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『息吹』刊行記念! 伝説の「テッド・チャンを囲む会」の模様を再録します

12月4日の発売後に即重版が決定した、テッド・チャン17年ぶりの最新作品集『息吹』。この刊行記念として、チャンが2007年に横浜で行われた世界SF大会「Nippon2007」で初来日した際、会場内で大森氏をはじめ、東浩紀、伊藤計劃、円城塔、桜坂洋、新城カズマ、飛浩隆の各氏が、チャンを囲んであれこれ聞いた伝説の「テッド・チャンを囲む会」を再録します。

息吹_帯

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【書誌情報】
■書名:息吹
■著者:テッド・チャン
■訳者:大森 望
■発売日:2019年12月4日発売
■価格:本体1900円+税
■判型:四六判上製
■出版社:早川書房


ポケットいっぱいの秘密
――テッド・チャンかく語りき

大森 望

 今回は、「機会があればそのうち文章化するかも」と前に予告した“勝手にテッド・チャンを囲む会”の模様を適当に抜粋してお届けする。この会は、Nippon2007のテッド・チャン・インタビュウのあと、パシフィコ横浜のグリーンルームで一時間余にわたって突発的に開催されたもの。参加者は、東浩紀、伊藤計劃、円城塔、桜坂洋、新城カズマ、飛浩隆の各氏(新城さんは飛さんが所用で席を立ったあとに合流)。聞き手をつとめたのはもっぱら東氏と大森だが、煩雑になるのでいちいち質問者は明示せず、適当に編集した。録音を聞き直すと、円城氏が意味のないギャグをぼそぼそと英語でつぶやきつづけていて爆笑だが(伊藤計劃氏の質問になぜか英語で答えたりしている)、本筋とは関係ないのでほぼ文章化していない。もともと公式インタビュー終了後の四方山話だし、ICレコーダーで録音しはじめたのも途中からなので、雑談を盗み聞きしている感じでひとつ。

――あなたは、有名なSF創作講座のクラリオン・ワークショップに参加して、それがきっかけでSF作家デビューを果たしたわけですが、具体的に、どうやって申し込んで、どんな六週間を過ごしたのかを教えてください。.

チャン 申込書と一緒に自作の短篇を送って、合格すると数千ドルの受講料を払う。一番のネックは、6週間のあいだ仕事を休まなきゃいけないこと。勤め人はなかなか参加できない。だからやっぱり、20代の学生がいちばん多いんじゃないかな。それと、長い夏休みがある学校の先生。6週間の時間と数千ドルのお金を投じるから、ものすごく真剣に作家になりたいと思っている受講生ばかりが集まる。
 今年からはカリフォルニア大学サンディエゴ校でやってるけど、僕のときはまだミシガン州立大学が会場だった。一クラスは17人。6人の講師が一週間ずつ交替で教える。受講生はたいてい学生寮に泊まって、午前中は講師の講義やライティングの実習。提出した作品が講師に添削されて返ってきて、そのアドバイスをもとに書き直し、翌朝また提出する。午後はひたすら小説書き。それが6週間続く。“SF作家ブートキャンプ”って言われてるよ(笑)。

――「地獄とは神の不在なり」はキリスト教に対する痛烈な皮肉だと思いますが、ああいう小説を書いて、アメリカの読者の反発や攻撃はなかったんですか?

チャン 全然。そもそも僕の小説はあんまり売れてないからね。あれに腹を立てるような人はめったに読まない(笑)。だいたい、SFでいくらキリスト教を風刺しても、まず問題にならない。もしも「地獄とは~」が攻撃されるとしたら、それ以前にジェイムズ・モロウ[キリスト教を思いきり茶化した風刺ファンタジーで知られる]が大変なことになってるはずだよ。

――じゃあ、「地獄とは~」に噛みついた人はいなかった?

チャン 作家のジョン・C・ライトがブログで批判したくらいかな。この作品はキリスト教に対して不公平だ、当然払うべき敬意が欠けていると言って。

――『ゴールデン・エイジ』のライトですよね。キリスト教徒なんですか?

チャン もともと無神論者だったんだけど、最近、キリスト教に改宗したんだって。

――反論はしなかったんですか?

