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どこよりも遠い場所としての住宅。『バイオスフィア不動産』周藤蓮インタビュー

もしも死ぬまで外に出なくていい、生きるための全てが内部で完結する家があったら? 新刊エンタメSF『バイオスフィア不動産』を刊行した周藤蓮氏へのインタビューを掲載いたします。

イラスト:えすてぃお

周藤蓮(すどう・れん)
作家。2016年、『賭博師は祈らない』が第23回電撃小説大賞《金賞》を受賞。2017年に同作が電撃文庫から刊行され、デビュー。他の著作に『吸血鬼に天国はない』『明日の罪人と無人島の教室』 (以上電撃文庫)などがある。

—―まずは改めまして、自己紹介からお願いします。

周藤蓮です。
今まではライトノベル作家と名乗っていましたが、そういえば新しい名乗りを考えるべきなのかもしれないとこれに答えながら気づきました。

—―本作『バイオスフィア不動産』を執筆することになったきっかけをお聞かせください。

「コロナ禍がきっかけですか?」は本作を書いている間に結構な割合でされた質問です。その回答としては「影響がないわけではないが、直接的なきっかけではない」になります。

本作の発想の直接的な源は、数年前からのVR関連の隆盛です。

「現実に対して仮想のテクスチャーを被せる」という発想自体は昔からSFなどではよく見られていましたが、現実で日常的に行われるようになると、様々な形での実感が生まれてきますね。
実感できたのは人の意識とは自己と外界の接触面によって作られるということと、人はその接触面の調整や変更に思っていたより柔軟であるということ。その調整された境界面は、それ自体がある種、人を惹きつける力を持つということです。

現在は機器や環境の関係で「自分が望んだテクスチャーを被る」といったことが主流ですが、恐らくはそのうち「現実に対して望んだテクスチャーを被せる」といった行為も日常的に見られるようになることかと思われます。
そして人が各々の望んだテクスチャーを現実に対して適用できるようになった時、そこで起きることは現実と仮想の対立構造ではなく、現実が今まで持っていた唯一性の喪失です。

おおむね、人の精神の機能は「外界から与えられる刺激は変えられない」ということを前提にしています。
外界が変更不可能なものであり、そこから与えられる刺激を享受するしかないからこそ、人の精神は適応する必要性に駆られてきました。
しかし現実に対してテクスチャーを被せる機能が生まれれば、この不可逆的な関係性は崩れますし、その技術の端緒は既に社会に浸透しつつあるわけです。

こうした諸々の実感が、本作を書くことになった直接的なきっかけです。
嵐の前の日みたいな不安と期待、そして嵐を頭の中で膨らませていく楽しい想像です。

—―周藤さんに影響を与えた(お好きな)小説作品や、作家について教えてください。

人生で初めて読んだ小説は『はてしない物語』なので、最も影響が強いのはそれです。

SFに触れた最初の小説は「夏への扉」だったと記憶しています。
読んだきっかけは「表紙の猫がかわいい」だったので、この小説が生まれた遠因を探っていくと猫に辿り着くことになりますね。猫は偉大です。

—―「バイオスフィア2」は現実でも研究されていた人工生態系ですが、そこから本作の「バイオスフィアⅢ型建築」の着想はどのように生まれたのでしょう。

みんな好きですよね、バイオスフィア2実験。
これは特に根拠のない個人的な考えなのですが、世にあまたある失敗の記録の中でもバイオスフィア2が人を惹きつけるのは、それがどこよりも遠い場所になり得たからだと思います。

私たちは未知に興奮したり恐怖したりする生き物であり、内部で完結できる環境というのは、場合によっては南極や深海よりも遠い場所たり得ます。
実際にはバイオスフィア2で得られた教訓というのは、生命圏というものは繊細なバランスで成り立っていて、人はまだそれを再現するには及ばないというものでしたが。それでも想像を巡らせるには十分です。

