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【最終回】【1章6節】第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』発売直前、本文先行公開!【発売日まで毎日更新】

第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作、竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』の本文を、11/19発売に先駆けてnoteで先行公開中! 発売日前日まで毎日更新(日曜除く)で、1章「最後の現金強盗 Going in Style」(作品全体の約25%相当)を全文公開です。本日最終回となります!

※前回までの更新はこちらのまとめページをどうぞ

SECTION 6

 サイレンの音に悩まされなくなったのは、CBMS圏外へ出てから三十分後のことだった。人里離れた山間部に《ホエール》を停め、衣装を着替える。僕は薄汚れたスーツに、五嶋はいつものアロハシャツに。
 五嶋がアタッシュケースからビニール袋を取り出す。その中に詰まった体毛や皮膚や体液、その他遺伝情報に繋がるものを、運転席に満遍なく撒き散らしていく。どれも都内各所の駅やネットカフェで収集した、見ず知らずの遺伝子ゴミだ。
 その間に、僕は《ホエール》の金庫を破った。この一言で流せる程度に簡単な仕事だった。《ホエール》の金庫は指紋及び虹彩認証を採用している。登録された人物以外は開くことが出来ないとの触れ込みだが、3Dプリンタで印刷した手袋と偽眼球であっけなく突破出来た。元手になった情報は、水島銀行某支店の副支店長が通い詰める会員高級ホストクラブから頂いたものだ。いつの時代も、最大のセキュリティホールは人間なのだ。
 分厚い装甲に覆われた金庫が開くと、そこには現代の黄金郷が広がっていた。現金すし詰めのジュラルミンケースの数々、そして重々しい紙幣鑑定機が鎮座していた。
 ジュラルミンケースをドリルでこじ開けると、半年ぶりの福沢諭吉との対面だ。十億という現金を前に五嶋はこれでもかとはしゃいだが、僕は映画向けの反応が返せなかった。「札束って、想像より硬いですね」程度のことしか言えなかったと思う。頭をハンマーで殴られたかのようにボーッとして、現実味がなかったのだ。
 五嶋が金庫に籠もって遺伝子工作をしている間に、青いライトバンが僕らを迎えに来た。六条とその部下だ。《ホエール》周辺の証拠を洗いざらい確認、金を僕らごと回収する。
 ライトバンが発進し、見る間に《ホエール》が遠ざかっていく。
「いや、五嶋さんならあるいはと思っていましたが、本当にやり遂げるとは」
 六条はニヤケ面を隠そうともしなかった。放っておけば、五嶋の肩を揉み始めそうだ。
「スタッフが優秀だったんだよ」
「なるほど。ご苦労だったな。三ノ瀬センセイ
 硬い感触が脇腹を押した。薄々、予想はしていたからだろうか。否が応でも正体が解ってしまう。拳銃だ。
「お前は投資額以上に働いた。スナッフフィルムはなしでいい」
 どうやら、話が振り出しに戻ったようだ。僕は殺され、どこか遠い場所に捨てられる。口封じにもなるし、取り分も増える。一石二鳥だろう。六条の目があまりにも無感情なので、Adversarial Exampleで騙せないかと思ったが、プロジェクターはどこにもなかった。
 助手席の五嶋はどこ吹く風といった様子で、サングラスに濡れた木々を映している。彼は最初からこの結末を知っていたのだ。
「この裏切り者! って叫ぶシーンだぜ。三ノ瀬ちゃん」
 僕は首を振った。今にも無数の悪態が喉を突いて溢れそうだったが、裏切り者の四文字だけは言ってなるものかと思った。その台詞を口にすることは、仲間意識を認めることだ。しがらみに囚われず技術に浸る喜びを、それを肯定してくれた相手への感謝を、認めてしまうことだ。僕は五嶋に貸し出された道具の一つでしかなかった。徹頭徹尾それでいい。安いヒューマンドラマを演じてしまえば、五嶋の映画が完成してしまう。
「なるほどね」
 サングラスの奥の瞳が、じっと僕を見据えた。
「六条ちゃん。三ノ瀬ちゃんの身柄、俺の取り分で買い取れないかな」
 六条は目を瞬かせた。当然だろう、当事者の僕ですら耳を疑う台詞だ。つい先程、金の使い道を話し合ったばかりなのに。
「リース契約からの買い上げなんて、そう珍しい話でもないだろ?」
 しばし、六条はタブを千個開いたブラウザのようにフリーズした。
「し、しかしですね。万一こいつがサツに駆け込んだらどうするんです?」
「俺が監視するから問題ない。たらふく儲けたんだし聞いてくれよ。これぐらいのワガママはさ」
「そりゃ、五嶋さんにはこれからも世話になるつもりですし、ケツ拭いてもらえて金まで入るんなら文句は……。いや、しかし……正気ですか?」
「正気の奴が現金輸送車なんか盗むか?」
 
