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〈核融合の最前線〉がここにある 『「夢のエネルギー」核融合の最終解答』監修者解説

CO2を排出せずに莫大なエネルギーを生み出し、気候変動や資源の枯渇などの問題を一挙に解決すると目される「核融合」。その到達点と、実用化に向けた熾烈なレースの最前線に迫る概説書、 『「夢のエネルギー」核融合の最終解答』(アーサー・タレル:著 横山達也:監修 田沢恭子:訳)が本日発売します。

今回の記事では刊行を記念し、本書の「監修者解説」の一部を特別公開いたします。国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構那珂フュージョン科学技術研究所(QST)研究員として、世界最大のトカマク装置「JT‐60SA」での実験に携わる横山達也氏により、本書の読みどころがあますところなく紹介されています。


書名:  『「夢のエネルギー」核融合の最終解答』

著:アーサー・タレル

監修:横山達也

訳:田沢恭子

出版社:早川書房

発売日:2025年1月22日

本体価格:2600円(税抜)


監修者解説

ひとりの「スタービルダー」より

国立研究開発法人
量子科学技術研究開発機構
那珂フュージョン科学技術研究所 研究員
横山達也


「スタービルダー」と核融合を巡るレース


 原書のタイトルを聞いただけで本書の内容を推測できる人はまれだろう。$${The }$$$${Star }$$$${Builders }$$、直訳するなら「星を建造する者たち」だろうか。副題はこう続く──$${Nuclear }$$$${Fusion }$$$${and }$$$${the }$$$${Race }$$$${to }$$$${Power }$$$${the }$$$${Planet }$$。これも直訳すると、「核融合と地球への電力供給を巡る競争」。物理学や天体、環境問題に興味がある人であれば、なんとなくタイトルの意味するところがわかるだろうか。核融合──最近では日本語でも単に「フュージョン」と呼ばれることもある。この数年、ニュース番組などで耳にしたことがある人もいるだろう。そして、「核」と聞いて眉をひそめた人も、もしかしたらいるかもしれない。

 本書は(研究者向けでないという意味で)一般向けに書かれた、核融合エネルギー開発、あるいは「スタービルディング」の入門書だ。夜空の星が輝くのと同じ原理──核融合反応によるエネルギーを地上に実現させようという、荒唐無稽こうとうむけいにも思える取り組みが、今、世界中から注目されている。各国の研究所が取り組んでいるだけではなく、多くの民間企業も参画している。著者は彼らのことを、地上に恒星を建設しようとする「スタービルダー」と呼ぶ。スタービルダーたちが目指しているのは、核融合エネルギーで地球を救う、すなわち、「核融合では使うエネルギーを上回る●●●量のエネルギーを生み出せるということ、そして核融合は実用的なエネルギー源になるということ」を最初に●●●達成することだ。

 本書はこのレースの最前線を走るスタービルダーたちへのインタビューを交えながら、「スタービルディング」をとりまく現状をわかりやすく紹介している。

 著者のアーサー・タレルは、経済学を研究するデータサイエンティストとしてイングランド銀行に所属する傍ら、核融合研究のアウトリーチ活動を行なっている。彼はインペリアル・カレッジ・ロンドンで慣性閉じ込め核融合の研究をして博士号を取得しており、同大学での研究職を経て経済学へと転向した経歴を持つ。そのため、本文中では自身を「元」スタービルダーと呼称している。

 本書は著者がアメリカのカリフォルニアにある国立点火施設(NIF)のレーザー核融合実験を見学するシーンから始まる。レーザー光が全長1.5キロメートルもの距離を走り抜け、髪の毛の太さほどの極小の燃料カプセルに照射されて核融合反応が生じるさまが、さながらドキュメンタリー番組のCG解説のように描かれる。

 本書を通して、著者は様々な核融合エネルギーの研究施設を訪問し、その代表的なスタービルダーたちに話を聞いている。NIFの次に著者が訪れるのは、原書刊行当時世界最大だった磁場閉じ込め核融合実験装置である欧州トーラス共同研究施設(JET)を有する、イギリスのカラム核融合エネルギーセンター(CCFE)。そして同じオックスフォード州にあるトカマク・エナジー社とファースト・ライト・フュージョン社だ。それぞれの研究所を取りまとめる研究者や経営者に話を聞いて、著者は次のように語る。「どのスタービルダーに話を聞くかは重要でない。誰もが自分のやり方こそ最初にエネルギーを送配電網に供給できると固く信じている」。


