ディオゲネス変奏曲

本格・推理・恐怖・奇想・密室……陳浩基の最新作登場! 『ディオゲネス変奏曲』訳者あとがき(稲村文吾)

13・67』でミステリ読者を驚嘆させた香港人作家、陳浩基。彼のデビュー10周年を記念した自選短篇集『ディオゲネス変奏曲』も、読者を驚かせるような奇想とトリックに満ちています。

その陳浩基とはどのような作家なのか、どのような作品を書いてきたのか? 華文ミステリの紹介者としても知られる翻訳者・稲村文吾氏による訳者あとがきを公開いたします。

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 本書は香港の作家、陳浩基(ちんこうき、チャン・ホーケイ/サイモン・チェン)が2019年初めに刊行したノンシリーズ短篇集『第歐根尼變奏曲 The Diogenes Variations』の全訳です。


 1975年に香港で生まれた陳浩基は、香港中文大学計算機学科を卒業したのち、Web制作やソフトウェアエンジニアの職のほかに、漫画の編集やゲーム制作などを経験しています。次の仕事を探しての休養中、公募の短篇賞である台湾推理作家協会賞の知らせを目にした彼は、ふと作品の応募を思いたちます。以前からミステリを読むのが好きだったとはいえ小説を書いた経験はほとんどなかったと彼は語っていますが、最初の応募作である、童話の世界と謎解きを結びつけた「傑克魔豆殺人事件(ジャックと豆の木殺人事件)」が2008年に最終候補に残り、これが初めて出版された作品となりました(同賞は通例として、毎回の最終候補作すべてをアンソロジーのかたちで刊行しています)。
 その後彼は、翌2009年の第7回台湾推理作家協会賞で「藍(あお)を見つめる藍(あお)」「青髭公の密室」(邦訳は《オール讀物》2018年8月号に掲載)の2篇が最終候補に残り後者で受賞、さらに2010年にコミックリズ映画小説賞で長篇『合理推論(合理的な推論)』(未出版)が第3位になり、
台湾の交通大学SF研究センターが中心となって運営していた公募賞、倪匡SF賞で短篇「時は金なり」が第3席に入選、とはなばなしい活躍を見せ、2011年には長篇『世界を売った男』(邦訳は文春文庫刊)で第2回島田荘司推理小説賞を受賞しています。ただしその直後のインタビューで受賞をどうとらえるか訊かれた彼は、「私はハードル走に例えたいと思っています。〔中略〕この先にもたくさんのハードルが待っています。賞を取るのと、市場(読者)に受けいれられ、大衆に愛されるようになることは別のことです」と冷静に答えていました。
 陳浩基が新たな〝ハードル〟を越える契機となったのは、2014年刊行の連作中篇集『13・67』(邦訳は文藝春秋刊)でした。香港警察の名刑事の半世紀近くにわたる活躍を〝逆年代記(リバース・クロノロジー)〟形式で描く渾身の力作は、十数カ国で翻訳刊行が進められているうえ、台北国際ブックフェア大賞小説部門、第1回香港文学季推薦賞などを受賞し、映画監督ウォン・カーウァイが映像化の権利を獲得するたいへんな話題作になりました。2017年に刊行された邦訳が、2018年11月に逝去した翻訳者、天野健太郎の周到な訳を得て、複数の賞やミステリランキングで高い評価を受けたのも記憶に新しいところです。
『13・67』によってさらにその名を知られるようになった陳浩基は、IT技術に通じた探偵が中学生の自殺の背景に迫っていく大作『網內人(ネットのなかの人間)』(2017)、大学寮を舞台にしたホラー『山羊獰笑的刹那( 山羊の嗤う時)』(2018)と現在までに新たに2作の長篇を発表し、積極的な活動を続けています。


 短篇から作家としてのキャリアを始めた陳浩基は、その後も折にふれ中短篇を発表してきました。彼が作品発表の中心にしている台湾では、老舗の《推理雑誌》誌が2008年に休刊して以降、ジャンル小説を掲載する専門雑誌はほとんど存在していません。ですが、特殊能力を持つ殺し屋を主人公
にした『氣球人(風船男)』(2011)や前述の『13・67』のように単行本として発表された連作があるとともに、独立した短篇をさまざまな場で発表しており、デビュー当初から近作にわたるそれらの作品は本書においてはじめて集成されることになりました。
 1篇ごとの解題は作者による「あとがき」を参照していただきたいと思いますが、本書の収録作を見てみると、本格ミステリ(「作家デビュー殺人事件」「見えないX」)やSF(「時は金なり」「カーラ星第九号事件」)やホラー(「頭頂」)の要素を縦横に操り、クールなサスペンス(「藍を見つめる藍」「いとしのエリー」)もあれば脱力もののユーモアを見せる作品(「悪魔団殺(怪)人事件」)もあり、現実の香港に根ざした作品(「姉妹」)があるいっぽうで作品の舞台を限定しない作品もあります。「ひとつのジャンルに縛られることなく、たくさんのストーリーを書いていきたい」とインタビューで語る、陳浩基の作品世界をここで総覧することができると言えるでしょう。
 本書の中国語版は、香港の出版社である格子盒作室と、『世界を売った男』以降の陳浩基作品を中心となって出版している台湾の皇冠文化出版によって同時に刊行されており、両者は造本が異なるほか、表現の細部に違いがあります。今回の訳出にあたっては皇冠文化版を底本とし、格子盒作室版も
参照しました。なお収録作のうち、「藍を見つめる藍」については《ミステリマガジン》(早川書房)2019年3月号に掲載された拙訳を、「見えないX」については2015年に電子書籍として個人出版した訳をもとに手を加えています。

ありがとうございます!今日のおすすめは『息吹』です。
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