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『小さき王たち 第一部:濁流』刊行記念トークショー(堂場瞬一×大矢博子)採録

本日、堂場瞬一さんの『小さき王たち 第二部:泥流』が発売されました! 刊行を記念して、第一部発売時に開催された、堂場さんと書評家の大矢博子さんによるトークショーの模様をお届けします。第一部から第二部、三部作全体にまつわること、さらに、堂場さんの過去作や、お二人のおすすめの海外ミステリまで、バラエティに富んだお話が満載です。本とともにお楽しみください!(編集部)

『小さき王たち 第二部:泥流』

小さき王たち 第二部:泥流
堂場瞬一
早川書房 四六判上製単行本
本体価格:2090円(税込)
ページ数:416ページ
刊行日:2022年7月20日

『小さき王たち 第一部:濁流』
刊行記念トークショー

堂場瞬一×大矢博子

2022年5月17日、紀伊國屋書店新宿本店にて収録。堂場氏(左)と大矢氏(右)。

大矢 『小さき王たち:第一部 濁流』、どのようなお話かご説明いただけましたら。

堂場 大河政治マスコミ小説という売りをしています。ある二つの家の争いを50年間にわたって描く、その第一部です。今回は1971年から72年にかけてが舞台になります。片方の主人公の高樹は全国紙の新潟支局の記者。もう一方の田岡は新潟の代議士の二世で父親の秘書。二人は幼馴染みでしたが、社会人になって新潟で再会し、あるダーティな事件がからんで二人の友情がどう転がっていくのか。ここから因縁が始まって50年後につながっていく話です。

大矢 三部作の最初の事件ということになると思いますが、プロローグというにはあまりにもエキサイティングというか、大きな幕開けになっていると思います。主人公の新聞記者・高樹治郎、政治家秘書・田岡総司だけの話ではなく、二代三代と。

堂場 第二部が子供の世代、第三部が孫の世代という形で、両方の家に代々引き継がれて争っていく話になります。

大矢 三代の話ということになると、スチュアート・ウッズの『警察署長』といった先行作があったりします。舞台の新潟と、この時代と、政治家対マスコミというテーマを選んだきっかけがありましたら。

堂場 昔からいろいろ考えていることが複雑に絡み合ってここに着地しています。昨今の政治不信というのも。その原因の一つに、マスコミがだらしないというのも当然あると思います。それらがずっと頭の中にあって……加えて、1971年に僕は8歳でした。ものすごく昔のような気がしますが、けっこう物心がついていた。そのころから書き起こすと、自分がリアルに見てきたものを出していけるのではないかと。それで50年というスパンが決まって、最終的に先の政治不信の源流があったということで、第一部は50年前スタートになりました。

大矢 政治不信の源流が50年前に。

堂場 もっと以前から政治がらみではいろんなことがありますね。お金の問題や選挙の公平性の問題、なかなか正解がないところです。結局、われわれはこの政治体制の下で生きていくしかないというのもある。必ず問題になりますが、根本的に解決されたかというとほぼ解決されていない。自分で反省して変えるというのは難しいことですから。第一部の少し後にロッキード事件があって、あのあたりから政治が社会現象になるのを中学生ぐらいで見ていて。新聞記者になって取材をすると現場をいろいろ見るわけですが、そういうものが積もり積もって山となりました。

大矢 新潟は堂場さんご自身が支局にいらしたということで選ばれたんでしょうか。

堂場 そうですね、自分がよく知っているところで書きたいというか、ことあれば新潟を出してやろうというのはあるんです。好きなので、新潟を出して名物のイタリアンを宣伝してやろうと(笑)。新潟は保守的な風土がありつつ、革新的な面もあって、日本の政治の縮図みたいだと思ったんです。日本全体を描くとあまりにも大きくなりすぎるので、どこか地方をその象徴としてとりあげたいとなったときに、新潟が候補に浮かびました。

大矢 お客様から質問のメールをいただいています。新潟出身の大物政治家というと、当時首相だった人物を思い浮かべるのですが、本作ではモデルとなった政治家はいますか。

堂場 いないですね。ただ、田中角栄さんの影は常にチラチラしています。出さないように気を付けて。あの方がもしかして日本の土着政治の典型かと思いきや、今はああいう政治家はいないですよね。印象的で、特殊な人だったのではないかと。出すと全部田中角栄さん一色になるので、あくまで架空の新潟の選挙区と考えていただけたらいいですね。