なぜ、核融合なのか


 核融合エネルギーが大きな注目を集めている理由は、「化石燃料からの脱却」という人類にとっての大きな課題の解答になりうると考えられているからだ。第2章ではこの点について、他のエネルギー源との比較の中で語られている。

 核融合反応をエネルギー源として用いるための手法は様々なものがあるが、共通しているのは燃料を高温のプラズマにして、一定時間閉じ込める、ということだ。飛び回る原子核同士が偶然衝突して融合する反応をできるだけ多く起こすため、それらの速度は速い、すなわち温度は高い方が良いからだ。さらに、なるべく多くの原子核を、できるだけ長く閉じ込めておくことが重要だ。

 太陽を始めとする恒星の中では、非常に大きな重力によって「温度・密度・閉じ込め」の三要素が核融合反応に必要な条件を満たしている。だが、地球上では重力による閉じ込めは不可能だ。そのため、「ねじれた磁場によってプラズマを閉じ込める」と「慣性を利用して爆縮によって反応を起こす」の2種類の方法が検討されている。前者の代表例がJETのようなトカマク方式、後者の例がNIFで研究されているようなレーザー方式だ。

 核融合エネルギーを巡るレースの参加者は、CCFEやNIFのような政府系の研究所ばかりではない。各国のスタートアップ企業は、高い機動力と資金調達力を武器に、それぞれが信じる独創的な手法でこのレースを走っている。どの走者が最初にゴールするかはわからないが、スタートアップ企業が注目を集め、投資や人材が集まるほど、ゴールが近づくのは間違いないだろう。

 第8章は少し角度を変えて、核融合について初めて聞いた人が持つであろう素朴な疑問──「これはちょっと危険では?」を投げかけ、その安全性について議論する。皆さんは、第五福竜丸という漁船をご存じだろうか。私はその歴史を伝える展示館のある東京都江東区の出身で、小学校の授業で習った記憶がある。1954年3月1日、第五福竜丸の乗組員たちは、米国による核融合技術を用いた兵器──水素爆弾の実験の近くに偶然居合わせ、被曝した。この悲惨な事件のように、核融合の技術が使い方によっては人類に危険をもたらしうるのは事実だ。とはいえ、核融合炉が水素爆弾と同じレベルで危険なのだろうか? さらに本章では放射能についても基礎的なところから解説しており、原子力発電所で使われる核分裂反応との比較の上で、核融合炉の安全性が議論される。核融合の危険性・安全性を考えるのに役立つだろう。

 第9章では核融合エネルギー開発の「これから」が語られる。その代表的なものは、南フランスに建設中のトカマク装置「ITER」だ。ITERは中国・EU・インド・日本・韓国・ロシア・アメリカの世界7極、35カ国が協力して建設を進めている、他に類を見ない巨大なプロジェクトだ。大きいのは枠組みだけではない。完成すれば、ITERは世界最大のトカマクになる。前述のJETの10倍以上の体積のプラズマを閉じ込める装置となるのだ。入力したエネルギーの10倍のエネルギー出力を達成することを目標とし、現在も建設が進められている。なお、ITERは当初2025年の実験開始を予定していたが、コロナ禍による製造の遅れや、真空容器などの部品に大規模な修理が必要となり、実験開始は2034年に延期されることが決まっている。

 また本章では、核融合エネルギー開発の一つのマイルストーンとして、発電を実証する装置である原型炉の開発についても触れられている。各国は国策として、核融合エネルギーの開発に取り組み始めており、原書の刊行後、その動きは更に加速している。例えばイギリスでは、2023年に計画が更新され、2040年までに原型炉に相当する装置の建設を目指す計画になっている。アメリカも、2030年代終わりまでに原型炉の運転を開始するという計画だ。

 ただし本書は、目下の気候変動を食い止めて地球を救うのには核融合エネルギー開発は間に合わないだろう、と言う見方は正しいと述べている。それでも核融合エネルギー開発を推し進める理由は、必要性は、本当にあるのだろうか。時間、資源、財源といったリソースが限られる以上、このような議論が常に重要であることは間違いない。著者の答えはエピローグで語られる。


