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【化粧品会社の研究者が考える「未来の美」とは?】ポーラ・オルビスホールディングス研究者インタビュー:近藤千尋、岡部伊織(聞き手・構成◎ひらりさ)

ファッション、美容とSFという異色の組み合わせに大きな反響が集まっているSFマガジン2024年10月号(ファッション&美容SF特集)豪華執筆陣による書き下ろし小説のほか、ファッション・美容の第一線で活躍するプロフェッショナルへのインタビュー記事も多数掲載しています。 
本欄では、特集より「ポーラ・オルビスホールディングス研究者インタビュー」記事の全文を一挙公開いたします!

SFマガジン2024年10月号「ファッション&美容SF特集」

近藤千尋(こんどう・ちひろ)……2004年にポーラ化成工業へ入社。2018年よりポーラ・オルビスホールディングス マルチプルインテリジェンスリサーチセンター(MIRC)にて、キュレーションチームのリーダーを務める。
岡部伊織(おかべ・いおり)……2019年にポーラ化成工業へ入社。2023年よりMIRCに所属。

■「ぶらぶら研究員」ってなんですか? 

──お二人が所属している、マルチプルインテリジェンスリサーチセンター。そもそも「マルチプルインテリジェンスリサーチ」ってなんですか?
近藤 ポーラ・オルビスグループの研究企画機能を担う組織なんです。私たちポーラ・オルビスグループの基礎研究は長い間、いわゆる化粧品会社として、化粧品をつくるための研究に特化してきました。でも二〇一七年に企業理念が変わり、化粧品の枠にとらわれずに美を追究しようという話が出てきました。
 私たちのグループのはじまりは、およそ百年前、創業者が自身の妻の手荒れを直すためのハンドクリームを作ったことがきっかけです。だれかの人生を美しくするために作ったものが、たまたまハンドクリームだったり、化粧品だったりした、という発想があるんですね。技術が進歩していけば、化粧品ではないものでそれを実現できるかもしれない。経営陣にも「自分たちは化粧品屋じゃなくなってもいい」という認識があります。
 そうなると研究所も肌だけでなく、人間全体を理解するための研究をしなければならないね、ということで、二〇一八年に研究体制をガラっと変え、マルチプルインテリジェンスリサーチセンターが生まれました。略してMIRC、「ミルク」って呼んでます。本当はそう読めないですが(笑)。
 いまグループの基礎研究を行う組織は大きく二つに分かれていて、研究や技術活用の戦略や企画、そしてそのための幅広い情報探索を行うのがMIRC、研究の実行を行うのがFRC(フロンティアリサーチセンター)という役割になっています。FRCでは、これまで積み重ねてきた皮膚や製剤の研究だけでなく、新たに皮膚の内側──人間の脳波や感覚のような曖昧な領域や、外部との関係性まで、広く人間を理解するための研究をしています。
──面白いですね。「人間を理解するための研究所」が化粧品会社に存在すると思っておらず、MIRCを知った瞬間、「これはもうSFだ!」と思ったんですよ。でも、近藤さん、岡部さんは元々皮膚そのものの研究のほうをやられていたんですよね……?
近藤 そうなんです。私自身は薬学部を出て二〇〇四年に新卒で入社しました。学生時代の専門は分子生物学で、そのまま皮膚科学の細胞にまつわる研究などを行っていました。その後、二〇一五年ごろから「もう少しマクロな視点で研究したいな」と思って、認知科学の分野に研究領域を変えました。その後、研究のマネージの担当に異動したり管理職をしているうちにMIRCができて、現在に至ります。
──チーム名としては「キュレーションチーム」に所属されていますが、通称は「ぶらぶら研究員」だと伺っています。このワードは一体どこから?