チャン まさか(笑)。するわけないよ。

[あとで調べてみたところ、ライトは『あなたの人生の物語』についてamazon.comのカスタマー・レビューを書き(評価は★★)、その中で、「地獄とは神の不在なり」について、“陳腐な反キリスト教プロパガンダ”と切り捨てている。この時点ではまだ無神論者だったようだが、その後、キリスト教に改宗。つい最近も、その立場から、自身のブログ(http://johncwright.livejournal.com/)の2007年10月12日付エントリで「地獄とは~」に触れて、「他人が生み出したキャラクター(ヤハウェ)を勝手に使い、そのキャラクターに関して嘘をついている」と非難している。]

――グレッグ・イーガンもおなじように既成宗教を否定していますが、作中で宗教にかわるものを提出しています。

チャン イーガンは長篇を書いてるけど、僕は短篇しか書いてないから。それに、イーガンの小説では、神を信じる登場人物が肯定的に描かれることはない。少なくとも、読者が感情移入できるようには描かれていないけれど、僕の小説では、強い信仰を持っている人物も読者が共感できるように書いている――つもりでいる。「バビロンの塔」の登場人物の大多数はヤハウェを信じているし、「七十二文字」にも神を信じている人がたくさん出てくる。信仰を持っている人間が間違っていることを作中で示す必要は必ずしもない。「商人と錬金術師の門」の語り手だって、アラーの神を強く信じているけれど、共感できるキャラクターになっていると思う。

――ちなみに、グレッグ・イーガンの作品ではどれが一番好きですか?

チャン 最高傑作は『万物理論』だと思う。イーガンがこれまでに何度も描いてきたいくつかのテーマがひとつの長篇の中にうまく溶け合っていて、彼の長篇の中でもいちばん完成度が高い。

――『万物理論』の結論部分には同意しますか?

チャン 結論というのは具体的になんのこと? 最後は唯我論を否定してみんなが基石になって宇宙が存続するという結末だったと思ったけど……。

――解釈が分かれるところですが、愛という幻想に支配された世界を捨てて、自己欺瞞の必要ない自閉的な世界を獲得するみたいな結末だったような。あなたの小説は、むしろ共感とか感情移入の力を信じていますよね。

チャン ああ、なるほど。そういう意味で言うなら、『万物理論』の結論には同意しない。ただ、自閉のモチーフや、共感する能力というモチーフにしても、小説の中で非常にうまく機能しているし、それ以外のいろんな要素がきれいに組み合わさって、小説として美しくまとまっていると思う。

――最終的に“共感”を信じるかどうかが、あなたとイーガンの大きな違いだと思います。イーガンは冷徹というかラディカルというか……

チャン 理知的でロジカルだよね。

――でも、チャンさんの場合は、「地獄とは神の不在なり」や「予期される未来」のような非常に冷たい作品の一方で、「あなたの人生の物語」のようなエモーショナルな作品、読者を深く感動させる小説も書いています。どっちのテッド・チャンが本物なんですか? 

チャン さあ(笑)。たぶん、どっちもちょっとずつ僕なんだと思うよ。


■SFと言語

――「理解」には、非常にたくさんの情報を含んだ大きなひとつの文字の話が出てきます。「あなたの人生の物語」でもそれと似たモチーフがありますが、そこにはなにかチャンさん的なツボがあるんでしょうか。

チャン 僕は言語学者じゃないし、専門的な訓練も受けてない。興味を持っていろいろ本を読んでいるだけで、文字や言葉についてそんなに詳しいわけじゃないんだけど、エイリアンのものの考え方とか、異質な思考体系を表現しようとすると、まず言語から考えるほうがわかりやすい。そのために、人間の言語とは違う異質な言語を考えようとするのかもしれない。うん、『バベルー17』(サミュエル・R・ディレイニー)も『エンベディング』(イアン・ワトスン)も読んでるよ。

――英語以外の外国語はしゃべれる?