大矢 これもお客様に頂戴した質問です。堂場さんは『弾丸メシ』を出されるなどグルメで知られていて、本作にもおいしそうな新潟料理がいくつも登場します。堂場さんのオススメの新潟グルメを教えてください。

堂場 かつ丼ですね。

大矢 今作も出ていましたね。卵でとじないもの。

堂場 あの衝撃。もともと関東の人間なので、かつ丼というと卵でとじるものですよね。新潟にいって、蕎麦屋の出前でかつ丼をくださいといったら、とじていないかつ丼が来た。とじてないんですかと聞いたら、すいません、それはかつとじ丼といってくださいといわれて。

大矢 福井ではご飯にキャベツととんかつをのせてソースをかけるソースかつ丼が有名ですよね。

堂場 新潟では醤油なんです。ソースかつ丼はあちこちにあります。群馬にも。味噌をかけると名古屋。いろんなものをかけますけど、醤油はあまり聞かないですよね。非常にさっぱりしていて、山椒をかけて食べるんです。罪悪感が若干薄れてオススメです(笑)。

大矢 堂場さんの作品ではいつも食べ物がおいしそうですよね。今回は1972年当時のグルメですよね。今も残っているものが大半でしょうけど、これも頂戴した質問ですが、1972年という時代をどうしてこのようにリアリティをもって書けるのか、どのような取材をされたのでしょうか。

堂場 過去の話なので取材できないですよ。当時大人だった人に話は聞けますが、その人が新潟県じゅうのことを知っているわけではない。結局、当時の新聞をひっくりかえして、こういう有名な事件があったなという……冒頭の部分ですね。1970年代に入ったころだから新潟地震もあって、新潟大火もあって、町が復興してきて、それはもともとの知識でインプットされているんですけど、事実関係を新聞で調べた以外はほぼ想像です。

大矢 内容についてお伺いします。田岡が同じ政党から出る候補者の買収工作を中心となってやる。それに高樹が気づいて、記事にしようと調べ始めるんですが、幼馴染みの二人がこういう関係になった時に、正義と友情のあいだで葛藤する「僕」みたいな感じになるのかと思いきや、意外とすんなり、悪いことは悪いとなりましたね。

堂場 こういう設定が大好きなんですよね。友達関係が壊れるという話はいままでも書いていて、そちらではけっこう悩ませているんですが、今回は互いにプロに徹してほしいと思って。友達の感覚はあるにしても、自分の職業と正義感のために動いてほしかった。

大矢 互いに恋人がいるんですけど、自分の新聞記事が恋人の家族に関わってくるかもしれないとなったときのほうが悩みますよね。

堂場 僕だったら書かないですね。プライベート優先なので。そこで悩むのはこの年代の人なのかなみたいな。よく考えたら団塊の世代の話なんですよね。

大矢 主人公は昭和20年生まれという設定ですね。

堂場 団塊よりちょっと早いので、その世代の人たちだとそのぐらいやりそうだなと。

大矢 友達は切れるけど女は切れない。

堂場 名誉のために切っちゃうというドライな割りきりをする人も、もしかしたらいたかもしれないけど、前の世代とは少し違う感じがあると思います。友達と彼女のどっちをとるかというと、彼女ですよ。

大矢 戦場で背中を預け合う友情もあるじゃないですか。

堂場 そういう話も大好きですが。本文には書いていないんですけど、この二人はそこまで仲が良くなかったんじゃないかという気がして。小学校から知っていて、互いに幼馴染みと意識しているんですけど、じつはあまり仲が良くなかったんじゃないかと。

大矢 それは少し感じました。最初の再会の場面でも、おーいとならないですよね。

堂場 一緒にお酒を飲んで、田岡がちょっとカチンときている。変わったのかという可能性もあるのですが、昔からそういうところがあったんじゃないかという疑念を彼は持っていたのかもしれない。これは裏設定です。

