穴の町

あなたも「穴」覗いてみる? ショーン・プレスコット『穴の町』本文試し読み

独特すぎる登場人物、シュールなストーリー、そしてタダジュンさんのクールな装画でSNSをざわつかせている、ショーン・プレスコット『穴の町』。
前回の記事では、あらすじと登場人物をご紹介いたしました。
今回は本文より、ラジオDJのシアラが送り主不明で大量に送り付けられるカセットテープを何とかしようとする場面、そして、36人いるスティーヴ・サンダーズのうちの4人が語り手の「ぼく」をついにぶちのめす場面を公開いたします。

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 前年に、シアラはオーストラリアの主要な全国紙で音楽コラムを書いている人物と接触しようとした。その男にカセットテープを5本送付し、こういう音楽をどこかで聴いたことがあるか、もしなければ、これに使用された可能性のあるキーボードの型式を特定できるか、と尋ねる手紙を同封した。自分がどんなに困っているかを便箋5枚に書き連ねた。奇妙なキーボード・ミュージックの先駆者は自分だと考えていること、初期のラジオ放送をきっかけに、ほか多数──何百人、ことによると何千人もの──の人が模倣をはじめたことを伝えた。自分の投書棚にたちまちカセットテープの山ができたが、どれひとつ差出人を突き止められなかったことも伝えた。力になってはくれなくても、興味を抱いてそれを題材に新聞のコラムを書くぐらいのことはしてくれるかもしれなかった。

 最初の手紙には返事をもらえなかったので、今度はもっと短めで、もっと差し迫った調子の手紙に、もっとたくさんのカセットテープを添えて送った。それから3通目、さらに4通目を出したのち、ついに手紙を送るのをやめた。それでも、カセットテープは毎日のように送りつづけていた。腹いせの気持ちもあったが、カセットテープをどんどん処分していく必要もあったからだ。

 そしてとうとうシアラは返事を受けとった──音楽コラムニストからではなく、新聞社の別の職員からだ。弊紙は商品として録音されリリースされた音楽しか批評しないので、もうテープは送ってこないようにと促す内容だった。シアラはだれかの注意を引けたのが嬉しくて、自分が求めているのは宣伝ではなく情報だと説明した手紙を返信した。

 それには返事がなかった。代わりに、数カ月にわたって送りつづけたカセットテープ全部が特大の箱で返送されてきた。しょげかえると同時に頭にきたシアラは、奇妙なキーボード・ミュージックを詰めこんだもっと大きな箱を50ドル近くかけて新聞社に送った。実のところは、箱ふたつだ。

 その音楽コラムニストは、音楽についてときどきすごく否定的なことを書く人だったの、とシアラは言った。世のなかの悪いことをみんな音楽のせいにすることもあった。自分がこきおろしたアーティストたちに代わって読者を怯えさせることのできる書き手だった。だからこそシアラはそのコラムニストの書いたものを読んでいたのだ──世界をだめにしていると彼が考える音楽がどんなものなのか知りたくて。そのコラムニストからいっこうに返事がもらえなかったとき、シアラは相手をひどく怒らせて、奇妙なキーボード・ミュージックのすべてを酷評させたくなった。たぶんカセットテープを何百キロぶんも送りつければ、さすがに怒り狂って、それについて何か書かずにはいられなくなるだろう。

 シアラはついに、その音楽コラムニスト本人が書いた短い手紙を受けとった。カセットテープを送ってくるのをやめなければ、警察に通報すると書かれていた。先方の主張によれば、シアラのしていることは嫌がらせの部類に入るという。

 ぼくらは曲がって幹線道路に入り、〈マクドナルド〉に向かって歩いた。もちろんシアラは音楽コラムニストに返事を書いた。その返信で、最初の手紙に書いたことをそっくり繰り返した。新聞社にカセットテープを送った罪で監獄送りになった人はいない、とも書き添えた。ついでに、なんにせよあなたの記事はクズだ、と言ってやった──他人の努力を腐してばかりいないで、存在価値のあるものを自分自身で創造してみるべきだ、と。その手紙と一緒に、自分の問い合わせの緊急性に気づいてくれることを期待して、奇妙なキーボード・ミュージックに関する自作の雑誌を何部か送った。

 音楽コラムニストからは二度と返事が来なかった。それでシアラは、しょせん都市もそう特別ではないのだと思い至ったらしい。だけど、行ったこともないのにどうして確信できる? と彼女は付け加えた。


***


 シアラがぼくの耳もとで、スティーヴ・サンダーズよ、とささやいた。
 ぼくはロングネックをぐっとあおってから、どいつがそうなんだと訊いた。
 全員がよ、とシアラは言った。

 本能が逃げろと告げたので、ぼくはそうした。ショッピングプラザに駆けこみ、通路を走って、巨大な鏡の穴の向こう側へ出る非常口にたどり着いたが、だれかがそのドアに鍵をかけていた。追ってきた4人のスティーヴ・サンダーズが、見ていて苦しくなるほど平静な動きで、ぼくに近づいてきた。なんで逃げてるんだ、とひとりが訊いた。ほかの3人が笑った。ぼくは、いかにも無害で痛ましく聞こえるように、自分はまったく潔白だと言ったが、その瞬間の自分自身にさえ、潔白には聞こえなかった。

