スパイの血脈

親子で売国! 全米を震撼させた「ニコルソン父子事件」とは? ②〈息子・ネイサン編〉『スパイの血脈』5月9日発売

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「お父さんが法廷であなたに謝っていましたね。『人生で最悪だったのは、自分のせいで息子が逮捕された日だ』と」インタビュアーがネイサン・ニコルソンに問いかける。

「あのことばはすごくうれしかったです。思い出させるから……ぼくの知ってる昔の父さんを」そう答えたネイサンの表情と口調には、苦悩の色がありありとにじんでいた。

ネイサン・ニコルソン。服役中の売国奴、ジム・ニコルソンの息子である。「ジムのせいでネイサンが逮捕された」とはどういうことなのか? そして、「ネイサンの知っている昔のジム」とは、一体どんな人間だったのか?

インタビューに答えるネイサン・ニコルソン。MICHAEL LLOYD, © OREGONIAN PUBLISHING CO.

ネイサンは1984年、ニコルソン一家の末っ子としてフィリピンで生まれた。父の転勤にあわせ、アジア各国を数年おきに転々とする幼少期を送る。湿度が異様に高く、雷雨のときは地響きのするマニラ。地球上で一番暑い街とも言われるバンコク。冬は水道管が凍って破裂するブカレスト。どこに赴任しようとジムはたいてい家を空けていて、たまにプレゼントを携えて帰ってくるだけだった。当時のジムのことを、ネイサンは「父親というより、サンタクロースに近かった」と述懐している。それでも、ネイサンはジムにとてもよく似ていた。

腕白で、利かん気が強くやんちゃな、一家の暴れん坊だ。家のなかの一番高い場所──たいていはベッド──に飛び乗ったりそこから飛びおりたりして、しまいに転げ落ちるまでつづける。そして擦りむいた両膝を、勲功章さながら自慢げに見せびらかすのだ。ネイサンはあらゆる意味でジムの鏡像と言えた。(『スパイの血脈』より)

父との絆が深まる転機となったのは、皮肉にも両親の別居だった。ジムはシングルファーザーという新たな役割を楽しみ、子供たちとの失われた時間を嬉々として取りもどそうとしているように見えた。ネイサンのサッカーとバスケットボールとソフトボールチームのコーチをつとめ、テコンドーの入門クラスへの送り迎えをし、子供たちの成長に一喜一憂するようになった。

ジムと子供たち。右から二番目がネイサン。1992年、マレーシアにて。COURTESY OF NICK AND BETTY NICHOLSON

だが、そんな暮らしも数年で終わりを迎える――1996年、スパイ罪によりジムが逮捕されたのだ。当時12歳のネイサンは、ジムが売国奴だとは決して信じようとしなかった。父さんは政府に、やってもいないことをやったと無理やり言わされているに違いない。そう思った。だから隔週土曜日の面会に通い続けた。そして、ジムが語る陸軍とCIA時代の話に胸を躍らせ、父と同じ道を歩むことを夢見るようになった……

――2004年冬。20歳になったネイサンは、陸軍歩兵としてパラシュート降下訓練に臨んでいた。目的地点まで到達し、ジェット輸送機から飛び降りる。だが、パラシュートは開かなかった。背骨を折り、後遺症を患ったネイサンは軍を除隊になる。夢は永遠に潰えた。打ちひしがれ、自室でナイフを手首に当てたとき、電話が鳴った。
「やあ、坊主」ジムだった。

「おまえをどんなに愛してるか、ただ伝えたくて電話したんだ」父は言った。 
喉が締めつけられ、ネイサンの頬に涙が伝った。
「ぼくも愛してるよ、父さん」
ネイサンはあまりに後ろめたくて、いま何をしようとしていたか、父に話すことはできなかった。
けれども、電話を切ったとき、新たな決意を帯びていた。ネイサンはナイフを遠ざけた。(『スパイの血脈』より)

ネイサンとジム。2003年、シェリダン刑務所の面会室にて。COURTESY OF NATHAN NICHOLSON

この強い結びつきが、やがて第二のスパイ事件につながる。

2006年春。ネイサンは苦難を乗り越え、新しい道を歩み始めていた。ピザハットの配達員をしながら、建築技師を目指して大学に通う多忙な日々だ。そんなある日、いつものように父のもとを面会に訪れたネイサンは、ある「計画」を持ちかけられる。

「わたしにひとつ考えがある」ジムが小声で言った。「おまえたちを救いたいんだ」
ネイサンは姿勢を正した。
「手伝う気はあるか」
「もちろんだよ」(『スパイの血脈』より)

これが、祖国を裏切るユダの道への第一歩だった。この後、ネイサンは獄中で身動きが取れないジムに代わり、メキシコやペルーなどを取引場所として、ロシアのスパイとの接触を重ねることになる――ジムが今なお握る国家機密を、多額の金と引き換えに売り渡すために。はたして、彼を待ち受ける運命とは? そして、すべてを陰で操るロシアの思惑は? 衝撃の結末を、ぜひ『スパイの血脈』本編でお確かめください。

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この文章は、『スパイの血脈――父子はなぜアメリカを売ったのか?』(ブライアン・デンソン/国弘喜美代訳)の紹介記事です。本書は早川書房より5月9日(火)に発売されます。

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