 かくして、とある地方都市で僕は解放された。もちろん、五嶋が僕を監視することを条件にして、だ。
 寂れた公園のベンチに座り込み、まばらな車をぼうっと見つめる。命は助かった。一川の鼻をあかせた。CBMSに僕の技術は通じた。それに、正直楽しかった。
 お尋ね者になってしまったのは痛いが、臓器売買されることを考えれば万々歳の結果だったはずだ。にもかかわらず、重いものが胸にのしかかっている。巻き込まれただけだの、犯罪者になりたくないだの、散々文句を垂れておいて情けない。結局、僕は負けたことが悔しいのだ。
「だから言ったろ。裏切りは最もチープなどんでん返しだって」
 五嶋は自販機のしるこ缶を差し出してきたが、僕はその手を払った。徹頭徹尾解らない人物だった。仕事は噛み合ったが、性格は噛み合わなかった。なぜ、自分の取り分を蹴ってまで僕の命を助けたのだろう。人生を買える金額だったはずだ。
「すまん、三ノ瀬ちゃん。そんな目で期待されても応えられないからな」
 解るのは、尋ねてもまともな答えは返ってこないということだ。
「これからどうするんです。隠れ家に戻って、映画でも見ながら祝杯ですか?」
「何言ってんだよ、三ノ瀬ちゃん。祝杯ってのはな、仕事が終わらないと挙げられないの」
 終わってから、だって? 僕は耳を疑った。もうとっくに全て終わってしまった。何をどう叫んでも、福沢先生は戻ってこないし、六条はほくほく顔だ。
 五嶋は僕の隣に座ると、無造作に拳を突き出した。
「ほい、これ」
 握った手が開かれると、そこにはダイヤが乗っていた。澄んだ色味で、街頭の光を乱反射して……文学的な表現は出来ないが、とにかく三次元の多角形だ。よく見ると引っ掻き傷のようなものが見て取れる。値打ちものかどうかは、僕の目には解らなかった。
「金と一緒に移送されてたもんだ。サイズからして、四百万は下らないだろ」
 四百万。以前の僕ならば飛び上がって感激した金額だが、今はどうにも色褪せて見える。
「選択肢は二つだ。これを受け取って祝杯あげて、人生やり直すか。それとも、こいつをベットして、笛吹きジャックを続けるか」
「続けるって、そんな」
「あるんだよ。金を取り戻す作戦がな」
 僕は五嶋の目をじっと見つめた。サングラスの奥の瞳には、少年じみた情熱が宿っている……かどうかは解らない。けれど、彼と一緒なら退屈することはないかも知れない。統計的優位とは言えないが、そんな予感がある。僕は意を決した。
「聞きたいだろ?」
「別にいいです。危ないし、犯罪なので」
 ダイヤを受け取る。五嶋はしばし自分の手を見つめて、空気の重さを確かめて、サングラスをずらして目をこすってから、またじっと手を見つめた。
「三ノ瀬ちゃん、空気読めって言われたことある?」
「三、四回ぐらいですかね。一人につき」
「ふーん、あ、そう。へえ。ところで、さっき俺億の金投げ捨てたんだけど」
「その節はどうも。では、僕はカプセルホテルを探しますので、約束の監視の方、よろしくお願いします」
 僕は五嶋に頭を下げて、スマートフォンで駅の方向を探し始めた。どうやら五キロ圏内の宿泊施設はビジネスホテルが一軒 だけのようだ。手持ちの小銭を計算するに、ネットカフェに泊まった方が良いだろうか。
「ところで三ノ瀬ちゃん、どのルートで盗品捌くの?」
 画面から顔を上げて、僕は五嶋の目をじっと見つめた。サングラスの奥の瞳には、中年じみた嫌らしさが宿っている。とにかく彼と一緒にいる限り、僕に安息の日は来ないだろう。統計的優位とは言えないが、そんな確信がある。
「これからよろしく、三ノ瀬ちゃん」
「こちらこそ、五嶋さん」
 固い握手で、笛吹きジャックは再結成された。なお、僕は握力負けして指を痛めた。

ACT Ⅱ 裏切り者のサーカス Tonkotsu Takers Slave Snake

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