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『カラハリが呼んでいる』で描かれる瑞々しく繊細な自然描写。とりわけ印象的なのは…

若いアメリカ人夫妻がアフリカ・カラハリ砂漠の果てなき荒野で暮らした7年間。その記録である『カラハリが呼んでいる』(マーク・オーエンズ&ディーリア・オーエンズ/早川書房)には、世界的ベストセラー『ザリガニの鳴くところ』の原点となる瑞々しい自然描写が溢れていると早くもファンの反響が届いています。
ディーリア・オーエンズが過ごしたキャンプを訪れる様々な野生動物たち。その細やかな交流を綴った印象的なシーンを、本書から特別公開します。

書影_カラハリが呼んでいる

六 キャンプ(抜粋)/ディーリア・オーエンズ

 マークがマウン〔編集部注:ボツワナ共和国北部の中核都市〕に行っていた4日間、まわりに人間はだれひとりいなかったが、私はけっしてひとりきりではなかった。最初の日の午後おそく、フィールド・ノートをしまうと、やきたてのキャラウェイブレッドをひと切れ切り、それを持って“ティールーム”に腰をおろした。ジジフスの木のたれ下がった枝の下が私たちのティールームだ。するとたちまち、鳥が鳴きながらたくさん集まってきた。“チーフ”と名づけた、意地わるそうな目をしたキバシコサイチョウは、小道のむかい側のアカシアの木からじっとこっちを見ていた。彼は木を離れると、羽をひろげて私の頭の上にすうっととまり、耳のそばで羽をばたつかせた。ほかにも二羽が私の肩にきてとまり、膝の上にも4羽が来て手をつついたり指をくわえたりした。もう一羽は空で舞っていたが、やがて降りてくると、パンの皮の大きなかたまりをうまくかみとった。私は残りのパンを彼らに分けてやった。

 私たちがこの林の新キャンプで最初にしたことのひとつに、パンくずと小皿に入れた水を外に置いてやることがあった。間もなくして鳥がたくさんやってくるようになり、トキワスズメ、キクスズメ、ハジロアカハラヤブモズ、ケープカラムシクイ、シロハラチャビタキなどが、木々の間でさえずったり、羽づくろいをしたりするようになった。早朝にはクサマウス、トガリネズミ、ジリスなどが私たちの足もとをちょこちょこ走りまわり、小鳥たちと食物を争う姿も見られた。だが私たちのお気に入りといえばいつもサイチョウだった。

 キバシコサイチョウはちぐはぐな姿のおかしな鳥だ。黒と白のやせた身体にはちょっと大きすぎる鉤状の黄色いくちばし、あとからとってつけたような長い尾、ずるそうな目の上で揺れる魅惑的なまつ毛──といういでたちで、まったく人を退屈させることのない友人である。彼らの羽にある生来の模様と、指先からパンを食べている間にくちばしにそっと塗りつけた黒い絵の具の模様とで、私たちは彼らのうちの40羽を見分けることができた。

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 私が料理をしているといつもサイチョウたちは台所のまわりに群がってきて、頭や肩にとまる。時にはフライパンにとまることさえあった。フライパンがだんだんと熱くなってくるにつれて、まず片足を、そしてもう一方の足をひょいと上げながら、私のほうをぶしつけにじっとにらみつける。その姿はまるで、自分がこんな目にあっているのはすべて私のせいだとでも思っているかのようだった。彼らはその三日月形のくちばしで鍋のふたをおしあけては、オートミールや米の残りを見つけだす。ジジフスの木陰に坐って食事をする時などは、群れをなして襲ってくる鳥たちに食べ物をとられないよう、注意深く皿を見張った。彼らはまた考えられないほどの正確なねらいをつけて、頭上の枝から例の白色塗料を落としてくる。私たちは何杯も紅茶をだめにしたものだった。