大矢 最初から二人とも探り合ってますね。

堂場 立場が微妙ですよね。取材する方とされる方で、友達というわけにいかないところが出てくる。

大矢 読者の中には、もっと友情と正義のあいだで葛藤してほしかったという方もいらっしゃるかと思いますが、そういう方には堂場さんの『十字の記憶』を。

堂場 刑事と新聞記者ですね。幼馴染み、高校時代の同級生で、さらにもう一人同級生が絡んでいて、みんな悩むわけですよ。

大矢 青春小説の趣がありますね。バディものもありますし、反発しあうものもありますので、いろんな堂場作品の男二人を味わってもらえればいいかと思います。堂場さんはこれまで警察小説とスポーツ小説を軸にしていらして、途中からジャーナリズムや企業物を書かれるようになった。一番最初に書かれたジャーナリズムものが『虚報』。

堂場 タイトル通りで、▼誤報▲とよくいわれますが、それは間違ってニュースにした方。▼虚報▲はまったく嘘みたいな報道のことです。それをめぐるジャーナリズムの物語。初めて新聞記者が主人公になりました。

大矢 刊行が2010年なので、12年前ですね。『虚報』が出たときに、自分が新聞記者だったからこそ、あえてリアルにはせずに嘘をまぜたとおっしゃっています。そのころと現在の本作とでは、ジャーナリズム小説に向き合う態度は同じでしょうか。

堂場 嘘というか、設定的にすごくリアルにしないというのは意識しています。記者として知ったことを、それと関係ない小説で出すのは抵抗があります。

大矢 そういう意味でリアルにしていない。

堂場 リアルにするとつまらなくなるというのもあるんですけど、僕個人の態度の問題ですね。

大矢 設定はそうだとして、今回だと高樹治郎という新聞記者にご自身が投影されている部分はありますか。

堂場 一切ないです。

大矢 意外でした。自分が理想とする記者像というのを主人公に据えませんか。

堂場 うーん。理想の記者像がないんです。理想のなんとか像というのはまったくない。

大矢 新潟支局時代の堂場さんはどのような感じだったのでしょうか。

堂場 てんてこまいでした。自分で自分を忙しくしていました。

大矢 高樹のように、事件担当、警察担当、県政担当というような。

堂場 行かなくてもいいものにすぐ首を突っ込んで取材をしていました。

大矢 そういうタイプのジャーナリストって堂場さんの作品に出てきますよね。

堂場 よくいるタイプです。にぎやかしというか、自分が知らないとすごく不安になるという感じ。

大矢 高樹治郎に堂場瞬一を重ねて読みたくなるんですけど、そうではないと。

堂場 この人は第三部まで出てきます。第三部では76歳です。あんな76歳にはなりたくないなと思いますね(笑)。

大矢 先に第二部を読ませていただいたんですけど、ここで終わるの!? という。大変なことになりますよね。

堂場 第二部は批判を浴びそうですね。あそこでか!? みたいなところで終わって。すみません、第三部ですべて解決します。三巻ものって第二巻が一番難しくて、中だるみで終わってしまうパターンが多いんです。ちょっとここでフックを作っておいて、最後でドドっといくというテクニックです。

大矢 序破急の破が凄すぎてですね。

堂場 急はどこにいったんだという。

大矢 話を戻しますと、2010年ごろからジャーナリズムの小説を書きはじめたのは、なにか思うところがあったんでしょうか。

堂場 10年小説を書いて、長年温めて来たテーマで書いてもいいんじゃないかと思って始めたんですけど、これが書きはじめるといくらでも出てくるわけです。ジャーナリズムが難しい状態におかれているので、ネットの影響というのもありますが、取材のやり方から何から。この前、若い記者に話を聞いてびっくりしました。いろんな問題が出て来ている。ただ、辞めちゃった人間だから無責任に言いますが、がんばってほしいという気持ちが強いです。がんばってほしいときはお尻をひっぱたかないといけないこともあるわけで、嫌なことも書きますけど、基本は信用していますし、若い記者は大変だと思いますが、がんばってほしい。

