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サイコーのサイエンスQ&A! 『ホワット・イフ?』文庫化&新作『ハウ・トゥー』刊行記念。内容紹介ミニ連載第1回

 元NASAのウェブコミック作家が、自身のウェブサイトxkcdに集まってくるトンデモ質問の数々に、マジメな科学と並外れた調査能力、そしてたっぷりのユーモアで答えていく『ホワット・イフ?』が、お求めやすい2冊の文庫になって帰ってきました!

ホワット・イフ_文庫2冊セット

(書影はAmazonにリンクしています)
(『ホワット・イフ? Q1&Q2』ランドール・マンロー
吉田三知世訳/早川書房/12月4日発売)

 このポピュラーサイエンス不況のご時世に5万部を達成! 紀伊國屋書店スタッフおすすめ本ランキング〈キノベス!2016〉でも2位に選ばれて、翻訳モノのノンフィクションでは初のトップ3として歴史に名を刻んだ『ホワット・イフ?』。
 SNS上では、書店等で配布していたリーフレットがどうやら隠れてちょいバズしたらしいですね……。

 しかも来年1月23日には、ランドール・マンローが今度は生活のお悩みを科学とユーモアで解決!? しちゃう、『ハウ・トゥー――バカバカしくて役にたたない暮らしの科学』(吉田三知世訳)も早川書房より刊行予定です!

ハウ・トゥー(仮)

(『ハウ・トゥー』ランドール・マンロー
吉田三知世訳/早川書房/1月23日発売予定)

 そこで、『ホワット・イフ?』文庫化 & 『ハウ・トゥー』刊行を記念して、『ホワット・イフ?』をちょっとだけふり返ってみる、三週ミニ連載を開始! 


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 『ホワット・イフ?』なんて初めて聞く人も、文庫化するのか! なんて思ってくれている、単行本を読んでくださった方々も、そろって、

P43もっとパワーを

 
 というわけで、寒さが厳しくなってきた昨今、よりコワくなってきた「風邪」を根絶する、超徹底的な解決方法を考えてみた章を今回はご紹介します。


風邪

質問.地球にいるすべての人が2、3週間のあいだ、一人ひとり離ればなれになって絶対会わないようにしたら、風邪なんて根絶されてしまうんじゃありませんか?                    ──サラ・エワート


答.そんなことをやってみる価値があるだろうか?

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 風邪はさまざまなウイルス(1)によって引き起こされるが、一番多いのはライノウイルスによるものだ(2)。風邪のウイルスは、あなたの鼻や喉の細胞を乗っ取って、自分と同じウイルスをどんどん作り出す(「増殖」する)ために利用する。2、3日すると、あなたの免疫系が乗っ取りに気づき、ウイルスや乗っ取られた細胞を破壊する(3)が、それまでには平均で1人、別の人間にそのウイルスが感染してしまっている(4)。感染との戦いに勝ったなら、あなたはその特定のライノウイルス株に対しては免疫ができ、数年間はその同じ株のウイルスには感染しない。

 もしもサラが私たち全員を隔離したなら、私たちが持っている風邪のウイルスには、次に感染する新しい人間(ウイルスに寄生される「宿主」)がいないことになる。ではこの状況で、私たちの免疫系はそのウイルスのすべてのコピー(「増殖」してできた、同じウイルス)を全滅させることができるのだろうか?

 この問いに答える前に、このような隔離を行なった場合、どんな影響が実際に生じるのか考えてみよう。世界経済の年間総生産高は、約80兆ドルだ。このことからすると、すべての経済活動を2、3週間中断すると、数兆ドルの損失になると推測される。全世界で「停止」してしまうことが世界の経済システムに及ぼす打撃は、世界規模の経済崩壊をもたらす恐れが大きい。

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 世界の食料総備蓄量は、すべての人間を4、5週間隔離しても食料を行き渡らせるに十分だと思われるが、そのためには事前に備蓄食料を均等に分けて梱包しておかなければならない。率直に言って、野原かどこかにひとりぽつねんと立っているところに、20日分の備蓄穀物があったとして、それをどうすればいいのか、見当もつかない。

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 世界規模の隔離を実施するにあたって、別の問題も出てくる。「われわれは実際、どれくらい遠く離れられるのだろう?」という問題だ。世界は広い[要出典]。しかし、人間は大勢いる[要出典]。

 世界の陸地を均等に分割したなら、1人あたり2ヘクタール強の面積を割り当てるに十分だ。これだと、一番近い人間との距離は77メートルになる。
 

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 77メートルの距離があれば、ライノウイルスの伝染を阻止するにはおそらく十分だろうが、これだけ離れてしまうことには代償も伴う。世界の陸地の大部分は、5週間突っ立っていて心地いい場所ではない。サハラ砂漠(5)や南極の真ん中(6)に立っていなければならない人が大勢出てくるだろう。

 もっと実際的なやり方(コストは必ずしも安くない)は、全員にバイオハザード防護服を配ることだ。そうすれば、みんな歩き回って交流することができるし、通常の経済活動を一部継続することもできるだろう。