 ある日木陰で書きものをしていると、小さなアフリカスズメフクロウが、とまっていた木から急降下してきてキクスズメ(黒いヤギひげのあるごく小さい鳥)を捕まえた。キャンプにいた鳥たちは、キクスズメの仲間だけでなく全員がただちにその場に急行し、警戒音をあげながら周囲の枝々を上へ下へと行ったり来たりした。捕まったキクスズメはフクロウの爪のなかでもがきながら、金切り声をあげてやたらに羽を動かしていた。その時、サイチョウが一羽、フクロウのすぐ下の枝に飛び乗り、背を伸ばしてキクスズメをひったくった。キクスズメは無事逃げていった。サイチョウがキクスズメを助けようとしたのか、それとも食べようとして手近な餌を奪ったのかは知るよしもない。助けようとしたと思いたいが、おそらくは食べようとしたのだろう。

 キャンプにいつもいたもう一匹の友人は、トカゲの“ララミー”である。彼はベッドサイドテーブルがわりのオレンジの箱の上に置いたダイジェル(制酸薬)の空箱を毎晩のねどこにしていた。飽くことを知らない食欲でテントにはいってくるハエを食べてくれるので、彼の存在は大歓迎だった。そのつきることのない根気とすぐれた技能で、ハエを一匹ずつ追いつめては音をたててかみ砕いていく。だがララミーの一番好きな食べ物はシロアリだったので、私はよくシロアリを鉗子ではさんで、ベッドのわきの衣類をいれた古いブリキのトランクの上にすわっている彼に与えてやった。

 周知のようにテントのジッパーは長もちしないものなので、窓や出入口のすべてがきちっと閉まることはめったになかった。そんなわけで、夜になると寝室にマウスがはいってくるのもめずらしいことではなく、特に寒い乾季にはよく、私たちの寝ているベッドのなかまではいってきた。毛布の間をなにか軽いものが歩きまわっているのを感じると、ベッドからとび出し、二人は闇のなかでほの暗い懐中電灯を振り動かしたり毛布をはたいたりして駆けずりまわる。そしてついにマウスが毛布の間からとび出してくると、テントの外に出ていくまで、靴や懐中電灯や本を四方八方に投げつけたものだった。

 彼らの侵入にはもうすっかり慣れっこになってはいたが、ある日の明けがた、私は足の上を動きまわる、ずっしりとくる重みでなかば目を覚ました。きっと世界一大きなラットがベッドの上を這いまわっているのだ、そう思い、気が狂ったようにけとばしはじめた。起きあがるとちょうど、すらりとしたマングースがテントの出入口めがけて跳びはねていくところだった。彼はちょっと立ち止まってふりかえり、私たちは互いに目をみはって、相手をじっと見つめた。こうして私たちと“ムース”とのつきあいがはじまった。

 ムースはキャンプのいたずら者だった。彼はいつも私たちから距離をおいていたが、たぶん私が前にベッドからけって追いだしたからだろう。私たちの手から食物を食べることは断固として拒んだが、目につくものは手あたりしだいに盗んではばかるところがなかった。ある朝、私たちがジジフスの木陰に坐って紅茶を飲んでいると、ムースが小道を斜めに横切るようにしてやってきた。彼のうしろではオートミールの残りがはいった鍋がかたかた音をたてている。頭を高く上げて鍋の柄をくわえた彼は、私たちのほうには目もくれずに鍋を鳴らしながらそばを通りすぎ、まっすぐキャンプから出ていって、朝陽のあたるところで朝食をとった。

 キャンプの常連のマウスたちがいつも食糧のいれものを食い破ってなかに侵入するので、私たちは毎晩、台所のあちこちへ罠をしかけておいた。が、この罠はマウス以外の動物も殺してしまう可能性がある。しぶしぶながらやっていたのだが、案の定、事件が起こってしまった。ある日の明けがたに、マークと私が台所に近づくと、ぱちっと大きな音がした。見ると、シロハラチャビタキが頭を罠にはさまれてばたばたしている。マークはすぐにこの小鳥を解き放ってやったが、小鳥はだんだんに大きな円を描きながら、いつまでもよろよろと歩いている。私は殺して楽にしてやったらどうかと提案したが、マークはどうなるか様子を見てみようと言い張った。