近藤 たしか研究員とグループの会長が議論する中で出てきたんだと思います。未知の技術や考え方、ユニークな人に出会い、それをどう会社と結びつけるかを考えるのが仕事です。「ちゃんとぶらぶらしてね、〝ぷらぷら〟じゃないからね」と釘を刺されています(笑)。私もちゃんと「ぶらぶら」するように心がけています。この謎の名前のおかげか、最近は取材していただく機会も増えました。
──岡部さんは、最近「ぶらぶら研究員」になったんですよね。二〇一九年度の入社と聞いています。
岡部 はい。もともと医学系の大学院でおたふく風邪のウイルスの侵入の過程を研究していました。ただ、就職するなら自分の専門性は生かしつつも、生命・生存に必須というよりは、なくても困らないけれど人生を明るくすること、人を楽しくさせることがやりたいと思いまして、最終的に化粧品会社に入社しました。入社当初はFRCの方で医薬部外品や脳科学系のテーマに携わっていたのですが、そこからもう少し知見を広げたいということで昨年MIRCに異動して、ぶらぶら研究員としてお仕事をするようになりました。
──素朴な疑問なんですが、会社員で「ちょっとぶらぶらしてきます」というのは難しくないですか? 予算をとらないといけないですし、その目的を会議で通さないといけないと思いますし……。
近藤 そうなんですよ。一般的な科学研究だと事前にステップをきっちり決めて、誰でも同じ結果が得られるようにするところまでが求められます。ただぶらぶら研究員の活動は完全に属人的なもの……とある意味では割り切ってまして、最低限のルール──技術やサービスだけでなく、社会や文化、環境などの情報も集めること、仮説を立ててから取材などに出かけるが偏見を持たないこと、意識的に、反対の視点や対になる視点を持つこと──この三つだけ設定しています。イレギュラーな出来事が起きたり、仮説が外れたらむしろ万歳。そこからまた考えるのが「ぶらぶら研究員」の仕事ですね。やっぱり我々は技術を作って提供する側なので、ある種の規範を作る権力も持ってしまうのが怖い部分です。なので「これが正しい」とかはなるべく断言しないようにしています。あとは、同じ技術でも使う人とか国によってアプライの仕方が変わるので、化粧品や技術に直接は関係しないかもしれない社会や文化、環境の情報まで一緒に収集するという戦略を取っています。
──収集した情報を社内へフィードバックする際にはどんなことをされていますか。
岡部 ウェビナーを開催したり、事例ごとにカードやレポートにまとめたりもします。
近藤 たとえば面白い人を見つけてきたら、「徹子の部屋」みたいなウェビナーをして、グループの会長から新入社員まで誰でも参加できるように案内します。あとは、数年かけて集めてきた情報を再編して、社内のみなさんが企画や研究をする際のアイデアの土台として整理したりもしました。「ビューティー・フレームワーク」というもので、いま世間で「美」と呼ばれているものには大きく三つの柱があって、その中に細かくこういうトレンドがあって……と構造化したんです。集めた情報はひとつずつカードにしましたが、全部で三百枚になりました。このフレームワークを使うことで、「今回の研究テーマではこのカードの美が当てはまりそう。ここは違う研究テーマでやればいいね」と思考を整理してもらうイメージですね。

ビューティー・フレームワーク資料

 これはまた刷新したいと思っていて、最近は「今の中高生にとっての美」とか「中国の市井の人たちにとっての美」についてインタビューに行ったりしています。
──会社の社員のみなさんが作家なら、「ぶらぶら研究員」の皆さんは編集者のような役割だなと思いました。
近藤 いま京都を拠点に活動しているんですが、そこはちょっと編集部っぽくしていきたいなと思っているんです。昨年末、この六年の活動をまとめた本も作りました。

