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【刊行記念】伝説的殺人者が犯した3つの犯罪に、ミステリマニアの令嬢が挑む!『ジャック・グラス伝-宇宙的殺人者-』訳者あとがき公開

訳者・内田昌之氏によるあとがき

 本書はイギリスのSF作家、アダム・ロバーツが2012年に発表した長篇 Jack Glass - The Story of A Murderer の全訳です。太陽系史上最大の殺人者ジャック・グラスと、ミステリマニアの富豪令嬢の冒険を描いたこの作品は、刊行以来、その知的で奇抜なアイディアと高いストーリー性が本国のみならず国際的にも高い評価を受け、翌年には英国SF協会賞のほか、ジョン・W・キャンベル記念賞も受賞しました。
 とは言っても、日本ではこれが初紹介となる作家ですから、イメージがさっぱりつかめないと思います。まずは冒頭にある、謎の語り手からの古典的な「読者への挑戦状」を見てください。この物語の内容はすべてそこに要約されています。三つの殺人! 密室! 超光速! ついでに犯人の正体まで明かされていますが、語り手はそれでもなお、フェアな勝負で読者を驚かせることができると言い切っています。では、あちらの書評からひとつ引用してみましょう。
 
「『ジャック・グラス伝』は、未来の不安定な専制社会を舞台にした、三つの密室殺人ミステリであり、黄金期のSFのみならず、マージェリー・アリンガムやナイオ・マーシュといった英国の推理小説をも彷彿とさせる」──デイリー・テレグラフ紙
 
 作者自身が感謝の言葉で述べているように、本書は黄金期のSFと黄金期のミステリを合体させることを目指した作品で、"A Golden Age Story" という副題がついていました。作者の言う黄金期がいつを指しているのかは明確ではありませんが、SFなら、ジャンルとして拡散と浸透が始まるまえの1950年代、ミステリだともう少し古く、本格推理小説が次々と発表された1920年代から30年代くらいの時期を指していると思われます。
 
 舞台となるのは遠い未来、人口数兆に達した人類は資源の枯渇した地球を離れ、太陽系全域に居住圏を広げています。三度の戦争をへてその支配を確立しているのがウラノフ一族。彼らはウラノフ法と呼ばれる法典によって民衆を厳しく統制しています。その世界で官僚役をつとめるのが、MOHという遺伝子操作テクノロジーによって〈情報〉や〈輸送〉といったそれぞれの専門分野の技能を高めている五つのMOH(モー)ファミリー。その下には公司(コンス)と呼ばれる無数の企業が、さらにその下にはさまざまな法執行組織がといった具合に、きっちりした階層社会ができあがっています。
 第一部は、一隻の囚人護送用の宇宙船が、監獄となる小惑星へ囚人たちを運んでくるところから始まります。この時代、一部の企業は囚人の投獄権を買い取り、刑期のあいだ小惑星へ閉じ込めて、そこを居住可能な住まいに作りかえさせることをビジネスにしています。このとき投獄された7名の囚人たちは、わずかな機材だけで11年の刑期を生き延びなければなりません。男ばかりの密室。まわりに広がるのは絶対に脱獄不可能な真空の宇宙。この絶望的な状況で繰り広げられる、息が詰まるような密室劇は、だれも予想しない驚愕の結末を迎えます。
 なんという男臭い話だと思われるかもしれませんが、ご心配なく、第二部以降はがらりと雰囲気が変わります。主役をつとめる美少女ダイアナは、ウラノフのすぐ下の地位にあるMOHファミリーのひとつ、アージェント家の跡取り令嬢。16歳の誕生日を迎えるために地球へ休暇を過ごしにやってきたダイアナは、そこで、召使が何者かに撲殺されるという事件に遭遇します。実は彼女は、仮想世界でゲームとしての殺人ミステリをプレイするのを生きがいとしていました。ほんものの密室殺人事件の謎を解ける! 容疑者の尋問ができる! と、すっかり舞いあがり、意気揚々と事件の捜査に乗り出します。この自称ホームズの令嬢は、ワトスンでありジーヴスでもある指導教師とともに、難事件を解決すべく奮闘しながら、みずからも大きな陰謀に巻き込まれていきます。
 しかし、ここで出てくる〝難事件〟、実は冒頭の「読者への挑戦状」で、いずれも殺人者がジャック・グラスであると明かされています。つまり犯人がだれ(Who)なのかは最初からわかっていて、問題は手段(How)と動機(Why)になるわけですが……そんな単純な話ではないのは作者が保証しているとおり。
 これら謎の殺人事件に、さらにSF的な大ネタとして、ダイアナの姉が研究を続けている〝シャンパン超新星〟の謎と、太陽系内で存在を噂されている超光速(FTL)テクノロジーがからんでくるわけですが、それらがいったいどのようにして結びつくかは、読んでのお楽しみです。作者ロバーツの曲芸じみたストーリーテリングをお楽しみください。
 雑多で、奇妙な、しかしどこかなつかしさを感じさせる未来世界の中に、作者が偏愛する要素をそっくりぶちまけ、そこで少しばかりタガがはずれた登場人物たちが自由に遊ぶのを見守る。どこかで聞いたようなフレーズではありますが、本書はロバーツにとって「100パーセント趣味で書かれた小説」なのかもしれません。
 
