「今こそ常識を捨てよ!」「リスキーこそが現代の安全だ」「予算が大きいほど、くだらない企画にゴーサインが出る」成功哲学の第一人者ランディ・ゲイジが激動の時代の「勝ち方」を伝授する『クレイジー・ジーニアス』(2月23日発売)冒頭部分、特別公開
ランディ・ゲイジ/白井準訳『クレイジー・ジーニアス』(早川書房)
ビジネスに勝ち抜き、成功と富を手に入れろ!
成功哲学の第一人者によるビジネスパーソンへの
強烈メッセージ!
あなたもその場にいたと想像してみてほしい。
場所は南太平洋。タヒチ島のとなりにあるモーレア島の豪華リゾート。バンガローが海に張りだしていて、床のハッチをあければ、その下を泳ぐ魚に餌をやることができる。
わたしたち10人は、トロピカル・フルーツ、新鮮な生ジュース、コーヒーを置いた会議用テーブルを囲んでいた。朝の日差しが流れこむ部屋。天候はすばらしく、周囲の環境はブレインストーミングに最適だった。
わたし以外の9人は受講料15,000ドルを払ったこのセミナーの参加者だ。講師であるわたしは、テーブルのまわりを歩きながら、参加者にそれぞれがいま温めているプロジェクトのコンセプトを話してもらった。
最初の男性は自分のウェブサイトの徹底的なリニューアルを考えていた。2人めは女性で、つぎの著書のタイトルを決めたいと思っていた。3人めの男性はつぎのダイレクトメールによるキャンペーンに新たなアイデアを盛りこもうとしていた。そんなふうにして全員の回答を聞いた。さて、みなさんなら、つぎにわたしがいったことに対してどう反応しただろう? 1分ほど真剣に考えてみてほしい。
わたしは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしてからこういったのだった。
「つまんないから、わたしはプールへ行ってきます。みなさんが小手先のことじゃなく、ビッグアイデアを追求する気になったら、だれか呼びにきてください」
なぜこんなことになったのか?
みんな、「群れの思考」におちいってしまったのだ。これはよく起こることだ。だれかが最初にいったことが、一種の模範になってしまい、あとの人たちはなにも考えずに踏襲してしまう。この場合も、最初の人が地味な目標を口にしたものだから、みんながそれにならったのだ。
興味深いことに、この9人の参加者はわたしがバス停で適当に声をかけて集めてきた人たちではない。みんなすでに大成功をおさめて、数百万ドルの資産を手に入れている起業家たちだ。そんな人たちが、つぎのブレイクスルーを求めて、貴重な時間をさき、安くない受講料を払ってやってきた。
そういう人たちが凡庸な思考法におちいるなんておかしいとあなたは思うかもしれない。だが、あなただったらどう答えただろう? 大きな、大胆な、はっと息をのむようなアイデアを口にしただろうか? それとも日常的な戦術の問題を持ちだしただろうか?