チャン いや、全然。いまから学習するとしたら? うーん、どうかなあ。中国語を学びたい気持ちはあるよ。といっても理由は単純で、僕は中国系だから、中国人の人と会うと、向こうは僕が中国語をしゃべれるものと思い込む。いちいちしゃべれませんと断るのも間が悪くて。中国には25年前に行って、何カ月か滞在したけど、それ以来、一度も行ってない。父と母は中国大陸の別々の地方で生まれて、ふたりとも台湾に行って、そのあとアメリカで出会ったんだ。

――ご両親は中国語で会話しているわけですよね。

チャン 多少はね。僕が生まれたとき、両親は中国語じゃなくて英語で育てたほうがいいだろうと考えて、僕の前では原則として英語しか使わないようにしたんだ。

――母国語じゃない言葉で子供を育てるというのは、思い切った決断ですね。

チャン うん。まあしかし、どうせアメリカの学校に通うんだから、放っておいても英語はペラペラになったと思う。だから、今にして思うと、むしろ中国語で育ててくれたほうがよかった。そうすれば自動的にバイリンガルになってたからね。でも、当時はそれがわからなかった。

――ということは、ご両親は中国系アメリカ人のコミュニティと縁がないんですね。チャンさんにも中国系の友だちはいない?

チャン そのとおり。

――あなたはアメリカでは、アジア系作家というカテゴリーに分類されているんでしょうか。

チャン たしかにそういうカテゴリーはあるけど、それ以前に、僕はSF作家だから(笑)。アジア系とか中国系とか言う前に、アメリカの主流文学コミュニティにとって、そもそもSFは存在しないんだ。

――SF外部の批評家から注目されたり、現代文学の読者から支持されたりということはないんですか。

チャン 全然ないね。

――日本では、ジャンル外にもたくさんテッド・チャンのファンがいますよ。

チャン だとしたらうれしいね。アメリカでは、ジャンル外で受け入れられているSF作家は非常に少ない。ニール・スティーヴンスンは大成功したけど、彼はもうSFを書くのをやめちゃったからね。いや、〈The Baroque Cycle〉は、あんまり長いのに怖じ気をふるってまだ読んでない。一般読者向けに出して大ヒットした『クリプトノミコン』は、SFファンにウケる非SF小説だったけど。

――日本では、SF文庫から出たせいもあって、SFファンにしかウケなかったんですが、アメリカでは、スティーヴンスンはもうSF作家と思われてない?

チャン 一般的にはSFの枠から抜け出してるけど、SFファンはまだ彼にシンパシーを抱いているし、本人もインタビューで「世界の仕組みを描くことに興味がある」と言ってたから、SFと縁が切れたわけじゃないと思う。他にジャンル外から注目されているSF作家というと、ケリー・リンクかな。

――しかし彼女の場合も本格SFは書いてませんよね。チャンさんご自身は、ジャンル外で受け入れられたいと思いますか?

チャン そうなればうれしいけど、僕はSF作家でいることが非常に居心地がいいし、いまのところ、SF以外の小説を書くつもりは全然ない。ジャンルSFが僕のホームグラウンドだという気がする。ジャンルというのは、作家と作品と読者のあいだの長年にわたるキャッチボールから生まれてくるものだと思うし、僕は子供の頃からずっとSFを読んできて、それに加わっている。

――でも、SFファンダムには縁がなかったんですよね。SFコミュニティへの帰属意識が生まれたのは作家になってから?

チャン だと思う。クラリオンに参加して以降かな。たとえば、イーガンが書いているものを読むと、彼がやろうとしていることが僕にはわかる、僕もおなじことがやりたいと思うんだ。イーガンがSF作家なら僕もSF作家でいよう、ここが僕の居場所だ、と。でも、たとえばアップダイクの小説を読んでも、まったくおもしろいと思わなかったし、彼がなにをやろうとしているかよくわからないし、おなじことがやりたいとはまったく思わない。だから、主流文学の世界に受け入れられる必要があるとも思わない。
 いまのSF作家の中には、アップダイクじゃないにしても、たとえばコーマック・マッカーシーの作品を読んで、「おれが書きたいのはまさにこういう小説なんだ。なのにおれはどうしてジャンルSFの壁の中に閉じこもっているんだろう。彼はSF作家じゃないのに」と思う人もいる。そういう作家にとっては、ジャンル外で認められる必要があるだろうけど、僕は違う。SF作家でいられてしあわせだ。もちろん、僕の小説を読む人がもっと増えてくれたら、それはそれでうれしいけどね。

(SFマガジン2008年1月号初出。大森望『現代SF観光局』に収録)

息吹

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