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【第2部刊行!】〈キングキラー・クロニクル〉第2部『賢者の怖れ』ひかわ玲子氏による解説をアップ!

「読んでいて〝時を忘れる”という体験を久々にしました」 作家 ひかわ玲子

映画&ドラマ化進行中! 全世界で1000万部を超える正統派本格ファンタジイ〈キングキラー・クロニクル〉シリーズ、待望の第2部『賢者の怖れ』の第1巻が、5/2に遂に刊行されます。
全7巻毎月連続刊行となる第2部の刊行にあたって、第1巻に収録されるひかわ玲子氏による解説を全文アップします。

〈キングキラー・クロニクル〉とはどんなシリーズ? 作品紹介はこちらから。
【シリーズ紹介】映像化にサム・ライミ監督が名乗りをあげた《キングキラー・クロニクル》3部作とは? 第2部『賢者の怖れ』2018年5月より日本版刊行開始!

第1部『風の名前』の冒頭第1章試し読みはこちらから。
【第2部刊行記念】〈キングキラー・クロニクル〉第1部『風の名前』の冒頭試し読み第1弾をアップ!

※書影はアマゾンにリンクしています。

〈キングキラー・クロニクル〉第2部『賢者の怖れ1(2018年5月2日巻)
全7巻連続刊行(5~11月)
パトリック・ロスファス著
山形浩生・渡辺佐智江・守岡桜 訳
中田春彌 カバーイラスト
本体960円+税
ハヤカワ文庫FT

