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【連載13】《星霊の艦隊》シリーズ、山口優氏によるスピンオフ中篇「洲月ルリハの重圧(プレッシャー)」Web連載中!

銀河系を舞台に繰り広げられる人×AI百合スペースオペラ『星霊の艦隊』シリーズ。
著者の山口優氏による、外伝の連載が2022年12/13より始まっています!
毎週火曜、木曜の週2回、お昼12:00更新、全14回集中連載の連作中篇。

星霊の艦隊 洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー
ルリハは洲月家の娘として将来を嘱望されて士官学校にトップの成績で入学し、自他共に第一〇一期帝律次元軍士官学校大和本校のトップを自認していた。しかし、ある日の無重力訓練で、子供と侮っていたユウリに完全に敗北する……。

星霊の艦隊 外伝 
   洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー

山口優


Episode 7 高高度迎撃戦闘

Part1
「ミツハ様。アルフリーデさん。提案がありますが、聞いていただけますか」
 ルリハの言葉に、ミツハ――その分人格が得心の笑みを浮かべたような気がした。
「聞きましょう。ルリハ」
 彼女は感情で言葉がうわずってしまわないように気をつけながら、通信機に向かって口を開く。
「先ほど聞いた『ラケータ』の原理を考えれば、時空の圧縮と噴出によって、『ファグラレーヴ=青嵐』は希薄な高高度に時空そのものを運搬できるような気がするのです。つまり、青嵐の後方には局所的に時空が希薄でない領域ができるのではないかと。その領域委に限定すれば、いくらかの零嵐は追随できるのではないですか?」
 一瞬だけ、ミツハ、アルフリーデは黙った。だが、すぐにアルフリーデは反応する。
「それは――そのとおりよ。ついでに言えば、零嵐の数は多く見積もっても二〇機ほどね。それ以上は付いて来れない」
 敵の半分にも満たないわけだ。
「しかも、一撃必殺。味方一機で敵一機を倒したとしても、全数を倒すことは難しい。敵の編隊の侵攻を遅らせることはできるかもしれないけど」
 ルリハは頷く。
「そこで、私の役割が果たせるというものですわ。私は観測機として志願したのですから。作戦具申いたします」
「聞きましょう」
 ミツハが言う。
「作戦を三段階に分けます。まず第一段階。索敵隊が和泉方面へ先行し、敵の経路を探ります。このとき、青嵐および、青嵐と共に迎撃に上がる二〇機は大和帝律星で待機。そして第二段階。敵の侵攻経路が判明したら、そこで迎撃隊が迎撃に上がります。ここで敵に打撃を与え、侵攻を遅らせます。このとき、迎撃機の中に一機、高高度観測機を挙げておきます。そして第三段階。敵が尚も侵攻しようとするならば、観測機に従い機動要塞〈大和〉そのものからの対高次元精密砲撃で敵を倒します。これなら、――なんとか守りきれると思いますが――。そして。その高高度観測機として、私とククリの機を参加させていただきたく」
 圧縮した時空を再利用する。
 その考えが通用するのかどうか分からない。
 だが、ルリハはこれでも睡眠学習は真面目に受けてきたつもりだ。毎日雑念を捨てて決められた時間に目を閉じ、眠ってきた。不自然に思える記憶の増加もそのまま受け容れてきた。
 記憶が定着するよう、できるだけ新たな知識を訓練で使いこなすようにもしてきた。
 それでもユウリには負けた。ナオにも負けた。
 青春――というものが自分に似合うのかどうか分からないが、それに首を突っ込む余裕もなかった。
 ユウリに嫉妬し、ナオには哀れまれ、――シオンにも合わせる顔がないと自分を情けなく思ってきた。
 今だって、ミツハに認められたい、ユウリを見返したい、という邪心がないといえばウソになる。
 それでも、ルリハにとっても士官学校の学生達は――サツキも、マヒロも、そして、ユウリも、ナオも、みんな仲間だった。彼等の信頼にこたえたいという思いも強く持っていた。
それに大和帝律星にはシオンもいる。ウカノもいる。父も母もいる。サツキの親友、ナギサもいる。
