日本の15歳はなぜ学力が高いのか__帯付

【大反響】イギリスの15歳の5人に1人が解けないこの問題を、あなたはどうして解けるのか? ルーシー・クレハン『日本の15歳はなぜ学力が高いのか?』第1章を公開〈後編〉

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旅の動機とその方法
ここまで述べてきたような事柄は、すべてどこかに書かれているものだが、それを読んでいる人は少ない。そういう情報には、各国の報告書、OECDによる国際的な分析(読みたい刊行物が次々と出されるがとても読みきれない)、さらに教育コンサルタント、学者、ジャーナリストが次々と出す批評、分析、解説等がある。いくつかは本書でも使用しているし、また本書で出したさまざまな結論は、OECDが出した結論と一致している(といっても、OECDの結論に引きずられたわけではない)。多くの専門家や学者による分析はきわめて貴重であり、彼らは私よりずっと有能だが、彼らが示しているのは全体像の半分でしかない。そこには効果量(訳注/統計用語。効果の大きさを表す)のような数値は盛り込まれているが、人間は除外されている。何と何が相互に関連しているかは説明できるが、それぞれの物事が文化とどう関係しているかは説明できない。「何」を知ることはできるが、「なぜ」や「どうやって」を知ることはできない。

雨の降るイギリスで「成績上位」の国々とその教育システムに関する報告や分析を読みながら、私はこの国々を、もっと広く、深く、そっくり丸ごと理解したいと、心の底から願った。疑問が次々に浮かんだ。「教室内はどんな感じだろう?」「シンガポールの親たちは、自分の国の教育システムは優れていると思っているんだろうか、それともよその方がいいと思っているんだろうか?」「フィンランドの子どもたちにとって、学校が七歳まで始まらないのは、どんな意味があるんだろう。私は自分の子どもをフィンランドの学校に行かせたいと思うだろうか?」OECDの報告書を読めば、さまざまな国々の政府による取り組みについて何でも知ることができたし、学術論文にはどの政策がどんな効果をあげているかが書かれていたが、それぞれの国の事情を背景に、教育が全体としてどのように機能しているのかは、自分の目で見なくてはわからなかった。それをやらないうちは、全体像は見えてこなかった。

こんないろいろな疑問が心に浮かんだのは、ちょうど私が修士課程を終えかけていて、まだ定職もなく、住宅ローンもなく、子どももいないときだった。つまり、私をイギリスに繋ぎ留めるものは何もなかった。そこで私は、ある友人が「イカレた休暇」と呼んだものに足を踏み出すことにした。まず、PISA成績上位国で働く教師たちのメールアドレスをインターネット上で選び出し、彼らの学校に少しだけ行って手伝いをさせてもらえないか、また、彼らのところに二、三週間滞在させてもらえないかとお願いをした(当然ながら、母は当時、この計画に渋い顔をした)。それから、頭がおかしいんじゃないかと思われたら誰も応じてくれないだろうと気づき、iPadを開いて、できるだけ正気に見えるように心がけながら、短い自己紹介ビデオを作って彼らに送った。

当時、PISAで成績トップ一〇に入っていた国や地域の中から、私は上海とシンガポールを、飛び抜けた高得点を取っているという理由で選び、日本を、小さな都市国家ではなく大きな国だという理由で選び、フィンランドを、最近まで東アジアを凌いでいた唯一の西欧の国であるという理由で選び、カナダを、文化的、地理的な多様性にもかかわらず上位に入っているという理由で選んだ。そして、最初に行こうと考えた国、フィンランドの教師たちにメールを送り、それから待った。もし誰も返事をくれなかったら、「教育に関するご意見を聞かせてください。話しかけて!」と大きく書いたカードを持って、ヘルシンキのコーヒーショップに座って待つという、もしものときのプランを実行することになるかもしれない、などと考えていた。ところがなんと、嬉しいことに、クリスティーナという教師が返信をくれた(彼女は次の章に登場する)。世界じゅうの教育者たちは、すばらしく心が広くて偏見がなく、私を彼らの学校に招き入れてくれるということがわかった。本書を執筆する上で彼らが果たしてくれた役割には、いくら感謝しても感謝しきれない。

それぞれの国へ訪問するとき、私は、教育関係者のお宅に滞在して彼らのライフスタイルと文化をできるだけ深く理解しようと努め、その教育システムの典型例とはいえない「ピカピカの」学校に案内されるのを避けるために、非公式な手段で学校訪問をし、学校関係者たちが私に慣れて普段通りでいられるように、一つの学校に少なくとも一週間は通うという方法を取った。一つの国に約四週間滞在し、そのうち三週間、学校に行った。教えたり手伝ったりしながら、常に質問をした。インタビューの中には記録に残した公式のものもあったが、たいがいは、地下鉄の中や、帰り道や、麺類のどんぶりをはさんでの、私的な雑談だった。私は仕事熱心な用務員や、傑出した指導者や、死に物狂いの中学生や、絶望した親たちに話しかけた。そんなふうにして、教育に対するさまざまな取り組み(そしてその背後にあるさまざまな考え)について、じつに多くのことを学んだ。本書で私は、みなさんを「世界最高水準」の教育システムへの旅にお連れし、そのいくつかをご紹介しよう。

