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「新しい資本主義」とビル・ゲイツの思想の共通点とは? 渋澤健氏が見た「合理的な経済人」ゲイツの真価

世界のビジネスは今後どのように変わるのか。そして資本主義の行方は――。ビル・ゲイツの20年ぶりの著作『地球の未来のため僕が決断したこと』(山田文訳、早川書房、2021年8月発刊)は、ビジネスパーソンや政財界のリーダー層にとっても、世界の今後の行方を見定める上で大きなヒントを与えてくれる書として世界中から注目を集めています。
今回本書を書評いただいたのは、渋沢栄一の玄孫(5代目の孫)にあたり、金融業界での業務を通じ、SDGsやESGといった理念を企業の価値創造といかにつなげるかを探ってきた渋澤 健氏(シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役/コモンズ投信株式会社 取締役会長)です。外部不経済(市場経済の外側で発生する不利益が,個人や企業に悪影響を与えること)の概念などを足がかりに、本書に込められたビル・ゲイツの真意を読み解きます。

ビル・ゲイツ『地球の未来のため僕が決断したこと』早川書房
『地球の未来のため僕が決断したこと』早川書房

答えを探すのは「僕」一人ではなく、「We」我々である

 渋澤 健(シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役/コモンズ投信株式会社 取締役会長)

一般的に知られているようにビル・ゲイツは大富豪であり、米フォーブス誌の年次の長者番付によると、世界4位になる1290億ドル(約17兆円)の総資産の持ち主です。創業したマイクロソフト社の製品は我々の日常生活の欠かせない一部となっていて、この書評の原稿も同社のウインドウズOSで動いているPCで同社のワードで作成しています。世界で10億人以上が同社オフィスの製品やサービスを利用していると言われています。

また、ビル・ゲイツは著名投資家であるウォーレン・バフェット(同長者番付では世界5位の1180億ドル/約15兆円)と長年の大富豪同士の友人ですが、最近ではイーロン・マスク(同長者番付では世界1位の2190億ドル/約29兆円)がツイッターで仕掛けた大富豪同士のバトルも目を引きました。

ニューヨーク・タイムズのベストセラーの本を書いても、その稼ぎは自分自身の資産にとっては誤差の範囲であるということがわかります。では、何故、ゲイツ氏は本書を書いたのか。

その答えは、2000年に創設したビル&メリンダ・ゲイツ財団が掲げている活動の理念に表れています。「全ての生命の価値は等しい」。

同財団は基本財産が500億ドル(約6.6兆円)以上の世界最大級の慈善団体であり、途上国向けの国際開発やグローバルヘルス(国際保健)プログラムの支援者として圧倒的な存在です。

例えば、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)から発足したGaviワクチンアライアンスには今まで62億ドル(約8250 億円)を拠出しており、世界でおよそ9億人の子ども達への接種を可能にし、特に途上国では1500万人の子どもの死亡の予防に貢献しています。

また、エイズ・マラリア・結核の撲滅に務めるグローバルファンドには今まで30億ドル(約4000億円)を拠出しており、4400万人の命を救う一翼を担っています。

このように世界中の貧困、疫病、格差による課題解決で数多くの人々の生活を支えて命を救っている財団の創設者が「地球の未来」のために決断したのは、気候による大災害を防ぐこと。これに、我々は注目すべきではないでしょうか。

ページをめくると、なるほど、若き時代はテックギークであった本人の血のなせるわざなのか、数値を用いて論理的に実態を把握し、物事を判断するゲイツ氏の思考回路がうかがえます。また、イノベーションおよび市場インセンティブを促し、グローバルな協働を強化し、きちんとデータと成果で効果を測定する等、財団で取り組んでいる基本的な方針が、本書の主題である温暖化解決策にも見られます。

そのゲイツ氏が、まず我々が覚えておく数字は520億トンであると訴えます。これは、毎年、世界の大気中で増える温室効果ガスの量です。この520億トンの内、「ものをつくる」が29パーセント、「電気を使う」が26パーセント、「ものを育てる」が22パーセント、「移動する」が16パーセント、「冷やしたり温めたりする」が7パーセントであることを章立てして解説してくれます。
*編集部注:増刷時に原著者により加えられた変更(最新のデータを反映)に基づいた数字を本稿では用いています。

