近未来予測2025帯付

日本人が自国の政府やメディアに寄せる信頼度は世界最低!? 衝撃データ満載の『〔データブック〕近未来予測2025』訳者あとがき

〔データブック〕近未来予測2025は、グローバルなオープン型未来予測プログラム「フューチャー・アジェンダ」から生まれた。共著者のひとりであるティム・ジョーンズ博士をプログラム・ディレクターとして、第1回の「フューチャー・アジェンダ」を2010年に実施し、2020年までに起こる様々な変化について探った。第1回の成功を受けて、2015年には「フューチャー・アジェンダ2.0」を実施し、世界39都市においてワークショップを開催して、2025年までに予測される重大な変化について議論を重ねた。それらすべての成果をまとめたものが本書である。

本書の最大の特徴は、6つのテーマ──「未来の人」「未来の場所」「未来の覇権」「未来の信念」「未来の行動」「未来の企業」──をもとに、個々の課題ごとに現状や今後10年間に予測される変化、課題解決の方向性、イノベーション機会などについて詳しく紹介していることだろう。それと同時に、ワークショップで繰り返し話題にのぼった、おおぜいの人が抱く共通の未来像を、「12の共通認識」としてまとめている。たとえば「人口の爆発的増加」「資源の枯渇」「環境汚染の悪化」「太陽光エネルギーの活用」「アジアの世紀」などである。また「2025年のキーワード」として、「信頼」「プライバシー」「格差」「透明性」「アイデンティティ」の5つについても、深い考察を加えている。

それでは実際、「フューチャー・アジェンダ」の予測はどれほど信頼性が高いのか──2020年の世界を予測した第1回の「フューチャー・アジェンダ」の場合、あと二年を残して約90パーセントの予測が実現したと言えるだろうと、著者も「日本語版増補」で述べている。2025年の世界を予測した「フューチャー・アジェンダ2.0」、すなわち本書で取り上げた内容について言えば、ワークショップの開催から3年が過ぎた2018年の時点で、約50パーセントの変化が顕著になりつつある、と著者は分析する。これだけの“的中率”を誇るのもやはり、幅広い話題について各分野の著名な専門家に執筆を依頼し、その見識をもとに世界中の都市でワークショップを開き、多様な参加者と共著者の考えや意見をまとめた成果ゆえだろう。

だがもちろん大切なのは、予測が当たったという点にあるのではない──その予測をどう活かして課題に取り組むのか。未来に向けた戦略をどう練って、より豊かな未来の実現につなげるのか。本書が訴えるのは、「知識」と「行動」と「イノベーション」の重要性だ。つまり、私たちが直面する様々な状況や課題について、まずは正しい「知識」を共有する。しかも知識は「行動」に結びついてこそ意味がある。ただ知っているだけでは、その課題に取り組んだことにはならず、プラスの変化は起こせない。そして、変化を起こすためには「イノベーション」も必要だ。

たとえば食糧問題である。現在、地球上には70億人を超える人口が暮らし、21世紀の終わりにはさらに20〜40億人の増加が見込まれている。さてその時、いまの1.5倍の人口を果たして地球は養っていけるのか。そのいっぽうで、世界で生産される食料の4分の1が食べられることなく廃棄され、また西洋の消費者が毎日廃棄する食料は、サハラ以南のアフリカ諸国が生産する食料の量に匹敵すると知ったら、あなたはどう思うだろうか。きっと、私たち一人ひとりが食料廃棄に対する意識を高め、普段の行動を変えることで、未来の食料問題を解決できるはずだと考えるのではないだろうか。それと同時に、食料の流通と貯蔵の最適化、生産性の向上、遺伝子組み換えによる旱魃に強い作物や塩水で育つ作物の開発といった、技術やイノベーションも重要になってくる。

ここで少し、世界的な潮流と日本の問題について考えてみよう。本書で紹介した「2025年のキーワード」の5つのうち、日本でも「信頼」「透明性」「格差」は深刻な問題であるように思える。ニュース番組を見れば、連日のように文書の改竄や日報の隠蔽をめぐって国会で野党による追及が続き、また無資格の従業員による完成検査やデータの改竄、顧客情報の流出など企業の不正や不祥事が多発している。こうしたことから、国民が政府や企業、メディアに寄せる「信頼」は著しく失墜した。実際、PR会社のエデルマンが実施した2015年の国際的な信頼度調査「エデルマン・トラストバロメーター」において、日本の国民が自国に寄せる信頼度は37パーセント、調査対象27カ国のうちのなんと最下位だったのだ(本書195頁を参照)。つまり、日本人は政府や企業やメディアを信用していない。この大きく失墜した信頼を取り戻すためには、政府や企業は積極的に情報を公開し、説明責任を果たし、「透明性」を高める必要があるだろう。そしてまた「格差」も、私たちが日常生活のなかで実感することの多い問題ではないだろうか。格差の問題が厄介なのは、それが単に所得格差や資産格差にとどまらない点だ。すなわち、格差は幅広い分野の格差を生む。健康格差、教育格差、雇用格差、情報格差など……。格差は固定化し、次の世代へと引き継がれる。