守りたい。
その思いは疑いようもなく、ルリハの真実だった。
「ルリハ」
 ミツハがこちらを見ている。
「あなたの参戦を許可して正解だった。ありがとう。その作戦で行く」
 アルフリーデも、通信画面ごしにこちらを見ていた。そして、ユウリも。
「……ふん。借りが出来たわね。あとで返してあげるから、それまでは死なないようにしなさいよね」
 彼女は言い、通信を切る。ユウリもルリハを見ていた。
「君の作戦、見事だ。ボクも信頼にこたえよう。では、――通信終了」
 彼子は生真面目に言い、そして通信を切った。
          *
「高次元時空圧縮エンジン、正常に作動中。時空噴進エンジン『ラケータ』、点火一〇〇秒前。零嵐各機、我との距離、一光年以下、高度差一〇以下を維持せよ」
 ユウリは後席のアルフリーデが通信する声を聞く。
 既に作戦は第二段階に入っている。和泉帝律星に先行した零嵐索敵隊から、敵の侵入経路がある程度割り出せていた。
「こちら零嵐ククリ、零嵐隊各機、指定の距離および高度内に全二〇機配置完了している」
 ククリから通信が来る。
 二〇機――アルフリーデを入れて二一機。
「発動まで一〇秒! 零嵐隊各機、我との相対位置を維持せよ!」
「九秒……全方位時空圧縮開始――時空断絶観測……五秒……四秒……」
 彼女のカウントが続く。
「零秒!」
 アルフリーデがそう唱えたとき、コクピットが激しく揺れた。
 時空奮進エンジン『ラケータ』は、通常の時空延展航法と同様、時空を圧縮することでハッブル定数を極度に増大させる「時空延展」の効果を活用する。ただし、これを一方向に用いるのではなく、全方向にこれを行う。ハッブル定数の増大により延展した時空の反動で、極度に時空が集中した領域が出現する。時空量子による格子結晶としての時空において、フォノンとしての重力波の伝播速度がある閾値を超えると、重力波は重力波そのもののエネルギーに作用して収縮を開始する。質量の極度の集中による重力がブラックホールを生むように、時空の極度の集中によって発生した重力も、それ自体がさらなる収縮を促し、時空集中領域が形成される。
 換言すれば、強い相互作用を媒介するグルーオンが、強い相互作用で素粒子が結びつく核子を構成するだけでなく、自分自身で「グルーボール」を形成するように、重力相互作用を媒介する重力子グラヴィトンも重力相互作用で質量が結びつくブラックホール等の天体を形成するだけでなく、自分自身で「グラヴィトンボール」を形成するのである。
(ルリハも大したものだ。あの場で聞いただけで原理を把握し『他の戦闘機を連れていく』という作戦を思いついた)
 しかし、ユウリにとっては、それも素直な称賛にはならない。
(ま――普段偉そうにしているだけのことはあるね)
「グラヴィトンボール――形成完了――噴射!」
 形成されたグラヴィトンボールは、極めて不安定であり、わずかな刺激で崩壊する。崩壊した瞬間、極度に圧縮されていた時空は、ハッブル定数を一瞬で増大させる。
 高濃度の時空が、アルフリーデの背後で待ち構えていた零嵐隊に噴射される。零嵐隊はそれを効率よく圧縮し、通常の時空延展航法でアルフリーデに追随する。
 時空をグラヴィトンボールの形で持ち運べるアルフリーデは、時空を延展して推進させる零嵐に高濃度の「時空の道」を提供することで、高次元の時空希薄領域での零嵐の推進も可能とするのである。
 ただし――このとき、零嵐はファグラレーヴ背後の極めて狭い位置に密集して飛航する必要がある。極めて高度な操縦性能を各機が持っていなければ、距離を保てず、大量の機を引き連れていくことは不可能だろう。
 ここで一つ、外せない条件があった。
 指揮官としての人間の搭乗、である。
 時空噴進エンジンは、不安定なグラヴィトンボールを安定的に維持しつつ、同時にその不安定さを利用して一気にハッブル定数を増大させ、時空を噴射する。その制御には膨大な演算資源を必要とし、アルフリーデのほとんどの分人格をそれに集中させなければならないために、アルフリーデの人格構造は極度に分散する。主人格の影響力が分人格と同レベルまで落ちるため、訓練通りに上空に上がり、そして下降し、爆撃機を襲う――という一連のプロセスをこなすことしかできない。
