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(2/7)【8/17発売まで、冒頭試し読みをカウントダウン連載!】山口優『星霊の艦隊1』冒頭連載第2回!

光速の10万倍で銀河渦腕を縦横に巡り、
人とAIが絆を結ぶ!
銀河級のスペースオペラ・シリーズ開幕!

3カ月連続刊行の開始を記念して、発売日前日の8/16まで毎日1節ずつWeb連載を更新していきます。第7節までを無料掲載!
発売日前日に、ちょうど第1章を読み終われます!(編集部)

山口優『星霊の艦隊1』ハヤカワ文庫JA 1078円(税込)
カバーイラスト/米村孝一郎
キャラクター・衣装原案/じゅりあ

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〈遠江帝律星〉第三惑星〈濱央星(ひんおうせい)〉の軌道上に遊弋(ゆうよく)する艦隊旗艦《仁龍》の格納庫から、白銀の宇宙機が発進した。その宇宙機は軌道速度から減速してホーマン軌道に移行し、惑星の大気圏に降りていく。
 惑星〈濱央星〉は、テラフォーミングならぬ、テラジェネシスによって生まれた惑星である。もともとは大気のないただの岩石惑星であったが、超次元状態ベクトル操作により、地球と同様の大気、海洋、動植物が、一瞬にしてその地表に出現させられたものだ。
 宇宙機の座席に座るユウリは、窓から美しい海洋と緑の大陸を眺める。「コピー元」の地球に比べ、人為的な爪痕が全くなく、豊かな自然の美しい星だ、と思った。
 自然?
 そう思った直後にユウリは苦笑する。
 この惑星地表全てが人為によるものだと、改めて思い起こしたからだ。
 まったく、“自然”とはなんだろう? それは人類の心の中にあるものだ。自らが進化してきた環境条件への郷愁だ。大気のない惑星だって、それがその惑星の自然なのだ。それを人間は、自らの郷愁にとらわれて、“自然”な星に作り変える。
 やがて、過酸化マンガンと金属触媒により発生した酸素とヒドラシンがロケットエンジン内で混合され、宇宙機に、逆噴射が起こる。
(それでも、この星は美しい……)
 感慨深く、そう感じた。
(アルフリーデも来れば良かったのに)
「あら? ユウリ、寂しそうな顔をしているのね」
 顔を顰めた。苦手な奴に話しかけられたからだ。
 洲月(すづき)ルリハ。
 彼女は士官学校の同期であり、その名のとおり、瑠璃色のショートボブの髪と、同じ色の瞳を持つ、人間の少女である。銀河時代(とこの時代のことを呼ぶが)には、星霊の力を応用して学習効率が上がっているため、ユウリらは一七歳にして基礎教育と士官教育を終え、しかも前線指揮官として少佐の階級すら得ていた。
 但し、艦隊はほとんど全て星霊の力によって動かされるため、寧(むし)ろ人間の数はあまり必要ではない。艦隊は一〇万隻だが、そこに所属する星霊は一五〇万人である一方、人間は三〇万人にすぎない。つまり、一艦あたり平均三人しか乗っていない。
 航擁艦《仁龍》は、大型艦であり、かつ旗艦であるため平均より多く、一〇名の士官が乗り組んでいた。うち半数、五名は司令長官カズミ以下の司令部要員であり、今この時も《仁龍》で任務続行中である。このためこの宇宙機には、比較的年齢の若い士官のみが乗り組んでいた。
「どうしたのかしら。アルフリーデさんがいないからお寂しい? やはりお子様なのね。お身体がそんなふうだと、大変ね」
 思わずぎりり、と歯軋(はぎし)りをした。かっと意識が沸騰し、とっさの反駁の言葉が出てこない。ルリハは勝ち誇ったようにこちらを見つめ、腕を組む。その動作で、彼女の二次性徴を終えた、メリハリのある身体のラインがいっそう露わになる。わざとやっているのだ。
「お子様と言えば、同僚にイヤミを言わずにはいられないあんたの方がお子様なんじゃねえの? 人間の本質は肉体ではなく知能だ。ユウリに一度も士官学校の成績で勝ったことがないのに、よく言うぜ」
 ルリハに反撃したのは、隣に座っていた科戸(しなと)ナオだった。彼女も少佐である。乱暴な言葉遣いをするが、気の良い少女で、ユウリの幼馴染みでもあった。長い黒髪に、瞳の色は紫。〈アメノヤマト〉の女性にしては長身で、一七〇センチぐらい。ユウリのように頭身のおかげですらりとしているように見えるわけではなく、実際にとても手足が長く、女性的な魅力に溢れた蠱惑的な身体をしていた。
 その時、ちょうど宇宙機が惑星〈濱央星〉の地表、暖かな温度と燦々(さんさん)と降り注ぐ星環からの可視光の照射という、絶好の環境条件を備えた浜辺に着陸する。
 僅かな振動のあと、ハッチが開く。
 むんとした熱気としめっぽい大気が宇宙機の中まで流れ込んできた。
 シートベルトを外したナオは、ルリハの座る座席の前に立ち、彼女の頭の横に手を置き、にやりと笑う。
「それとも、ただの欲求不満かな。オレがなんとかしてやってもいいぜ?」
 中指を立ててルリハの鼻先につきつけた。
「し、失礼な!」
 ルリハもシートベルトを外して立ち上がり、ナオを睨んだ。
「──と、ユウリも言いたかったと思うぜ。自重しな。あんたもオレたちと同じ士官だろ。人を率いるべき士官が人の心を分からなくてどうする。それとも単にアクセサリーとして士官の地位が欲しいだけの俗物か?」
「くぅ……!」
 ルリハは爛々とした目でナオを睨むが、それ以上言い返せない。ナオは腰に手を当て、あっけにとられる他の士官達に視線を移した。
「さ、今ので全部チャラだ! 楽しもうぜ。せっかく羽を伸ばす機会ができたんだ!」
 両手を拡げて言う。そして、別の士官に視線をやった。
「どう思う? その方が建設的だろう?」
 その士官は、宇宙機に乗り込んだ《仁龍》の五人の士官の中で唯一の男性だった。士官服を着ていても分かる筋肉質の体躯。中性的で整った顔立ち。
「──科戸の洲月への言い様は些(いささ)か品がないと思うが、士官の地位はアクセサリーではない、俺はそれには同意だ。洲月もこれで懲(こ)りたろう。だからここはこれで全部水に流せば良い。妥当な采配だな」
 神経質に言う。
 佐絃(さいと)マヒロ。士官学校、練習艦隊ともに目立たないタイプの士官であったが、淡々と仕事をこなす印象があり、また士官同士の人間関係からは一歩引いた、謂わば中立的な立場を維持していた。それゆえナオも意見を言わせてみたかったのであろう。
「うん、分かってるじゃないか。流石(さすが)だ。じゃあ、オレは先に行くぜ」
 宇宙機のタラップから跳躍して浜辺の砂の上に着地する。
「ひゃっほう! 砂が熱いぜ!」
 ナオはその場で詰め襟の士官服を脱ぎ捨て、シャツも脱ぎ、ズボンと靴も脱ぎ、その下に着ていた、赤い色のビキニのまま、海に向かって駆けだした。白い肌に、彼女の性格のようにはっきりとした赤い色のナオは、そのまま濱央星ビーチの観光ポスターのモデルになってもいいほど似合っていて、思わず視線を引き寄せられる。
 その彼女が笑顔で手を振っている。
「おうい、ユウリも来いよ」
 ナオに呼ばれ、ユウリは苦笑しながらタラップを降りていった。ちらりと後ろを見ると、既にマヒロともう一人の女性士官は水着になろうとしていた。ただ一人、ルリハだけは憮然とした顔のまま座っていたが、それはもう気にしない。
 ユウリは前を向いた。鼻を突く潮のにおい。この二ヶ月、航擁艦の調整された大気のにおいしか嗅いでいなかったユウリにとって、久しぶりの地表のにおいだ。
 