2020年代の核融合


 さて、ここからは近年の、特に原書が刊行された2021年以降の核融合研究の状況について、日本の核融合研究を中心に本書を補足したいと思う。

 本文では、世界最大のトカマク装置としてイギリスのJETが紹介されている。しかし2024年現在、JETは運転を終了し、世界最大のトカマクの座は新たな装置に引き継がれている。その装置の名はJT‐60SA、茨城県那珂市の量子科学技術研究開発機構(QST)那珂フュージョン科学技術研究所(那珂研)で2023年に運転を開始したばかりのトカマク装置だ。世界最大のトカマク装置としてギネスブックにも登録されている。トカマクをはじめとする磁場閉じ込め核融合装置はプラズマが大きいほど閉じ込め性能が高くなることが知られており、大きい装置で実験することは、より高い性能のプラズマで実験するために重要なことだ。

 ここで、QSTで働く若い「スタービルダー」を一人紹介したい。名前は横山達也。彼は2022年に東京大学で博士号を取得後、那珂研で博士研究員(いわゆるポスドク)を経て研究員として勤務している。トカマクプラズマが突然崩壊してしまう「ディスラプション」現象について、その発生機構の解明や悪影響の緩和の手法を研究している若手研究者だ。そして2024年秋、縁があってこの解説を執筆している──と、このような形で本文中では多くの「スタービルダー」たちが紹介されている。彼らがどんな研究をしているかだけでなく、生い立ちや個性的な人となりにも触れられている。

 まず、JT‐60SAの前身の装置であるJT‐60から簡単に紹介したい。1985年に運転を開始したトカマク装置で、1996年にはイオン温度5.2億度を達成し、ギネスブックにも載った。JT‐60SAはその跡地に建設されている。特徴はそのギネス級の大きさに加えて、プラズマを閉じ込めるための磁場を発生させるコイルに超伝導材料が使われていることだろう。銅などの導体で作られたコイルでは通電していると熱を帯びてしまい、長時間の運転は難しい。超伝導コイルであれば、電気抵抗がほぼゼロのため熱を生じず、長時間の運転が可能だ。また、JT‐60SAの計画は日本単独ではなく、欧州と共同で進められているプロジェクトである点も特筆すべきだろう。

 JT‐60SAの大きな目的は、ITERを支援・補完する実験を行なうことだ。ITERに先駆けて高い性能のプラズマ実験を行ない、その成果をITERへ反映させる。さらに、原型炉に向けたITERの補完実験として、高い圧力のプラズマを長時間閉じ込める手法の確立を目指している。また、来きたるべきITERや原型炉の時代に、核融合研究開発をリードする人材の育成も目的として掲げている。

 2023年にはJT‐60SAでの初めてのトカマクプラズマ生成が成功し、同年中に1メガアンペアの電流が流れるプラズマの生成にも成功した。本稿を執筆している2024年秋現在、さらに高性能のプラズマを目指す約2年間の増力作業期間に入っている。ITERの計画の遅れがすでに発表されており、世界最大のトカマクであるJT‐60SAの担う役割は今後ますます大きくなるだろう。

 もちろん、核融合エネルギー開発レースに参加する日本の走者はJT‐60SAだけではない。岐阜県にある核融合科学研究所が持つ大型ヘリカル装置(LHD)は、25年にわたって実験が続けられてきた磁場閉じ込め方式の実験装置だ。2025年度でその運転は終了し、超高温プラズマの振る舞いを更に詳しく調べる新たな装置を建設する計画が発表されている。また、慣性核融合に目を向けると、大阪大学レーザー科学研究所では大型レーザー実験装置・激光Ⅻ号を用いて燃料を爆縮する実験が行なわれている。

 世界の注目はITERやJT‐60SA、といったプラズマ研究の先、発電の実証に向けられているのは前述の通りだ。日本も2023年四月に「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」が策定された。この戦略では核融合技術開発と核融合の産業化の両者を推進することが掲げられている。

 技術開発推進の取り組みの一つとして、「2050年までに、フュージョンエネルギーの多面的な活用により、地球環境と調和し、資源制約から解き放たれた活力ある社会を実現」することが「ムーンショット型研究開発計画」の10番目の目標として掲げられている。ムーンショット型研究開発計画とは、その名の通り、大胆な発想に基づいてイノベーションを生み出そうという内閣府の研究支援プログラムだ。この取り組みの最も大きな特徴は、発電、すなわち電気エネルギーにこだわらず多様なエネルギー源としての核融合エネルギーの活用を目指している点だ。単に要素技術の開発をしようというだけではなく、核融合エネルギーの革新的な社会実装を実現する、という視点から構想することでイノベーションを起こそうという狙いだ。本解説の執筆時点では具体的な研究計画を作り込んでいる段階とのことで、どのようなイノベーションが生まれるか注目されている。私個人としても、革新的な技術開発や未来の社会の実現に、どのように関わっていけるか楽しみにしている。