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 しかし、ここは実際の運用上の問題をわきに置き、サラ自身の質問、「これで風邪がなくなるのか?」について考えよう。

 答をはっきりさせるため、クイーンズランド大学のオーストラリア国立感染症研究センターのイアン・M・マッカイ教授に問い合わせてみた(7)。

 マッカイ博士は、純粋に生物学的な観点から言って、このアイデアは実際かなり理屈にあっていると言う。ライノウイルスは、その他のRNA呼吸器系ウイルスと同じく、免疫系によって完全に体内から排除され、感染後、いつまでも体内に留まることはないそうだ。さらに、人間と動物のあいだでライノウイルスをうつしあうことはないので、人間の風邪の保存場所になるような種(しゆ)も存在しないわけだ。ライノウイルスがあいだを行き来できる人間が十分な人数いなければ、ライノウイルスは死に絶える。

 孤立した集団のなかで、実際にこのようにしてウイルスが絶滅した例はいくつも存在する。スコットランドの北西沖にあるセント・キルダ群島は、何世紀にもわたって人口は100人ほどだった。群島に小船がやって来るのは年に2、3回だけだったが、小船がやってくると、スコットランド語でcnatan-na-gall、すなわち「ボート咳」という奇妙な病気が流行った。数百年にわたり、新たに小船が到着するたびに、時計仕掛けのように決まりきったパターンで、ボート咳は必ず島を席巻した。

 ボート咳が流行した本当の原因はわかっていないが(8)、その多くはおそらくライノウイルスによるものだろう。小船がやってくるたび、新しいウイルス株が持ち込まれる。新しいウイルス株は島を席巻し、ほとんど全員が感染する。数週間後、すべての島民がこの株に対する免疫を新たに獲得してしまい、ウイルスは行くところがなくなって絶滅してしまう。

 このようにしてウイルスが排除される現象は、小さな孤立した集団ならどこでも起こりうる。たとえば、難破船の生存者のグループなどでも見られるだろう。 

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 もしもすべての人間が誰からも隔離されたなら、セント・キルダ群島のケースがヒトの種全体の規模で再現されるだろう。1、2週間のうちに、人間の風邪は通常の経過をたどり、その後たっぷり時間をかけて、健全な免疫系によってウイルスは全滅させられるだろう。

 残念ながら、ひとつ問題があり、それが計画のすべてを台無しにしてしまうかもしれない。「人間全員が健全な免疫系を持っているわけではない」という問題だ。

 ほとんどの人間で、ライノウイルスは10日ほどで体内から完全にいなくなる。しかし、免疫系が極度に弱まっている人間ではそうはいかない。たとえば、臓器移植患者は、免疫系が人為的に抑制されており、ライノウイルスをはじめ、普通の感染症のウイルスが数週間、数カ月、場合によっては数年にわたって居座りつづける。

 この、免疫系が損なわれたごく少数の人々が、ライノウイルスにとって安全な隠れ家となるだろう。ライノウイルスを撲滅できる望みは薄い。2、3の宿主があれば、瞬く間に広まって再び世界を支配するに十分なのだ。

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 サラの計画は、おそらく文明を崩壊させるのみならず、ライノウイルスの撲滅には失敗するだろう(9)。しかし、それはかえっていいことかもしれないよ!

 風邪はいやなものだが、風邪が存在しないほうがもっと悪いかもしれない。カール・ジンマーは、著書の『ウイルス・プラネット』のなかで、ライノウイルスに曝されたことのない子どもは大人になってから免疫異常になる率が高いと言っている。こういう軽い感染症が、われわれの免疫系を訓練し、調整している可能性があるわけだ。

 とはいえ、風邪はほんとうにいやだ。いやな思いをするばかりか、一部の研究によれば、この手のウイルスへの感染が、われわれの免疫系を直接弱め、ほかの感染症にもかかりやすくしてしまうという。

 すべて考えあわせると、私は自分が今後絶対風邪にかからないようにするために砂漠の真ん中に5週間立ったりはしない。だが、ライノウイルスのワクチンが開発されたなら、真っ先に打ってもらいに行くつもりだ。

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(1) 英語のウイルス、virus の複数形はviruses が一般的だが、viriiが使われることもある。ただしあまりお勧めはしない。複数形にviraeを使うのはまったくの間違いだ。 
(2) 呼吸器系のうち咽頭より上の「上気道」の感染はすべて、「普通の風邪」の原因になりうる。
(3) 実際には、ウイルスそのものではなくて、免疫系の反応が病気の症状を引き起こす。
(4) 数学的には、これは正しいはずだ。平均が1人より少なければ、ウイルスは死滅する。また、1人より多ければ、やがて全員が常に風邪を引いている状況になる。
(5) (4億5000 万人)
(6) (6億5000 万人)
(7) この質問については、最初、ブログ〈Boing Boing〉の編集者、コリイ・ドクトロウ(カナダ人、SF 作家でもある)に尋ねてみようとしたのだが、何度頼んでも彼は、自分はほんとうの医者ではないからだめだの一点張りで、結局断られてしまった。



 今回はここまで! 急に不安を覚えたので、インフルエンザのワクチンを予約します……。
 来週は11月26日に公開!

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