大矢 今のジャーナリズムに対して警鐘を鳴らしたのは、昨年出された『沈黙の終わり』ですね。ジャーナリズムに対して黙るなと、ジャーナリズムがなんのために存在するのかもう一度考えろという、非常に叱咤激励のこもった作品でした。今回、私が読んでいて一番怖かったのは、政治家がマスコミをコントロールするもの、マスコミは政治家のために動くものだという考えを政治家が持っているという描写が出てくるわけですが。

堂場 それを心外だと思っている記者もいるわけで。

大矢 実際に今、政治がメディアに介入してくるという事態があるので、ぞっとします。

堂場 でも、昔からなんですよね。

大矢 1972年の段階でこういう話をされている。ずっとあったということですよね。

堂場 あったと思います。食い込んでなんぼというのが記者の本質なので、相手とどれだけ親しくなって相手が本音を話してくれるかが最終的にギリギリのポイントになってくる。そうなると、反対に記者を利用してやろうという人が出てくる。戦前はわかりませんが、戦後はそういう流れがずっとあったんじゃないでしょうか。

大矢 それに抵抗するジャーナリストと、取りこもうとする政治家という闘いが三部作の核になってくるところですね。

堂場 それが最終的に、家と家の闘いになる。第三部になるともはや孫の世代ですから。

大矢 第一部が1972年、第二部・第三部が何年というのは言っていいでしょうか。

堂場 第二部が1996年、25年後。第三部が2021年、去年です。コロナが猛威を振るっていた時期になります。

大矢 新聞記者と政治家、それぞれ進む道も違うし、世代の感覚も違います。そういったところが第二部・三部の読みどころになっていくのではないかと。

堂場 時代の流れを書くというのはすごく意識しています。長いスパンの物語を書くことが最近多いんですけど、現代史において、どのように社会・風俗が変わっていったのかをいろんなテーマで書いていきたいという気持ちがあります。

大矢 たとえば買収事件ですが、これも1972年である必要はないんですよね。

堂場 今もなくなっていません。選挙ではあちこちであるので、状況が昔と全然変わっていないんです。

大矢 つい最近も広島で大きなものがありましたし、事件自体は現代でもよかったものですが、あえて50年前に設定した。戦後史というには少し短いですが、現代史を通して堂場さんは何を書こうとしていますか?

堂場 小説は具体的な話を書かないといけないじゃないですか。論を書いてはいけない。でも、この時代のすべてを書きたいんです。いまそれで凄くもがいています。そのための手法はなにがあるかと思って、時間のスパンを長くとったり、登場人物を横に広くしたり、いろんなことを考えて。

大矢 現代の舞台を広げるだけじゃなくて、縦軸があるなら横軸があるみたいに、時間の方でも包括的にという。

堂場 円筒形の流れ、世の中があって時代の流れがあって、真っ二つで上から切って、断面で今はこれですよというのもありだし、縦に切って流れを川のようにみせていくやり方もあるかと思いますが、こういうのが出来ないかと思って悩んでいるんです。

大矢 巻きずしを横に切るんじゃなくて。

堂場 今回は巻きずし縦に切る感じ。

大矢 巻きずしのたとえはよくないかもしれないですね(笑)。

堂場 丸太でも何でもいいんですけど、とにかく切り方の違いをいろいろ考えていて。

大矢 面白いやり方をされたのが、短篇集の『ネタ元』ですね。どのような取材の仕方をしているのかは時代によって違うと先ほどありましたが、これは1964年から2017年まで、数年おきに新聞記者を主人公にしてどうやってネタをとってきたかという話の短篇集です。2017年はツイッターからとってくる、とかね。

堂場 舞台は同じ新聞社ですが、話はつながっていない短篇集です。時代によって取材の仕方や取材先との関係、ツールも変わってくるというのを書きながら自分で思いました。

大矢 『小さき王たち』と一緒の時代も書かれていますね。一九七二年の話もありますし、一九九六年もあります。

堂場 今回『ネタ元』は念頭にありました。これを長いスパンでやるともうちょっとドラマティックにできるなと思って。『小さき王たち』のプロトタイプですね。

大矢 そういう時代が見えるというのは大河小説の読みどころですね。さて、こういう質問もあります。新潟や現代の警視庁を舞台にする際、ご自身の他のシリーズの登場人物の存在はどこまで意識していますか。