 やがてこのシロハラチャビタキはぐるぐると歩きまわるのをやめ、飛びあがってアカシアの低い枝にぎごちなくとまった。以来この“マリク”は、次の3つのことを除けばふつうのシロハラチャビタキと変わらない生活をするようになった。それは、左目が見えなくなったこと、人間を少しも恐れなくなったこと、そして、羽のはえそろったばかりのひなのように、羽をぱたぱた動かして私たちに“おねだり”をするくせがついたこと、である。

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 大半のインコよりはるかに馴れたマリクは、よく私たちの頭の上や皿や本の上におりてきた。また、小道に立ちはだかっては食物をくれと元気よく羽を振り動かしたもので、私たちにはまるで、手を腰にあて、その小さな足を踏み鳴らしているようにさえ見えた。おそらくはあの事故に対するやましさもあって、私たちはいつも、彼に食物を与えた。たとえそのために、やりかけの仕事をやめてわざわざ台所へ行ってこなくてはならないことになってもかならずそうしたものだった。

 マリクに雌のつれあいができた。彼女も私たちによく馴れたが、おねだりはしなかった。ところが2回目のひな(初回のひなは嵐で失った)を育てだすと、ひなたちはすぐに、私たちから食物をねだる父親の習慣を身につけてしまった。こうしてこの行動は次々に受け継がれてゆき、数年後に私たちがカラハリを去るまでずっと、キャンプのシロハラチャビタキは私たちの足もとにおり立っては食物をねだって羽をふるわせたものだった。私たちはけっして「いや」とはいえなかった。

 野生の動物にとりかこまれて暮らすのは最大の喜びのひとつだったが、時々はありがたくない出来事もあった。ある朝早く、私はまだ眠くてふらふらしながら、すでにぼろぼろになった紅茶箱のふたをおしあけた。オートミールの缶をとろうとしてなかに手を伸ばして、はっと息を詰めた。手のすぐそばの缶の上に、バンデッドコブラの長い灰色の胴体がとぐろを巻いていた。いつもヘビを恐がっていたわけではないが、この時ばかりはあわてて手をひっこめ、ものすごい叫び声をあげてしまった。幸いにもコブラはとびかかってこなかった。たぶん私同様、おびえていたにちがいない、缶の間へずるずるはいりこんでいった。その直後に、マークが410番径の散弾銃を持って現われた。私たちはそれまでにほんの数匹、キャンプに入りこんだ猛毒をもつヘビを殺していたが、それも、どうしてもキャンプから出ていこうとしないからだった。このコブラもキャンプに居つかれては危険なこときわまりない。マークは箱のなかに銃をむけた。私はヘビといっしょに1カ月の食糧がふいになると思った。だがヘビの屍骸をとりのぞこうとして箱を横に倒してみると、完全にだめになった缶詰は1個だけだった──でも残念なことに、それはフルーツカクテルだった。

 ブームスラング、パフアダー、ブラックマンバその他の毒ヘビは、ひんぱんにキャンプに現われた。私たちがかまれなかったのは、主に私たち専用の警報システムのおかげだった。小鳥たちはヘビを見つけるといつも、みな驚いてヘビの上の枝々に集まり、チイチイ、クックッと鳴いたりして騒ぎたてる。キャンプには200羽もの鳥がいることもあったので、彼らの大騒ぎのおかげでヘビがうろついていることがいつもわかるという仕組みだった。ただひとつ困るのは、フクロウやマングースやタカが来ても集まり騒ぐことだった。ある時驚くべきことに、足輪をつけた伝書バトが1羽、キャンプへやってきたのだが、このハトにさえ彼らは大騒ぎをした。騒ぎは数時間続くこともあれば、伝書バトの時のように何日も続くこともあって、そういった時などは、このやかましい鳥たちよりは静かなヘビのほうがまだましだなどと思ったりもした。

