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"自分で道を切り開くこと"が物語の核──映画『夏への扉-キミのいる未来へ-』小川真司プロデューサー インタビュー

絶賛公開中の映画『夏への扉ーキミのいる未来へー』。プロデューサーの小川真司さんに、「夏への扉」実写化の舞台裏や、映画にこめられたメッセージ、原作にも通じるテーマなどを教えていただきます。※本インタビューはSFマガジン8月号に掲載したインタビュー記事の転載です。


■なぜ『夏への扉』だったのか?

──本作はハインラインの長篇『夏への扉』の映画化ですが、なぜ『夏への扉』だったのでしょうか?

小川 もともとタイムトラベルもののSF映画をつくりたいという願望があったんです。『夏への扉』をやろうと思った直接のきっかけは、2011年に上演されたキャラメルボックスの舞台でした。舞台になっているのであれば、映画にもできるんじゃないかと思ったんです。

──舞台になっているのなら、権利関係もクリアできるだろうし、2時間にも収められるだろうと。2011年からの構想だと、かなり時間がかかった感じですね。

小川 そうですね。途中でちょっとペンディングした時期もありました。この映画のプロデューサーのひとりでもある村田千恵子さんからなにか企画はないかと聞かれたときに、『夏への扉』のことを思い出して、再び企画が動き出しました。

──ということは、東宝系全国公開という枠組みよりも、『夏への扉』を映画化したいという意志が先にあったということですね。『夏への扉』は人気作ですが、日本でも海外でもテレビも含め一度も映像化されていない作品です。

小川 『夏への扉』は日本ではとても人気ですが、アメリカでは日本ほどではないというような感じですね。
『夏への扉』の権利関係がクリアになって、次の段階を考えるとき、監督は三木孝浩さんがいいなとずっと思っていました。『ソラニン』(2010)、『陽だまりの彼女』(2013)と、一緒にやってきて、彼のテイストが非常に福島正実さんの翻訳のテイストと合っているなと思ったので、まっさきに彼にオファーしました。脚本は、『陽だまりの彼女』で一緒にやっていた菅野友恵さんと監督とプロデューサー陣でつくりはじめて、それが2013、4年くらいのことですね。

──構想10年とうたってもいいくらいの長期の企画ですね。

小川 そうですね。三木監督も山﨑賢人くんも忙しくて、二人のスケジュール調整で二年ぐらいかかっていたということもあります。

■『夏への扉』をどう脚色するか

──今回、映画を拝見していちばん面白いと思ったのは、全年齢向けの全国公開作ということで、小学生、中学生が観ても、お年寄りが観てもわかるような話にしないといけないという難しいハードルがクリアされている点でした。ここはとても努力されたのではないでしょうか。

小川 そうですね。脚色する上での難しさがあって、今の形に落ち着くまで、未来時間軸の設定をどうするかけっこう悩みました。藤木さんが演じるピートというロボットがいちばん大きな変更点ですかね。

──やはりそうですよね。

『夏への扉 ―キミのいる未来へ―』メイキングムービー【藤木直人 as ロボット 編】


小川 2025年の近未来世界をどう表現するか、そんなに予算があるわけでもないので、かなり悩みました。その中で途中からバディものにしたほうがいいんじゃないかというアイデアが浮かんで。小説は一人称なので、主人公がひとりで動いていても成立するんですけど、映画は視点が客観なので、主人公の動きの表現が難しくなる。そこで介護用ロボットの相棒を出すことにしました。この改変がどう受け止められるかは非常に不安だったんです。

──なるほど、相棒がいれば会話で物語を進めることができるし、原作後半の試行錯誤をうまく省略して、効率よく話を進めるためのキイパーソンになっていたと思います。

小川 80年代~90年代前半のアメリカのSF映画のオマージュの意図もありました。『エイリアン2』のアンドロイドとかですね。もうひとつ、目標にしたのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』。あれは時間もののSFにおける一つのメルクマールでもあると思うので。

──介護用としてなら人型が求められることも充分にありうるので、信憑性もあります。未来の時代設定を2025年にしたことで、私たちの知っているこの世界とほぼ変わらない、説明不要で誰でも入っていける物語になっています。原作では、「現時点」とされているところも書かれた時点(1956年)より未来の話でした。映画では「現時点」を1995年という過去に設定していますが、この理由は。

