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花に埋もれて死ね または今、ミニシアターで何が起こっているのか?

「ハヤカワ文庫の百合SFフェア」開催を記念して、SFマガジン2019年2月号百合特集からコラム企画を抜粋公開いたします。今回公開するのは映画ライター将来の終わりさんによるインディーズ邦画の百合紹介です。

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 死ぬかと思った。『リズと青い鳥』を見ていたさなかのことである。

 学校という舞台、徹底したディテールのもと展開される青春のきらめきと苦み、ひとつの行き違いで破裂してしまいそうな少女たちの心理、感情、関係性。ギリギリまで張られた弦を常時見せつけられているような感覚の中、最後の一瞬まで心動かされ続ける凄まじい作品だった。
 昨今漫画やドラマ、小説と媒体を問わず多数の素晴らしい「百合」作品が話題にあがるようになってきたが、そのなかでのひとつの到達点ともいえるようなものが、アニメーション映画から出てきたことは嬉しくもあり、また恐ろしくもある。

 休日はだいたい映画館にいる。心躍るスペクタクルを求めてシネコンに行くこともあれば、まだ見ぬ出会いを求めてミニシアターに行くこともしばしばだ。ミニシアターといえばいわゆるシネコンではかからない海外のマイナー・ホラー映画や、ターゲットを絞ったアニメーション映画がかかる場所というイメージの方も多いだろう。だがもうひとつ忘れてはいけないのが、国内レーベルから配給される自主制作低予算・インディーズ邦画というジャンルである。最近ではクチコミからのヒットが話題をさらった『カメラを止めるな!』も元は自主レーベル配給、かつミニシアターでの公開から始まっていることが記憶に新しい。
 さて、もしあなたが私同様『リズ』にやられてしまった類の方で──かつ近い作品に触れたいと思っているのなら、真っ先に駆けつけるべきはミニシアターであると断言しておこう。なぜなら今、もとい数年前よりミニシアターの「インディーズ邦画」のカテゴリーにおいては、常に「百合の嵐」が吹き荒れているからである。本稿ではその一部、特に「強い百合」を感じさせる作品を抜粋してご紹介することで、本特集の一助としたい。

 まず初めに倉本雷大監督『思春期ごっこ』に触れておきたい。美術部に属する蓮見鷹音(未来穂香こと現・矢作穂香)はキャンバスに向かい、ひそかに想い続けている辻沢三佳(青山美郷)をモデルに彼女の絵を描いている。
「キスってどう思う」「したことある」「ないよ」「してみよっか」。鷹音の視線の真剣さに気付かず、三佳はそれを他愛もない冗談だと思っている。そんな三佳は手元にもつ『思春期ごっこ』というタイトルの小説に夢中になっている。女性同士の恋愛を描いたその小説をフィクションとして愉しむ三佳にある日、その著者である花岡奈美江(川村ゆきえ)との出会いが訪れる。憧れの人との出会いを無邪気に喜ぶ三佳は鷹音の複雑な心境を知ることなく、次第に彼女との約束を忘れるようになっていく。そうしてギリギリのバランスで成り立っていた2人の関係は密かに、しかし確実に軋み始める。
 本作のメインビジュアルは写真集『スクールガール・コンプレックス』の青山裕企が撮りおろしている。校舎を舞台に少女たちの日常のフェティシズムを切り取りながらも、ときおり背筋が凍るような、どう受け止めて良いのかわからない写真が混ざりこんだ同写真集が大きな話題となったことは記憶に新しい。少女たちの行き違う感情とエネルギーが炸裂する本作。スピンオフである前日譚『水色の楽園』と合わせて、特に『リズ』ファンに強く推したい1作である。

 次に紹介するのは山戸結希監督『5つ数えれば君の夢』『溺れるナイフ』をヒットに導き、『ホットギミック ガールミーツボーイ』の公開を今月に控える、現在最も注目される女性映画監督の商業デビュー作品である。アイドルグループ東京女子流のメンバー5名(当時)をメインキャストとした本作は、高校の文化祭に向けクラスの異なるヒエラルキーに属する少女たちがそれぞれの壁と抑圧、トラウマと欲望、嫉妬と自分自身に向き合っていく青春群像劇だ。
 誰からも愛されるクラスのアイドル宇佐美(庄司芽生)と、その親友でありながら彼女に依存する都(小西彩乃)。たったひとりの園芸部員として花壇の世話をする地味なさく(山邊未夢)と、抜群の美しさを持ちながらも人と慣れ合うことを求めないりこ(新井ひとみ)。全てを俯瞰しているようでありながら、誰にも明かしてはならない秘密を抱えている委員長(中江友梨)。学校という小さな世界のミスコンテストに向かい交錯する彼女たちの押し込められた感情は、そのクライマックスに向けて膨れあがり、爆発する。
「宇佐美がすり減った分だけ、あたしが全部埋めてあげる」「内側の世界が広がっていって、境目がなくなるってこと、ない?」「私はただ、君の目で見られてみたいと思ったの」。〝全シーン全カット必見の青春映画〟とのキャッチコピーに偽りのない傑作でありながら、そこに書かれているのは哲学的な台詞の応酬と、少女たちのあどけなくも危うげな関係性だ。
 文化祭というファクターを通じて、少女たちがそれぞれの相手に対し何を感じ、また何を求めているのか? 更に自分が、自分自身に求めているものは何なのか? 殻の中から溢れ出る感情がすべて流れ尽くした、そのあとに残るきらめきもまた凄まじい「百合」である。孤高の存在に対する憧れと嫉妬、発展途上の立ち位置にある存在だけが持つ情動。売り出し中のアイドルグループ、しかも演技初挑戦の面々を主演に据えるには重さを感じさせるテーマを見事に演じきった5人、ならびに同監督の絶対的な才能を感じさせた1本だ。