すでにすごいことをやりとげている人たちですら、集団の一員になると「群れの思考」におちいりがちだ。たとえばこんなケースを想像してほしい。お互いのことを知りあうために、一人ずつ名前と肩書きをいってくださいと講師がいう。そして最初の人がこういう。
「わたしはアルド・ゴンザレス、品質管理部長です」
ほかのみんなも同じようにいい、これで自己紹介がすんで、本題に入れる。
ところが、もし一番手がこんなふうに話したらどうか。
「みなさんこんにちは。この会議に参加できてとてもうれしいです。わたしの名前はメアリー・マーカス、トロントから飛行機できました。趣味は刺繍と切手蒐集です。この会議に出るのをほんとに楽しみにしていたんです。というのも、先週妹にも話したんですが……」
こりゃだめだ、とすぐわかるだろう。みんなこの調子でしゃべって、会議の時間の3分の1ほどが自己紹介に費やされてしまうかもしれない。
群れはリーダーにしたがうとはかぎらない。たまたま最初に話した者にしたがったりする。
いまあげた例はわたしたちの思考プロセスについてとても重要なことを教えてくれる。人はしばしば自動操縦モードに入り、自分の脳を使わなくなってしまうということを。
南太平洋のリゾートでのケースでいえば、最初に自分のプランを話した人は、多くの起業家にありがちなまちがった考え方をしていた。それは成功するかどうかは戦術の問題だという考え方だ。だが、本当に大事なのは戦術ではない。ビッグアイデアだ。ビッグアイデアが正しく決まれば戦術はおのずと明らかになる。
「クレイジーな天才」を活用したければ、戦術から考えはじめる誘惑に勝たなければならない。まず一歩うしろにさがり、「批判的思考(critical thinking)」をしてみるのだ。望む結果はどういうものか? 真のターゲットはどういう人たちか? 自分の望む結果はターゲットにとってどんな利益があるか? ビッグアイデアはなにか? そのビッグアイデアをうまく伝えるにはどんなストーリーを語ればいいか?
起業家のなかで、ちょっと時間をとってこういうことを考えてみる人はごく少ない。ショッキングなことに、多くの成功している大企業にもあまりいない。その証拠がほしければ、世の中につぎつぎと登場してくるつまらないマーケティング戦略を見るだけでたりる。
どんな業界でも、営業とマーケティングはビジネスを駆動するエンジンだ。すべての起業家(そして起業家のように思考したいと願うすべての経営者)は、少なくともマーケティングになにができ、なにができないかを認識していなければならない。ところが明敏で大胆で革新的なはずの起業家の多くが、マーケティングのことになると「批判的思考」や洞察力、さらには理性そのものすら失ってしまうのだ。多くの人はマーケティングにまるで無知で、社内のだれかに押しつけてしまったり、それができないときは広告会社に丸投げしてしまったりする。
世の中に氾濫しているなんの効果もない退屈でくだらない広告の数々を見ていると、うんざりしてくる。しかも超有名な世界的大企業からしてそうなのだ。クリエイティブなチームを組み、膨大な予算をつぎこめば、大きな利益をもたらす迫力のある広告が打てそうなものだ。だが、わたしはマーケティングについて、一つの普遍的真理を学んでいる。それはこうだ。
予算が大きいほど、くだらない企画にゴーサインが出やすい。
その完璧な例はビールのコマーシャルだ。市場が巨大で、巨額の予算がつぎこまれる。だから退屈で、的(まと)はずれで、まったくむだな広告を目にすることが多いわけだ。(バドワイザーで有名なアンハイザー・ブッシュは、ベルギーの会社インベヴに買収されたにもかかわらず「アメリカの地元醸造ビール」としてのイメージで売るずうずうしさがあって、創造的なマーケティングをやっているといえるだろう。まあ、ビールを飲むときにバーコードを解読して、どこで醸造されたかを確かめたがる人などいないから、うまい手といえるのかもしれないが。)
あなたがビール会社の商品開発部にいるとして、「缶の穴を大きくして飲みやすくしよう」という提案をするつもりでいるなら、考えなおしたほうがいい。もっとガブガブ飲めるようにしたければ、消費者は缶に穴を一つあければいいだけのことだ。いやはや。クリエイティブな商品開発会議で提案するビッグアイデアがこの手のものだなんて、まったく信じられない。