■化粧品から遠いものといえば……

──化粧品の枠を超えた研究、だんだん理解できてきました。でも、もはや「美」とも一見すると関係の無さそうな分野でも活動されていますよね。内閣府の宇宙ビジネスアイデアコンテストの開催にも参画された、という話を読んで驚きました。
近藤 そうですね。二〇一八年ごろに、自分たちに一番遠いものを取り入れてイノベーションをやってみようということで、「一番遠いもの=宇宙だ!」と(笑)。スポンサーとして参画するだけではなく、社内のいろいろなところから手が挙がっていくつかのチームが編成されました。いろいろあった中で、衛星からとれる気象データと私たちが蓄積してきた肌データを組み合わせたマッチング解析をつくったら、肌を良くするためのツーリズムができるんじゃないかという〝美肌ウェルネスツーリズム〟のアイデアが、ANAホールディングス賞をいただきました。
──「宇宙」という突飛なテーマがなければ、生まれなかったアイデアですね!
近藤 そこから派生して、いわゆる美肌効果があると言われる温泉のお湯を取ってきて分析し、エビデンスを割り出して「美肌温泉証」を発行するというサービスを、新しいビジネスとして展開しているところです。温泉宿の方からも「いいお湯だという根拠がわかってありがたい」と言っていただいています。
──本当に、化粧品の枠を越えた事業展開ですね。岡部さんは基盤研究から異動されてきて、新しい発見はありましたか。
岡部 そうですね。まず思ったのが、自分の世界ってこんなに狭かったんだなという反省です。今まで自分が携わってきた研究の成果を落とし込む先が人々の生活する社会だというところの認識がまだまだ薄かったんだろうなと思います。異動してから本当に色々な領域の方にお話を伺うようになって、そういう実感を持てるようになったのがすごく印象的ですね。私たちは最先端のサイエンスを追い求めると同時に、そのサイエンスが皆さんにとってどんな良いものをもたらせるのかというところを考えていかなければと思っています。
──岡部さんは「ぶらぶら研究員」になる前は、神経美学の研究をされていたと聞きました。どんな分野なのでしょうか?
岡部 神経美学は、認知神経科学の比較的新しい分野で、感性研究のひとつです。人が外環境から「美」を感じるときに、脳がどんな反応をして、どう認知をし、どんな情動がうまれるのかというプロセスを、脳計測と心理実験を組み合わせてアプローチする学問です。
 お客様の美を考えていく我々にとって必須の研究だと考えています。具体的には、「ありのままの顔に魅力を感じる認知機構」のメカニズムを解明しようとする研究などをしていました。
──どのようなものですか?
岡部 人間の顔に関する研究って画像データを使うのが主な手法なんですが、じつは解像度にまったく基準がないんですよね。そこで実際の人間の目が捉えることのできる解像度と同等の8Kの画像を使ってみることで、従来の研究では捉えることのできなかった「ありのままの顔」の美しさを感知するメカニズムを解明できるのではないかと仮定しました。進めていくと、8Kの画像の場合、眼窩前頭皮質や前部前頭前皮質がより強く反応することがわかりました。面白いのが、脳のこれらの場所って絵画や音楽に触れたときや、変わった例としては数学者が数式を美しいと感じたときにも反応することが知られているんです。美しさというのは規範や正しさみたいなものが存在すると思われがちな領域であるのに対して、人間の実際の認知は規範にとらわれず、色々なものに美しさを感じられる可能性があるという点に希望を感じます。
──素人発想ですが、動画や写真上の加工された顔に対するぼんやりとした抵抗感って、脳がそれを生々しさの対極だと感じて忌避している可能性もあるのかなと思いました。
近藤 ロボットでいう「不気味の谷」みたいなものともちょっと近いかもしれないですね。それを乗り越えられるかが中心の話になっていますが、なんでそこを見極められるのかっていうのも面白そうです。
岡部 ヒトの認知科学実験でもあります。本物を撮った写真と生成AIが作った画像を見せると脳の一定の部分の反応が異なるということまではわかっているらしいんですが、それが何を処理しているのかはまだ明らかになっていないようですね。
──ここまで、生身の人間の美の話を中心にしてきました。最近は、VTuberのように、アバターを用いて人と向き合うようなシチュエーションも出てきていますよね。そのなかで、生身の人間の美を扱っていく上での課題を感じることはありますか?
岡部 最近読んだ『装いの心理学』(北大路書房)という本のなかで、コスプレイヤーさんがされる「コスプレ」と、非コスプレイヤーの人が楽しむ「仮装」の違いについて書かれた箇所がありました。コスプレは作品の世界観やキャラクターを大事にして普段とは違う自分になる趣味であるのに対して、仮装は自分の生活と地続きにコミュニティの友人と楽しんだりするという点がある、というのが相違点だと書かれていました。これをVTuberの文化に当てはめると、どちらかというとコスプレに近い、普段の自分と切り離されたところでアバターの自分が存在しているという状態なのかなと思うんです。普段の自分が残るのであれば、私たちが研究している「生身の美」というのもまだまだ関係してくるのではないかと思っていますね。
──あと、コロナ禍以降のトレンドとして、ウェルビーイングやウェルネスというのも大きいのかなと思っています。
近藤 コロナ禍前から始まってはいましたね。海外では二〇一八年ごろにはウェルネスを掲げたブランドが続々と登場していました。売っているものは化粧品やサプリメントで変わらないのに、看板には「ウェルネス」って書いてある。だからもう、「ビューティ」という言葉も使われなくなってくるかもしれないなというのは感じました。
──ビューティという言葉自体がわりと規範的な性質を持っていますよね。
近藤 海外のウェルネス系のショップに視察に行ったら、車椅子に乗った中年の男性が一人でのびのびと買い物を楽しんでいたんですよ。こういう光景って、すごくいいなと思いました。今までの「ビューティ」に対して、ウェルネスの裾野の広さみたいなものを感じましたね。ただ日本語の「美」の定義はまたちょっと別の問題だなと思います。難しいですよね、ウェルネスも日本語で説明しようとすると「健康」「養生」だとなんか違う感じもするし……。