なので本作で描かれるバイオスフィアⅢ型建築というのは、どこよりも遠い場所として設定されています。

—―本作は連作形式で、さまざまな理想化・極端化した家とその住民が描かれます。それぞれの家について、とくに力を入れた点があれば教えてください。

自分が住みたいと思えるかどうかです。

「内部で完結できる」という設定上、先鋭化していくのは簡単で、しかしあまりに先鋭化した家は既に住宅としての要件を満たせません。
なので出てくる家を家であるという範囲に収めるために、そこが住みたいと思えるかどうかを基準にしています。どの家も奇抜で独自なものですが、過去の私や未来の私、あるいは私の一部思想などが住みたいと思えるものになっています。

どこまでも飛んでいってしまいそうな設定を、物語にするために必死に手綱を握っていたので、すごく力が入った点であるのは間違いありません。

—―ライトノベル新人賞でデビューしてご活躍されている周藤さんですが、今回SFを書いてみていかがでしたか。ジャンルの違いなどを意識することはありますか?

ジャンルはおおむね「完成した作品を分類するもの」という認識で生きているので、実際に作品を作っている段階ではあまり意識していないです。
今回の作品についてもSFを意識して作ったというよりは、作ったプロットたちの中でジャンルに合致したものを選んだ形です。

ただ「ライトノベルではない」という部分は書くに当たってかなり意識しました。
ライトノベルでは外見情報などは、場合によっては削ることが有効に働くこともあります。挿絵などで情報を補うことが可能なため、そういった情報を出す紙幅を別に割くことができるからです。
今回は表紙以外では情報が出ることはないので、普段はしている挿絵を効果的に見せるための話の組み立て方はしませんでした。

—―2017年のデビュー以降コンスタントに作品を発表されていますが、書き続けるコツなどあればお伺いしたいです。

実際のところ、コンスタントに作品を書いているわけではないです。

割とムラの多い気質なので書ける日は書けますが、書けない日は書けません。それぞれがどれくらい続くかも、正直あまり制御できていないです。

なので書き続けるコツと聞かれていえることは、「気分のムラについてはもう諦める」くらいでしょうか。
基本的に私は、メンタルというものは自動的に上下するものだと思っているので、それを安定させようという試みはコスパが悪いと判断しています。
十分な最大瞬間風速さえあれば短期的な書ける・書けないはあまり問題になりません。平均的に見た時に十分な執筆速度になるよう、書ける日に一気に書く練習をしておくのが、解決策の一つではあるかと思います。

—―今後書いてみたいもの、新作の予定などあれば教えてください。

書いている作品はあるんですが、現時点で情報を出せるものは多分ないですね……。早いうちにまたお目にかかれるといいな、という感じです。

書いてみたいテーマはたくさんありますね。脳、意識、身体、社会。いろいろなテーマが技術の進歩によって深掘りされ、また相互に接続されつつあります。これまではバラバラだった概念がつながることで新しい知見が日々得られていて、漏れ聞く話だけでもウキウキしてしまいます。

いつかきちんとまとまったら小説の形にしてみたいですが、編集さんにお話をしたわけではないのでこちらが実現するかはすごく謎です。

—―ありがとうございました。最後に、〈SFマガジン〉読者にメッセージをお願いします。

昔から読んできた作品が生み出されてきた場所に、自分のインタビューが載っているかと思うと不思議な気持ちです。

自分の本棚に並ぶたくさんの背表紙を眺めながら、そこに加えたくなるような本を想像して書きました。
お手にとっていただければこの上なく幸いです。

—――――

バイオスフィアⅢ型建築、それは内部で資源とエネルギーの全てが完結した、住民に恒久的な生活と幸福を約束する、新時代の住居。その浸透によって人類の在り方が大きく様変わりした未来、バイオスフィアを管理する後香不動産の社員として働くアレイとユキオは住民からのクレーム対応により、独自に奇妙な発達を遂げた家々の問題に向き合っていくことになる――ポスト・ステイホームの極北を描いた新時代のエンタメSF。


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