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【1章1節】第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』発売直前、本文先行公開!【発売日まで毎日更新】

第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作、竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』の本文を、11/19発売に先駆けてnoteで先行公開中! 発売日前日まで毎日更新(土日除く)で、1章「最後の現金強盗 Going in Style」(作品全体の約25%相当)を全文公開です。

※初回更新分の【1章0節】こちらからお読み頂けます。

SECTION 1

 僕が五嶋という男に出会ったのは、今から二ヶ月ほど前のことだった。強盗なんてロクなものではないので、その出会いも、もちろんロクなものではなかった。
 その時、僕は寝袋に包まれていた。冷夏と言えど暑さの残る昨今、アウトドア用の寝袋の保温力は嫌がらせ以外の何ものでもなかったが、脱ぐことは出来なかった。腕が後ろ手に縛られているし、足も同様だったからだ。
 そこは湿気った薄暗い地下室だ。遠く車の音が聞こえるが、目隠しして連れてこられたので、どこの地下かは解らなかったし、解ることに意味も感じなかった。コンクリの床にはビニールシートと新聞紙が敷き詰めてあり、ことを終えたあとの掃除の準備が万全に整っていた。
「なあ、おい、三ノ瀬。お前は俺の母親か? それとも俺の先生か?」
 ミノムシ状態の僕の前に、刈り込みの男がしゃがみこんでいた。グレーのスーツが似合う、歌舞伎町に巣食うマフィアの若頭。名を六条という。
「違います」
「俺とお前の関係はなんだ?」
「債権者と債務者です」
「善意の第三者と臓器提供者だ」
 わざわざ注射器を見せつけながら、六条は凄んだ。言われなくとも知っている。僕はこれから解体されるのだ。思えば、呆気ない転落だった。詐欺師の言うがまま、両親が僕を連帯保証人にして、金融商品を購入した。詐欺師は捕まったが、金は戻らなかった。七年の会社勤めで得た貯金はあっという間に消えて、代わりに借金が残った。心労で倒れた親の医療費がかさんで、気付けばこのザマだ。まあ、それはそれとしてだ。
「それでも、輸出先にフィリピンは良くないんです」
「暑いのが苦手ってか?」
「そうじゃないです。苦労して痛い思いしても、一銭にもならないんですよ」
 六条は怪訝な顔をした。
「MNNネットニュースを見てみましょう。一面に載ってるはずですよ」
 六条が目配せすると、彼の部下たる黒服のチンピラは慌てて型落ちのスマートフォンを取り出し、タップとスワイプを繰り返した。
「『進化した台風予測。誤差十メートル以内』?」
「あ、経済面でお願いします。あの国、もう紙幣廃止するそうですよ」
 六条の頬が苦々しく歪んだ。彼は部下からスマートフォンをひったくると、苛立たしげにパイプ椅子を蹴り飛ばした。事実だったようだ。
「透かしの時代は終わったんです。これからは政府認証のブロックチェーンですよ」
 後ろ暗い手段で得た金は、洗わねば使えないのは常識だ。資金の流れを辿られてしまえば、足のつく危険性が高まる上、逮捕されれば文無しになってしまう。取引履歴の糸を切断するマネーロンダリングは、近世以降の犯罪組織の命綱だ。
 しかし近年、旧来のマネーロンダリングは深刻な危機に瀕していた。仮想通貨や電子マネーの台頭によるものだ。元来、電子的なデータは複製が容易だ。だからこそ、その正当性を保証するために数多の工夫がなされている。その一つが、ブロックチェーンと呼ばれる技術だ。分散型台帳技術とも呼ばれるそれは、過去の取引記録によってマネーの正当性を保証する仕組みだ。ブロックチェーンを採用した電子マネー、仮想通貨においては、取引履歴の切断はそのマネーの正当性を消失させる行為だ。黎明期には取引履歴を誤魔化すテクニックも存在したものの、現在では高度な技術か特別なコネでもなければ、ロンダリングはほぼ不可能だ。そして、木っ端ヤクザにそのようなものはない。
「だからどうした。商品に代金の洗い方を心配される謂れはない」
 六条は平静を装っているが、図星をつかれたことは明らかだった。僕は臓器売買など知らないが、人間一人を始末するのにはそれなりのコストがかかるはずだ。それで手に入るのが首に縄のついた電子フィリピンドルだとすれば、割に合わないにも程がある。
「いいか、今晩はカレーと決めていた。肉を買った。ルーを揃えた。玉ねぎも人参も、賞味期限ギリギリだ。そんな時、じゃがいもが『やめて! 僕は肉じゃがが美味しいの』って訴えかけてきたとする。お前ならどうする?」