■何を「美しい」と感じるか

──お二人は常に美について考えていらっしゃいますが、もともと美的なものに対してご興味があったんでしょうか?
岡部 私はフィクションから影響を受けている気がしますね。もともとホラーが好きだということもあるんですが、「美」というテーマだとやっぱり『フランケンシュタイン』でしょうか。これはSFとしても読める作品ですよね。自分ではどうすることもできない美しさ/醜さに運命を左右されている……というお話が子供心に衝撃的でしたね。
──ホラーはどういうところが好きですか。
岡部 たぶん、私自分が怖がりだからだと思います。それに対して「じゃあなんでこれが怖いんだろう」と考えるのが楽しいし、自分の中にある不安が形になって認識できるので好きですね。
──感情も一つの研究題材ということですよね。恐怖はさすがに直接は研究しないですか?
近藤 どういう観点か次第ですね。何かいい切り口とか、つながりが見えたら全然ありだと思います。
岡部 そうですね。ネガティブな感情で反応する脳の部分と、美に関連する部分が両方反応している状態っていうのは結構存在するんですよ。だから美しさってポジティブ一辺倒ではなくて、恐ろしいから、恐ろしいけど美しいっていうのも、脳の状態としては言えることだと思っています。そこから美を取り扱っているポーラ・オルビスグループが何を考えるか、何か面白いもの、新しいものを見つけていくことはできるんじゃないかなと思います。
──近藤さんは美的なものに対してどんな考えを持っていましたか。
近藤 私はもともとはあんまり興味がなかったんです。化粧品会社に入ったのは「製薬会社じゃないところで自分のやっていた研究を生かせるところ」という逃げが大きかったんです。とにかく薬学部時代が黒歴史だったというか、周囲についていけなくて。当時ストレスで顔中ニキビだらけでぼろぼろになっていたというのもあったのかな。
 でも、結果としてはすごくよかったなと思っています。入社してみたら皮膚の研究がとにかく面白くて。構造や反応を見ているとすごく美しいんですよ。臓器の中で皮膚が一番好きです(笑)。より広い意味での美をシビアに考え始めたのは、ぶらぶら研究員になってからですね。自分たちがやっていることが、社会に影響力を持つ可能性があるというのをより強く感じるようになったからでしょうか。
──現在はポーラ・オルビスホールディングスに籍を置きながら、大学院でも研究されているんですよね。
近藤 立命館大学の先端総合学術研究科に所属しています。主に人文科学系の学際的な研究科ですね。自分の専攻としては社会学で、生活史など質的調査をやりたいと思って勉強しています。これまで自分が理系の分野でやってきたのとは打って変わって、n=1ごとに違う調査ですね。ぶらぶらしていくうえで、社会側を分析するための視点が欲しいんですよ。もともと人とコミュニケーションをとりたくない、細胞の相手だけしていたいと思って研究職に就いた身なので、わからないことが多くて。暗中模索の日々です。 