 キャンプで勝手気ままにふるまっていたのは小動物たちだけではなかった。夜明けに小道をくだって台所に行くと、2、3頭のジャッカルが食堂用テントの入口の下からなかにはいりこんでいることがよくあった。私たちの足音を聞きつけると、出口をさがしてなかでとびはねるので、テントの布壁がぐらぐら揺れる。やがて耳をうしろにつけ尾をはずませながら、突然テントの入口の下からとび出してくるのだった。

 雨季には、ライオン、ヒョウ、カッショクハイエナ、ジャッカルなどが毎晩のようにキャンプにさまよい入ってきた。小さな食堂用テントを買ってからは、これと台所を彼らに荒らされないよう、ドラム缶、イバラの枝、スペアタイヤ、火格子などでバリケードをこしらえて守ろうとした。それでもなお、一晩に何回も起きて、さまよいこんだ動物たちをキャンプの外へ連れださなければならないことがたびたびだった。静かに話しかけながら彼らにゆっくり近づいていく。このやり方はハイエナとジャッカルにはいつも効きめがあったが、ライオンやヒョウはなかなか出ていこうとしない場合があった。

 ある晩車でキャンプに帰ってくると、暗がりからヒョウがヘッドライトの前に出てきた。マークがブレーキを強く踏んだとたんにヒョウは優雅な身のこなしでわきへ寄って車を避けた。彼は落ちつきはらってぶらぶらとキャンプの中央へ歩いていくと、音もたてずにひとっ飛びで、水のはいったドラム缶の上にとび乗った。缶から缶へとなかの水のにおいを嗅ぎながら歩いていったが、どうやら中身には触れられないことを悟ったらしく、ついには缶からとびおりた。そして今度はアカシアの木にすばやくのぼった。この木は、乾季の日よけ用に建てたもろいアシぶきの小屋にもたれるように立っている。彼がそろそろと木から屋根に足をおろすと、ばりばりと大きな音をたてて前足がアシのなかにめりこんでしまった。彼はまるでタールのなかを歩いているように足を高くあげ、尾を振ってバランスをとりながら、一歩ごとに天井をつき破って屋根を渡っていった。そしてやっとのことで後足でアカシアの木につかまり、今や穴だらけでぼろぼろになった屋根からなんとか前肢を抜きとった。それから木からとびおりてテントへ歩いていき、なかをよく見まわしてから、入口の上につき出た大きな枝を登っていき、枝の曲がり目に心地よさそうに寝そべった。彼は目を閉じ、長いピンク色の舌でのんびりと前足を舐めはじめた。そこにしばらくいるつもりであることは明らかだった。彼の行動はどれもたいそうおもしろかったのだが、もう午前2時45分になっており、寝なければならなかった。マークはランドローヴァーを進めて少し近づいた。ヒョウは立ち去るだろうと思ったが、テントの出入口の上の木から尾と四肢をだらりと下げたまま、私たちを優しくじっと見下ろしただけだった。

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 彼を脅かして追い出したくはなかったし、かといって彼の真下を歩いてテントに入る気にもとうていなれなかったので、眠い目をこすりこすり、車にもたれてヒョウがうとうとしているのを50分ばかり眺めていた。ついに彼は、あくびをして伸びをすると木から這いおり、長い尾をゆったりとなびかせてぶらぶらとキャンプから出ていった。身体はこわばり疲れはてていたが、私たちはテントの横で歯をみがきだした。
「うしろにだれがいるか見てごらん」数分後にマークがささやいた。ふりかえるとランドローヴァーのうしろにヒョウが立っていて、鼻をあげて琥珀色の目でじっとこちらを見ていた。どうやら危害を加えるつもりはなさそうなので、私たちは最後まで歯をみがきおえた。ヒョウは15フィート先に坐って頭をかしげている。私たちはテントに入り、できるだけうまく入口を閉めてベッドに入った。2、3分するとプラスチックの床敷きを踏むヒョウの静かな足音が聞こえ、それから入口のすぐ外側で仮眠をとろうと坐りこんだ彼の息づかいが聞こえてきた。


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