問題はどこに? 私の意見
自分の研究をいろいろな場で発表し始めた頃、発表のあとでよく言われたのは、「なぜPISAを重要視すべきなんですか? テストの結果だけが教育ではないでしょう」というような、質問というよりも意見というべきものだった。ごもっとも。もしPISAを重要視しないなら、PISAの成績上位国がどんな教育をしているか、気にすべきではないだろう。それはたいへん結構なご意見だし、よく指摘される点でもある。というのは、PISAの結果をめぐる騒動のせいで、各国政府が教育の非常に狭い測定値にばかり目を向け、子どもたちの教養的な知識や、社会の一員という認識や、個人的、社会的特性などを発展させるような、教育の持つそれ以外の重要な目的に悪影響を与えているという見方があるからだ。たしかにイギリスやアメリカの一部でそういうことが起きているのは間違いないようだし、それを擁護するつもりはない。PISAのランキングばかり重視して、幅広いデータを自国の教育システムを良い方向に導くための情報として使おうとしない政府の一例だ。しかし、だからといって、PISAやTIMSSに意味がないとは私は思わない。

教育には、読解や数学や科学の能力より大事なものがあることは、誰でも知っている。しかしそれと同じように、その幅広い教育には当然、読解と数学と科学が含まれていることも、誰もが知っていることだろう。私が調査してみようと思った疑問の一つは、PISAの成績上位国は、この三分野でだけ成績が良く、他のすべてを犠牲にしているのか、それとも、数学、読解、科学に費やす時間を大きく増やすことなく、この三分野における理解や能力の向上をもたらす方法があるのか、というものだった。子どもたちが学校を出て人生に踏み出すうえで、この三分野で少なくとも基本的な水準に達していることは、とても重要だ。それにイギリスでは、現時点で、どの教科でもじゅうぶんな対応ができていない。二〇一二年にPISAのテストを受けたイギリスの一五~一六歳児の一七パーセントが、読解における習熟度の基準レベル(レベル2)に達していなかった。これは、OECDでは、彼らは「効果的かつ生産的に社会に参加するために必要不可欠なスキルを備えていない」とみなされていることを意味する。数学では、基準レベルに達していない子どもの割合は二二パーセント、つまり五人に一人以上になる。

コラム① レベル2とは、具体的にどんなもの?
レベル2に達しないとは、以下のような問題に正解できないことを意味する。

レベル2 PISA数学問題
ヘレンは自転車で遠出して、最初の一〇分間で四キロメートル進み、次の五分間で二キロメートル進みました。
次のうち、どれが正しいでしょう。
A.ヘレンの平均速度は、最初の一〇分間の方が次の五分間より速かった。
B.ヘレンの平均速度は、最初の一〇分間も次の五分間も同じだった。
C.ヘレンの平均速度は、最初の一〇分間の方が次の五分間より遅かった。
D.この文章から、ヘレンの平均速度について知ることはできない。

読解問題では、一五~一六歳の子どものほぼ五人に一人が、その下のレベルの問題にしか正しく答えられなかった。例えば次のような問題だ。

レベル1a PISA読解問題
歯磨きについて 
歯は長く強く磨けば磨くほどきれいになるか?
イギリスの研究者たちは、ならないと言っている。彼らは実際にさまざまな磨き方を試し、完璧な歯の磨き方を見つけた。あまり強くなく二分間磨くと、いちばん良い結果が得られる。強く磨くと、食べかすや歯垢がきれいに取れないし、エナメル質と歯茎を傷つける。 
歯磨きの専門家ベンテ・ハンセンは、歯ブラシをペンを持つように持つのがいいと言う。「一方のコーナーから始めて、歯並びに沿って磨いていきましょう。舌を磨くことも忘れずに! じつは舌には、口臭の原因になるバクテリアがたくさんいる可能性があります」
この文章は何についてのものですか?
A.最も良い歯の磨き方について。
B.最も良い歯ブラシについて。
C.良い歯の重要性について。
D.人それぞれの歯の磨き方について。