小川 未来軸をできるだけ近い未来にしないと、未来世界のリアリティが失われてしまうから、という理由が大きかったですね。今の現実の延長線上ですべての出来事が起こるほうがわかりやすいと思いました。現時点を過去に設定することでノスタルジーも出てくるので、そこも狙いではありましたね。

──舞台が95年ではあるのだけど、私たちの世界の時間線ではないという説明も最初に効率良くなされていたと思います。最初のシーンのニュースで「3億円事件の犯人がつかまりました」と言っている時点で、これは違う世界の話だなとわかるようになっている。とはいえ、95年の世界の再現は大変だったんじゃないでしょうか。

小川 そうですね。そのあたりは映画の美術を中心に考えました。宗一郎の研究所のシーンのヴィジュアルは監督がすごくこだわったところです。郊外の、いかにもオタクな研究者がこもっていそうな。でもちょっとエッジが効いている。

──なるほど。大都市圏と切り離したのもうまくいっていますよね。

小川 大都市圏の景観はパブリックなイメージが強いので、ファンタジイを作るときにはなるべく避けた方がいいと思っていました。

──脚色について、ラブストーリーにするということは最初から重視されていたと思うんですけど、原作からの年齢差変更やプロットの改変が非常に誠実になされていると思いました。描かれているのが、原作とは視点の異なる、男女の対等な恋愛になっていることが重要ですね。

小川 原作通りの年齢設定だと、ちょっと年齢差がありすぎかなと思いました。女性のお客さんがみたときに違和感をおぼえてしまうだろうと思ったので、もうちょっと縮めて。そのうえで、女の子の目線をちゃんと描くということを心掛けました。女の子のほうが主人公を好きで、追いかけてくるという構造が最初の部分にないと、ラブストーリーとして成立しないだろうと。そうすると女の子は主人公に対してちゃんとした恋心を持たないといけないので、高校生ぐらいにしないといけない。年齢設定を絶妙なラインで設定しました。

『夏への扉 ―キミのいる未来へ―』メイキングムービー【清原果耶 as 璃子編】

──しかも、彼女の側から「私には何ができる?」と尋ねるセリフがあるのも大きいですね。ヒロインの璃子が能動的に動いている。

小川 ラブストーリーとして考えるときに、女性のキャラクターが能動的に動いていかないと、女性の共感も得られないと思いました。脚本が女性なので、そういった点についても話し合いましたね。

──主人公側も、ヒロインの将来を縛らない。ここが原作とは全く違う選択になっていて驚かされました。

小川 『陽だまりの彼女』でやったことを生かして、恋愛映画の基本みたいなところをきちんとドラマとして踏襲することを心がけた結果、こうなったのかなと思っています。

■原作が持つ熱

──『夏への扉』という原作小説の最大の魅力はどのあたりにあるとお考えですか。

小川 やはり冒頭のシーンにつきますね。猫が『夏への扉』を探しているということが最大のテーマであり、それがどう結末に生きるかということ。「あきらめない」というテーマがいちばん重要だと思っていました。

──そこはきちんと踏襲すると。

小川 そうですね。『夏への扉』の原作には、翻訳家の福島正実さんが当時、SFがまだ何かも知られていない、未踏の時代だったときに本作を訳したときの熱や意気込みが文章にやどっていますよね。主人公が決してあきらめないという重要なテーマにも通じるものがある。

──原作の翻訳が持っていた、SFそのものを広めたいという意欲を受け止めたということですね。

小川 新しい未知のものに挑戦するというテーマは、今回の映画にも通じるものです。そういう作品はこれまでの日本映画にもあまりなかったものですよね。

──原作のもっているある種の楽天性とか、エンジニア讃歌のようなものもある程度映画に受け継がれていますよね。

小川 フロンティアスピリットというか、自分で道を切り開くということですね。そこは、この話の核でもあると思います。

──原作では主人公は独立独歩の人間であることをすごく重視していて、この時期のハインラインらしい人物像なのですが、それをうまく現代の日本に合わせて、ナイーヴで未来志向の青年に変えています。

