光が当たっている。
「わかったわ。おたがいのために、けりをつけようじゃないの」と、ハロウハーク。「異議その一。奴隷的立場にある者は帝国軍に入隊できない」
「譲渡証書にはあんたの署名がある。あたしが偽造した」と、ギデオン。
「でも、あたくしがひとこと言えば、おまえは囚われの身に逆戻りよ」
ハロウハークは自分の手首を二本の指でつかみ、ゆっくりとその手を上下させた。
「魅力的なストーリーだけど、キャラ設定がいまいちね。どうして、あたくしが急にあわれみを受ける側になるわけ?」
「あんたがあたしの脱走をじゃましたら」ギデオンは手を剣の鞘に置いたまま言った。
「あたしを呼び戻したら──なんていうか、あたしの罪をでっちあげて並べ立て、帝国軍にちくったりしたら……」
「例のエロ本のことも、そのなかに含まれてるわよ」
「大声で叫んでやる。第八惑星からでも聞こえるぐらい、声をかぎりに叫びつづけてやる。洗いざらい話す。あたしはあんたの秘密を知ってる。ぜんぶ、ぶちまけてやる。たとえ囚われの身に逆戻りしようとも」
(つづきは書籍でお楽しみください)
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『ギデオン-第九王家の騎士-』上・下
Gideon the Ninth
タムシン・ミュア 月岡小穂 訳
装画:たえ 装幀:早川書房デザイン室
ハヤカワ文庫FT/電子書籍版
各1,320円(税込)
2022年7月20日発売