ここに挙げた問題からわかるように、習熟度の基準レベルはかなり低い。しかも対象者は、学校で一一年も学んで、義務教育を終えようとしている者たちだ。OECDは何の根拠もなくこのレベルを設定したわけではない。オーストラリア、カナダ、デンマーク、スイスにおける子どもたちの研究に基づいている。これらの研究では何年にもわたる子どもたちの追跡調査が行なわれ、この基準レベル(レベル2)に達しない者は、より高度な教育課程に進んだり職に就いたりした場合、厳しい状況に直面しがちであることがわかった。これは経済だけの問題ではない。人生において何をしたいと思うにしろ(プロのスケートボーダーになりたいとか、レストランのオーナーになりたいとか、家庭を持ちたいとか)、この程度の基礎的なスキルもないようでは、生きることがとても大変になり、自分の夢をかなえる機会も減っていく。

したがって、PISAの測定結果の中でも、この基準レベルに達した生徒の割合は、どの国にとっても重要な数値にちがいない。しかし、着目すべき点はそれだけではない。もう一つ重要なことは、PISAの最高レベルに達した子どもたちの割合だ。誰もが基準レベルには達しているものの、複雑な問題を解決できるほど頭の良い者が一人もいないような国ではまずいだろう。さっきとはまた別の基準で測定された、レベル5と6に到達した子どもたちの割合が必要だ。もちろん、最もよく知られている測定値は平均値で、新聞の見出しを賑わし、各国の成績を端的に示すという役割を果たす。

しかし、それで終わりではない。もし、レベル6以上の点を取った子どもたちがみな裕福な家庭の子だったら、そして基準レベルにも届かない子どもたちが、みな「貧困線」上かそれ以下の暮らしをしていたら、あなたはどう感じるだろう。それは不公平ではないだろうか。社会背景とテスト結果との連関は、世界じゅうで見られる。そしてその多くは生徒の家庭環境に起因していて、教育システムはこれを良くも悪くもできる(完全に是正する責任を持つ必要まではないが)。この測定値(生徒の環境が得点結果に与える影響)は「公正さ」を測るためのものだ。レベル2になんとか達した生徒の割合、レベル5と6に達した生徒の割合、平均値に加えて、この測定値があれば、考察を進めていくにはじゅうぶんだ。けれども必要に応じて、子どもたちの心の健康や、本書で旅する五カ国で報告されている幸福度のような、計測が困難なものについても触れていきたい。

特定の結果を重視すれば、それだけで最良の方法が自動的に明らかになるというわけにはいかない。重視すべき価値観や達成したい目標と、望んだ結果をもたらすために実際に「機能する」もののあいだには、決定的な相違がある。価値観や目標は、高いところから教育に携わる人たち(親、教師、政治家、実業家)によって叫ばれるべきだろう。彼らの掲げる価値観や目標は、民主国家においては、正当で重要なものだ。しかし、どうやったら望ましい結果をもたらすことができるだろう。その答えは、世界に目を向けなければ、つまり具体的な証拠を見つけなければ得られない。また数値、関連性、分析結果を見るだけでなく、子どもたちを観察し、教師たちの声に耳を傾け、大きな構想を探し、これらすべてを繋ぎ合わせ、組み合わせて出来上がる、より完成度の高い理想像を目指す必要がある。

本書を読むことで、より大きな理想像の一部を分かち合っていただきたい。私は、その理想像の一部を構成している、世界で最も優れた教育システムを有する五つの国と地域の教育がどのようなものなのかをお見せし、なぜそれらの国と地域が成果をあげているのか、手がかりをいくつか示そう。それらの国や地域の歴史、文化的要素、能力の異なる子どもたちへの教育方法、教師という仕事を魅力的なものにするための政府の取り組み、親の考え方や方針が子どもの成績に及ぼす影響なども、垣間見ることができるだろう。また、それらの国や地域の成功の根底にあるものを知るためには、人々の心理に目を向けることがどんなに大切かがわかるだろう。では、フィンランドに行こう。

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――続きは書籍でお楽しみください!

■著者紹介
ルーシー・クレハン(Lucy Crehan)
イギリスの教育研究者。オックスフォード大学で心理学と哲学を学ぶ。自閉症児の教育に1年間携わったのち、ロンドン・サウスウェストの中等学校で3年間教鞭を執る。ケンブリッジ大学で教育学の修士号を取得。その後、2年間にわたって世界を旅してまわり、各国の教育を実地調査した。帰国後、クラウドファンディングで資金を募り、調査の記録を本書(2016)にまとめたほか、世界各国の教師の昇進コースに関する報告書をユネスコに提出した。現在はイギリスのNPO団体「エデュケーション・ディベロップメント・トラスト」に所属し、各国政府が実施する教育改革への提言を行なう。

■著者本人による紹介動画

■日本の教育に対する著者の見解はこちら(東洋経済オンライン記事)

■苅谷剛彦氏(オックスフォード大学教授)による解説はこちら(HONZ)

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