 今回、アルフリーデ単独で作戦を遂行するわけではなく、「時空の道」を通じて僚機を引き連れていく、という成功の見込みが危うい作戦を実行することになる。このような作戦においては、不測の事態に際しても、状況を俯瞰して決断を下す能力が不可欠だ。そうした判断を担う星霊の主人格が正常に機能していない場合には、それを人間の指揮官に依存することになる。
「高度一万を通過」
 アルフリーデが言う。通常の飛航機の限界高度。これ以上時空が希薄になると、もはや常次元に戻って来れない領域。そこをアルフリーデは超える。後続の零嵐攻撃隊も超えていく。
「後続の零嵐隊、規定相対位置内で編隊を維持している」
 ユウリが索敵微弾による結果が表示されたスクリーンを確認し、言う。アルフリーデは小さく頷くだけだ。
 高度はすぐに一万一〇〇〇を超える。そして。一万二〇〇〇、一万三〇〇〇。
「常次元方向への推進に噴射方向を転換。高度を維持」
 ファグラレーヴ=青嵐は水平飛航に移行する。
 その背後でぴったりと編隊を組む零嵐隊。彼女らも、巨大なリスクを負ってここについてきている。アルフリーデの噴射する時空がなければ、彼女らはもはや常次元に戻れないところまで来ている。
「敵との予想距離、三光年! 高度差一〇〇〇」
 アルフリーデが索敵微弾による索敵結果を報告する。同時に正面スクリーンでも、敵の爆撃編隊らしき光点が無数に表示される。
 その数、五〇――。
「敵編隊確認。距離二・五光年、高度差一〇〇〇。敵機は高度一万一〇〇〇GIMにて大和帝律星に侵攻中。距離、二〇光年! あと六分で到達の見込み――その前に阻止する」
 アルフリーデは告げる。
 彼女は操縦桿を握った。同時に、ユウリの前にも操縦桿が出現する。
「――これから私はラケータの制御と戦闘に集中する。主人格が極めて不安定になる。もしものときは、頼んだわ」
「――了解した」
 ユウリは言った。それから、付け足す。
「君の指揮官を務めるのは初めてだけど、大丈夫、安心して。説明は全て把握した。新しいことを理解するのは得意なんだ」
 実のところ、不安だらけだ。とはいえ、自らの役割に照らし合わせ、言わなければならないことは理解している。
「――主席だものね。分かった。任せる」
 アルフリーデは微笑んだ。
「敵爆撃隊を襲撃する! 我に続け!」
          *
 「高次元攻撃警報発令! 全市民は各市産土神社へ退避してください。繰り返します。軍令部和泉・摂津・大和帝律星管区は、オリオン銀海方面から侵入する高高度爆撃隊を確認。該当する星律系の全市民は……」
 端玉のうるさい警報が鳴り止まない。
 時刻は夜。水澄ナギサは、橿宮焙煎珈琲の片付けをIDIらとともに行っているところだった。
「……高次元攻撃! 一年前と同じ……!」
 あのときの恐怖が甦る。巨大都市・橿宮市の各地に配置された橿宮神社の分社のひとつに逃げ込み、そこから霊域に退避した。御霊柱が林立する霊域の中で震えているうちに襲撃が終わった。
 だが、多くの市民がやられたらしい。橿宮市、首都が一番に狙われると思っていたからそれは意外だったが、「あれは敵にとって予行演習、次は橿宮市」と市民の間でも囁かれていた。
「片付けはこちらでやっておきます。早く退避を」
 IDIの一人が言った。
「馬鹿ね! 片付けなんてもういいでしょ。一緒に来なさい!」
 IDIの手を強引にひっぱり、街中に出た。自動車は全て道の端に横付けされている。道路には赤い矢印が出現、最寄りの橿宮分社までの方向と距離を示している。
 矢印以外の光はない。そこで、ナギサは一瞬、空を見上げた。
 光の消えた大都市・橿宮市の上空で、第四惑星、雷大星がひときわ強く、夜空に輝いている。
 サツキはちょうど今日、士官学校を卒業し、軍に務めることになったという。練習艦隊、という組織だったと聞いたが、おそらくみな迎撃に上がっていることだろう。
(――頼んだわよ、サツキ、ルリハさん……!)

2023/01/26/12:00更新【連載14】に続く



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