逆転交渉術

取引先や上司の無理難題にはこう答えよう! 『逆転交渉術』試し読み②

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元FBIエージェントが極秘テクニックを余すところなく語った『逆転交渉術――まずは「ノー」を引き出せ』。20年以上にわたる人質交渉で培ってきた技術は、交渉術の本場ハーバード大学の教授も驚かせたほど。

今回は「ハーバード大教授を出し抜いた、FBIの最強交渉技術を披露!」でとりあげた〈狙いを定めた質問〉をさらに掘り下げます。

前回、著者のクリス・ヴォス氏は、「きみの息子を預かったよ、ヴォス。100万ドルよこさなければ、息子は死ぬ」と脅迫をうけました(実はロールプレイ)。そこでヴォス氏が言ったのが、「どうしたらわたしにそんなことができるというのですか?」という〈狙いを定めた質問〉です。これは、自由回答式の質問、つまり返事がYESかNOにならない質問です。

この質問の利点のひとつは、相手が返答するまでに時間が稼げることです。

でも、それだけではありません。この質問は、「そんなことはできない」と否定したり、逆に説得したりするのではなく、相手を率直に、抵抗せず受けいれることで、会話から攻撃性を取り除く効果もあります。

そして、「どうしたらできるのでしょう?」は、助けを求めることにもなるのです。無理難題を言った相手が、自主的に解決策を出してくれることさえあります。

では、実際に取引先や上司から無理難題を突きつけられた人が放った〈狙いを定めた質問〉の威力をみてみましょう。

***

数年前にわたしがコンサルティングをしていたクライアントの女性は、ある大会社の広報を請け負う小さな会社を経営していた。大会社の連中は請求書の支払いをせず、ときがたつにつれ、わたしのクライアントへの借りはどんどん溜まっていった。相手はくり返し大量の発注をすると約束し、仕事をつづけさえすれば収入はたっぷりはいるとほのめかすので、クライアントは難しい立場におかれていた。罠にはめられたような気もしていた。

クライアントへのわたしの助言は単純だった。相手を会話に引きいれ、そこで状況を説明して、たずねるのである。「どうしたらわたしにそんなことができるというのですか?」

クライアントはかぶりを振った。そんな質問をすると考えただけで身がすくんだ。「とにかくそうしろと言われたら、逃げ道がありません!」という答えだった。

また、この質問が「あなたたちはわたしから搾取をつづけていますが、それを止めなくてはなりません」と聞こえたようだ。自分が広告コンサルタントを解任される第一歩になりかねない。わたしはクライアントに、そのような含みは実際にあったとしても、あなたの頭のなかにあるのだと諭した。こちらが冷静で、非難や脅迫には聞こえないよう言い方に気をつければ、相手もことばは聞くが、言外の意味には耳を傾けないだろう。平静を保ちさえすれば、解決すべき問題と受けとめてもらえるはずだ。

クライアントは半信半疑だった。その台本にそってなんどかリハーサルをしたけれど、まだ怖じけづいていた。それから二、三日がすぎ、電話をかけてきたクライアントは喜びにすっかり舞いあがっていた。べつの依頼事項があって電話をかけたので、ようやく勇気を奮い起こして状況を説明し、「どうしたらわたしにそんなことができるというのですか?」と質問したのだという。

それで、どうなったのか。相手は「おっしゃるとおりだ。あなたにそんなことをさせるわけにはいかない。申し訳なかった」と答えた。実は先方の社内で少々問題が起きているということで、クライアントは新しい会計担当者の連絡先をもらい、四八時間以内に支払うと告げられた。そしてそのとおりになった。

では、クライアントの質問がどのように作用したのかを考えてみよう。この質問は、相手を何ひとつ非難することなく、大会社にこちらの問題を理解させ、こちらの求める解決策を提案させた。簡単に言えば、それが具体的な効果をあげるために狙いを定めた、自由回答式の質問の核心である。

あたりを柔らかくする「おそらく」、「きっと」、「思う」、「でしょう」などのことばのように、狙いを定めた自由回答式の質問は、相手を怒らせかねない対立する発言や選択回答形式の要求から、攻撃性を取りのぞく。何がそのような作用を起こすのかというと、質問の意味合いが厳格に定義されておらず、相手が自分なりに解釈できるという点だ。あなたは高圧的だとか厚かましいなどと受けとめられることなく、考えや要求をもちだすことができるのである。

そして、そこが「あなたたちはわたしから搾取をつづけていますが、それを止めなくてはなりません」と、「どうしたらわたしにそんなことができるというのですか?」との差である。

狙いを定めた質問の真の美しさは、意見とはちがい、攻撃するターゲットを掲げないという事実だ。狙いを定めた質問には、何が問題なのかを相手に学ばせる力がある。何が問題なのかを相手に教えることで衝突を発生させるのではない。

とはいえ、狙いを定めた質問は、ただ闇雲にコメントを要求するわけではない。方向がある。あなたが会話をどこへ向かわせたいかを決めたら、その方向へ導きながらも、相手が自ら先導したかのように思わせる質問を考案しなくてはならない

だからこそ、わたしはこのような質問を狙いを定めた質問と呼んでいるのである。あなたは慎重に狙いを定めなくてはならない。ちょうど銃の照準器や測定器具を調整して、具体的な問題にターゲットを絞るように。

よいニュースは、それにはルールがあるということだ。

まず、狙いを定めた質問では、できるかできないか、あるかないか、やるかやらないかといった、単純に「イエス」か「ノー」で答えられる選択回答形式の質問は避けること。そうではなく、いわゆる記者の質問と呼ばれる「だれが」、「何を」、「いつ」、「どこで」、「なぜ」、「どのように」といったことばを使って質問する。これらは相手に発展的に考えさせ、また話をさせるきっかけを与えるからだ