解説公開

上等なタペストリーのような物語

作家 ひかわ玲子

 
 さすが、アーシュラ・K・ル・グィンやロビン・ホブ、オースン・スコット・カードなどなど錚々たる作家陣に推された作品だけあって、読んでいると緻密に織り上げられたタペストリーを見ているような気持ちになる、とてもよく出来たファンタジー作品です。
 そう、物語を書くというのは、タペストリーを織るのに似ているかもしれません。特に、異世界ファンタジーの物語の場合は、糸の素材から設計図までを一から吟味する必要性があります。度量衡、暦、言葉、風土、世界、決めるべきことはいっぱいあります。
そして、横糸、縦糸を張り巡らせ、いかに緻密に、でも、全体のバランスを壊さないように最後まで書き上げるか。それには相当な労力と力業が必要になります。たまに、ファンタジーの実作者であるわたしには、〝ファンタジー小説の書き方〟なるワークショップや講義の依頼も舞い込んできますが、そういう時に、わたしがちょっと控えめに言う言葉が、必ずひとつあります。「あまり設定に凝りすぎないように──物語が動かなくなりますから」。
 というのは、よくありがちなことですが、ものすごく精緻に、ぎちぎちにリアルな世界とはまったく違う設定を創り上げたあげくに、その設定だけを抱きしめて、肝心のその世界での物語を書けないで終えてしまう方に、わたしはよく出会うからです。正直、この〈キングキラー・クロニクル〉を読み始めた時にも、この世界でのあまりに良く出来た魔法の設定に、〝大丈夫なのかな〟と、どきどきしたのですが──このパトリック・ロスファス氏の力量、筆力は見事でした。読んでいて〝時を忘れる〟という体験を久々にしました。
 こうした異世界ファンタジーを書く醍醐味というのは、神のように世界を設定することにあったりします。
 先日、同業の友人が遊びに来てくれて、最初は、もっとも人気ある美声テノール歌手クラウス・フロリアン・フォークト氏の《ローエングリン》についてなど話していたのですが、次第に、『指輪物語』の冒頭にある、ホビットとその生態の設定の章について話が及びました。今でこそピーター・ジャクソン監督による映画化のおかげで、日本でも『指輪物語』の原作を読み通しているファンタジー・ファンは多いのですけれど、実は、かつてわたしが十代で『指輪物語』に出会った翻訳されてすぐの頃には、コアなファンタジー・ファンやSFファンでも、『指輪物語』を読んでいる人は少なかったのです。大体、聞くと、あの最初の延々と続くパイプ草についての説明などで挫折しています。わたしはというと、『ホビットの冒険』を読んでその勢いで『指輪物語』に突入しましたし、そもそも、そういう設定を読むのが大好きだったので、問題なく読み進み、第一巻から心を鷲づかみにされて、ついには未訳だった部分を原書に求めて(わたしが読んだ時は、まだ、『二つの塔』の上巻までしか訳されていませんでした)洋書屋にまで駆けつけるのですが、それはまた別の話──。で、友人もまた、「あの冒頭の、ホビットの設定資料にめげて、本を閉じてしまったんですよね」、と。そういうヒト、ファンタジー読みの仲間にも多かったんですよ、実は。
「でもね」とわたしは友人に話しました。トールキンについて書かれた本、たとえば、ハンフリー・カーペンターによる伝記にも書かれていますけれど、トールキンは〈中つ国〉という世界について、のちに『シルマリルの物語』として発表される膨大な、創造神話、地図、家系図、言語、種族等々について設定を創り上げていたけれど、それを物語として書くよすがを見つけたのは、〝ホビット〟という、それまで、彼の〈中つ国〉に設定していなかった種族が頭に浮かんだ時でした。それは『ホビットの冒険』という物語として、最初の小説になったけれど、その続きとして構想された『指輪物語』を書く前に、彼はいままで考えていなかったホビット族の設定を付け加えなければならなかったわけです。「だから、彼はホビットの設定を作って、そこからでなければ、指輪物語は書けなかったのはすごくわかるの。ただ、作家として、物語の冒頭に、それを読む必要がない読者に向かって付ける必要があったかどうかは確かに疑問だけれど」すると、同業の小説家である友人は深くうなずきました。「なるほど、それは──確かに、すごくわかる」、と。
 作者にとっての物語と、その世界設定との関係性というのは、常にそんなふうな感じです。異世界ファンタジーを書く作家にとっては、世界を緻密に創り上げる、神の視点で細部まで設定し、根底から〝このリアルではない世界〟を創り上げるのは、無上の喜びです。ですがそのためには、その自分の頭の中にしかない、細かな設定や、このわたしたちの世界との細々とした違いを、物語を語るのと一緒に、読者にさりげなく説明し、面白く、飽きさせず、それでいてわくわくする、その世界を読者が楽しむように描き出す筆力・描写力・物語の構成力が必要になります。
 そして、そう、このパトリック・ロスファス氏は、それに挑戦し、このきめ細かな作品にさまざまな美しい物語をはめ込み、〝タペストリーを織り出す〟という長大な旅へと船をこぎ出し、その船出として素晴らしい作品を世に送り出しました。錚々たるファンタジー作家のお歴々が期待を込めてこの作品のファンファーレに喝采を贈ったのも、よくわかります。わたしも、これだけの骨太の作品にはそうは出会えないと思いましたし、このタペストリーの織り味は極上なので、つい、それを味わって、満足の吐息はつきました。ただし──第一部である『風の名前』でわかるのは、登場人物、特に主要人物であるクォートと謎の美女デナ、クォートが何を目的に生きているか、そしてなにより、この異世界の世界観の中心にある〝魔法〟……というよりは、〝念力〟に近いかもしれない──共感術、についての詳細を読者に紹介することにほぼ終始して、物語の進捗に関しては──。そもそも〝キングキラー〟というのがこの三部作のタイトルですが、少なくとも、第一部において、殺されるのはどこの国のどの王様で、クォートだけが見ている〝チャンドリアン〟という不思議な集団が、そのことにどう関わりがあったのかといった、物語の輪郭の片鱗さえわかっていません。これだけの世界設定の中で物語を語る大変さについては実作者であるわたしは、深く深くうなずいてしまうほど凄いのがわかるので、文句は言えませんが、この第一作の『風の名前』が書かれたのが二〇〇七年……それから、この第二部である『賢者の怖れ』が発表される二〇一一年まで、読者は四年の歳月を待たされることになりました。それでも、これだけの設定を、物語の素晴らしいダイナミズムとともに書き上げた筆力は本当に素晴らしい。そして、それもまた、これだけの世界設定の中で物語を語ろうという試みならば、無理からぬことではあります。ただ、最初の一巻目から第三部の最終巻の刊行まで、十年以上待たされることになるであろうアメリカの読者たちに比べれば、この早川書房版でシリーズを読み始めた日本の読者はもう少し、幸運かもしれません。第三部のThe Doors Of Stone は、二〇一七年刊行予定が二〇一八年に予定がずれこんではいますが、さすがに日本でのこの『賢者の怖れ』の連続刊行が終わる頃には刊行されている……んじゃないかな、されているといいな、という状況ですから。
 何にせよ、じっくりと、作者の納得がいくまで、とことん煮詰めて、この物語を最後まで織り上げていただきたい、というのが、ここまで待った読者の気持ちの総意であろうと思いますし、わたしも、この作品がそうした三部作に仕上がることを心より望みます、一ファンタジー・ファンとして。
 このクォートという主人公、いろいろと才能に恵まれた天才くんなんですが、共感術や〝眠れる心〟が操る名前による、まさに魔法のような命名術などを教えてくれるのは大学であり、彼が常に気にしているのは、その大学に通うための学費を捻出できるかどうか、ということであり。たぶん、作者が大学で教えていたという経歴の持ち主なので、なおさら「あと何タラント何ジョット……」と数えていつもいつも歯がみしているクォートの姿がとてもリアルに描かれていて、それがこの物語にリアリティを与えているのが、読んでいてとても面白いな、と思いました。そして、この物語は、ある田舎町の宿屋で、今は、死んだと思われているクォートが、宿屋の亭主のコートとしてひっそり暮らしていて、自身の過去について本人が、〝三日〟で語る……という二重構造の物語になっています。そして、クォートが大学に通っていた頃よりも、この世界の闇は濃くなっているように感じられます。何があったのか。それは、第三部までを読んだ読者だけが知ることが出来る。ね、わくわくしません?
 ともあれ、この第二部『賢者の怖れ』は、トールキンの『指輪物語』にしてみると、『二つの塔』に当たる章です。ナルニアや中つ国、アン・マキャフリイの〈パーンの竜騎士〉の物語を冒頭句に冠してこの物語に挑んだ勇者である作者が、いかなる手腕でこのタペストリーを織り上げるか、それを待ちわびつつ、わたしたちはこの第二部を楽しもうではありませんか。こういうことって、ファンタジー好きの読者として、滅多に味わえる体験ではありませんよ?


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