あるいは、缶を樽の形にしたらどうかとか。いい具合に冷えたら缶の色が変わるようにしたらどうかとか。夜中に起きてビールを飲みたくなった人が、缶の色で冷えているかどうか判断する? 触ればわかることだ。
その手の何百万ドル、何億ドルとかけたキャンペーンが的をはずしているのは、戦術から攻めようとするからだ。そうではなく、まずビッグアイデアを見つけるべきだ。そしてもちろん、本当に優秀な人は、ビッグアイデアを探すとき、その製品やサービスにすごい特徴を持たせようとするのではなく、消費者や顧客にとってものすごく利益になることはなんだろうと考えるのだ。
なにかの製品の広告を考えてくれといわれると、むりもないことだが、ついその製品の特徴のことをあれこれ考えてしまう。色や形や素材のことを考えてしまう。だが、それは「群れの思考」だ。ドリルの刃の特徴なんてどうでもいい。壁に穴があけられればいいのだ。
それよりも、その製品が潜在顧客になにを与えてくれるかを考える。それを手に入れたらどんなふうにうれしいか。それが買えないとどんなふうに悲しいか。ビッグアイデアは潜在顧客の注意を引くようななにか、魅力を感じさせるなにか、心に直接語りかけるなにかだが、それはすべて潜在顧客にどういう利益があるかという文脈で考えるべきだ。
コピーライターに示す作業指針のなかには、ビッグアイデアが入っていなければならない。ビッグアイデアが、広告プランの全体を統率し、物語をつくり、潜在顧客を望みの方向へ連れていくためのメカニズムにならなければならない。
携帯電話のコマーシャルにプロ・バスケットボール選手のケヴィン・デュラントを起用できればすばらしいが、そこにビッグアイデアがないと意味がない。少年がツリーハウスで遊んでいると巨大なデュラントが話しかけてくる夢を見る、という携帯電話会社スプリントのテレビ・コマーシャルなどは、広告で伝えたいメッセージとなんの関係もなかった。
車のスターターを押しボタン式にしたというのは、広告の中心コンセプトにできるビッグアイデアではない。ミニバンの後部扉をペダルでひらけるというのもそうだ。どちらも、そこからこんないいことがあるという物語を引きだせる可能性を秘めてはいるが、それ自体はマイナーな特徴であり、広告全体を支えることはできない。だが、自動車会社はけっこうそんなことをしているのだ。
スプリントの話にもどると、この会社は過去数年にわたって効果の疑わしい変な広告をいくつか打ってきた。名優ジェイムズ・アール・ジョーンズとマルコム・マクダウェルがメールの文章を演劇的に読むコマーシャルを覚えているだろうか? 最初のものは発想が冴えていると思えたが、だんだん不気味になってきた。不気味さは家族向けのキャンペーンには禁物なのだ。いまやっているコマーシャルに、フランス語を話す娘と、金魚鉢のなかにいてイディッシュ語なまりの英語で話すアレチネズミの父親が会話するというのがあるが、これなどは不気味という言葉でもまだ控えめすぎるくらいだ。まったく! これにゴーサインを出した会議に出席して、プレゼンをした人がどんなロジックで売りこんだのか聞いてみたかった。
ときには小さなビッグアイデアもある。
先日、ジムで運動していたら、理学療法士が出張してきて、無料の施術をしていた。マッサージ台に立てかけたホワイトボードにはこんな単純な言葉が書いてあった。
痛いところをいってください。
単純明快。潜在顧客の心をぐっとつかむ言葉ではないか。
理学療法士の名前はライアンで、筋膜リリースが専門だった。わたしは椎間板ヘルニアにも効くかどうか聞いてみた。わが伝説的な(まあ、自分のなかでは伝説的なのだ)ソフトボール人生を少しでも長く楽しみたいからだった。ライアンは、痛みの発生源である椎間板のまわりの筋肉をほぐすことで症状が改善するかもしれないので、ためしにちょっとやってみましょうといった。10分ほど施術をしてもらったあと、わたしはその場で1回95ドル、5セッションのコースを申しこんだ。
