エレベーター

文字がリズムになって、流れ込んでくる──ジェイソン・レナルズ『エレベーター』レビュー〔池澤春菜(声優)〕

 

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早川書房より8月20日に発売のジェイソン・レナルズ『エレベーター』。兄の復讐を果たそうとする少年が乗り込んだエレベーターの中での出来事を描く物語です。声優の池澤春菜さんによるレビューをお届けいたします!


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 1ページ目から、悩むことになる。
 これは読書なのだろうか?
 読書とは文字で埋まったページを順に辿っていくことのはずだ。これはむしろ、歌を聴くのに近い。誰かの話を聴くのに近い。
 文字がリズムになって、流れ込んでくる。1文字分のスペースは呼吸で、1行あきはためらいとより強い感情への身構え。真夜中のツイッターのように、その先に誰かいるのかわからなくても、投げつけるしかない言葉たち。訥々と、でも止まることなく、嗚咽のように、鼓動のように連なる言葉たち。

 大切な兄ショーンを銃撃で失ったウィル。復讐を誓ったウィルは、3つの掟を胸に、兄の形見の銃をジーンズの腰に挟み、敵の元へ向かう。
 家から地上へ向かうエレベーター、たった8階、わずか60秒の間に起こる出来事。
 エレベーター版『クリスマス・キャロル』の不思議。

(本文より)

 わたしは、知人を銃で失ったことがある。留学時代の仲間だった。一緒にオリエンテーションを受け、ディベートをし、またねと笑って彼はアメリカに、わたしはタイに旅立った。
 そのアメリカで、彼はハロウィンに撃ち殺された。だいぶ話題にもなったから、覚えている人もいるかもしれない。悪意を持たない彼は、悪意を持たない人に撃たれた。
 わたしは銃を撃ったことがある。もちろん完全な合法下で。いわゆる観光客向けの射撃アトラクションと、クレー射撃。
 その時、銃は撃つものも撃たれるんだと初めて知った。それは双方の心と体に振るわれる、音と衝撃の暴力だ。あまりのショックに、途中でギブアップしたかった。持っているだけで辛い重い鉄の塊、引き金を引くごとに体中に来る反動、耳当てをしていても聞こえる轟音。正直、お金を払ってなんでこんな辛い思いをしなきゃいけないんだ、と泣きそうだった。
 クレー射撃も、まずは構え方を入念に教えられる。構え方が悪いと肩を脱臼する。体全体が吹っ飛ぶような衝撃だ。とても空を飛ぶ小さな的に当てる余裕はない。
 こんな純粋な暴力の形をしたものを持って、誰かに向けることができる人がいることが信じられなかった。
 わたしは真剣を持ったことがある。これまた完全な合法下で。時代劇の舞台で、いつもは模擬刀で行っていた殺陣を、本番直前に一回だけ真剣で行ったのだ。
 それは自分が持っているものが人を殺せる武器であること、目の前にいる人が自分を殺そうとしていることを実感しろ、という稽古だった。今まで何百回も繰り返してきた殺陣の手順が、がらりと意味を変えた。当たったら殺してしまう。当てられたら殺される。稽古と同じ重みのはずなのに、刀に振り回され、全身が悲鳴を上げ、怖くて怖くて泣きながら刀を振るった。刀の先端に自分自身の魂をくくりつけているような気がした。



(原書カバー)

 幸い、わたしが今いる時代、今いる国では、銃とも真剣とも向き合わなくて済む。それでも世界のどこかには、ウィルのように愛する者を次々と失い、自身も否応なく銃口の先に追いやられる人たちがいる。止めることができない応報を止めるのに必要なものは、奇跡なのだろうか。
 ウィルは60秒の間に、自身の恐れ、ためらい、弱さ、疑問、そして信念と向き合う。彼はエレベーターのように自動的に彼を運んでいく運命とどう対峙したのか。
 最後まで見届けて欲しい。

池澤 春菜(声優)
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ジェイソン・レナルズ/青木千鶴訳『エレベーター
装画:サイトウユウスケ
四六判並製 本体価格1800円+税
2019年8月20日 早川書房より発売

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