■SFの題材になるコスメ、ありませんか?

──大喜利みたいな質問なんですが、SFの題材になりそうな商品や研究成果があれば教えてください。
近藤 それは難しいですね(笑)。でもちょっと可能性がありそうなものとしては、化粧品のDIY技術ですかね。乳液とかクリームを作るのって本当に職人技なんですよ。水と油を均一に混ぜて心地よい感触に仕上げて、しかも室温で三年保つように安定させた状態で皆さんにお届けするのってものすごく難しいんです。でも、あるとき独自に開発した素材が、乳化剤としても非常に優れていることがわかったんです。その素材を使えば、科学的知識や特別な機械や職人技がなくても混ぜるだけでさまざまな油を乳化できるというところが画期的で。例えば家でカプチーノを作る時のミルクフォーマーってあるじゃないですか。あの程度の攪拌で十分なので、材料も家で扱いやすいようなものを開発したら、フレッシュなスキンケアクリームをいつでも作れるようになる。これまでは化粧品をつくる主体はメーカー側にあったのが、お客様ご自身に主体が移っていったときに、美の規範がどう変わっていくのか、あるいは変わらないのかがとても面白いと思います。

DIYコスメの開発に利用されている新素材の乳化メカニズム

──なるほど。スキンケアって、手間をかけること自体にセルフケアの精神があるような気がします。各自が作れるというのもおもしろいですが、あえて手軽にしないことも面白いですね。
近藤 あとは新素材ですかね。化粧品と医薬品の中間の、医薬部外品と呼ばれる日本独自のジャンルがあります。化粧品では謳えないような有効性をもつ成分が入っているものですね。そういった成分を独自に開発できるというのがうちの強みとしてあると思います。
 二〇一七年に「リンクルショット メディカル セラム」という、シワを改善する医薬部外品を初めて発売したんですね。美白に特化した「ホワイトショット」もそうなんですが、我々のグループでしか使えない独自の有効成分を配合しているので、技術としては最先端のものが詰まっています。
──「リンクルショット」のパッケージデザインは「前人未到の星を発見する旅」がテーマになっていて、とてもSFっぽいですよね。
近藤 開発に十五年かかっているんです。 あ、他にも、今年の一月に「コスモロジー」という、宇宙で使える化粧品を発売しました。
──なんと!
近藤 宇宙ビジネスコンテストをきっかけに始まった、ANAさんとの共同プロジェクトなんです。ポーラ製品としてはお求めいただきやすい価格ですし、二品で完結するのでスキンケア初心者の方にもおすすめです。宇宙に行くときって荷物をかなり少なくしなければいけないよねということから始まっていて。クレンジングと洗顔を一体化して、保湿も一つにまとめて、2アイテムに厳選されたんです。あと、ISS(国際宇宙ステーション)の中ってふんだんに水を使える環境ではないですよね。水が少ないからこそ気持ちを癒すという意味でも「みずみずしさ」を意識したテクスチャーにこだわりました。宇宙生活でスキンケアが楽しい時間になるよう、肌に塗った瞬間に感触が変わる技術を活用しています。洗顔の方も拭き取りで済むようにしました。