日本特有の差し迫った問題も多い。著者が「日本語版増補」で指摘しているため、詳しくはお読みいただきたいが、真っ先に思い浮かぶのは「人口減少」「高齢化」「医療費の増大」だろう。「民主主義の後退」も無視できない重大な問題である。エコノミスト・インテリジェンス・ユニットは「民主主義指数」において、2014年まで日本を「完全な民主主義国家」にランク付けしていたが、2015年以降は「欠陥のある民主主義国家」に降格した(本書142頁を参照)。国際面に目を向ければ、日本の国際的な影響力の低下、経済や外交の舞台ではもちろん、環境分野でも存在感を増す中国との関係、技術的優位性の低下、市場開放といった様々な課題も明らかになっている。

もっとも暗い未来ばかりではない。個人の創造力を活かした「クリエイティブエコノミー」は様々な可能性を拡げ、営利目的ではない「真のシェアリングエコノミー」の萌芽も見られる。余分な飾りを省いた「フルーガル・イノベーション」にも、大いに期待が集まっている。「エイジレスな社会」は多様な経済的利益を生み、老年者により長く輝ける機会を与える。近い将来にはあちこちで「スマートシティ」が実現するだろう。「技術のイノベーション」が、今後も重大な課題を解決してくれることは間違いない。だが、なかには私たち一人ひとりが意識を変え、行動を起こすことで実現する変化もある。いまのデジタル世界において、力は既存の機関から市民や消費者へと移行し、ソーシャルメディアというツールを手に入れた個人や個人のネットワークは、以前には考えられなかったような方法で社会や政治に積極的に参加して、変化をもたらすことができるのだ。

さて、共著者のひとりティム・ジョーンズ博士についてご紹介しよう。ジョーンズ博士は、「フューチャー・アジェンダ」の共同創設者であり、プログラム・ディレクターも務めている。世界中の都市でワークショップを開催し、ブレジャー(ビジネス+レジャー)を楽しむノマドワーカーである。

2017年7月には、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)科学技術予測センターの招きに応じて初来日し、「将来課題──今後10年の6つのチャレンジ」と題して、本書で取り上げた6つのテーマに沿って、2025年までに予測される変化の行方や課題点、将来のイノベーション機会についてセミナーを開催した。

参加者はみな真剣な面持ちでジョーンズ博士の話に聴き入り、そのあとに熱気のこもった質疑応答が続いた。様々な分野の専門家から大学生だという若者まで、幅広い参加者から勢いよく手があがり、博士が一つひとつの質問に次々と答えていった。そしてセミナーはいったん終了したものの、まだ訊き足りないのか、おおぜいの参加者が博士の前に列をつくって並んだのである。セミナーに参加していた編集者と私も最後に挨拶をしたところ、博士は非常にフレンドリーで、邦訳が出ることをとても喜び、力強い握手を交わして下さった。

その日の夜、博士を交えて食事を楽しんだ際の会話にも、その気さくな人柄がにじみでていた。(ワサビ以外は)日本食の大ファンということで器用に箸を操り、日本酒やビールを楽しまれ、なかなかの酒豪ぶりを発揮された。世界の政治情勢、英国の政界裏話、最新技術やイノベーションの未来、歴史から好きな作家やハリウッド俳優までの豊富な話題で盛り上がり、あっという間の二時間半だった。そして、翻訳をする上で不明点や質問があれば、どんなことでも遠慮せずに訊いてほしいと、何度も熱心におっしゃって下さった。そのおかげで、私も躊躇なくメールでやりとりして質問に答えてもらい、たいへん感謝している。

2018年4月には、共著者のキャロライン・デューイング氏とともに再来日を果たし、同じく文部科学省で「データの価値の未来」をテーマに、専門家を交えてワークショップを開催した。2030年の世界を予測する次回のプログラムに向けて、まさに世界をまたにかける活躍ぶりである。博士が「フューチャー・アジェンダ」プログラムを今後も長く続け、そのたびに日本を訪れてワークショップを開き、その成果をもとにプラスの変化が生まれ、豊かな未来へとつながることを願っている。そして、本書がその一助となれば幸いである。

2018年4月 江口泰子

(画像はAmazonにリンクしています)

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