堂場 世界観が共通しているところがあります。シリーズもので書いている警察物は基本的に並行世界の警視庁で全部つながっている。シリーズが三つあって、全部乗り入れの変な形でもやりましたし、いつか全主人公を集めて一冊出したいなと。

大矢 百冊記念の『Killers』を出されたときの対談で、いつかシリーズキャラを一堂に会してくださいと言ったら、やだよ面倒くさいとおっしゃっていましたよ(笑)。

堂場 でも、最近は面白いかなと思っています。版元さんは別々ですから、どこが出してくれるのかなというのはわからないですが。

大矢 シリーズ乗り入れの場合、東日新聞の登場人物はどうなっていますか。

堂場 東日は『雪虫』から出ていますね。去年の『沈黙の終わり』も東日です。そこに出ていた事件はこのあと『小さき王たち』にもちょっと出てきます。内輪ネタみたいな感じですが、そこでちょっとつながっています。

大矢 『沈黙の終わり』は埼玉と千葉の支局が舞台で、川を挟んだ県境で事件が発生して、両方の県の支局と警察のそれをめぐる話です。その事件がちょっと出てくる?

堂場 第三部で「あれはいい取材だった」と高樹が誉めてます。コロナがなければ大打ち上げだみたいなことを言って。

大矢 次の巻が出るまで『ネタ元』と『沈黙の終わり』は読んでおかないとですね。こうしてみると、ジャーナリズム物、政治物がすでに三つ目の軸になっている気がします。どれも新聞記者の正義や良心をつぶそうとする勢力に対してどこまで抵抗できるかという。

堂場 逆にいうと、つぶそうとする勢力に対する抵抗と言っている時点でどうなんだと。そういう見方になってしまうところに今の問題点があるんじゃないかと思います。

大矢 『小さき王たち』も、新聞記者・高樹治郎の正義・良心というものがある一方で、政治家・田岡総司が考える正義・良心があるわけじゃないですか。それが並び立たない。

堂場 並び立つときも場合によってはあると思いますが、この二人の場合は状況的にそれが許されないというところがありますので、最終的にそのことがきっかけになって始まった争いが50年間続いていく。

大矢 本来はどちらも社会のために存在するのに。

堂場 ちょっと状況が違えば二人は協力したかもしれないですが、最初から二人はズレていたんです。それはもうしょうがないなと。

大矢 もうひとつ、この作品の読みどころはという質問が。さきほどおっしゃった家同士、マスコミと政治家の確執、それから時間ということですよね。タイムスパンとなると、『ネタ元』を出しましたけど、『焦土の刑事』『動乱の刑事』『沃野の刑事』は終戦後。

堂場 戦争が終わる頃ですね。

大矢 戦後史を追うような作品が、堂場さんの作家歴の後半ぐらいから目立ち始めます。

堂場 歴史ものといわれるジャンルに手を出すことはないと思うんですけど、近代史・現代史というと、評価が定まっていないことが多くて興味があります。小さい事だけど、政治的・経済的に大きな影響がなくても、社会的に注目されていたことってけっこうありますよね。そのあたりから戦後近代を描いていきたいという気持ちがあるんです。

大矢 政治にしろメディアにしろ、現代に直結する価値観が出て来たところですね。

堂場 今の日本が出来ているベースは戦後にあると思うので、今を解き明かすために過去を探るという。

大矢 警察小説とスポーツ小説で文庫書き下ろしをバンバン書いていらっしゃった初期の堂場さんから、こういう近現代史・戦後史を俯瞰するものがでてくるというのは、20年前は想像もしなかったんです。

堂場 当時はあまりこういうものを書こうという意識はなかったですから。

大矢 デビュー当時から変わっていないなと思うところもありまして、父と子というテーマがお好きじゃないですか。

堂場 これは永遠ですよね。

大矢 刑事・鳴沢了のシリーズが父と子ですよね。あれも三代の話です。

堂場 三代というと、数十年というスパンになって、それだけ長い間に人や家がどれだけ変化していくのかというのは、30代に書きはじめたころはあまりわからなくて。わからないなりに書いていたものが、60近くになってだんだんいろんなことがわかってきて、『小さき王たち』みたいになりました。