 続いても新人監督のデビュー作品『なっちゃんはまだ新宿』。監督の首藤凛は公開当時弱冠22歳。現実と空想が入り混じる、不思議な感覚を呼び起こすミステリタッチの恋愛映画だ。
 同級生の男友達・岡田にほのかな恋心を抱き始めた主人公・秋乃(池田夏海)。しかし最近、岡田は口を開けば他校にいる彼女・なっちゃん(菅本裕子・元HKT48)のことばかりである。そんな秋乃は授業中、校舎の窓から日傘を差す「なっちゃん」らしき影を目撃する。その日から彼女の前には「なっちゃん」が現れるようになる。授業中の教室に入り込み、部屋では髪をとかしあい、同じアイスを隣で食べて、部屋で『花より男子』を読みふける。もちろんこの「なっちゃん」はまるで掛け替えのない友達のように秋乃に接し、夏休みを通して笑い合う。そして夏休みが明け、秋乃は2学期の学校で、岡田となっちゃんが別れたことを知る。岡田と付き合うようになった秋乃は彼と十年の時を過ごし、日々の忙しさに「なっちゃん」のことは次第に忘れていく。そしてある日、彼女の前に再びなっちゃんが現れる。秋乃のことなど全く知らない、実体のある、本物のなっちゃんが。
 本作の主軸に置かれるのは「なっちゃん」に対する秋乃の感情であり、執着であり、強すぎる何かである。冒頭の「なっちゃん」登場から分かるように、この映画で描かれているのはすべて秋乃の心象風景。全ての風景や世界の表情が彼女の心とリンクする。そして物語後半、彼女が思春期を通じ、そして大人になったあとも抱き続けるなっちゃんに対する感情が丹念に、緻密かつ暴力的に、畳み掛けるように描かれていく。友情でもなければ郷愁でもない。愛でもなければ憎しみでもなく、そしておそらくは嫉妬ですらないのだ。その感情になんとか名前を与えようとするなら、やはり「百合」以外に名付け難い。

 さらにもう一作、奇妙な作品をあげておきたい。2018年6月に公開された『少女邂逅』は、『なっちゃん』同様に若手映画監督の登竜門といわれる “MOOSIC LAB” 出身の作品。監督の枝優花は本作でバルセロナ・アジア映画映画祭・最優秀監督賞を受賞した。そして本稿にて紹介する作品中最も突き抜けており、最も美しい作品だ。
 壮絶ないじめを受けている孤独な女子高生・ミユリ(保紫萌香)は、山の中で拾った唯一の友達である蚕のツムギを、いじめっ子の清水に捨てられてしまう。狭く、自らを苦しめるだけの世界に絶望したミユリだったが、ある日蚕と同じ名前を持つ富田紬(モトーラ世理奈)が東京から転校してくる。
 紬から今まで見たことのない世界や喜び、2人の間だけでの秘密を与えられ、次第に変化していくミユリ。それと並行して次第に語られていく紬の正体、清水の思い。痛覚を持たず、人のために飼い殺され、短命に終わる蚕を少女の生に例えた本作は場面場面を見れば確かに荒削りで、万人が見て大傑作とは称賛できない作品かもしれない。ただそれでもこの作品を通じて描きたいものや与えたい感情、何より情景としての「百合」を描いた力に突出したものが感じられた、歪で愛おしい作品だ。