これらのことばを、さらに絞らせてもらいたい。一番適しているのは、「What(何)」と「How(どのように・どうしたら・どう)」であり、ときには「なぜ」がふさわしいこともある。それだけである。「だれが」、「いつ」、「どこで」を使っても、相手は考えることなく事実を答えるだけになりがちだからだ。また、「なぜ」は逆効果になるかもしれない。「なぜ」はどの言語であっても、非難がましくなる。あなたにとって有利になることはまずないだろう。

「なぜ」をうまく使える唯一の機会は、相手が守りの姿勢を取ることが、あなたのアプローチを支持することにつながる場合だ。「あなたはなぜ、これまでずっとやってきた方法を変えて、わたしの手法を試すのですか?」がひとつの例だ。「あなたの会社はなぜ、長年のつきあいがあるベンダーから、わが社に変えるのですか?」もそうだ。いつものように、礼儀正しく敬意をこめた声の調子も大切である。

そうでなければ、「なぜ」は熱いコンロの火口のように扱うこと──触れてはいけない。

たったふたつのことばではじめるのは、弾が豊富とは思えないかもしれないが、だいじょうぶ、「何(が)」と「どのように(どうしたら)」はどんな質問を調整するのにも使えるといっていい。

「これはお望みのものに似ていますか?」は、「これはどのように見えますか?」あるいは「これがあなたの役に立つとしたらどうでしょう?」に変えられる。さらには、「これがあなたの役に立たないとしたらどうでしょう?」とたずねることもでき、きっと相手からかなりの有益な情報を引き出すことができるだろう。

「なぜそうしたのですか?」のような手厳しいことばも「何がそうさせたのですか?」と調整することができ、感情を取りのぞいて非難がましさを弱められる。

狙いを定めた質問は早めに、数多く使うほうがよく、なかでもいくつかの質問は、ほとんどすべての交渉で、冒頭から使えると気づくだろう。「直面している最大の課題はなんですか?」はそういう質問のひとつである。これによって、相手についての何かを引き出すことができる。交渉はすべて情報収集のプロセスなので、どんな交渉においても重要である。

以下はそういった頼りになる質問の一部で、わたしがほとんどすべての交渉のなかで、状況に応じて使っているものだ。

狙いを定めた質問リスト

・これがあなたにとって重要だとしたら、どうでしょう?
・これをよりよいものにするために、どのようにお手伝いすればいいでしょう?
・どのように事をすすめさせたいですか?
・このような状況にいたらしめたものは、なんでしょうか?
・この問題をどうしたら解決できるでしょうか?
・目標はなんでしょう? 何を達成しようとしているのでしょうか?
・どうしたらそんなことができるというのですか?

うまく構成された質問はどれも、「相手が望むことをあなたも望んでいるが、問題を克服するには相手の知恵が必要なのだ」とほのめかしている。これはとくに攻撃的だったり尊大だったりする相手には、実に効き目がある。

あなたはそれとなく助けを求め、友好関係を始動させ、守りをゆるめた。それだけではなく、それまでは強情だった相手が、いまやあなたの課題を乗り越えるために頭脳と感情の力を働かせているという状況を作り出した。これは相手があなたのやり方を自分のものにするための第一歩であり、また、そこにある障害を、自分自身のものにするための第一歩である。そして、それが相手を計画的な解決策へと導く。

あなたの解決策である。

医師が狙いを定めた質問を使って、患者を留まらせた話を思い返してもらいたい。あの医師が示したように、相手にあなたと同じものの見方をさせる鍵は、相手の考えを巡って対決(「あなたは出ていってはいけない」)することなく、相手の考えをそのまま受けいれて(「なぜいらだっているのか理解できる」)、相手を問題解決へと導くのである(「出ていくことで、何を達成したいと考えているのか」)。

先に述べたように、交渉で優位に立つ秘訣は、相手が主導権を握っていると錯覚させることである。だからこそ、狙いを定めた質問は巧妙なのだ。この質問は、相手に自分が責任を負っているように感じさせるが、実際には会話の枠組みを決めているのはあなたのほうだ。相手はあなたの質問によってどれだけ制約を受けているのか、まったく気づかないだろう。

以前、わたしはハーバードの幹部育成プログラムへの参加に関して、上司のひとりと交渉したことがある。すでに出張の費用は承認を受けていたが、わたしは出発する予定の前日になって上司の執務室へ呼ばれ、出張の妥当性を問われることとなった。

上司のことはよく知っていたので、自分が管理者であることをわたしに示したいだけなのはわかっていた。そのため、しばらく話をしたあと、わたしは上司に向き直ってたずねた。「最初にこの出張を承認してくださったとき、何をお考えでしたか?」

上司は目に見えてリラックスし、椅子に深く体を沈めると、尖塔のような形に両手の指先を合わせた。これは一般的に、自分が責任者であり優位な立場だと感じていることを示すボディランゲージだ。

「いいかね」上司は言った。「とにかく、帰ってきたら忘れずに、みんなに概要を話してやってくれ」

上司の権力を受けいれ、真意を話すように狙いを定めたあの質問は、上司が主導権を握っているという錯覚をもたせた。

そして、そのおかげでわたしは望むとおりのものを得た。

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逆転交渉術』(クリス・ヴォス、タール・ラズ、佐藤桂訳、46判並製、定価1800円)は早川書房より好評発売中です。

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