ライアンがやったようなホワイトボードと無料施術というシンプルな手法は、自分がたずさわっているような大規模なビジネスには使えないと思うかもしれない。だが、少しばかり「批判的思考」を働かせれば、応用できるはずだ。(そして賭けてもいいが、コストのかからない二時間の無料施術をしたライアンのほうが、500万ドルかけてしゃべるアレチネズミの広告をつくったスプリントよりも売上を増やしたにちがいない。)かりにライアンの真似はできないとしても、もっと潜在顧客の利益を中心に考えたマーケティングはできるだろう。ともかくビッグアイデアをつかむことでマーケティングの全体像がきちんとまとまるのだ。
もちろん「群れの思考」におちいりうる領域はたくさんあって、マーケティングはその一つにすぎない。市場の潜在的可能性を見積もったり、新たなビジネスの機会を探したり、革新的な製品を開発したりする領域でも「批判的思考」から離れてしまうことはいくらでもある。だが、ありがたいことに、あなたの「クレイジーな天才」を育てていけば、「型どおりの思考(conventional thinking)」で流すのをやめ、あらゆる状況に「批判的思考」でアプローチできるようになり、いろいろな可能性が見えてくるだろう。あなたが避けなければならないのは、
大ウソ
を信じることだ。「成功」の反対はなにかと100人に聞いたら、99人は「失敗」と答えるだろう。だが、それは大ウソだ。
「成功」の反対は「失敗」ではなく、「凡庸さ」なのだ。
「失敗」は「成功」の反対どころか、「成功」に必要不可欠な要素だ。途中でまず失敗することがないというような目標は目標にする値打ちがない。失敗の可能性が高い目標ほど、最終的に達成されたときにすごいことになるものだ。
「失敗」は袋小路ではない。(そこでやめてしまったら話はべつだ。あなた自身が物語を終わらせてしまうのだ。)失敗をしない起業家はなにごともなしとげない。いまの時代、破壊的イノベーションへの最速の方法は、実験をしてさっさと失敗することだ。
「失敗」は一時的な苦難にすぎない。がんばりとおせば、それが「成功」への飛び石となる。「失敗」のおかげで教訓を得て、戦略を変更し、成功した起業家になるために必要な資質を育てることができる。
起業家の「成功」についてのもう一つの大きな誤解は、お金に関することだ。いや、もっと正確にいえば、お金がないことについてだ。多くの研究によれば、ビジネスが失敗する最大の原因は資金不足だという。ほとんどの起業家は投資家がうまく集まらないと嘆く。だが本当のことをいうと、問題は資金不足ではない。ほとんどの起業家にたりないのはアイデアなのだ。
世界には投資先を必死で探しているドル、ポンド、ペソ、ユーロ、ルーブルその他がうんとある。あなたとお金をへだてている壁は、いいアイデアを思いついていないという事実だ。
というわけで、本書はアイデアについてのマニフェストだ。ビッグアイデア、スモールアイデア、突拍子もないアイデア、市場に破壊的激変を与えるアイデア、とりわけ、頭の古い人たちをいらだたせるアイデアについての本だ。
そして本書はアイデアそのものについてよりもさらに深く、アイデアはどうやって生まれるかとか、「起業家的思考」においてアイデアはどんな役割を果たすかという問題をみていく。人類史上かつてない興味深い時代に入りつつあるいま、あなたやわたしはどういう思考法をとる必要があるかを考えていく。本書で考察するのは、「型どおりの思考」のこと、「論理的思考(logical thinking)」のこと、「水平思考(lateral thinking)」のこと、「創造的思考(creative thinking)」のこと。そして、それらをどう組みあわせて、「クレイジーな天才」の能力を発動するかを扱う。
本書はこれから破壊的激変をくり返す現代においてリーダーであろうとするビジネスマンのための本だ。だが、変化の少ない業界のビジネスマンであろうと、非営利団体の運営者であろうと、公務員であろうと、創造的で新鮮でイノベーティブなやり方で問題を解決していきたいのなら、起業家のように考えるのがベストなのだ。本書はそのことを出発点とする。
ランディ・ゲイジ/白井準訳『クレイジー・ジーニアス』(早川書房)、
全国書店で2017年2月23日発売!