大矢 その萌芽は刑事・鳴沢了からあったということですよね。

堂場 そうでしょうね。

大矢 そう考えてみると、鳴沢了の段階から、大河ドラマ的なものをシリーズを通してやっていらっしゃった。

堂場 個人史に置くか、もっと広いところにもっていくかという違いで、今は広がるところに関心があるんですよね。

大矢 個人の物語ではなく社会を背景にして、社会の歴史のなかにある個人史みたいな感じですね。

堂場 結局、小説って個人史になっちゃうことが多いので、そうじゃなくて書けないかというのを今やっています。個人史にならない、社会の流れを書くものがないかなと、ずっと考えています。

大矢 バランスですね。『小さき王たち』は、戦後の、1972年のメディア史と政治史と新潟史がありつつ、そのなかの個人史じゃないですか。 

堂場 この小説は個人史に収斂していかないと、歴史の教科書みたいになって読む方としてはつらいのかなと。

大矢 個人史ではあるのだけど、新聞記者であり、政治家でありというところで、社会の歴史と密接にリンクしています。

堂場 でもまだ、僕が書こうとしているものに至るには道半ばというか、踏み出したばかりという感じですね。

大矢 社会史と個人史の融合みたいな感じですか。

堂場 それを新しい形で書きたいなと思っていますが、難しいですね。

大矢 『小さき王たち』がひとつの集大成といってトークイベントをしているのに、道半ばとおっしゃいました。

堂場 もしかしたらはじまりかもしれないです。

大矢 それはそれで、記念すべきはじまりですね。でも、これがはじまりってどえらいことだと思います。またお客様の質問です。三部作ということですが、第一部から第三部で堂場さんはどの巻が一番オススメですか?

堂場 すべては第三部のためにあります!

大矢 第一部を読み終わったところで、すっきりさわやかハッピーエンドというわけではないじゃないですか。

堂場 第三部を読み終わってすっきりさわやかハッピーエンドかどうかはわかりませんが、今の若い人に頑張ってほしくて書いた話なので、ある意味、納得していただけるのではないかと思っています。

大矢 堂場さんの作品をデビュー作から読んできて、ここ10年とみに感じますが、若い人に向けてというスタンスが増えましたよね。

堂場 おっさんになってきたんですよね。

大矢 〈警視庁犯罪被害者支援課〉ぐらいからかな、部下をどう育てるかみたいな視点が主人公に入り始めて。

堂場 年齢ですよね。イヤですねえ(笑)。

大矢 『小さき王たち』は、最初は政治家秘書の田岡と新聞記者の高樹の二人の物語として始まりますが、第二部で家族の話になります。田岡にも高樹にも、それぞれ恋人がいます。女性の書き方ってどうですか、1972年の、対極でもあり共通点もある当時の女性が出てきている感じですが。

堂場 そうですね。でも女性に関しては永遠に難しいですね。第一部は50年前の話なので、家父長制で、地元の名家のお嬢さんと、奔放な都会的なお嬢さんの二人がヒロインで、70年代頭はどちらも両立していた時代だと思います。ヘタすると類型的になってしまうので悩ましいのですが、あえて類型的にしました。

大矢 第二部になると90年代の若い女性が出てくる。

堂場 第二部に関しては団塊ジュニアなんです。男女関係に関してかなりフラットに書いたつもりですが、いかがでしょう。

大矢 結婚はしても仕事は辞めないとか。

堂場 ごく普通に出てくる。逆に、結婚して辞めて奥さんになるのはどうですかみたいな話もある。そこはまだ、地方の政治家の家の事情が残っているけど、男女関係は比較的フラットになりつつある。

大矢 女性に注目して読むと、政治家の妻に求められるものが大変だなと。

堂場 大変ですね。それも第三部になっていろいろでてきます。票の半分は奥さんがみたいな話とか。特殊な世界ですので。ただ、時代によって結構いろいろ変わってくるものがあるので、ちょっとずつ変化を入れて第三部までつなげています。

大矢 第一部でコイツ面白いぞと思ったのが田岡の恋人でした。

堂場 第三部で、いいおばあちゃんになって、いろいろ家族関係が面白いことになってまして。あの人も魅力的ですね。

大矢 高樹の妻になる女性は正統派ですよね。その対比が非常に面白いので、そこも読みどころのひとつです。第二部以降、二人の女性がどういう妻・母になっていくかも楽しみにしていただければ。