小川 今だからできたのかなとも思います。昭和の時代だと、ああいう人物の在り方ってちょっとなじみがなかったかもしれないですけど、今は若い世代においてはネット上で道を切り開いて生計を立てていく人が増えているので。

■キャラクター造形、SF設定

──主人公の宗一郎の造形についてうかがいます。原作の主人公は楽天的な人で、いろんな遍歴を冒険物語としてとらえているところがあるのですが、映画版は原作の主人公よりも若くて、自分の育ちの不幸を嘆いていたり、「自分にとって大事なものは全部消えてなくなるんだ」というセリフを言ったりする、ある種、同情を誘うようなキャラクターになっていると思うんですが、これは何か理由がありますか。

小川 ハインラインのキャラクターはあの時代のアメリカ人のメンタリティなので、さすがにそれをそのまま今の日本には持ってこれないというのは大前提としてありました。研究者ということを考えていったときに、共感性もふくめてオタクっぽいキャラクターにしていった部分はあります。

──山﨑さんの個性と絶妙にマッチしていたと思います。

『夏への扉 ―キミのいる未来へ―』メイキングムービー【山﨑賢人 as 宗一郎編】

小川 そうですね。山﨑さんのキャスティングが決まったのはわりと初期だったので、ある程度山﨑さんが演じることを前提に最終的には台本のセリフ、キャラクターをなおしていきました。

──山﨑さんと、藤木さんの演じるピートとのコンビネーションも絶妙だったと思います。ピートが執事ジーヴスのような、世間知らずな主人公の面倒をみるような立場に置かれているのも。

小川 あれはうまくいきました。藤木さんにやっていただいたおかげですね。

──夏菜さん演じる悪役の造形は難しかったのではありませんか。原作の戦争の設定をなくしたことで、ジェイムズ・M・ケイン『殺人保険』に出てくるような、フィルムノワール的な絶対悪にはできない。もう少し滑稽な人物になっています。

小川 役者さんが決まっていく中でキャラクターが変わっていったということもありますね。脚本をつくってからキャスティングをしているんですけど、コミカルな感じが増したのは、夏菜さんのおかげかなと思っています。

『夏への扉 ―キミのいる未来へ―』メイキングムービー【夏菜 as 白石鈴 編】

──タイムマシンを過去にしか行かれない設定にしたのも、シンプルで良い変更でした。

小川 SF設定でいちばん迷ったのはタイムパラドックス問題ですね。製作中に『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)が公開されて、あれがこんなに煩雑なことをやってるなら、大丈夫だろう、と押し切ったところもあります(笑)。

──パラドックスが生じないこと、ループになっていることを、背景でさりげなく説明しているのが良かったです。SFファンのためのちょっとした気遣いですよね。

小川 やっぱり、アメリカの映画はそのあたりがうまいんですよね。こちらもちゃんとしなければ、という思いで作りました。

──宗一郎が璃子と再会した時、「さっきはごめん」と言います。さりげない台詞ですが、私にとってはこの瞬間が映画の頂点でした。SF映画であることと、恋愛映画であることが重なり合って、特別な到達点を作っている。主人公は長い冒険の旅を経て戻ってきたけれど、ヒロインにとってはずっと同じ感情が続いている。SFとロマンスがぶつかって火花の散る瞬間と言ってもいい。しかもこれは原作にはない、脚本家の方が考えた独自の台詞ですよね。

小川 ええ、もちろんそうです。

──先ほどお話の出た、男女の対等な恋愛、特に女性側の視点を生かしたいかしたときにこのセリフを考えたということでしょうか。とても素敵でした。

小川 そうですね。そこは脚本家が手練れているなと思います。

──ありがとうございました。では最後に、SFマガジン読者あてにメッセージをいただけますでしょうか。

小川 『夏への扉』はSFを読み始めたときに読む小説だと思います。ぜひともこの映画を観るときに、そのときのワクワクした、熱い気持ちを思い出してほしいと思います。
(2021年6月4日/オンライン・インタビュー)

小川真司2020

小川真司(おがわ・しんじ) 
1963年生まれ。『夏への扉-キミのいる未来へ-』企画・プロデュース。株式会社ブリッジヘッド代表。主なプロデュース作品に『陽だまりの彼女』(2013)、『浅田家!』(2020)など。

●インタビュアー:添野知生
●構成:SFマガジン編集部

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