 おれたちは挨拶したいだけだ、とスティーヴのひとりが言った。おまえ、挨拶しないよな。挨拶ぐらいしたらどうだ?
 ぼくはこう弁解した──なんせ照れ屋だし、スティーヴ・サンダーズがぼくをぶちのめしたがってるって噂も聞いていたから、と。
 4人のスティーヴはふざけたうめき声で同情を示した。ひとりがぼくに、おれたちがおまえをぶちのめしたいのは挨拶をしないからだと言った。別のひとりが、この町じゃみんな挨拶する、と付け加えた。
 それは知らなかった、とぼくは言った。
 まあそうだろうな、とひとりが言った。この町について本を書いてるくせに、挨拶もしないなんて。
 それはこの町についての本じゃないんだ、とぼくは言った。
 4人は信じた様子がなかった。なんでおれたちの町の本を書こうとしてる? とスティーヴ・サンダーズが言った。言うべきことなんか何もないのによ。
 この町の本を書く理由は何もないし、あなたたちの町について言いたいことも特にない、とぼくは認めた。
 じゃあ何か、おれたちの町はおまえが時間を割く値打ちもないってのか、とスティーヴ・サンダーズが言った。ここより書くに値する町ってどんなとこだよ。
 ここよりいい町なんてありゃしねえ、と息が強烈にビールくさい、別のひとりが言った。この町のどこが気に食わねえんだ?
 こいつにとっちゃ物足りないのさ、と別のひとりが言った。
 なんて野郎だ、と別のひとりが言い足した。
 おれたちの町に来て、おれたちの仕事を奪っておいて、オーストラリア一の町として敬う気もないわけか、とスティーヴ・サンダーズが言った。おれたちがおまえの町に行って、その町の本を書いて、その町をけなしてやろうか?
 別のひとりがぼくに、答える前によく考えろ、と言った。だがぼくは、ぐずぐず答えを考えて連中を待たせるのは得策ではないと思った。いや、ぼくには自分の町がないから、とぼくは返した。
 ふざけんな、とひとりが言った。

 4人の背後にシアラの姿が見えた。通路の入口に立って、ぼくに合図している。彼女は自分の口もとを指さし、首を横に振って、拳をふるうしぐさをしてみせた。
 いちばん痩せたサンダーズが前に進み出てきて、ぼくはたじろいだ。この町のだれにも好かれてないのに気づいてるか? とそいつは言った。おまえはくそ野郎だってみんな思ってる。なぜ居すわっ
てるんだ?
 ぼくはそれに抗議して、ほんとうはこの町が大好きなんだ、と言った。すごくのどかで素朴な町だし、そういうのにじゅうぶん馴染んでないから、挨拶をしそこなってた、と。それを聞いたシアラは、いっそう激しく身ぶりで訴えてきた。
 おまえ、おちょくってんのか、とひとりが言った。
 それしか言うことないのかよ、と別のひとりが傷ついたそぶりで言った。
 町のいいところばかり書いてある本なんかない、といちばん弁の立つサンダーズが言った。町についての本にはかならず、その町の悪いところや、そこで起こった悪いことも書いてあるもんだ。だがこの町でそんなに悪いどんなことが起こった? なんにもだ、そういうことについて書いた本がないんだからな。
 おれたちの町の本はないし、これからもないままでいいと思ってる、と同じサンダーズが続けた。この町の本なんか別に要らない。もしどうしても本を書くっていうんなら、おれたちにこてんぱんに殴り倒された顛末を書くがいい。そこで4人はぼくに襲いかかろうとしたが、構えだけでやめた。面倒を起こしたくないから手は出さないでおく、はったり屋のフットボール選手のように。

 ぼくは、自分が書いているのは隠された悪事についての本というより、町の現状についての本なんだと4人に言った。それでこの話に熱が入ってしまい、ニューサウスウェールズ中西部のいろんな町がなぜいまみたいな状況になっているのか、だれもよくわかってない、と続けた。歴史の本にしたってフィクションの本にしたって、そこに書かれていることの本質をだれもつかんでないんだ。物事のすばらしい面をみんなが知るようになるのはいいことじゃないか? ここにいるべき理由をなぜ否定しなきゃならない? いまのぼくはずる賢い策士だな、と思いながらそう言った。ぼくの本はどんな歴史にも反論していないし、歴史をつくり出そうともしていない。たんに認めてるだけなんだ、町が消える恐れがあるって。あれがそうだよ、とぼくは巨大な鏡の穴のほうを指さした。そして4人のスティーヴ・サンダーズにこう言った。あなたたちはいずれ、この町について本を書こうとしていた唯一の人間を敵にまわしたことを後悔するかもしれない。それはともかく、いまはぼくとか、ぼくの本のことよりまちがいなく重要な問題があるよ。