 最後に『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』。こちらもやはりテレビドラマやプロモーションビデオをメインに活躍する湯浅弘章監督の長篇商業映画デビュー作品である。
 うまく言葉を発声できない少女・志乃(南沙良)と、音楽が大好きなのに歌をうまく歌うことができない加代(蒔田彩珠)の心の邂逅を通し、傷つきやすい少年少女の不器用な感情のぶつかり合いを繊細に描くことで、青春の苦みや悩みを見事に描いたスクールムービーでありながら、見事な友情・百合・ロードムービーとなっている。こちらは同じくミニシアター映画ではないが、今年5月に公開された塩田明彦監督作『さよならくちびる』と是非見比べてみてほしい。どちらも「百合の間に挟まる男」というタブーとなりかねないカードを使用しつつも、巧みな語り口と深みのあるキャラクターたちの存在により、彼女らの関係性にこれ以上ない最適解を提示している。特に後者の徐々に絡まりあい破綻していく人間関係、苦悩、依存と欠落、動かしようのないもの、そこからの爽やかかつ考えさせるようなラストシーンは、20年前の傑作『月光の囁き』の頃の同監督が思い出された。

 百合を何とするかは人によって異なる。それぞれの心の中にそれを百合と考える理由があるのなら、たとえ風景だって百合になる。ただ今回はわかりやすく、学生生活や少女たち同士の感情をメインテーマとした作品群をピックアップした。またそのほぼ全てが、新人監督といっていい面々の手によるものだということに注目してほしい。
 2019年新春、山戸結希をプロデューサーとして新進気鋭の女性監督たちが集ったオムニバス作品『21世紀の女の子』が公開された。ここに紹介した首藤凛、枝優花をはじめ、14歳の少女と27歳女性の愛を描いた『真っ赤な星』井樫彩『おんなのこきらい』加藤綾佳、そして山戸自身も短篇を上梓している。かならずしもガールズラブのみを描いた作品ばかりではないが、ジェンダーギャップと性愛をテーマとした各監督の持ち味が遺憾なく発揮された見本市として、今後のインディペンデント映画界に爪痕を残す作品群となっている。
 今、間違いなくミニシアターは最も百合に愛され、輝いている場所だといえるだろう。ただこれらの作品はどうしても、大規模公開のハリウッド資本作やSNSで話題になりやすいアニメーション映画と比較すると、公開後にひっそりと埋もれてしまう傾向にある。それはあまりに惜しいと思う。

 彼女たちのきらめき、青春の輝き、痛み、葛藤、嫉妬やそれに似た強い感情、関係性。もしあなたがそうしたものとの出会いを探しているのなら、以下に記載した「強い百合」映画のタイトルを参考にしてほしい。多くはWEBでの有料配信が行われており、比較的容易に見られる環境にある。また「カランコエの花」のようにクラウドファンディングを利用してDVD/BD化された作品や、「真っ赤な星」のように封切り後しばらくは全国各地のミニシアターで上映され続けるものも少なくない。

 できることなら是非、近くの劇場まで足を伸ばして彼女たちの姿を見つけに行ってほしい。
 そこにはあなたを殺す何かがある。


作品一覧(※カッコ内は公開年・監督・配給)

『櫻の園』(1990・中原俊・アルゴプロジェクト)
『ナチュラル ウーマン』(1994・佐々木浩久・ケイエスエス)
『LOVE MY LIFE』(2007・川野浩司・トライネットエンタテインメント)
『駈込み訴え』(2010・西川美和・NHK BS2) ※テレビ放映作品
『カケラ』(2010・安藤モモ子・ピクチャーズデプト)
『かしこい狗は、吠えずに笑う』(2012・渡部亮平・なし)
『スクールガール・コンプレックス~放送部篇~』(2013・小沼雄一・S・D・P)
『ジェリーフィッシュ』(2013・金子修介・よしもとクリエイティブ・エージェンシー)
『ゆめのかよいじ』(2013・五藤利弘・‎ベストブレーン)
『5つ数えれば君の夢』(2014・山戸結希・SPOTTED PRODUCTIONS)
『思春期ごっこ』(2014・倉本雷大・アルゴ・ピクチャーズ)
『放課後ロスト』(2014・天野千尋/名倉愛/大九明子・プロジェクトドーン)※オムニバス
『LILIUM -少女純潔歌劇-』(2014・末満健一・ゼティマ) ※演劇作品
『みちていく』(2015・竹内里紗・シネマトグラフ)
『キネマ純情』(2016・井口昇・ワンダーヘッド)
『なっちゃんはまだ新宿』(2017・首藤凛・SPOTTED PRODUCTIONS)
『少女邂逅』(2018・枝優花・SPOTTED PRODUCTIONS)
『リズと青い鳥』(2018・山田尚子・松竹)
『カランコエの花』(2018・中川駿・ニューシネマワークショップ)
『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(2018・湯浅弘章・ビターズ・エンド)
『真っ赤な星』(2018・井樫彩・「真っ赤な星」製作委員会)
『21世紀の女の子』(2019・山戸結希 ほか・‎ABCライツビジネス)※オムニバス
『君と、徒然』(2019・長谷川圭佑・ポニーキャニオン)※オムニバス
『さよならくちびる』(2019・塩田明彦・ギャガ)

「ハヤカワ文庫の百合SFフェア」
6月下旬より順次開催