堂場 第二部で見ると、高樹さんの奥さんは強いですね。

大矢 強いですよね。旦那さんから見ると理想じゃないですか。夫の仕事でなにがあっても、デンと構えている。

堂場 今の時代だと逆バージョンで書かないといけないですね。奥さんが大変なときに旦那がデンと構えているとか。そういう話をあまり書いたことがないなと。

大矢 女性主人公ものはほぼないですよね。

堂場 一冊だけですね。去年の『聖刻』。

大矢 他にも質問がきています。最近読まれた海外ミステリのオススメを教えて下さい。

堂場 今日の主題ですね(笑)。アーナルデュル・インドリダソンの『印(サイン)』。自殺の謎を解くのにこの厚さ。シリーズ史上いちばん地味なのにいちばん読ませます。微妙に島国のせいか、日本人的な感覚に似ているところがある。家族の問題もクローズアップされて進展もあり、シリーズをこれまで読んできた方はぜひ。ただ、すごく重苦しいので、気分が落ち込んでいるときにはやめていただいたほうが。

大矢 私からのオススメは、フランスのエルヴェ・ル・テリエの『異常(アノマリー)』。何を話してもネタバレになるんですが、第一章が群像劇で一見無関係なひとたちがいっぱい出てくる。ところが読んでいくうちに、全部の登場人物にとある共通点があることがわかる。それは、数か月前に同じ飛行機に乗っていたこと。本人たちは気づいていないけど、そこでものすごく大きな事態が降りかかっていた。そうなったとき自分だったらどうするか、とても考えさせられます。エキサイティングなSFミステリ文芸です。

堂場 では僕の二冊目を。『正義が眠りについたとき』。アメリカの最高裁判事が突然昏睡状態におちいって、判事の助手のパラリーガルの女性がなぜか法定相続人に指名されていて……というリーガルミステリです。プラス、遺伝子操作などの問題も絡んだ高度な医療ミステリで、さらに政治ミステリでもある。日本でいえば最高裁の事務方みたいな主人公が大統領と対決する。ぶち込みすぎという感じなんですけど、夏休みとかにぜひ読んでいただきたい。最後はスカっとします。

大矢 私からの二冊目は、S・J・ローザンの『南の子供たち』。中国系アメリカ人のリディア・チンという女性探偵と白人男性のビル・スミスがコンビを組んで事件を解決するシリーズです。リディアが親戚がいるらしいミシシッピに出掛けるのですけど、昔ミシシッピ州界隈に多くの中国系の人がいて、中国人排斥法というのが出来た時代に、その法をかいくぐってアメリカに残った人びとが後にどうなったかということが事件の中心になる。文庫解説を私が書いていますので、ぜひ読んでいただきたいんです。

堂場 現代ハードボイルドの良心と言っていいかと思います。どれを読んでも優しさがみえてくる。僕からも推薦します。

大矢 これが最後の質問になります。第二部の読みどころを教えて下さい。

堂場 田岡家と高樹家、それぞれ第二世代の団塊ジュニアが主人公になります。お父さんたちは不満なようです。自分たちが腕一本で築き上げたものを今度は引き渡さないといけない。できている果実を渡されるだけというのが第二世代だから、どうしても一種の温さというか甘えが出てくる。そして、またもや両家が衝突します。第一部はどっちが勝ったか負けたか微妙なところですが、田岡家の方がダメージが大きかった。田岡総司は非常に執念深い人で、25年経ってまだ忘れていない。というわけで第二部では田岡家側の仕掛けが大きなポイントになってきます。どっちが勝つかは読んでいただいて。

大矢 第二部の最終章のタイトルが「惨敗」。どっちの話なのかは言いませんが。

堂場 第二部のサブタイトルが「泥流」で、最終章が「惨敗」ですからね。どれだけ酷い目にあっているのかという。

大矢 ただ、これは堂場さんが翻訳ミステリを血肉にされていることもあると思うんですけど、とても辛くて重い話でも、どこかドライに書かれるじゃないですか。

堂場 そうなんです。もっともがかせたほうがいいのかなと思うんですけど。

大矢 それが魅力だと思います。

堂場 もしかしたら人間って意外と強いかもしれないというのを心のどこかで思っているかもしれない。叩かれても立ち直るというのをどこかで信じているんです。絶望的に負けて終わるというのがあまりないんですよね。とりあえず負けたけど、ここでは勝っているとか、そんな終わり方がけっこうありますね。

