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【#三体ニュース】監修・立原透耶氏による解説を公開!

本日の「三体ニュース」では、本作の監修をつとめた立原透耶氏による解説を公開します! 

監修者解説
立原透耶

 中国では長らく伝統的に文学とは純文学を指すものであって、SFやホラーやミステリといったジャンルは「文学以外のもの」という立ち位置が続いていた。それをみごとに打ち破り、中国文学での価値観を根底からひっくり返したのが劉慈欣の『三体』である。
 劉慈欣は1963年生まれ。エンジニアが本職で、兼業作家として小説を執筆している。発電所のコンピューター管理を担当していることもあってか、彼の作品にはしばしば科学者と技術が登場する。壮大なスケールと深い経験に裏打ちされた確かな科学知識、古今東西に及ぶ文化や歴史への造詣の深さなど、従来は中国で「子供向けの読み物」とされていたSFに新たな地位を確立させた立役者でもある。国内の様々なSF賞を総なめにし、2015年には華語科幻文学最高成就賞、および特級華語科幻星雲勲章を受賞した。
 2006年に老舗SF雑誌《科幻世界》に〈三体〉三部作の第一部『三体』を連載、そして同年の中国科幻銀河賞(中国国内作品を対象としたSF大賞)特別賞を受賞。2008年に単行本として出版されるとじわじわと読者を増やし、やがてそれは中国全土に知れわたる社会現象となる。SFとしての評価を越えたムーブメントによって、『三体』は様々な国内の文学賞を受賞し、2015年、ケン・リュウによる英訳版でヒューゴー賞(世界的なSF大賞のひとつ)長篇部門を受賞。これはアジア人としても、翻訳小説としても初の受賞となった。そのことでさらに中国国内で本作への注目度が高まり、劉慈欣はもとよりそのほかのSF作家たちも文学界で「再発見」され「再評価」されるようになる。今やSFはメジャーな新聞や文芸雑誌に当たり前のように掲載され、特集やインタビューも掲載されるようになっており、まさに隔世の感がある。
 劉慈欣の中国国内での評価はヒューゴー賞受賞によって決定的なものとなり、中国国家がSFを戦略の一つとして認め、「中国文化を世界に知らしめる」手段として大いに支持するようになった。例えば、四川省の省都である成都はSF都市宣言を行い、今後はSFの聖地として都市を挙げて協力、推進していく予定で、すでにさまざまな施設などが計画されている(《科幻世界》編集部が成都にあり、その関係で成都は以前から国内的にSFファンが集う場所でもあった)。また劉慈欣は、これまで純文学作家が中枢であった国家組織の重要な役職についたり(これは中国では非常に名誉なこととされる)、2016年には科学分野におけるニュース性のある人物に与える「二〇一五中国科学年度新聞人物(科技伝播者部門)」や、中国の科学技術プロジェクトのイメージ大使である「火星大使」に任命されたり、「世界に影響を与えた世界華人大賞」を受賞したりしている。そのほかにも山西省作家協会副主席、陽泉市作協副主席、全球華語科幻星雲賞組織委員など、数々の役職についている。また2018年には投資ファンドのIDG資本が、彼をIDG資本の「首席暢想官」として正式に招聘した。これはSF領域にまたがって未来志向の開発を協力する、という考えに基づくものである。
 このように劉慈欣は中国国内では、SF界のみならず、文学、企業、国家と多岐にわたる分野で高い評価を受けており、同時に多大な影響を与える人物なのである。
 なお2018年の中国人作家収入ランキングでは、劉慈欣が日本円約3億5千万円近くでトップに踊りでたが、彼がランキングに入るのは初めて。2019年に映画化され大ヒットした「流転の地球」(原題「流浪地球」)の影響がかなりあったものと思われる。こういったことを受けてか、経済界でもSFに投資する傾向が盛んになっており、SF小説の版権は書き上げるや否や飛ぶような勢いで売れるばかりか、メディアミックス化の計画が続々と発表されるような状況となっている。かつてはファンが中心だったSFイベントも、企業による資金提供が相次ぎ、年々豪華になってきていて、ある意味中国国内では一種のSFバブル期が到来している感さえある。
『三体』の国際的評価はいまだに続いており、2018年にはアーサー・C・クラーク財団が授賞している「芸術による社会貢献賞」(ちなみに劉慈欣は好きな作家としてよくクラークの名前を挙げている)を、2017年に〈三体〉三部作の第三部『死神永生』でローカス賞長篇部門を受賞している。また英訳をもとに世界各国の言語に翻訳された本作は、それぞれの国でも高い評価を得ている。
『三体』人気は中国だけにとどまらず、アメリカのオバマ元大統領が愛読し、のちに北京に来て作者の劉慈欣と対面したことでも有名なように、全世界で人気が沸騰している。アマゾン・ドットコムでもドラマ化を計画しており、10億ドル(日本円で約1050億円)を投じる予定だと報道されている。中国での発行部数はシリーズ累計2100万部を突破しているという大ベストセラー。先に映画化された「流浪地球」も爆発的人気となったいま、『三体』もますます勢い盛んになるのは間違いないだろう。

『三体』(Amazonページに飛びます)
著=劉慈欣(りゅう・じきん/リウ・ツーシン)
訳=大森 望、光吉さくら、ワン・チャイ
監修=立原透耶
装画=富安健一郎/装幀=早川書房デザイン室

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