そして、我々が目指すべきところは0であるとゲイツ氏は本書の冒頭で宣言します。温室効果ガスは熱を閉じ込め、地球の地表面平均温度を上昇させることで、防風雨、山火事、海面上昇、植物・動物の生態、全ての生命を脅かす連鎖になるという警鐘を鳴らします。

また、現在はウクライナ侵攻により小麦粉価格が暴騰していますが、気候変動によって今世紀の半ばまでにはヨーロッパ南部の小麦とトウモロコシの生産量が半減するかもしれない、ということも危惧しています。

ただゲイツ氏は合理的な経済人です。0とは、絶対的な排出量ではなく、二酸化炭素ガスの回収なども含む、ネット0であると指摘します。

気候温暖化に既に関心を寄せている読者にとって、これらは目新しい発見ではないかもしれません。けれども、ビル・ゲイツの解説を通じて、改めて、この地球規模の課題を整理して、理解を再確認することに意味があると思います。

解決は不可欠である。けれどもこれには時間がかかる。この現実を、ゲイツ氏は認めています。そういう意味で、暖かくなる地球に暮らす我々はその状態に適応しなければなりません。しかし、そもそも気候変動によって最も大きな被害を受けるのは誰なのか。

それは、ものをつくる、電気を使う、ものを育てる、移動する、冷やしたり温めたりする際に、最も温室効果ガスを排出していない低所得国の人々です。アフリカは全排出量のたった2パーセント分しか出していないようです。貧しい人たちが気候変動に適応するのを手伝い、健康を確保して生きのびられることが大事である――長年、財団の活動を通じて接してきた人々だけに、ゲイツ氏の思いがこもっていて、本書で最も読みどころがある箇所です。

気候変動という地球規模の課題の解決には政府の政策が重要であるとゲイツ氏は訴えます。現在、企業が製品をつくったり消費者がものを買ったりするときに、それに関係する炭素の分の追加費用は負担していない、いわゆる外部性の問題です。このような取り残された外部性を資本主義に取り込んで解決することは、岸田政権の政策の要である「新しい資本主義」のパーパスでもあります。

そのためには、ゲイツ氏も、「新しい資本主義」も、国家政策で技術イノベーションを促すことを重視しています。炭素を排出しないものを安くするには技術イノベーションが必要な一方、炭素を排出するものを高くするという政策も必要だと考えています。これは、企業への「罰」ではありません。現在の製品と競争でき、なおかつ炭素を出さないような代替物をつくるインセンティブを設ける政策が重要であるとゲイツ氏は指摘しています。

民による「イノベーション」、政府による「政策」に加え、「市場」というエコシステムをつくり、好循環を促すことが重要ということになります。

本書の本題は「地球の未来のため僕が決断したこと」です。ただ、世界トップの大富豪でも「僕」一人では気候大災害を防ぐことができないことをゲイツ氏はわかっています。英語の原題「How to Avoid a Climate Disaster」に対して、副題の「The Solutions We Have and the Breakthroughs We Need」ではっきりと主役が示してあります。僕ではなく、「We」我々です。

イノベーションによって気候大災害は防げるとは勝者の理論であり、大富豪の傲慢と偽善であると切り捨てる前に、一緒に考えてみましょう。

WHY。何故、地球の気候温暖化の問題を解決する必要があるのか。
WHERE。その解決のために、我々はどこを目指して向かうべきなのか。
WHAT。その解決策とは何になるのか。

これらの問いを踏まえ、そもそも「HOW」どのように我々はこの地球規模の課題を解決するのか。

これらの答えは「僕」一人ではなく、「We」我々で探すしかないでしょう。

6月25日に、ビル・ゲイツ氏の最新作『パンデミックなき未来へ 僕たちにできること』も緊急出版されます。地球の気候温暖化やパンデミックとは人類がつくった外部性です。人類しか解決できなく、解決すべき外部性であります。

本書の詳細は▶こちら

ビル・ゲイツ最新刊『パンデミックなき未来へ 僕たちにできること』は6月25日発売予定。詳細は▶こちら

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