大矢 負けたけど、ここにちょっと芽が出て来ているぞと。

堂場 次があるぞみたいな。そういうのが好きなんです。

大矢 大きな魅力だと思います。辛くて読めないとはならない。どちらかというとエキサイティングなほうに。

堂場 そうですね。ただ第二部もハッピーエンドではないです。これが次への萌芽になるのかどうかというのは。

大矢 お楽しみに、ということですね。

※本記事は、紀伊國屋書店で『小さき王たち 第一部:濁流』を購入された方に期間限定でzoom配信されたオンラインイベントから採録したものです。2022年7月20日現在は、紀伊國屋書店新潟店で『小さき王たち 第二部:泥流』を購入された方に期間限定で配信しています。新潟に行かれる機会がありましたら、ぜひチェックしてみてください!
また紙で読みたい方には7/25発売のミステリマガジン9月号にも同じ記事が掲載されています。堂場さんによる、〈警視庁犯罪被害者支援課〉シリーズの元ネタになったマイクル・Z・リューインに関するエッセイも収録されています。併せていかがでしょうか?(編集部)

【著者プロフィール】

堂場瞬一

堂場瞬一(どうば・しゅんいち)
1963年生まれ。茨城県出身。青山学院大学国際政治経済学部卒業。新聞社勤務のかたわら小説を執筆し、2000年秋『8年』にて第13回小説すばる新人賞を受賞し、2001年に同作でデビュー。2013年より専業作家に。〈警視庁失踪課〉シリーズなど映像化作品多数。著書に『over the edge(オーバー・ジ・エッジ)』『under the bridge(アンダー・ザ・ブリッジ)』(以上ハヤカワ文庫)など。また熱心は海外ミステリのファンとしても知られる。

【対談者プロフィール】

大矢博子

大矢博子(おおや・ひろこ)
1964年生まれ。書評家・文芸評論家。著書に『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』『脳天気にもホドがある。』など。《ミステリマガジン》や《小説推理》、CBCラジオ「多田しげおの気分爽快!!朝からP・O・N」などで書評連載を持つ。また栄中日文化センターでアガサ・クリスティ講座を担当するなど、幅広く活躍している。

『小さき王たち 第一部:濁流』

『小さき王たち 第一部:濁流』
堂場瞬一
早川書房 四六判上製単行本
本体価格:2090円(税込)
ページ数:416ページ
刊行日:2022年4月20日

〈第一部内容紹介〉
政治家と新聞記者が日本を変えられた時代――

高度経済成長下、日本の都市政策に転換期が訪れていた1971年12月。衆議院選挙目前に、新潟支局赴任中の若き新聞記者・高樹治郎は、幼馴染みの田岡総司と再会する。田岡は新潟選出の与党政調会長を父に持ち、今はその秘書として地元の選挙応援に来ていた。彼らはそれぞれの仕事で上を目指そうと誓い合う。だが、選挙に勝つために清濁併せ呑む覚悟の田岡と、不正を許さずスクープを狙う高樹、友人だった二人の道は大きく分かれようとしていた……大河政治小説三部作開幕!

〈第二部内容紹介〉
不正選挙資金疑惑を暴かんとする新聞記者と、
メディア支配を目論む政治家との相克。

バブル崩壊、未曾有の震災とテロを経て、時代が激しく揺れ動いていた1996年12月。父親と同じ新聞の世界に飛び込んだ新潟支局の新米記者・高樹和希のもとに、謎の男から不正選挙資金疑惑の密告が。初めてのスクープの予感に和希は沸き立ち、和希の父で今は社会部長の治郎も部下を動かして共に取材を進める。だが、その背後には、25年前に贈収賄事件で治郎と敵対し、以来マスコミの支配を目論む政治家・田岡総司とその秘書で息子の稔の影が……大河政治マスコミ小説三部作第二弾登場!


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