 作者のアダム・ロバーツは、1965年、ロンドン生まれ。詳細な経歴は不明ですが、学問ひと筋で来た人らしく、スコットランドのアバディーン大学を卒業後、ケンブリッジ大学でロバート・ブラウニングと古典文学の研究により博士号を取得。現在はロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校の教授として、十九世紀文学と創作を教えています。
 作家としてのデビュー作は、2000年に発表した長篇 Salt 。塩におおわれた惑星に入植した人びとの内部抗争を描いたこの作品は、フランク・ハーバートの『デューン 砂の惑星』やアーシュラ・K・ル・グィンの『所有せざる人々』と比較する評もあり、アーサー・C・クラーク賞の候補にあげられるなど、一定の評価を得ました。
 作風はきわめて多彩で、次にどんなものを書くかまったく予想がつきません。ジャンル分けなど意味をもたず、「アダム・ロバーツの小説」としか説明のしようがないところがあります。知的で凝った文章からカズオ・イシグロやイアン・マキューアンと比較されたりすることもあるというと、なんとなく純文学寄りの地味な印象をもたれるかもしれませんが、SF的なアイディアの使い方は斬新かつ大胆で、むしろダグラス・アダムスやバリントン・J・ベイリーといったイギリス作家の伝統を受け継ぐ〝奇想(バカ)SF〟の書き手と見るほうがわかりやすいかもしれません。
 たとえば、2016年に発表された「9と11のあいだ」という短篇は、宇宙艦隊が敵のエイリアンから〝宇宙から数字の*を消す兵器〟で攻撃を受ける話で、両手の指を見ると頭がおかしくなったり、ネオン元素を搭載していた宇宙船が崩壊したり、*進法で計算できなくなったり、という展開になるわけですが、なんというか、まあ……。やはり根っこには法螺話が大好きなSF作家の血が流れているのでしょう。
 ここでアダム・ロバーツ名義の長篇小説のみ、著作リストをあげておきます。

 Salt (2000)クラーク賞候補
 On (2001)
 Stone (2001)
 Polystom (2003)
 The Snow (2004)
 Gradisil (2006)クラーク賞・ディック賞候補
 Splinter: A Voyages Extraordinaire (2007)
 Land of the Headless (2007)
 Swiftly: A Novel (2008)
 Yellow Blue Tibia (2009)クラーク賞・英国SF協会賞・キャンベル記念賞候補
 New Model Army (2010)キャンベル記念賞候補
 The Dragon with the Girl Tattoo (2010)
 By Light Alone (2011)英国SF協会賞候補
 Jack Glass (2012)本書 英国SF協会賞・キャンベル記念賞受賞
 Twenty Trillion Leagues under the Sea (2014)
 Bete (編集者注・eの上にアクセント記号)(2014)キャンベル記念賞候補
 The Thing Itself (2016)キャンベル記念賞候補

 特に初期作品に関しては、『塩』『上』『石』『雪』と、シンプルというか、いささか投げやりにも見えるタイトルが多かったせいか、一部では評価が高くても、けっして広く注目される作家ではなかったようです。しかし、キム・スタンリー・ロビンソンから「今年のブッカー賞を受賞するべきだった」と絶賛された、2009年の Yellow Blue Tibia は、スターリンの命を受けたソビエトのSF作家たちが国民向けにでっちあげた作り話がやがて現実を侵食していくという物語で、英国SF協会賞を初めとする各賞の候補にあげられました。このあたりを転機として、ロバーツ自身も徐々に中堅作家としての地位を確立していくことになります。
 本書『ジャック・グラス伝-宇宙的殺人者-』は、そうしたある意味マニアックな作品群の中では例外的に、だれにでも説明のしやすい、派手な要素がてんこ盛りです。そのためか、広く読者の支持を集め、前述したふたつの大きな賞も受賞して、作者の知名度を大きく高めることとなりました。当然、ファンからは似たような傾向の作品を求める声も出たのですが、作者は商業的成功には興味がないのか、その後も次々とこちらの予想を裏切る作品を書いて、ひたすら我が道を突き進んでいます。
 近作の Bete(編集者注・eの上にアクセント記号)は、動物たちがコンピュータのチップを埋め込まれて口をきくようになった近未来の世界で、知性とはなにか、自我とはなにかを問いかける物語。昨年出た The Thing Itself では、SETIの調査がおこなわれている南極基地、という「遊星からの物体X」を思わせるシチュエーションを発端として、〝フェルミのパラドックス〟の解答をカントの著作に見いだそうとするひとりの科学者をめぐる悪夢のような冒険が描かれ、ポール・ディ・フィリポから「グレッグ・イーガンとスタニスワフ・レムが共同でジョン・D・マクドナルドの『金時計の秘密』をリライトしたような」と評されました。わかりにくい表現ではありますが、とにかく、作家としての成熟度はますますあがってきているようです。
 評論活動も盛んで、トールキンなどを題材にしたノンフィクションの著作もあるほか、ARRRロバーツ名義でさまざまな映画や小説をネタにしたパロディ作品も発表しています。ほんとうにそんな本があるのかと目を疑ったのは、2010年の『少女タトゥーのドラゴン』。いうまでもなく某大ヒットミステリのパロディですが、表紙には、背中に少女の刺青を入れて不敵な顔でこちらを振り向くドラゴンが……。
 この8月に刊行が予定されている最新作 The Real-Town Murders は、近未来のイングランドを舞台にしたSFスリラーで、「ヒッチコックが「北北西に進路を取れ」で映像化したかったけれど断念した場面」にインスパイアされたという作品。私立探偵が、どうしても四時間ごとに帰宅しなければいけないという縛りの中で、不可能に見える殺人事件に巻き込まれ、そこにもちろん近未来のSFテクノロジーがからんでくるとか。きっとヒッチコックばりのスリリングな展開が待っているのでしょう。珍しく(というか作者的には初めて)続篇も予定されています。
 今後の邦訳が実現するかどうかはさておき、新作が待ち遠しい作家のひとりでしょう。

 2017年7月


『ジャック・グラス伝-宇宙的殺人者-』
著:アダム・ロバーツ
訳:内田昌之
ISBN:9784153350342
価格:2,484 円(税込)
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