 核融合エネルギー(または、フュージョンエネルギー)の産業化を目指そうという動きも同時に本格化している。2024年春にはメーカーや商社、さらには核融合スタートアップ企業からなる「一般社団法人フュージョンエネルギー産業協議会」が設立された。

 国内の核融合スタートアップ企業は、研究機関や大学からのスピンオフが目立つ印象だ。自前の核融合装置を作ってエネルギー利得の実現を目指す企業ばかりでなく、核融合炉に必要なリチウムやベリリウムといった材料に特化した企業もある。2023年には京都大学発のスタートアップ企業・京都フュージョニアリング社が100億円を超える資金調達に成功したというニュースも伝えられ、国内の注目も高まっているといえる。

 だが、過度に高まった期待は同時にリスクにもなる。たとえば、注目と資金を集めるために実現不可能な時間スケールで核融合エネルギーの実現を謳うたい、それが果たされなかったときの失望感は、その企業だけでなくスタービルダーたち全員に対して向けられるかもしれない。このリスクは本文でも触れられていて、一つの例として「常温核融合」のスキャンダルが挙げられている。個人的な考えを述べるなら、スタービルダーにとって──科学者であれ技術者であれ、経営者であれ──科学に真摯な態度でいることが、第一に重要だと思う。それこそが社会の信頼を勝ちとる基盤となるはずだと、私は信じている。


未来の「スタービルダー」へ


 本書を手に取る人の中には、「核融合」や「プラズマ」に興味を持っている学生もいることだろう。本書は最も読みやすく新しい、核融合の入門書だ。核融合に興味を持つきっかけは様々にあると思う。環境問題への問題意識もあるだろうし、そもそもプラズマ物理学は学問分野として面白い。核融合が登場するSF作品も多くある。例えば、私が核融合研究を志したのは、福島第一原発事故の記憶が鮮明に残る2013年、大学一年のこと。これからの社会ではエネルギー問題の解決が必要だと感じつつも、具体的にどんな事ができるのかは知らなかった。そんなとき、ある講義で「エネルギー問題の究極解」として紹介された核融合エネルギーに惹かれ、この道に飛び込んだ。私の周りの核融合研究者たちもこの道を選んだ理由は様々だが、皆同じ、核融合をやらなくちゃ、という志を抱いている。本書を一つの入口として、同じ気持ちでこのレースに関わってくれることを待っている。

 冒頭でも述べたが、最近、「核融合」ではなく「フュージョン」と呼ばれることが多くなった。実は本文でも「核融合を困難にしている問題の一つは、おそらくその名称だ」と語られており、「核(nuclear)」と名のつく技術を敬遠する風潮は日本だけでなく英語圏にもあるのだということを初めて知った。核融合が地球を救うためには、少なくともこの「核」への拒絶反応を抜け出し、核融合発電を推進するかどうか、みんなで考えていく必要があると思う。たくさんの人に「核融合」について知ってもらうことこそ、その第一歩だ。冒頭で「核」融合と聞いて眉をひそめた人、どうか本書を読んで、核融合が怖いものかどうか、もう一度考えてみてはくれないか。

 本書を通して多くの人が核融合について知る一助になれることを嬉しく思う。スタービルダーたちを応援する人が一人でも増えてくれれば幸いである。


著者: アーサー・タレル Arthur Turrell

イングランド銀行の金融安定性リサーチ&データ・シニア・マネージャー。インペリアル・カレッジ・ロンドンで慣性閉じ込め核融合の研究に従事し、プラズマ物理学の博士号を取得。現在はデータサイエンスと経済学を研究する傍ら、核融合研究のアウトリーチ活動を行なっており、《デイリー・メール》、《ガーディアン》、《インターナショナル・ビジネス・タイムズ》、《ギズモード》などで紹介されている。本書が初の著書。

監修者: 横山達也

国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構 那珂フュージョン科学技術研究所研究員。専門は核融合プラズマ物理の実験とデータ解析。2022年、東京大学大学院 新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻修了。博士(科学)。

訳者:田沢恭子

翻訳家。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科英文学専攻修士課程修了。主な訳書にヴァルトネンほか『宇宙の超難問 三体問題』、ツァイリンガー『量子テレポーテーションのゆくえ』、タイソン『人生が変わる宇宙講座』、レヴィン『重力波は歌う』(共訳)(以上早川書房刊)など。

◆書籍概要