 
〈遠江帝律星〉の中心たる超巨星級の星環が、惑星〈濱央星〉の浜辺の西の水平線に沈んでいく。
(にせものの太陽……か……)
 ナオやルリハたち、《仁龍》の士官が遊んでいるところとは岩場で隔てられ、離れた別の浜辺。その磯の中、ひときわ大きな岩の上に座り込み、ユウリは水平線に沈むその擬似的な太陽の光を見つめていた。
 星環は制御可能な回転ブラックホールであり、そこに光子を撃ち込めば、エルゴ領域の表層において加速され、より高エネルギーの光子として放出される。星環を囲む星玉には鏡のような素材が用いられている。その内部で光は無限に反射を続け、その度に星環の回転エネルギーを受け取り、ついには莫大な量のエネルギーを生み出す。そのエネルギーの一部を太陽光のごとく周囲の空間に照射しているのだ。
 自らが光り輝く球体ではあるが、それは完全に人造物であり、自然な恒星とは似ても似つかない。とはいえ、その光は、人工的な調整により、人類の故郷、太陽系の太陽と全く同じスペクトルを持っていた。
 ユウリは自らが着用するツーピースを脱いだ。上を取り、平坦な胸が露わになる。下を取り、性器の無い股間が露わになる。
(あの日から、ボクは子供のままだ……)
 裸のまま、膝を抱え、その場で蹲(うずくま)った。
 彼子(かのこ)の過酷な運命から、身を護るように。
 そして、その運命を決定づけた、二年前の事件を思い出していた。

3/7へつづく)

●『星霊の艦隊1』冒頭第一章連載公開 note公開URL一覧
第1章 第1節(8/10公開)

第2節(8/11公開)

第3節(8/12公開)

■用語集■(8/12公開)

第4節(8/13公開)

第5節(8/14公開)

第6節(8/15公開)

第7節(8/16公開)


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