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大富豪が気候変動を語る理由とは? 竹下隆一郎氏はビル・ゲイツ20年ぶりの著作をこう読む

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ビル・ゲイツの20年ぶりの著作である『地球の未来のため僕が決断したこと』(山田文訳、早川書房、2021年8月発刊)が、SDGs目標の一つである「気候変動に対する具体的な対策」に繋がる大きなヒントとして今注目を浴びています。
技術者、経営者、そして慈善家でもあるゲイツが語る気候変動対策を、私たちはどう読み解くべきなのか? 『SDGsがひらくビジネス新時代』の著作等を通じて、企業、消費者、そして市民という視点から持続可能な社会の在り方を探ってきた竹下隆一郎氏(PIVOT執行役員 チーフ・グローバルエディター)が、本書に込められたメッセージを鋭い視点で指摘します。

ビル・ゲイツ『地球の未来のため僕が決断したこと』早川書房
ビル・ゲイツ『地球の未来のため僕が決断したこと』

豪邸に住むビル・ゲイツが気候変動を語る理由

 竹下隆一郎(PIVOT執行役員 チーフ・グローバルエディター)

この本はビル・ゲイツ氏の「罪悪感」の告白から始まる。

「僕は大きな家を何軒ももっていて、自家用飛行機で移動しているし、実のところ気候変動会議に出席するときも自家用機でパリに飛んだ。こんな僕が環境について人に講釈を垂れることなどできるのだろうか」

 (本書「はじめに」より)

ゲイツ氏は環境問題に熱心に取り組む起業家として知られている。しかしながら、誰もが反射的に思うのは、本人のリッチな生活自体が地球環境にとって悪いのではないかということだ。豪邸に住んでいれば電気をはじめとしたエネルギーの消費量は大きい。プライベートジェットの二酸化炭素排出も馬鹿にできない。

温室効果ガスの排出量のことを「カーボン・フットプリント」と呼ぶが、私たちよりゲイツ氏の値ははるかに大きいはずである。環境問題を解決したいなら、プライベートジェット機を売り払い、質素な暮らしをすぐにでも始めれば良いはずだ。

本人はこうした批判を受け止めつつ、それでもなお気候変動について語ることを止める気配を見せない。むしろそこから筆が乗ってくる。

ゲイツ氏の中にあるのは、起業家としての自分に対するポジティブな自信だ。気候変動でさえも起業家精神(アントレプレナーシップ)で解決しようとしている。

確かに一人の富裕層である個人としてのゲイツ氏を見た場合、普通の人よりは二酸化炭素の排出量が大きい。しかしながら、起業家としてのゲイツ氏は、炭素ゼロの技術や有望なクリーン・エネルギーの企業に投資をし、クリーン・エネルギーの研究の支援も行っているのだという。

「僕が支援する企業がどこかひとつでも成功を収めれば、僕や僕の家族が出す量よりもはるかに多くの炭素を削減できる。そもそも目標は、単にひとりの人間が自分の排出分を埋め合わせることではない。気候大災害を回避することだ」

ゲイツ氏の言い分だ。読む人によっては言い訳に聞こえるだろう。あるいは「物は言いようだ」と考えるかもしれない。お金持ちの都合の良い理屈に過ぎないという意見も出てきそうだ。ゲイツ氏の考えは浅いのだろうか。

しかし、私はゲイツ氏が大真面目に語っているとしか思えないのだ。私もPIVOTというスタートアップの創業メンバーだが、周りの起業家にはこうしたタイプが多い。世界中の家庭にパソコンが当たり前に存在する社会をマイクロソフトをはじめとしたIT企業が作ったように、アイデア一つで世の中を変えられるという成功体験が本人たちの中にあるからだ。

テスラを創業することで、自動車産業の主役を一気に電気自動車に変えたイーロン・マスク氏も良い例だろう。新しい会社が生まれるとそこにお金と人が集まり、投資を呼び込み、結果的に産業構造をガラッと変える。

個人としての人間は無力(あるいは害がある)かもしれないが、起業家という職業的な自分に転じた瞬間に、そこには小さな力で大きな物を動かす梃子てこの原理のような「レバレッジ効果」が働く。

脱炭素、核融合、再生可能エネルギー。ゲイツ氏は世界中を飛び回り、最先端のテクノロジー企業の人たちと議論を重ねながら、起業家としての自分という資産をどこに振り向けるかを必死で探す。

地球の未来を憂いつつ、誤解を恐れずにいえば、どこか楽しそうであり、ポジティブに気候変動問題を解決しようとしている姿が本書から伝わってくる。自分が投資する企業の成長によって本当に気候変動を止められるかもしれないという期待もあるのだろう。

もちろん手放しでゲイツ氏を褒めることはできない。再生可能エネルギーに投資しているのは良いことかもしれないが、それも資本主義のルールの中でやっていることに過ぎない。環境の悪化を食い止めるには、資本主義に代わる新しい社会システムが必要だという議論もある。また、ゲイツ氏のような極めて少数の個人に世界の富が集中し、絶望的な格差を生んでいることも重大な社会問題だ。

しかし、本書から伝わってくるゲイツ氏の「信念」からは学ぶべきことも少なくない。すなわち私たちは個人としては無力でも、起業家だったりビジネスパーソンだったり、何らかの専門家だったりするときに大きな力を手にすることができる。商品やサービスによって社会に影響を与え、同僚や得意先の人たちを巻き込むことでチームを形成し、さらには業界の変化を生み出すことができる。それが気候変動を止めるきっかけになることも十分あり得るだろう。

私自身も本書を読み終え、仕事人としての自分が出来ることを考えた。

ところで、仕事人としての自分以外にも、もう一人の大切な「自分」のことを忘れてはならない。それは市民としての自分である。本書でも最後の第12章で、政治家に手紙を書いたり電話をしたり、対話集会に出たりする市民的な行動の大切さが語られる。

そんなことに意味はない? デモ文化が根付いていない日本ではそう思うかもしれない。しかし、本書の「はじめに」に書かれてあるように、ゲイツ氏が気候変動を深刻に考えるようになったのは、2015年にアメリカ各地の大学生が座り込み抗議をして、大学の基金に化石燃料関連企業の株を手放すよう求めているという記事を新聞で目にしてからだ。

若者が市民としての自分を背負って、街で声を上げた。それをジャーナリストが目撃し、記事にして、ゲイツ氏のような起業家が目にした。これもまた、弱い個人にしか過ぎない私にとっては少なからぬ希望でもあった。

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ビル・ゲイツの新刊『パンデミックなき未来へ 僕たちにできること』は6月25日発売!

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