「コスモロジー」商品画像
※化粧品(顔用)として、JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)の「第2回宇宙生活と地上生活に共通する課題を解決する生活用品アイデア募集」で、初めて選定され、国際宇宙ステーション(ISS)搭載が決定したコスモロジー スペースクルーキットと、このアイテムは、内容物は同じですが、容量・デザインが異なります。

 これはJAXAの、宇宙生活/地上生活の課題を解決する生活用品の公募で採択され、ISS搭載可の判断が下りたので、来年以降の有人飛行の際に持っていっていただける予定になっています。
──すごい。
近藤 しかも「宇宙」を使用シーンとして開発したら、宇宙以外でも便利なものに仕上がったんです。水がなくても使える仕様にしたからリビングとかベッドサイドで使えるし、野外イベントや被災時にも役立ちます。この間、個人的に知人の出産祝いとしても贈りました。子育て中のお母さんがスキンケアをちゃんとするって難しい時があると思うのですが、コスモロジーなら寝かしつけをしながら使えるんじゃないかと思って。
──実際に宇宙で使われるものと同じものが使えるのってわくわくしますね。
近藤 考えるだけで楽しいですよね。もちろんエビデンスの部分も大事なんですが、言語化できない感覚や「楽しさ」みたいなものも化粧品の魅力だなと思います。
岡部 触覚や嗅覚もそうですよね。非言語の感覚というのは、まさに感性研究でいま力を入れているところです。
──わくわくするようなお話をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました! 最後の質問です。ずばり、百年後の美ってどんな感じだと思いますか?
近藤 そこを「こうです」と提示しきらない、というのがMIRCの方針でして(笑)。
──最初にそのように言われていましたね……!
近藤 ただ、百年のスパンで美について考えることはあります。というのも、京都で工芸に携わる方たちと美について対話するというのを、六、七年やってきているんですね。京都というのもありますが、それこそ百年みたいな単位で話をする人が多い。そこでおもしろいのが、「自分たちの代でやり過ぎない」という感覚でお話をする時がある。つなぎ続けるためにやることと、アテンションを引くためにやることってイコールじゃない。そのバランス感覚がすごく好きだなと思っています。「ぶらぶら研究員」が考える未来も今後どういう見方の人が入ってくるかで、見つける答えは違うと思います。私と違う領域に興味があったり、専門性があるっていうのはすごくいいことだと思っているので、そういうのをちゃんと生かしたいなと思うと、今いる私たちが百年後の美について正解を考えるというよりは、最小限の決まりごとやラインを決めておくことで、これからやってくる人たちがそれぞれの専門や感性を生かしながら自分たちの時代の「美」に柔軟にアプローチできるようにしておくのが大事なんじゃないかと思っています。
岡部 ちょうどポーラ・オルビスグループは二〇二九年で百周年を迎えるんですが、恐らく創業当時は全然想像もしてなかったような技術や製品が普及しています。ここから先の百年も、どんどん技術は発展しつづけていくわけですし、多分我々が想定してなかったまったく新しいスキンケアも誕生するでしょう。もしかしたらそれは化粧品の形をしていないかもしれないですし。ただ、うちは「誰かが幸せになったり、人生が美しくならないのであれば、その技術がどんなに素敵でもうちがやる必要はないんじゃない?」という考え方をしてきているので、そこは守っていくべき部分なのかなと思います。個人的には、百年先の未来が効率性や生産性しか重視されない世界だと嫌なので、無駄なものをいっぱいつくっておきたいですね。百年先の人が振り返った時に「百年前の人こんなこと考えてたんだ、楽しい!」って思えるように。

聞き手・構成◎ひらりさ

(二〇二四年七月二十三日/於・株式会社ポーラ・オルビスホールディングス本社)


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