 やっぱりこの町についての本を書いてるんじゃないか、とスティーヴ・サンダーズのひとりが言った。じゃあさっき言ってたことは嘘だな。
 この町に特化したことじゃなく、中西部のいろんな町のことを書いてるんだ、とぼくは言い、下手に出る感じでこう続けた。あなたたちの町は、ぼくがぜひ題材にしたいすべての町と共通した特徴があるんじゃないかと思う、と。
 するとおまえの考えじゃ、おれたちの町はほかの町と変わらないわけか、とスティーヴ・サンダーズのひとりが言った。

 その問いにはどう答えるのが正解なのかわからなかった。正解というのは、手出しを食い止めておける答えという意味だ。別の町と似ているという答えが彼らの気を引く可能性はあるが、怒らせる可能性もあった。それでこう答えた。その結論は出ていないし、ほかのいくつかの町についてもまだ調査中だけど、この町にかぎってはまったく対象外だ。ほかの消えてしまったか、消えつつある町との近さを考えると、この町に残るのが理にかなってるんだ。ほんとうの調査対象にアクセスするための、拠点として使えるからね。

 じゃあおまえにとっておれたちの町は、ただの拠点なんだな、とスティーヴ・サンダーズのひとりが言った。
 そう、拠点だ、とぼくは疲れきって言った。けどすごく居心地のいい拠点だ。すばらしいよ、独自の地方文化があって。
 おれたちにとっては生活の場だ、と別のスティーヴ・サンダーズが言った。それにここではもう何も悪いことは起こらない。ここではもうどんなことも起こらない。昔はいろいろあったかもしれないが、いまに関しちゃ、たしかにあれこれ起こりはするけど、どれも歴史的なことじゃない。このスティーヴはショッピングプラザの館内だというのに煙草に火をつけ、さらに続けた。いままでに起こったことを全部本に書く必要なんかあるか? いや、ない。おれはないと思う。いまここで起こってるのはどれひとつ歴史的なことじゃない。歴史なら過去にある──そこで床を指し示して言う──これが歴史のめざすところだ。これが歴史の落ち着くところだ。これが人の働く理由だ。農場主や、建設業者や、アンザック兵や、たくさんの人間が。これは今後変わっていくものだ。これはこのまま変わらないものだ。知ってのとおり、歴史にはときに終わりが来る。続いていく必要はない。おれたちがいま持ってるものはすべて立派に定着してるから、これ以上何も起こる必要はない。歴史的に興味深い出来事がかならずしも起こる必要はないんだ。そういうことが起こらないときのほうがずっといい。
 そうとも、とサンダーズの別のひとりが引きとった。だからおまえがこの町についての本を書いてるにしたって、たいして面白いものにはなるまい。おまえの本になんかだれも目もくれないだろう。
 いいから自分は大まぬけだって認めろよ、と別のひとりが言った。

 火災警報が鳴りだし、ぼくらはわけがわからず、そこで棒立ちになった。ものの数秒で、〈コールズ〉の全従業員が通路の入口に出てきて、パニック状態のその人波にシアラが呑みこまれた。煙草を吸っていたスティーヴ・サンダーズが、それを踏み消してから振り返り、〈コールズ〉の従業員たちに向かって、非常口には鍵がかかっているから正面入口を使って避難しろと言った。だが〈コールズ〉の店長が威厳を示そうとたくさんの鍵の束をじゃらじゃら言わせたので、スティーヴ・サンダーズは4人とも抵抗をあきらめ、脇へ退いた。このどさくさにまぎれて、シアラがぼくの腕をつかんでショッピングプラザの奥へ引きもどした。ぼくらは走り、サンダーズたちも走って追いかけてきた。

通路の角を曲がり、通りに出る自動ドアのほうへ向かっていたとき、サンダーズのひとりが背後からぼくに猛烈なタックルをした。
 おれたちからは逃げられないぞ、と怒鳴りながら、スティーヴ・サンダーズはぼくを床にねじ伏せた。逃げたって、襲いかかる気満々のほかのやつらがそこらに絶対いる、と言ってぼくの鎖骨を殴り、それから立ちあがって、ぼくの胸を片足で踏みつけた。スティーヴ・サンダーズたちがもうぼくをぶちのめす気をなくしてくれていたら、ただ叱り飛ばすだけで満足してくれたら、とぼくは願っていたが、4人はすごい勢いでぼくを蹴りはじめた。シアラが外へ出ていって、煙草に火をつけた。

 しばらくたってから、シアラは近くの人ごみに向かって喧嘩よ、と叫んだ。その見世物──喧嘩らしい派手な喧嘩──目当てに、数十人が館内へ駆けこんできた。どのぐらい大勢いたのかぼくは覚えていない。痛みよりも、たぶん恐ろしさのせいで、たちまち気を失ったからだ。

***

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前回記事「町が消える。『穴の町』あらすじ&登場人物紹介