「あの、六条さん」
「なんだ」
「たとえが可愛いですね」
 六条は注射器を壁に投げつけた。
「スナッフフィルムに変更だ」
「お、やってるね」
 馴染みの居酒屋に入るようなトーンで、一人の男が階段を降りてきた。三十半ばだろうか。軽薄そうな男だ。色付きのサングラスも、極彩色のアロハシャツも、銀のネックレスも、演出かと思うほど上滑りしていた。
「五嶋さん、困りますよ。仕事場に勝手に入ってこられちゃ」
「まあ、いいじゃないの、六条ちゃん。美味しいヤマを持ってきてあげたんだから」
 五嶋は視線一つで組員をパイプ椅子からどかすと、我が物顔で座りこんだ。どうやら、六条の組は五嶋に頭が上がらないようだ。
「あれ、その顔……。あんたさ、もしかして昔忍者やってた?」
 すっかりミノムシになりきっていたので、それが自分に向けられた言葉だと気付くのに時間がかかった。
「生まれも育ちも多摩ですが」
「甲賀伊賀じゃなくて。ほら、NNアナリティクスの技術紹介ページのさ。昔取引先だったから見たことあるぜ」
 ああ、そういえば。僕は不自由な首で頷いた。まだまともな社会人だった頃、AI技術開発チームの一人として、会社HPに写真が載ったことがある。その時、写真家に「ろくろを回してください」と注文されてとったポーズが、忍者の印っぽいと一部で評判だったのだ。別段意識していたわけではなかったのだが……。
「面白かったよ、なんだっけ? ディープラーニングの心を読むとかいう」
「Advanced Smooth Gradですね」
 人はAIの世界を知らない。AIが何を見て、何を思うのか知らない。より正確に言えば、掌の上で転がせるレベルのAIでは、もはや物足りない。
 線形回帰やロジスティック回帰に代表される線形モデルは、特徴量と呼ばれるデータ要素の足し引きによって結果を導く。よって、特徴量についた重みこそが意思だと解る。非線形モデルであっても、最近傍法は学習データ中の近傍点が見えるし、決定木は判断基準をIF文に書き下せる。
 だが、いわゆるディープラーニング、深層ニューラルネットはそうではない。アフィン変換と非線形関数を無数に積み重ねたそれは、億を優に越すパラメータを持ち、人の理解を超えて学習し、推論する。その解釈は困難を極める。そうした中で、わずかにでも〝彼ら〟の知を探ろうとする方法の一つが、勾配(Gradient)の可視化だ。ディープラーニングはパラメータをデータによって微分することで学習するが、逆にデータをパラメータによって微分することで、データ中のどの要素がモデルの出力に影響するかを可視化出来る。あくまで「このデータならばこの特徴量が影響する」という局所的な感度分析にしかならないが、需要はある。
 Advanced Smooth Gradは、そうした技術の中の一つである。新規性など何もない、単なる産業分野への応用技術に過ぎなかったのだが、尤もらしいバズワードを載っけやすい題材だったからか、営業受けは良かった。
「いや、驚いた! こんなトコでASGの忍者に会えるなんてな」
「変なあだ名はやめてくれませんか」
「戒名になったら怖いってか?」
 そう言って、アロハの五嶋は笑った。
「改めて自己紹介を。俺は五嶋ってもんだ。大通りで言えない仕事をつまんでる。よろしく、三ノ瀬ちゃん」
 五嶋が握手を求めてきた。僕は応えようとしたが、寝袋の肘あたりが盛り上がるだけだった。
 六条が咳払いする。
「うちの商品とよろしくしないで頂きたい」
「すまんすまん。話の腰を折っちゃったな」
 五嶋は言った。
「で、ブロックチェーンのお陰で、仮想の金は儲からないって話だったよな?」
「聞いてたんですか……」
 六条は眉間のシワを深めた。不快な話を遮ったら別の不快を蒸し返された顔だ。
「お困りの六条ちゃんに朗報だ。名札のない金がたんまり手に入るヤマがあるっつったら、どうする?」
「なんですって?」
「三千万の投資と、身分証をいくらか。それから人手を貰えれば、名無しの札束四億分を約束しよう」
 マフィアの六条は目を白黒させた。
「四億? 何をやらかすつもりです」
 五嶋はわざとらしく一呼吸間を置いてから、六条の額に青筋が浮かぶ前にこう告げた。
「現金輸送車を頂くのさ」

『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』は11/19発売! 発売日まで毎日更新(土日除く)します。(たとえ話が可愛い六条さんの『やめて! 僕は肉じゃがが美味しいの』が絶品ですね。今後のマフィア的活躍にも注目)

続きの【1章2節】は、こちら↓からどうぞ。


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