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「お金」だけじゃない、本当に「豊か」な社会はこうすれば実現できる! 『2050年を生きる僕らのマニフェスト』試し読み

ミレニアル/Z世代が牽引する2050年を見据えた新しいビジネス、そして社会のスキームを、クラウドファンディング「キックスターター」共同創業者である著者が説くのが『2050年を生きる僕らのマニフェスト――「お金」からの解放』(ヤンシー・ストリックラー、久保美代子訳、早川書房)
本書は、日本の「弁当」からヒントを得た「ベントーイズム」を活かせば、合理的で最大級の自己実現が可能になると語ります。そのベントーイズムとは? 本書の「第7章 ベントーイズム」から一部抜粋・編集して特別公開します。

第7章 ベントーイズム(『2050年を生きる僕らのマニフェスト』より)

世界を広げる

現代の世界を席巻している自己利益という概念を図で表すとき、僕はシンプルなグラフを思い浮かべる。X軸は時間だ。Y軸は、飛躍的に上昇するなんらかの価値――お金、権力、販売個数などとする。

ビジネスや技術業界ではこれを「ホッケースティック・カーブ」という。なんの測定であれ、急激に増加していて、曲線が右に向けて上向きになっているグラフだ。これは、いかなる決定だったにせよ、この上ない最良の結果を示している(下の図)。

『2050年を生きる僕らのマニフェスト』より

けれどもこの「成功する」という概念は、そこにあるものの一部でしかない。自己利益の最大化にばかり力を入れていると、もっと大きな世界を見逃してしまう。一歩下がってみれば、もっと大きな絵が現れる(下の図)。

『2050年を生きる僕らのマニフェスト』より

自己の利益はいまこの場だけのものじゃない。僕らは真空の世界にいるのではないからだ。人びとのいるコミュニティのなかで暮らしているので、僕らの決定はその人びとに影響を及ぼすし、その人びとの決定は僕らに影響を及ぼす。僕らの決定は自分自身の将来にも影響を及ぼす。

それをグラフにしてみよう。時間を示すX軸は現在から未来までずっと伸びていく。自分の利益を示すY軸はあなた(「自分」)からあなたの家族、友人、コミュニティ(「自分たち」)へと伸びていく(下記の上の図)。

『2050年を生きる僕らのマニフェスト』より

自己利益という視点をこのように広げていくと、いま自分が望んでいることは、まだそこにある。けれども、ほかの合理的な視点も見えてくる。自分たち自身の未来も考えるべきだとわかってくる。僕らが気に掛けている人びとのいまも見えてくる。僕らの子どもたちとそのほかのすべての子どもたちの未来も(上記の下の図)。

それらのスペースそれぞれが僕らに影響を及ぼすし、僕らからの影響も受ける。その視点はどれも、合理的な自己利益という視点だ。

このような見方を僕はベントーイズムと呼んでいる。「ベントー」とは、弁当のこと。そう、日本の箱詰めの食事をさす。

「弁当」には日本語の「便利」にも通じる意味がある。弁当箱にはさまざまな料理を詰めることができる。どれもほどよい分量で入っている(上の写真)。弁当は、日本の「腹八分目」という哲学を尊ぶ。これは満腹ではなくお腹の八割がたを満たすくらいに食事をとどめておくことを意味する。弁当箱は便利なだけでなく、健康を保つという隠れデフォルトを生む。

『2050年を生きる僕らのマニフェスト』より

ベントーイズムとは、僕らの社会的な価値や意思決定のための弁当箱だ(上の図)。僕らの合理的な自己利益とは何かを俯瞰するためのバランスの良い視点であり、こんにち、なかなか目にしづらい社会的な価値を再発見する方法でもある。

囚人のベントー

前述した囚人のジレンマというゲームでは、ふたりのプレーヤーが別々の取調室にいれられて、友人に忠誠を尽くして刑務所に行くか、相手の罪を密告して自分は自由になるかを選ばねばならない。このゲームはそのデザインのせいで、相棒を密告するのが合理的なふるまいとされる。

『2050年を生きる僕らのマニフェスト』より

ここで、ランド研究所の事務職の人びとがこのゲームをプレーしたときのことを思い出してほしい。この人たちはお互いを裏切らなかった。協力しあって、いちばん短い刑期という最良の結果に到達したのだ。けれども、ゲーム理論にしたがうと、彼らは合理的にプレーしなかったことになる。合理的なふるまいとは、自分の利益を最大にするための行動だ。つまり、相棒に忠誠を尽くすより、相棒を裏切るほうが合理的なのだ。

では、ベントーイズムの視点でいくと、囚人のジレンマはどうなるのだろうか。

答えを出すために、それぞれのボックスにこの質問をぶつけてみよう。相棒に忠誠を尽くすか、相棒を裏切るか。それぞれのボックスのなかでは、どんな視点が繰り広げられるだろうか(下の図)。

『2050年を生きる僕らのマニフェスト』より

現在の自分はもっとも利己的な声が強い。自己防衛のモードだ。投獄を逃れるためなら警察になんでも話そうと待ち構えているモードだ。

現在の自分たちでは、自分たちの周りの人びとのこと、そのニーズ、自分の選択が人びとにどんな影響を及ぼすかを検討する。この視点は本能的に団結しようとする。相棒を刑務所送りにしようとは思わない。

未来の自分は、自分がこうありたいと望む人物だ。あとで後悔するような決定をあなたにさせたくないと考える。あなたの価値基準(それがどういうものであれ)を思い出させて、その基準に沿うようあなたを励ます。

未来の自分たちは、子どもたちに残したい世界だ。こうあるべきと思える世界だ。未来の僕らは、互いを疑うよりも互いを信頼しあえる世界で暮らしたいと思うだろう。

《現在の自分》の声と《現在の自分たち》の声のあいだには議論があるだろう。けれども、意思決定は《未来の自分》の価値基準によってなされる。最終的な決定を左右するのは、その人の価値観だ。

ランド研究所の事務職の人びとは、《現在の自分》より《現在の自分たち》を選んだ。それは、自分の価値基準がそうすべきと語りかけたからだ。ゲーム理論にしたがえば、これはその人の自己利益を最大化していないので、不合理ということになる。けれどもベントーイズムにしたがえば、これは合理的な自己利益にもとづいて行動している。ただし、囚人のジレンマが採用している概念より、もっと視野の広い考え方をしている。

囚人のジレンマは自己利益を最大化するための合理性を示していると同時に、自己利益という視点にどんな限界があるかも浮き彫りにしている。《現在の自分》を超えたさきを見据えられなければ、世界は、自己利益に走る個人たちのあいだの戦いのようになる。利潤最大化という考えが幅を利かせているのは、狭い視野でものを見ているせいだ。合理的な自己利益の概念を狭めてしまうと、価値の概念も狭くなる。


この続きは、本書『2050年を生きる僕らのマニフェスト 「お金」からの解放』でぜひご確認ください。電子書籍も同時発売中です。

書誌情報

『2050年を生きる僕らのマニフェスト――「お金」からの解放』
著者:ヤンシー・ストリックラー
訳者:久保美代子
出版社:早川書房
発売日:2023年11月21日
本体価格:2,600円(税抜)

著者紹介

ヤンシー・ストリックラー Yancey Strickler
1978年生まれ。クラウドファンディングの草分けである「キックスターター」の共同創業者で元最高経営責任者(CEO)。自己利益を超えた意思決定のためのフレームワーク「ベントーイズム」の普及に取り組む。ニューヨーク在住。

竹下隆一郎氏(PIVOT)による本書解説文はこちらで公開中


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